memories…
「なんで入試んとき寄らなかったんだ?ついでに家にくれば良かったのに」
「桜村前に入れて初めて成り立つ大義名分ですから」
ここは『夜の大灯台』の展望テラス。
"時計のないビッグベン"とも呼ばれている。
「それまで会うわけにはいかない…か。お前らしいな」
「それが私の正義です。誰が何を言おうと、絶対に曲げない心」
アマクサと帚木、背中合わせに会話する二人の他に、人影はない。
「合格発表は家で?」
「はい、ネットで見ました。というか何日前の話ですか」
「今日まで会うなって言ったのは摩耶じゃないか」
摩耶は照れたように笑う。
「まあ、それが…受験に対してのけじめ…とでも言いますか」
「わかってるよ。でも、もういいんだろう?」
「正確には今日まで…ですけどね」
「そうだな。一日早いけど、とりあえず…入学おめでとう、摩耶」
「……はい」
お互いの表情は影になって見えない。
だが、例え仮初めの虚像でも、背中が触れている部分のあったかさだけはしっかりと伝わってくる。
「やっと明日、燈理に…」
「入学式、俺登校しないんだけど」
「じゃあ帰りに寄ります。絶対」
なんとなく不満げな声。
子どもっぽい可愛らしさに意地悪したくなって、
「絶対?死んでも?」
と笑いながら聞いてみた。
摩耶は自分自身にも確認するように、
「死んでも、です」
答え、ゆっくり立ち上がった。
無表情に、空の月を右手で覆い隠す。
「だから今は…帰ります」
それは、彼女らしい、不器用で優しい覚悟の表れだった。
「…摩耶のしたいようにすればいいよ」
これ以上いては覚悟に背くことになると思ったのだろうか。
摩耶は、もう行きますね、とテラスの手すりの上に立つ。
「ずっと…これを言う日を待ってました」
その体は斜めに傾き…
「また、明日」
微かな笑顔と共に、一陣の風に消える。
高校入学。
明日から、学校で毎日彼女の私服と出会うことを思い、一人、顔をしかめる燈理。
そんな自分を静かに笑う。
「また、明日」
こうして入学式という形で迎えた約束の日、帰り道――
車にひかれかけた女子生徒を庇い――
勇気という名の名誉と引き換えに――
摩耶は、その意識を失った――。