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 Traum市街の純白とは相対的に、淵無しの漆黒で覆われた空間。


「燈理…くん」


こぼれ落ちた言葉の先、樹沙羅の目の前に、高原燈理は立っていた。


しかし、次のまばたきが終わった時、そこに樹沙羅はいなかった。


いつの間にか、斧導樹沙羅は『高原燈理』の中にいた。


目の前で、幻影の『斧導樹沙羅』が微笑む。


『燈理』は何かに操られるように、優しく『樹沙羅』を抱きしめる。


樹沙羅は『樹沙羅』を視界の中心に捉えようとした。


が、『燈理』の目に映る彼女はどうやってもぼやけてしまう。


(燈理くんの目に、私は映っている…?)


 完全に隔絶された世界にして心の写し鏡、個室。

部屋の『心鏡レベル』を最大に引き上げてあるため、この空間は、まるで本物の夢のように彼女の心の些細な機敏までを感じ取り、具象化する。


 樹沙羅は空っぽの優しさに惑わされる『樹沙羅』を突き飛ばそうとした。


しかし、直前のまばたきで再び切り替わった樹沙羅は、思いっ切り『燈理』を突き飛ばしていた。


『燈理』が割れたガラス片のように散り、風に霧散する。


一人残された樹沙羅の上に、灰色の雨が降り始めた。


 何かあるごとに燈理に関わろうとする自分がいる。


樹沙羅自身にもわからない感情が、彼女をそうさせる。


それは恋愛感情からなのだろうか?


本当に恋愛感情なのだろうか?


どこまでいけば『好き』なのか?


そんな風に迷うから、やり場のない感情は涙となって溢れ出す。


(何だかなぁ…)


 今日何度目とわからないため息を吐き出したSaraに、一通のメールが届いた。


「一斉送信…?と、燈理くんからっ!?」


文面に目を通したSaraの表情が、大きく変わった。


覚悟を決めたような、そんな表情に。


(これが君の心を占めてるものなの?燈理くん)


澄んだ目が空を見上げた。


いつの間にか漆黒は剥がれ落ちて青空が広がり、灰色の雨はやんでいる。

(私はそれが知りたい)


Saraの姿が個室から消える。


飛び立ったのだ、共通夢の中に見いだせる何かを探して。


燈理はもちろん、樹沙羅自身も気がついてはいないが、いつだって、彼女を救い上げてくれるのは燈理だった。






     Ξ



 それでも朝はやってくる。


例え前日の夜に超次元バトルを繰り広げようとも、当然のように知らん顔で、日常はいつも通りのSHRからいつも通りの授業を持って来る。


非現実だろうが白昼夢だろうが、繰り返せばいつの日か日常に変わってゆくものだ。


「おはよう高原くん!」


「!…おはよう、斧導」


「この間の夜はありがとね」

ガンッ!と、机に頭をぶつけた。


樹沙羅は知らない。


この教室では、彼女の素直な謝辞の礼さえもが鋭利な凶器になり得ることを。


「言い方が悪すぎだ!それに礼を言われるほどのことでも」


「でも丁寧に教えてくれたよ?」


「誤解を生みそうだから黙ってくれると嬉しいな」


「昨日あれだけ優しくしてくれたのに…今日はダメなの?」


「わざとか!?」


燈理は、クラス中の男子の視線がいっきに自分へと向いたのを感じて身震いした。


なんかここまでくると物理的に痛くなってくる。


トゲトゲの視線は肌に突き刺さるのみに止まらず、刺さった部分の内部で小規模の爆発を起こしている……ような気がした。




(人生…楽ありゃ…)


SHRが終わりを告げる。


生徒たちが席を立ち、各々の講座教室へと向かう中……佐野 陽が超笑顔で燈理に笑いかけていた。


with死んだ魚の目。


「燈理、どういう、こと、だよ?」


 その後ろに立ち並ぶ殺気立った男子勢と、揺らめく陽炎。


(なんとやらっ!)


逃げた。


カバンをひっつかんで、全力で逃げた。


「追えー!!燈理を追えー!!」


叫ぶ陽の声に女子が呆れ顔なのを目の端に捉えながら、教室を飛び出す。


一限目が地学であることに初めて感謝の意を覚えつつ、地学講義室というシェルターを目指して燈理は駆け出した。


講座が同じなため、陽の制裁からは逃れられないのだが、それでも殺気立った男子勢に殺されるよりは数倍マシである。




     Ξ




――ログイン。ようこそ、アマクサさん。


燈理、いや、アマクサは久々にラクーシァ前に立っていた。


現在時刻は朝の10時30分。


現実では二限目の古典の真っ最中だ。


(今朝の授業はなかなか寝付けなかったな…)


疲れたように頭を振ると、奮い立たせるためかYシャツの裾を引っ張り、気を引き締める。


(行くか…)


扉に手を掛け、開く。


踏み入れた先は、常しえの闇だった。




 ポ…っと、蝋燭の灯がともる。


やがて手前から奥へと順々に灯がともり、弱々しい火が部屋の全体を浮かび上がらせた。


石造りの床と壁、広場の中央には魔法陣をかたどった模様が刻まれている。


それはまるで中世ヨーロッパの城の一室のようだった。


入室者の並々ならぬ強い意思や、欲求、決意などに反応し、『能力』を与える、それがラクーシァ。


ここがその何階層であるかはわからない。


だが、この部屋は、初めてアマクサがラクーシァに入った時のまま、一カ所を除けば全く変わらない姿だった。


初めて入った…能力を貰えなかった、満ち足りていたあの頃のまま。


魔法陣の中心に――角張った水晶漬けの、棺桶が居座っていること以外は。


「久方ぶりであるな、少年」


その人物は棺桶の中からくぐもった温厚な声を響かせた。


「そうだな、"ラプラス"」


アマクサの不満そうな返答に対し、声の主は満足そうに笑った。


ここに眠るのはラプラス。

太古の天才数科学者ラプラスの亡霊(イメージ)である。


電子世界的な話をすると、彼は燈理に『ラプラスの眼』という既存イメージの倉庫を与え、また常にそれを制御している、自律型AIだ。


能力一つに一つのAI。


彼らは能力の遠隔リミッターの役割を果たす。


「時間が無い。手短に話をしよう。」


そう言ったのはアマクサではなく、ラプラスの方だった。


「時間が無い?何が…」


「気にするでない。それより、探し物は見つかったか?」


アマクサはラプラスを恨めしそうに睨みつけると、眼を閉じて首を横に振った。


「見つかってない。やっぱり戦闘エリア以外での解析が必要なんだ。どうにか融通効かないか?」


懸命な問いかけに対して、ラプラスは無慈悲に即答する。


「私はただの地縛霊AIに過ぎぬ。そんな権限はないよ」


「だろうな…」


うなだれるアマクサに、ラプラスは意外な言葉を投げかけた。


「ヒントをやろう、少年。情報を上手く使え。さすれば探し物は見つかるだろう」


「情報?どういう意味……っ!?」


言い終わる前に、地面が突然揺れはじめた。


「残念だが、お別れの時間だ。答えは少年自身が見つけるのだ。Traumネットワークの地縛を抜けた自律型AIとして教えてやろう」


地震に戸惑うことなく、どこまでも温厚さを含んだ声で、ラプラスは告げる。


「少年が我が眼に選び抜かれたのにはきっと理由がある」


崩れ始めた地面に飲み込まれ、落下していく燐斗には、それがただのきれいごとなのか、それとも真実を見透かした言葉なのか、見極める時間も余裕も与えられていなかった。




 ――…た…は…くん…かは…たかはらく…高原くん…」


「ぅ」


揺り起こされた燈理は、危うくもろにモロー反射しそうになったところを、起こしてくれた隣の生徒に止めていただいた。


古典の授業はいつもと席が異なるため、隣に座るのは樹沙羅ではない。


「高原くん、次の次にあたるよ…」


「あ、ありがとう…弓麻さん」


燈理は隣の生徒に礼を言い、教科書に目をやる。


しかし、頭の中でぐるぐる回るラプラスの言葉は、一瞬も消えることなく脳裏に響いていた。




 そして、何かが動き出す。





     Ξ



 それは、昼下がりのことだった。


誰かが、Traumに入れないと言い出したのは。


その時点では、信憑性は実に低かった。


 しかしその5分後、Traum管理側からユーザー全てに、とあるメールが発信され、その言葉の真実は証明された。




 『Traum内でウイルステロが発生。魔典捜索のためにTraum全域に放った探索プログラム『サーチフロッグ』通称;見つけてカエル、にウイルスが侵入。感染速度が早く、ウイルス駆除プログラムの措置が間に合わなかったためTraum全域にウイルスが広がり、現在ログイン禁止令が出されている。以上』



前代未聞の状況に、話題はかっさらわれた。




(ウイルスだと!?くそっ!!)


ウイルス騒ぎに話題をまとめてさらわれた教室で一人、燈理は頭を抱えていた。


(Vesselがウイルスに感染しても身体的影響は出ない…。ただ…)


 燈理は自身の手のひらを見た。


指先が少し切れた痕がある。


(俺みたいに、イメージや夢が現実に投影されやすいタイプは話が別だ。ましてや"隔絶された精神体そのもの"であるあいつは、ウイルスに呑まれた時点で…)


ざわつく教室の空気が動悸と焦燥を不安定に加速させる。


追撃をかけるように吐き気や目眩が押し寄せる。


(消滅を意味する)


血の気がサァーっと引いていくのを自分でも感じた。


「…高原…くん?大丈夫…?顔色が悪いよ?」


隣の席の女子が声をかけてきたが、それに答えを返すことさえもが苦しい。


「大丈夫…じゃないかも」


「具合悪かったら…早退…とか」


「そうするよ。ありがとう、弓麻」


考えたことを整理するための思考を閉じ、筆記用具をリュックにしまい込むと、教室を後にする。


たいして重くもないはずのリュックが、肩の上で異様なまでの違和感を発していた。




急ぎ足で保健室に向かった燈理は、不在の先生に書き置きを残し、カーテンを閉めてベッドに横になった。


少しずつ落ち着きを取り戻してきた頭を起こしつつ、スマホでネットを開き、"市民寄りの"情報集めを始める。


ウイルステロ発生時にTraum内にいたユーザーの情報だ。


それはすぐに見つかった。


しかし…


(どういうことだ…?巻き込まれたユーザーが一人もいない…)


書き込みは全て一様に、急に弾き出された…とある。


(目撃者もいないだと!?これが真実なら、ユーザー全員が同時刻に弾き出されたことになる。発生時刻との時間差的に見ても…)


Traumの対応があまりにも早急なことが、逆に燈理に疑問を抱かせた。


(これじゃまるで…Traumがテロを予測していたような…)


ティアラの情報が正しければ、テロの主犯は、ほぼ確実に『春先の愚者』。


(目的と手法は、カエルにウイルスとハッキングプログラムを投入しての魔典捜索…といったところか)


チャットサイトなどを橋渡しして調べ上げると、いつもの癖で履歴を消す。


続いてネットを閉じようとした燈理だったが、そこで急に動きを停止させた。


新たに書き込まれたコメントの中の何かが、目を引き留めたのだ。


『なぜウイルス騒ぎが急に起きたのか?』


コメントはさらに更新される。


『三年前の発売時から現在まで、一度もウイルス騒ぎがなかったのに、なぜ今回は…


(初のウイルス騒ぎに引っかかったんじゃない。何か…何か……)


『三年前の発売時』『ウイルス感染が』『魔典捜索』『カエルが』『感染力が強く』『ハッキング』『操作』『感染速度』『テロ』『Traum管理側』『初の』……


(そうか…)


燈理はネットを閉じると、ゆっくりと頭の中を整理し始めた。


(『最初はカエルに感染』より、春先の愚者が絡んでいる可能性が高い。だが、今まで一切のウイルステロが発生し得なかったのに、警戒が強まっているはずの魔典事件中にテロが発生したのは不自然だ)


そよ風がベージュのカーテンをわずかに揺らす。


心地よい温度が落ち着きを促してくれる。


(Traumのウイルス対策のレベルは高い。そんな完璧主義の管理側が、重要度の高いカエルにウイルス対策を施さないないはずがない。…Traum側によって意図的にカエルのセキュリティが薄くされていた可能性がある。理由はわからないが、Traumはウイルステロを誘発させたがっていた…)


思考は、ある結論に達した。


(Traumは信用できない)


燈理はスマホのアラームを一時間後にかけると、ベッドに横たわった。


休息のためではない。


真実を確かめるための眠りへと身を投じるためだ。


消毒の香り漂う中、イヤホンを耳にはめる。


夢という虚実の中の真実へ、いざ――。





 三つの見慣れたドアの前に立つ。


案の定、Traumへと続く扉にはkeepoutの黄色いテープで×印がつけられていた。


(ウイルスは『Work』で作ったのか。なるほど、そうすれば持ち込めるかもしれない)


三つの扉のうち、最後に作られたのが『Work』だ。



『Work』の扉の先は別のネット世界、現実のパソコン系機器と繋がっている。


眠りながら仕事ができるそこでは、専用USBケーブル(別売り)を軌道状態のDDNとパソコンに繋いで眠ると、この半現実の中で寝ながらにしてデスクワークをすることができるのだ。恐らくウイルスを作った者は、この半現実に一度アクセスし、作った、あるいはパソコン内で事前に作ったウイルスを固体化してダウンロードし、それを持ってここからログアウト、Traumにログインしたのだろう。


強引だが、『Public』の扉についた強力なセキュリティを、長時間の解析のもとに破ることが出来れば、不可能なことではない。


(春先の愚者の技術力がすごいか、もしくは…)


もしくは…。


(Traumがわざとセキュリティを落としたか)


アマクサは手を扉に置き、強く押す。


ジジッというノイズを伴い、アマクサという器の腕半分が扉を貫通した。


「やはりか…」


Traumログイン禁止令は半分嘘だ。


ログインはできる。


そして引き抜こうとした腕半分は、びくともしなかった。


出来ないのはログアウトの方。


(ウイルスをTraum外から遠隔操作するなんてシステム的に不可能だ。となると、これはテロリストたちを閉じ込めるための仕様ということになる)


今Traumにログインすれば、脱出するのは不可能だ。だとしても……今入らなければ、彼女はきっと巻き込まれる。


「望みがあるだとか…言ってられないんだ」


自分を奮い立たせるために呟いた、その表情に迷いはなかった。


効かないとは思うが一応、残った片手で一時間後にログアウト設定をかけると、準備を整える。


アマクサはそこで初めて、自分の手が小刻みに震えていることに気がついた。


(…俺は…怖いのか…?)


ウイルスに呑まれても、身体に影響はない。


それが普通の人ならば。


しかし、燈理は夢やイメージが具現化し易い体質を持つ。


夢の中で斬撃を受ければ、現実の体に小さな切り傷ができる…など、規模は小さくなるものの、本来ならTraumにログインすること自体危険な体質だ。


もしウイルスによって精神体が汚染されて破損データとなった時、体質的に言って燈理の脳に障害が入る可能性は……


(それでも……そのためにここに、Traumにいるんだから)


動かない二の腕を震える手で掴み、肺に空気を流し込む。


「必ずみつけるから、まってろよ…"  "」


燈理の身体が前に倒れ込み、一線を越える。


最後に呼んだその名前は、ノイズにかき消され、底無しの夢へと堕ちていった。








     Ξ




 殺伐としていた。


殺気が満ち溢れていた。


全機能を停止させて氷漬けになった建物たちが、安穏たる日々の香りを一つ残らず捨て去り、無意味な存在感を放っている。


物音…というか、もの凄い地響きが、不穏な空気を増幅させようと懸命に暴れまわっていた。


30分ほどの探索の末、燈理はあることに気づく。

(この感触…空気…まるで……戦闘エリア…?)


と――アマクサから少し離れた地点に何か黒いものが着弾した。


モザイク状のそれは小さく蠢いてノイズをたてる。


アマクサがそれを、ウイルスによって破損したデータの塊だということに気づくには10秒ほどの時間を要した。


「ぅあっ!?」


気づいて慌てて遠ざかるその様子は実に滑稽だったであろう。


観客がいればの話だが……。


さらに、彼は多大なる違和感に気づいた。


(この感覚…ラプラスの眼が使えるかもしれない…)


アマクサは右瞼に手を当て、それから手をおろし、目を開ける。


(見え…っ!?)


見えた。


ラプラスの眼によって解析された破損データの塊――noise12,8%純正ウイルス46,noise7%建noise造物noiデーseタ4,2noise%アカウnoiseントデータ5,――


(そんな…っ!まさか…)


全フィールド、戦闘可能エリア化。


安全地帯のない悪夢。


そして、燈理が夢にまで見た状況――


「死ねよォおおおおっ!!」


突然、爪が、アマクサの足元を襲った。


「!?B・(ブラッド・クローズ)!!」


(くっ…!間が悪すぎる!)


「お前をぶっ倒すためだけにぃ!」


ラプラスの眼が攻撃を読――


尻尾と蹴りが直撃する。


燈理の体を激痛が襲った。


「危ない橋渡ってんだよぉ!」


(っ!?)


「痛いかなぁぁ?」


ズドォォォン!


尻尾が立て続けに叩き込まれる。


攻撃の手は休まらない。


「痛覚の有効化なんて戦闘可能エリア化のついでだけどなぁぁぁ」


爪尻尾尻尾蹴り尻尾爪蹴り――


回避に徹するアマクサ。


(な…んで…読めな…)


「読みにくいだろ?」


尖った尻尾の先がアマクサの肩を捉えた。


「があぁぁっ!?」


激痛。


肩を貫かれた痛みが襲う。


「痛みは現実の痛みのきっちり十分の一らしいけど…きくダロ?」


「なぜ…俺がくると…わかって…」


「そんなもん知らねえけどさぁ」


もう一度尻尾が肩に突き刺さり、燈理が声にならない絶叫をあげる。


「春先の愚者のやつらが来るって言ってたんだよ。だからこうやってわざわざ空気中に破損データ振り撒いといたんだからよぉ…」


もう一撃。


かろうじてバックステップで避ける。


(空気中に破損データを散布することで、ラプラスの眼の視界を遮り、読みにくくしたのか!)


避ける。


痛みは十分の一、回復も速い。

(ラプラスの眼はあくまでTraumのシステム。Traumにとってイレギュラーである破損データは解析しにくい。役割的には妨害電波と同じ…)


バックステップに意識集中し、大幅に距離をとる。


B・Cは不気味に舌なめずりし、黒い爪を摺り合わせた。


「なぜ、お前がここにいる?」


しかし、その問いに答えたのは、燈理もよく知る、別の人間だった。


「彼が春先の愚者に協力したからさ。痛覚の有効化と、アマクサと戦えることを条件にね」


幼い風貌とボーイッシュな口調。


燈理に一筋の光を与えた人物が、そこに立っていた。


「お前も…そっち側の人間なのか……ティアラっ!」


ティアラは、睨んでくる燈理に対し、底抜けに明るくハローと手を振った。


「ティアラちゃんはいつでも楽しい方の味方さ。まあ…その分じゃメモも読んでないみたいだしね」


「ふ…ざけんな…っ!こっちは…こっちは魔典なんてもんに構ってる暇はねぇんだよ!」


「全く…聞く耳持たないらしいね、一番大事なことなのに。B・C、いいよ。とりあえず一回殺っちゃって」


背を向けてその場を去るティアラを一瞥し、B・Cは口元を歪める。


戦えることに興奮しているらしい。


「戦闘狂なんかに時間を割いてられるほど暇じゃないんだ。とっとと終わらせようか」


「そうでなくっちゃなぁァァ!」


再び激突する。


一瞬の交差、それで勝負はついていた。


激情した燈理の蹴りが、異常な破壊力でB・Cの尻尾をぶった斬り――


(や…ば…っ!)


大爪が、アマクサの胴を貫いた。


浅黒いウイルスをおどろおどろしく纏った、毒爪が。


ブラッド・クローズが歓喜に口元を歪める。


燈理の精神は浸食され。て浸食浸。食浸食浸食浸。食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食浸食――呑み込まれる――。








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