第百話 窮鼠は反撃を開始する
第百話 窮鼠は反撃を開始する
揚羽とのゲームは、彼女の思うがままに進んで、あっという間に牛尾さんと尾長さんがログアウトさせられてしまった。残っているのは、私一人、残りの神様ピアスは七個。
残っている神様ピアスのどれかを砕かれたら、私はゲームに負けて、妹と共に殺されてしまう。
こうゲームが相手の思い通りに進んでしまうと、否応なしにネガティブな感情が増大してしまうわ。
「もうあんた一人ね……。助っ人でも呼ぶ? 到着するまで、待ってあげても良いわよ」
負の感情を加速させるように、背後で揚羽が勝利を確信したように呟いていたが、正直どうでも良かった。
ご丁寧に、私が助っ人を呼ぶ猶予まで与えてくれるという。自分が優位に立っていると、相手を見下した発言をする敵キャラは、よく目にするが、ここまで大判振舞いなのは初めてだ。
普段ならふざけるなと一喝するところだが、この状況を考えると、プライドを優先している場合ではない。屈辱だが、申し出を受け入れることも頭をよぎったわ。
「あらら……。私のことをシカトするの? いつもならうるさいくらいに反応してくれるのに、つまんないわ」
シカトしているというより、単に考え中なんだけど。そんなことは、あんたにはどっちでもいいんでしょうけどね。
やっぱり、こいつからの申し出は突っぱねよう。裏があるような気がしてならない。
今は頭を切り替えて、この場を切り抜ける方法を考えないと。
「そろそろ止めをさそうかな?」
私にとどめの一撃を見舞おうと、揚羽が叫んだ。それと同時に上空で光の槍が複数光った。何もしなければ、私目がけで、突っ込んでくるのだろう。そうはさせるものですか!
光の槍が放たれる前に、揚羽の目に向けて、特殊警棒から発砲した。弾は見事にヒットして、揚羽はノーダメージだが、目をくらませることには成功したわ。
「む! もう少しで当たりそうだったのに、悪あがきしないでよ」
「黙ってやられる訳がないでしょ、馬~鹿!」
アカンベーの仕草をして、駆け出した。そして、前方の市松人形の顔を踏みつけて、ハイジャンプ! 攻撃されるかと思ったけど、追い詰められていた筈の私に思わぬ反撃を食らったことで、連中はしどろもどろになっていた。
この隙を狙わない手はないと、そのまま別の異世界へと飛んだ。
「無駄なのが分からないの? どこの異世界に逃げたって、その市松人形たちは、あなたを追い続けるのよ!?」
揚羽が叫んでいるのが聞こえたが、そんなのは今更言われなくたって、百も承知だわ。いいから、とっとと追ってきなさいよ。
移動先の異世界で、周囲を確認すると、さっきと同じ位置に市松人形の軍団が立っていた。
やっぱり追ってきたわね。でも、それでいいわ。私の顔に、自然と不敵な笑みが生じた。
私が移動したのは、異世界丸ごとテーマパークになっている世界だ。当然、人もたくさんいる。
大量の市松人形の登場に、周囲は瞬く間に騒然となった。遊園地で遊ぶために来ていたのに、いきなりこんなものを見せられては、誰だってパニックに陥るわ。みんなには悪いけど、私の命がかかっているの。だから、巻き込ませてもらうわ。
人々が逃げ惑う中、市松人形はそれでも行進を続けようとしたが、人混みのせいで上手くいかない。
後を追ってやって来た揚羽も、この光景に唇を噛みしめていた。
「くそ! こいつら、マジで邪魔……」
あまり気が長い方ではない揚羽は、瞬く間に怒りを貯めていった。変に力のある人間なので、手っ取り早く解決しようと、大人げなくも能力を解放した。
「『スピアレイン』!!」
直後に、上空から降り注いだ無数の光の槍によって、テーマパークにいた人たちは全滅した。
障害となっていた人の群れがなくなった後、何の感想も漏らさずに、揚羽は一心に私の姿を探した。だが、私は混乱を上手く利用して、既に逃げた後だった。
私の姿がもう確認できないことを知ると、揚羽はおもいきり近くにあったテーブルを蹴りつけた。
「くそ! 狩られるだけの獲物のくせに、ふざけた真似を!」
さっきまで見下していた相手に、一杯食わされたことが、よほど気に食わなかったらしく、揚羽の八つ当たりはしばらく続いた。
「逃がしちゃったみたいだね」
興奮のあまり、呼吸を荒げる揚羽に、どこに隠れていたのか、御楽が声をかけた。
「うるさい。だまれ、馬鹿御楽」
揚羽が苛立たしげに唸った。馬鹿呼ばわりされたのに、慣れっこなのか、御楽は涼しい顔をしている。
ようやく八つ当たりが終わると、揚羽は殺気の籠った目で、ここにいない私に向かって、ハッキリ宣言した。
「ますますあんたの顔が苦痛に歪むところが見たくなったわ……」
これまでどこか遊びの延長で楽しんでいた揚羽が本気になった。私にとっては、状況が悪化してわけだけど、元から最悪な状況だったせいか、あまり実感は沸かない。
「……しばらく待ってみたけど、異常はナシ」
一息つくと、全身から力が抜けてしまい、まだゲームが続いているのに、大きなため息をついてしまった。
「全く……。人前でほいほい能力を使っているんじゃないわよ」
揚羽から上手く逃れることの出来た私は、壁にもたれかかって、大きく息を吐いた。
完全に撒いたらしく、人形の軍団が迫ってくることはなかった。
「揚羽が馬鹿だから、上手く撒くことは出来たけど、次はないだろうな」
もう一度襲われたら、どうしようかしら。さっき対峙してみて、改めて感じたけど、『魔王シリーズ』の力は、やはり半端ないわね。アレをどうにかしないと、勝てないわ。
いや、待て待て。何もぶっ倒す必要はないのよ。あいつが持っている人形を奪い取ればいいんだから、戦略を変えれば対抗できるって。それくらいなら、私の持っている特殊能力で、いくらでも対抗できる。
何も不利な方で挑むことはないので、あっさりと路線を変更することにした。
「のどが渇いてきたな……。どうせまた襲われるんだから、水分補給くらいしておこうかしら……」
こっそりテーマパークの世界にでも戻って、冷たいコーラを味わおうかと考えていると、不気味な行進音が聞こえてきた。
嫌な予感がして、音の方を見ると、例の市松人形の軍団が、こちらに向かって行進していた。
「せめて水分補給くらいはさせてほしかったな」
完全に振り切った筈なのに、また見つかってしまった。向こうがどうにかして、私の現在地を把握しているのは明らかね。でも、どうやって知っているのかしら。発信機の類は身に付けていない筈だし……。
違う、違う。そんなことは今考えることじゃないわ。あの人形たちをどうにかしないと。
気持ちを引き締めて、一歩一歩迫ってくる人形たちを睨んだ。さっき倒した分の補てんは済んでいるみたいね。きっと揚羽の仕業だわ。全く余計なことをしてくれるわね。
人形の軍団は、どことなく怒りを貯めているように見えるわ。さっき私をしとめられなかったのが、そんなにショックだったのかしら。無感情と思われた人形にも、感情があるということを、冷静に観察していた。
「そうか。あの子たち、今怒っているのね」
普通なら、気味が悪いと怯えるところだが、私にとっては、むしろチャンス到来だった。
「『裁断ネット』!」
相手の感情が昂ぶるほど、切れ味を増す網が、人形軍団を取り囲む。確実に切り刻めるように、徹底的に挑発してやった。
挑発は面白いくらいに効いて、人形たちは明らかに目の色を変えていく。
やっぱりだ。こいつら、持ち主に似て、かなり精神年齢が幼い。好都合だわ。
「あんたも、たまには正面から現れたら、どうなの?」
背後で、不意打ちを狙っている揚羽に語りかけた。
同じ手が、また通用すると思っていた揚羽は、私に凄まれたことで、一瞬固まってしまった。
私は、その隙を見逃さなかった。揚羽が妨害してくる前に、網で人形軍団を細切れにしてやった。
「あっ……」
「まずは一丁上がりかしらね」
これまでずっと主導権を握られていたけど、これで一矢は報いたかな?
今回で百話目です。前回の後書きでもお断りしましたが、特に百回記念はございません。