第百一話 囚われの私
第百一話 囚われの私
私に襲いくる無数の市松人形軍団を、能力の網で細切れにしてやった。自分の作戦が功を奏して、勢いに乗る私は、次のターゲットを、揚羽に向けた。
「まさか、こんなやり方で撃退されるとはね……」
「次はあなたよ!」
細切れになった人形を見続ける揚羽に、人差し指を立てて、宣言してやった。こいつには、ずっと馬鹿にされていたので、気持ちいいのなんの。
揚羽は人形から視線を上げると、呆れたように私を見つめた。
「たかだか人形を撃退しただけで、ここまで調子に乗られるなんてね。あんたの単細胞がひたすら羨ましいわ」
! こいつ、全然心が乱れていないわ。それとも、私に動揺を悟られまいと、無理に強がっているのかしらね。
「ふん! 強がったところで無駄よ。流れは私に来ているんだから」
「……。そういう強い言葉は、私のところまでやってきてから言いなさい」
? ずいぶん変わった要求をするのね。わなを仕掛けているとも感がられないし、いいわ。あんたの要求通り、そこまで悠々と歩いてあげる。そして、そのまま、あんたが腰に付けている萌の人形を奪還させてもらうわよ。
揚羽の挑発に乗る形で、彼女の元まで歩き出そうとする。……だが、足が異常に重いのだ。
不審に思って、足元に目をやると、細切れにした筈の人形の髪が伸びて、私に絡みついているのだ。
「な、何よ。これは!?」
足元の光景に、驚きの声を上げる私に、揚羽が冷めた声で説明してくれた。
「何って、あんたが今細切れにした、私の可愛い人形ちゃんたちよ。細切れにしただけで倒せるとでも思っていたの?」
え? だって、普通は細切れにされたら、絶命するじゃん。
確かに髪が伸びる人形の話を前に聞いたことがある。って、そんなことがどうでもいいわ。私に絡みついている人形の髪をどうにかしないと。
慌てて足を上げようとするが、引きちぎっても、次から次へと絡みついてくる。ていうか、私の足元で膨大な髪がうごめいているのが、見ているだけでも、気持ち悪いわ。
「無駄よ。力づくでは拘束から逃れることなんて、出来ないんだから。さっきこの子たちを馬鹿にしたせいかしら。何が何でも、あなたの動きを止めてやろうと息巻いているわよ」
思わず背筋に鳥肌が立ってしまった。『裁断ネット』の切れ味を増すために挑発したのが裏目に出てしまった。人間に限らず、執念深いものには、震撼せずにいられないわね。
私は懸命に抵抗したが、髪が絡みついてくるスピードの方が早く、徐々に体の自由が奪われていった。
「さて。私は可愛い人形たちが、あなたの動きを止めている間に、残りの神様ピアスを回収しちゃおうかしら」
そんなことをされてたまるものですか。私が持っているのは、二個よ。当たりが混じっている危険だって、それなりにあるというのに、むざむざ回収させる訳にはいかない。
「無駄だって。大人しくしていなさい」
揚羽の声を合図に、人形たちが止めと言わんばかりに、私の全身に膨大な髪を巻いて、身動き一つとれなくしてしまった。口の中にも髪が入ってきて、ログアウトを宣言することだって、出来やしない。
「ぐ……」
「くくく……。袋のネズミって言う言葉が、今のあんたにぴったり当てはまるわね。もう間抜けすぎて、笑いを堪えるのが大変だわ」
ムカつくことを言いながら、私の全身をまさぐった。すぐに、私が隠し持っていた神様ピアスは回収されてしまう。
「あら? あなた神様ピアスを二個しか持っていないじゃない。残りの五個はどうしたの?」
「……」
残りの五個を回収しようと、私の体を隅々まで執拗に探した。
「ないわね。ああ、そうか。どこかに隠したのね。そうすれば、私に襲撃されても、ゲームオーバーにならない。あんたにしては、考えたじゃない」
最悪だ。五個の神様ピアスを隠していることがばれてしまった。
でも、まだどこに隠したのかまでは、ばれていない。ぎりぎりセーフ。しかし、私の甘い予測など、すぐに打ち切られることになった。
「私が直接あんたを尋問するのもいいけど、見た目に反して口が堅そうで、骨が折れる匂いがぷんぷんするわね。仕方がないから、他の方法を使っちゃいましょう」
困ったといっている割には、顔が笑っている。何か良からぬことを思いついた顔だ。こいつの性格上、ろくなことを考えていないことが分かっているだけに、早急に拘束を外して逃げないといけないことは分かったわ。
「だから、逃げようとしたって無駄だって。何度も言わせないでよ」
体を懸命に動かす私を見て呆れながら、揚羽は新しい人形を五体召喚した。
それは犬の人形だった。
「人型じゃないけど、これも私のお気に入りなのよね」
揚羽が自分の人形を自慢しているが、耳には入ってこなかった。それより、犬ということで、揚羽が何を企んでいるのかが分かってしまった。
「さあ、ワンちゃんたち。そいつの体の匂いをしっかり嗅ぎなさい。そして、それをしっかりと覚えるのよ」
やっぱりだわ。私の匂いを辿って、他の神様ピアスを発見するつもりだ。揚羽の指示で犬の人形がしっぽを振りながら、私に駆け寄ってきた。
「あんたから回収した、この二つはもちろん破壊するとして……」
そう言っている間に、揚羽は二個の神様ピアスを宙に放り投げた。そこを光の槍が通り、ピアスは二つとも、粉々に砕けてしまった。
「……!!!!」
「一気に二個破壊してやったわ。これは当たりを引いても、おかしくないんじゃない?」
心底楽しそうな揚羽の声が気にかかったが、そんなことはどうでもいい。私は、息を飲んで構えた。
「……今度も外れか」
萌の死を告げるメールも来ないし、私の身にも何も起きない。それが外れだったことの証拠だ。
「意外にしぶといわね。ていうか、五個も破壊したのに、未だに当たりはナシか。私の籤運も、結構良くないのね。ちょっとショックだわ」
揚羽がぶつくさ文句を言って、私は安堵の息を漏らしていた。
もし、牛尾さんのアドバイスを聞き入れずに、神様ピアスを持ち続けていたら、今のでアウトになっていたのね。人の話には、耳を傾けるべきだと、つくづく実感させられるわね。
「本当は、最初の一個で、いきなりゲームを決めて、私の運の良さをひけらかせた上で圧勝したかったんだけど、もういいわ。勝利がちょっと遅れただけだから」
犬の人形たちは、私の匂いをとっくに嗅ぎ終えていて、揚羽の次なる指示をじっと待っている。
「残りの神様ピアスもこの子たちが見つけてくれるわ。それを壊せば、だいぶ回り道を決行しちゃったけど、私の勝利……」
人形たちにゴーサインを出しながら、どこか独り言のように揚羽は呟いた。
「だから、力づくで拘束を外そうとしても、無駄だって。いい加減に学習してよ。逐一、注意するのが面倒で仕方がないわ」
無駄と言われたからって、黙っている訳ないでしょ。自分と妹の命が危機に晒されているのよね。無駄って分かっていても、足掻くわよ。あんたも、人間なら、そのくらいの心情は察しなさいよ!
「まあ、いいわ。それがあんたにはお似合いの姿だしね。じゃあ、私は先に行った、あの子たちを追いかけなきゃね。本当は、そのまま神様ピアスを破壊させたいんだけど、あの子たちにそこまでの力はないからね」
揚羽は私を見下しながら悠然と、この場を後にしていった。当たり前のことだが、私の拘束を解く気は一切ないようね。
この髪をどうにかしなさいと、無駄な叫びを上げながら、全身に力を込めるが、やはり身動きは取れない。そりゃそうよね。この時点で、拘束があっさり解き放てるくらいなら、こんな事態になっていないもの。
無駄という揚羽の言葉を肯定するつもりはないけど、徐々に私の中に、諦めの感情が強くなっていくのを感じたわ。




