荒野の悪魔と魔女
即興小説トレーニング お題:あきれた平和 制限時間:30分
改稿あり
「あなたはヒーローなの?」
サラサラロングの黄金の髪の毛、ぷるんとしたサクランボの唇。ピンクのカチューシャとワンピース。エナメルの赤い靴先が光る。
真っ直ぐ切り揃えられた前髪の下から、ブルーの瞳が印象的な大きな目が覗く。
テディ・ベアを抱えた超絶美少女に上目遣いで訊かれたら、こくんと頷くしかない。
「ああ、そうだよ」
彼はニック・デイビット。この列車の第三車両にたまたま乗り合わせ、たまたまこの美少女と向い合せになった、厳つい男である。
バリバリに硬い金髪に、四角い顔。彫りが深いので眉の下は渓谷の如く、鼻は山脈のように高く聳えている。
保安官の格好をして、バッヂをつけて、ブーツを履いて、その巨体から二人分の座席を一人で使用しているような男である。
彼は困っていた。
「あら。」
彼女に、嫣然と微笑まれて。
「それなら、私を助けて?マイ・ヒーロー」
360度から銃口を向けられて、困っていた。
ニックは深く溜め息をついた。
まったく、どこに行ってもこんな事案がゴロゴロ。さすが俺様、行くところにゃ、トラブルがある。
面倒臭いがな。
美少女は周りを見回し、ぺろりと舌なめずりした。
「あーら怖い。皆様どうしたってこと?」
ぐるりと囲んで美少女に銃口を向ける男たちは口ぐちに喚いた。
「どうもこうもねぇ!自分が一番知っているだろうが!!!」
「俺らの列車強盗した儲けを根こそぎ持って行ったくせによう!」
「やい、金はどこだ!」
ニックは肩を竦めた。
どうやら、目の前のお嬢さんは、ただ者ではないらしい。
うふふ、と彼女は微笑んで、ブルーの瞳を微笑ませた。
「どこって」
その言葉は大胆不敵に
「こんなところにあるわけがないじゃない」
響いた。
顔を真っ赤にした男が、ニックに銃を向けた。
「お前もグルか?!保安官!!」
ニックはふぅ、と溜め息をつくと――――
バキュン!
目にもとまらぬ速さで、その男を撃ち殺した。
「ま、ステキ」
美少女は楽しげに微笑む。
すでにこの車両は客が追い出され、列車強盗しかいない。
荒野で停車した列車は、一ミリたりとも進まない。ニックは目的地に着かないこの列車と、何十人もの列車強盗に囲まれた状況を憂えた。
まったく。こんな奴らさえいなければ。
ニックは立ち上がって、言った。
「いいかい、お嬢さん。俺はヒーローだが、正義の味方ではない」
「あら?」
美少女は足を組み、悠々と座席に深く座り込んだ。
いたって余裕の表情である。
対する男たちは、全員、凍りついた表情で彼に銃口を向けている。先程の目にも止まらぬ早撃ちに怖気づいたらしい。
少女は言った。
「わたしたち、気が合いそうね」
「そうか?」
だがしかし、人数の上ではこちらが優勢。列車強盗たちは、目配せし合った。
が。
ニックは邪悪な微笑みを浮かべた。
「俺は悪魔だぞ」
荒野に停車している列車から、一人の人間が出て来た。
ほかの乗客や、乗務員は、身を潜めているのだろう。それか、既に逃げ去っているのか。風が吹き抜け、砂埃が舞う。
ニックは赤い砂の大地に降り立ち、首をコキリと鳴らした。荒野は果てしなく、恐ろしいほど静かだった。
ふっと溜め息をつく。
面倒臭い。俺はこれから歩いて目的地に行かねばならないのか。
「あら、お待ちになって」
列車の屋根の上に、パラソルを開いた少女がいた。
「よろしければ、私とご一緒に」
「お嬢さんもただ者じゃないわけだ」
「あらあら、私なんて小さな魔女ですわ」
コロコロと笑う彼女は、おもしろそうにニックを見つめる。
「大した平和じゃありませんか、全員皆殺し、なんて、あきれた平和だわ。保安官さん」
第三車両は、言うなれば血肉のパーティーである。
まるで絵の具のように、窓や壁がべっとりと赤い色に彩られ、死屍累々の地獄になっている。
彼女は自分の見た光景を、ひどく興味深いものとして捉えていた。
彼は、まさしく悪魔だったのである。
この、金髪の厳つい、人のよさそうな男の姿は、仮の姿だろう。
彼女が見たのは黒い影だった。
保安官姿の彼は、次の瞬間には、スマートな影となって、殺戮を重ねた。
細くて、しなやかな黒い影が、男たちの間をすり抜け、動き回り、次々と倒れていくさま―――
「鮮やかだったわ」
美少女は、パラソルで大地を指した。
「よかったら、ご一緒しませんこと?」
もくもくと、闇のような物質が表れ、次の瞬間には四頭立ての馬車が現れた。
ひゅーっ、とニックは口笛を吹いて、「そりゃご親切に」と会釈する。
二人は馬車に乗り込み、御者のいない馬車はそのまま目的地に走り出した。
「ところで、どちらへ?悪魔さん」
「ちょっと、海岸の街へ」
「目的は」
「まあちょっとな」
「気になるわね」
「お嬢さんは?」
「退屈なの」
少女は彼の手に、腕に、その小さな手を這わせ、身を寄せた。
彼と彼女は、見つめ合う。
美少女はテディ・ベアを抱き締め、魅力的に微笑んだ。
「どうか、私をパーティーに連れてって?あなたが見せる、とっておきのパーティーへ」
ニックは少女を眺めていたが、ニヤリと笑った。
それは悪魔の邪悪な笑みだった。
「悪くはないな」
邪悪な悪魔と、可憐な魔女を乗せて、不吉が進軍するかのように、黒い馬車は狂い駆けていった。