さんぽ
誰かが玄関でぼくを呼んだので、ぼくは、靴をはいて、家を出た。
きれいな、見たことがないくらいに綺麗なラベンダーの空に薄い薄い、桃色の雲がたなびいている。
夕暮れだ。
行って来ます――ぼくは、ママとパパに声をかけた。
でも、どこに行こう。
途方に暮れていると、つんつんと、ぼくの服の裾が引っ張られた。
だめだよ。
一張羅だもん。ママに叱られる。
見れば、玄関先で、犬小屋から出てぼくを待っていたポチだった。
ポチが、案内してくれるの?
うんうんと、ポチが、うなづく。
ポチと一緒だったら、怖くないし淋しくないよ。
ぼくは、ポチの首輪を散歩用のリードとつけかえた。
灰色の大きなからだが、ゆらゆら宙に浮き上がる。
ポチ、行くよ――ぼくよりもでっかいシーラカンスが、銀色の鎖と赤い首輪に引っ張られて、ぼくの後をついてくる。
と、木になっているすべすべの卵が、いいなぁ――と、ざわめいた。
いいなぁいいなぁいいなぁ………。
あんまりうるさいので、ぼくは、木の幹を蹴った。
そしたら、面白いくらいあっけなく、卵が地面に落ちた。
ぼくたちも行きたいな。
あたしたちも行きたいなぁ。
ぽんぽん跳ねながら、すべすべの卵たちが、あいかわらず話しかけてくる。
ぽちが、ぐるぐると鎖の範囲を円を描いて回っている。
だから、ぼくは、ポケットから、赤いリボンを取り出した。
いくつあるのかわからないたくさんの卵たちにリボンをかけようとしたんだけど、卵はすべすべしてるし、少しもじっとしていないしで、リボンを結べない。
しかたないから、ぼくは、とっときの万能ナイフをポケットから取り出して、細い細い穴を開けようとしたんだ。
けど………。
軽い音をたてて卵は割れてしまった。
とろりとした透明な液体と、ピカピカ光る星の形をした黄身が、黄土色の地面に、流れ出した。
ああ……。
とんでもないことをしてしまった。悲しくて、泣きそうになったぼくの目の先で、丸々と立体的な星の形の黄身が、きらきらと浮かびあがる。
てろりと、白身が、滴ったところから、にょきにょきと、緑の芽が顔を覗かせた。
きゃらきゃらと、卵たちが笑いながら、互いのからだをぶつけだす。
笑い声に混じって、軽い音があちこちで上がる。
そうして、気がつけば、ぼくの周りは星の形の黄身でいっぱいで、足元は、緑の芽で埋め尽くされていた。
緑の芽は、ぐんぐん伸びながら、真ん中を空けたまま、ず~っとず~っと、どこまでも続いてゆく。
真ん中の黄土色は、まるで、絨毯みたいだ。
星の黄身にくるくると赤いリボンを結び付けて、ぼくは、星の海を泳いでいるポチを引っ張って、黄土色の絨毯の上を歩いた。
ぐんぐん伸びた緑の芽に、たくさんの花のつぼみがついて、ぽんぽんと軽い音をたてて開いてゆく。
わ~。
金平糖のお花畑だ。
ぼくは、ニッキが入った金平糖が大好きなんだ。
目についた黄色い花をぽきんと折って、しゃぶってみたら、砂糖の味がして、つんとしたニッキの匂いが鼻をついた。
わ~。
金平糖の花を空いた手で握りしめて、ぼくは、しゃぶりながら、歩いた。
きらきらと、星の黄身が、音をたてる。
からからと、金平糖の花が、音をたてる。
ポチはふよふよと星の海を泳いでついてくるし。
ぼくが舐めているのは、大好きなニッキの味の金平糖だ。
楽しくて、嬉しくて、ぼくは、声を張り上げて、歌を歌った。
どこまでもどこまでも、道は続いている。
ラベンダーの空の下、桃色の雲がたなびく。
ぼくが寝そべった桃色の雲を、ポチと星たちが、引っ張ってゆく。
銀の鎖が、星たちの光にきらきらと輝く。
星たちに結んだ赤いリボンが、ラベンダーの空に新しい桃色の雲を作ってゆく。
とっても楽しくて、とっても気持ちよくって、ぼくは、ニッキの匂いのする金平糖を口の中で転がした。