第百三話 対峙する姉妹
第百三話 対峙する姉妹
異世界の名物にもなろうとしていた、異世界を新しく生み出す巨大な花が、無残にも消失するという事件が起こった。
当然のように、花があった周りには、野次馬が寄ってたかって、騒然となっていた。その人混みから離れたところで、騒ぎを見ているのは、哀藤と喜熨斗さんだ。今回の事件の犯人でもある。
「まだ騒いでやがる。こいつら、暇人か?」
「あんな光景を見た後では、興奮がなかなか収まらないのでしょう」
「その『あんな光景』を見せたのはお前だろう? 何を他人事みたいに話してやがる」
笑いを堪えるように、喜熨斗さんがからかっているが、哀藤は意に介さないように、前だけを向いている。
喜熨斗さんのからかいは続いた。本人に悪気はないが、相手が怒るまで言ってしまうタイプなのだろう。
「人に大人しくしておくように言っておいて、自分は無双を決め込むなんて、人が悪いよな、マジで」
「必要最低限に収めたつもりです。イタズラに使ったつもりはありません」
「いや~、あれはキメラが見ていても、やり過ぎだっていうと思うぜ~?」
喜熨斗さんがまたからかうが、哀藤は相変わらずのポーカーフェイス。とてもじゃないけど、会話が成立していないわね。
哀藤と喜熨斗さんが離れたところから見つめる巨大な花のあった場所に、私とお姉さんはいた。
「どうやら誰かが巨大な斧でぶった切ったみたいですね」
人に聞かずとも、野次馬たちは話しているのが、勝手に耳へと入ってくるのだ。
「能力で作られた斧で間違いないな。しかし、巨大化する能力など聞いたことがない」
巨大化してしまえば、爪楊枝でも強力な武器に早変わりする。真っ先に疑ったのが、『魔王シリーズ』だ。
「誰だが知らないが、派手にやったようだな」
「やり過ぎですよ……」
驚くべきは、もう一つある。巨大な斧を振るう怪力だ。斧だけを巨大化したところで、振り下ろせないのでは意味がない。それを振るって、初めて凶器となりうるのだ。
「とことんでたらめなことをしてくれるな」
「やはり犯人はキメラ一派の線が濃厚ですかね」
私の推理は大正解だったわけだが、今はそちらの犯人当てなどどうでもいいことだ。巨大な花の残骸を後にすると、すぐに、神様ピアスの回収に戻った。
最後の一個を隠したのは、さっき破壊されたばかりの巨大な花によって生み出された新しい異世界の一つだ。ここは岩山ばかりのところで、あちこちから巨大なミミズが顔を出して、侵入者を飲み込もうと狙っている。
「ここが最後の隠し場所なのか? 確か、この世界の神様ピアスもまだ手つかずで残っているところだろ?」
「はい。でも、先客が来ているようですね」
派手に探し回っているようで、あちこちが乱雑に荒らされていた。巨大ミミズの死骸もその辺に散らばっている。精神衛生上、あまり気持ちの良い光景ではないわね。
「この様子じゃもう駄目なんじゃないのか?」
惨状を見ながら、お姉さんはお手上げムードだが、私には妙な自信があった。大丈夫。あの隠し場所はそう簡単に見つかるまい。
不自然ににやける私を、お姉さんが不思議そうに見つめる。その前に、第三の人物が現れた。
「あ~、疲れたわ」
肩をコキコキと鳴らしながら、疲れた声で現れたのは、揚羽だった。様子を見る限り、この世界を隈なく探したようだが、まだ成果は出ていないみたいね。
「まさか、お姉ちゃんまでそっちに着くなんてね。そんなにその女がお気に入りなの? 妬いちゃうわ~」
ショックを受けたというより、苛立っているという声で、揚羽が私を睨みながら話した。
「前にも言った筈だ。もう以前みたいに、お前の犯罪を見てみぬ振りをするような真似はしない。今のまま、犯罪に手を染め続けるのなら、私の手で処刑するとな」
「今やっているのは犯罪じゃないよ? 偉大なるキメラのために、身を粉にして働いているだけだよ」
「同じことだ……」
実の姉妹とは思えないくらいに生々しい会話だ。平行線を辿るばかりなので、平和的な解決を迎えることはないだろう。ということは、この後に待ち受ける展開は、血みどろの抗争に移行すると思われた。……仕方ないとはいえ、あまり見たくない光景ね。
「神様ピアス……。それが見つかれば、お姉ちゃんと喧嘩しなくても済むんだけどなあ?」
揚羽が上目遣いで私を見てくる。そんなことを言っても、無駄よ。それは同時に、私と萌の死を意味するんだから。
「いくら探しても全然見つからないの。本当に嫌になっちゃうわ。……どこに隠したの?」
「あんたに教える訳がないでしょ。あまりに見つからないから、そんなことくらい、あんたにも分かる筈だけどね。それとも、自棄でも起こしたのかしら」
憎々しげに私を睨むと、揚羽は舌打ちした。
「ちなみにどこに隠したんだ? 私には教えてくれてもいいだろ」
そりゃもちろんです。味方にまで隠す道理はありませんからね。揚羽には聞こえないほどの小さな声で、ぼそぼそと呟いた。
「そこで大口を開けているミミズみたいな生物の内の一匹の口に放り込みました。向こうは餌と思ったみたいで、美味しそうにしていましたよ」
お姉さんに何故か頭を抱えられてしまった。どうしたのかしら? 我ながら、グッドアイデアだと思ったんだけどな。現に、揚羽は未だに、見つけられていないみたいだし。
「そっか……。そうなると、力づくで聞き出すしかないね。でも、丁度他の神様ピアスも持っているみたいだし、まとめて破壊しちゃえば、却って手間が省けるかな」
上空に光の球が出現した。あそこから『スピアレイン』を放つ気なのだろう。
「そんなことはさせない。こいつで叩き落とす」
私をかばうように、お姉さんが立った。手には例の緑色のナイフが握られていた。私にはよく分からないけど、厄介なものらしい。あの揚羽が顔色を変えたのだから。
「あくまで私と争うつもりなんだね」
「そう言っているだろ」
「……そうか。本気だったんだ」
一瞬だけ寂しそうな顔をした後で、揚羽は瞳に殺意の炎をたぎらせた。
「そう言うことなら、私も本気を出すしかないんだね。ちょっぴり寂しいけど、もしかしたら楽しくなっちゃうかもしれないしね」
お姉さんと揚羽が無言で対峙する。最早、激突は必死だった。
「真白……」
額から冷や汗を流している私に、お姉さんが声をかけてきた。
「ここは私が引き受ける。お前は神様ピアスを探せ」
「分かりました。お姉さんもお気を付けて」
私も残るといいたいところだけど、残ったところで、足手まといになりそうなので、素直に言葉に従うことにしたわ。
「危なくなったら、逃げてくださいね。決して無理をしないように!!」
とは言ったものの、お姉さんのことだから、倒れるまでやるんだろうな。せめて、早めに回収して、この場に戻ってこないと。
私が去ると、互いの殺気はさらに濃くなった。
「……お姉ちゃん相手に本気は出せないな」
「それなら、潔く降参しろ」
「それはもっと嫌かなあ……」
珍しく困り顔の揚羽が、右手に金髪の着せ替え人形を出現させた。
「……お願い」
お姉さんに聞こえない小声で、人形に語りかける。
その人形の眼が、怪しく光ったのは、その直後だった。