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荒廃した街に、ちょっとしたクレーターが出来上がっていた。


(派手にやりすぎたかな?)


その中央で、ぷりしらが一人佇む。


吹き抜ける風が際どいミニスカートを揺らすが、気にする様子はない。


(でもまあ集まって来てくれると助かるけど。百人抜き)


最初は多勢に無勢な状況を楽しんでいたぷりしらだったが、やがて飽きてきた彼女が一発ド派手な収束砲を打ち込むと…その一撃のもとに一時協力態勢をとっていた人海戦術の塊はあっけなく敗れ、全滅を喫したのであった。


ここはその跡地。


(ちょっと時間かかっちゃったけど…このレベルなら少しは楽しめるかも)


壮絶という言葉が裸足で逃げ出すほど、一方的な戦闘があったことが一目でわかる。


(次は…と…)


めぼしい獲物を探して漂っていたぷりしらは、見つけた相手にるんるんスキップで近付いてゆく。


「ねぇ、おにーさんたち。ぷりしらちゃんと勝負しない?」


声をかけたのは、10人以上でチームを組んだと見られる集団プレイヤーだ。


全員白い覆面に白の長いローブを着用するその様は、まるでなにかの宗教団体のようにも見える。


白覆団(?)はぷりしらの誘いの言葉には答えず、かわりに彼女の周りを等間隔に取り囲んだ。


(う〜ん…チーム組んでるだけ、さっきの人たちよりもマシかなぁ…)


小さな舌で唇を濡らし、杖を手の中でくるくると回す。


「いっくよっ☆」


ぷりしらは小手調べに全方位へ衝撃波を――


がくん、と視界がズレる。


一瞬遅れてぷりしらは、自分が崩れ落ちたのだと気がついた。


体中の力が隈無く抜け去る。


(……ぇ…?)


 頭に浮かぶ疑問符の嵐。


多人数戦法には二種類がある。一つめは、がむしゃらな一斉攻撃。


そしてもう一つが――イメージ増大効果による攻撃。


これは、多人数で一つの共通イメージを練り込むことで、強大な攻撃を生み出す方法だが、多人数でチームを組んでいる時点で、効果の高いこっちで来ることは予想できていた。


しかし、魔法少女は気がつかなかった。


いや、気がついてはいたが、大して気にしなかった。


取り囲まれた時に肌にまとわりついた、生暖かい想像力の波を。


「…ぇ……ぁ…ぅあぁっ!」


 膝を抱え込むように倒れ込み、身体をビクビクと小さく震わせる魔法少女。


唾液が口端から溢れ、華奢な腕は自身の意思とは関係なく、きつく身体を抱きしめる。


「ぅ…く…んっ……ぁ…ふぅ…っ…!」


ゾクゾクと背筋を這い回る感触が、最高に気持ち悪くて心地よい。


(うっ…そぉ……ま…さか…こっち…っ!)


 最根底にして最大のセキュリティ、プライバシー制限という壁によって阻まれるため、相手のVesselに直接的にダメージを与えるのは不可能だ。


ダメージを与えるには念力そのものではなく、『念力で操った何か』を用いなければならない。


念力そのもので与えられるのは、『痛い』や『気持ち悪い』という感覚だけなのだ。


しかも、SWORDは、あらゆる感覚を楽しめる中、ショック死を防ぐために唯一痛覚だけが存在しない。


ただし…そう、痛覚以外にも、人を陥落させるものがある。


「ひ…ぁっ!……ぁぐぅ……」


それが、快感。


身体のあらゆる器官が受け入れようとする、受け入れようとしてしまう感覚。


ダメージを受ける心配は無いが、受け入れたら後、抗う術なく快感に支配され、降参するまで発狂し続けることとなる。


白覆団が行ったのは多人数による同時感覚干渉。


相手の感覚器官に快感を浴びせる攻撃だ。


一人ならともかく、多人数の網にかかれば逃れるのは不可能。


(気…持ち…悪っ…!)


 頭で必死に呪詛をかけるが、身体は言うことを聞かない。


聞くはずがなかった。


快感の集中放火は、抗えるレベルではない。


痙攣する肢体、朦朧とする意識。


「ぁ……あぁっぁ……んん……んっ…!」


(も…ダメ……あたま…おかしく…な……)


現チャンピオンであるぷりしらを倒せば、名声は鰻登り、チャンピオン超えという高名を受けられる。


そのぷりしらが地に伏している、そんなおいしい状況を前に…


「何?これ」


一人の少年が、乱入した。


彼は、白い覆面の一人を蹴り飛ばして着地し、周囲…というか白覆団を見回すと、続いてぷりしらを見下ろした。


「どう見ても白い変態どもが魔法少女をいじめて楽しんでる…ようにしか見えなかったんだけど…」


彼の冷えきった視線への反論か、もしくは対話を望んだのか、白覆団のうちの一人が進み出た。


しかし、少年はそれを手で制す。


「いいよ、説明はいらない。もちろん真実なんかもっといらない。ここでは狂った偏見さえもが…」


ドスッ。


「ぇ?」


ぷりしらの身体が宙に投げ出されていた。


彼が蹴り上げたのだ。


そのまま綺麗なオーバーヘッドキックが、


「ぁぐっ!?」


魔法少女の腹部へと横凪ぎに叩き込まれた。


吹っ飛び判定がなされ、ぷりしらの小さめな体躯があらぬ方向へとすっ飛んでゆく。


「まかり通るんだろう?」


空中という無重力空間からの着地を果たした彼は、『アマクサ』は、高らかに開戦宣言を掲げる。









一方、蹴り飛ばされたぷりしらはというと…


バキッ!ズゴガガッ!パリンッ!


「わきゃっ!」


割れかけのガラスを突き破って、くすんだ廃ビルの二階に突っ込んでいた。


助かった実感が少しずつ戻ってくる。


「う〜…まったく、手荒すぎだよぉ…」


 痛みはないが平衡感覚が正しく機能しない、そんな状態で立ち上がろうとしたぷりしらは、あえなく横転した。


「うぅむ…HPもヤバいし…」


見ると、頭上に表示されている緑色のゲージの三分の一が消えていた。


そのダメージの大半はアマクサの蹴りによるものではあるのだが。


ぷりしらは、感覚攻撃をもろにくらった後遺症で言うことを聞かない身体に舌打ちすると、両手を胸に置いて目を閉じた。


手が緑色の光を帯び、キラキラした粒子がぷりしらを包む。


回復…というのは明確なイメージがない上、ユーザーに直接効果を与える行動であり、プライバシー制限の片鱗が引っかかるため、多大な想像力を用いても少量しか回復しない。


強い精神力、集中力を必要とするくせに燃費の悪い、非効率的な行為なのだ。


(やっぱ回復は疲れるなぁ…)


心の中で悪態をついた、まさにその時だった。


灰色の凹んだドアが、ザシュッ!と、三本の斬撃によって破壊される。


「まほーしょーじょちゃぁああん!!!」


興奮に打ち震えた声に対し、ぷりしらは、最悪…とばかりに顔を背けた。


白を基調としたパンクなファッションに逆立ちまくりの金髪モヒカン、無駄にジャラジャラとした鎖、ポケットに突っ込んだ手……古風なヤンキーの格好で現れた青年。


ぷりしらはこの容姿に思い当たりがあった。


厨二的アカウント名『ブラッド・クローズ』血の大爪という。


魔法少女が電撃登場しなければ、チャンピオンとしての四日目を迎えられていたはずの男。


すなわち、文字通り三日天下の元チャンピオンである。


「あれれぇ?もっと嬉しそうな顔してくれよぉ?ボクとキミは戦いの中で愛し合った仲だロ?」


「黙って。嗜虐趣味の変態を愛した記憶は一度もないよ。気持ち悪い…」


焦りからか、いつものぷりしららしいおどけた口調は崩れかかっている。


つれないねぇ…、とブラッド・クローズは下卑た笑い声をあげた。


「俺が何しにきたかはわかってるよなぁ?」


「弱ってる魔法少女をいたぶり殺して名声を奪い返す…でしょ?」


「ワイルドグラディエーターにいるテメェが悪いんだよ。さぁて、ぷりしらちゃん?テメェいっぺん…」


BCの口元が思いっ切り歪む。


「死ねや」


宣戦布告と同時に、ぷりしらの身体ははね飛ばされていた。


魔法少女の華奢な四肢がコンクリートの壁にめり込む。


痛み以外の全現象が再現され、肺の空気が残らず押し出された。


「っ…!性悪…だね…手負いを…ケホッ…狙うなんて…」


「アンタも知ってんだろ?この世界では勝ちが全て。どんなに卑怯でも勝ちゃいいんだよ」


(こ…れは…万事休す…かな)


B・(ブラッド・クローズ)は目視できないほどのスピードでぷりしらの目の前に移動し、手を――


「よっと」


ドンガラガッシャーン♪


現実で起きたら明らかに痛そうな音。


今度は元最強が吹っ飛んで壁にめり込む番だった。


ぷりしらにしてみれば、いくら起死回生とは言え、アマクサ二度目の登場はさすがに感動が薄い。


しかし、そんなことを言っている暇は無かった。


「あ…いつ…強いよ…っ!」


「部外者は引っ込んでろォオオ!」


そうとう体にかかっているであろう負荷を完全無視して跳ね起きるBC…だったが…


蹴。


ドンガラガッシャーン♪


沈黙。


「状況理解できるまで寝てろ」


アマクサは、ぷりしらに視線を向けた。


ぷりしらは不規則に乱れた呼吸を整えつつ、口を開く。


「ソイツ…元チャンピオンで…っ…ガーゴイルの…能力…者…ケホッ…!」


「またやられてんのか?魔法少女」


「すっこんでろっつってんだろぉォォ!」


さっきよりも図太い殺気を携えて、B・Cが復活する。


散らばった瓦礫を跳ね飛ばしながらガーゴイルの化身が立ち上がった。


崩れた瓦礫から白煙のエフェクトが立ち上る。


「だいたい誰だテメェ!?」


「はじめまして、絶賛探し物中のアマクサ17歳。通りすがりの偽善者だが何か?」


「ああそうかい!だったらとっとと探し物探しに行きやがれ!」


「悪いなヤンキー。珍しく今日の探し物ってのはこの魔法少女のことでね」


ゴガッ!


アマクサからわずか2cmくらいしか離れていない箇所に、何かが衝撃を残していった。


「わかったか?テメェとオレの間にゃ格の差があんだよ。わかったら消えろ。さもなくば消す 」


「やってみろよ」


バギッ!


アマクサが立っていた場所が、丸ごと砂簿にかわった。


コンクリートの床がバラバラに砕かれて。


と同時に、轟音とともにヤンキーの身体に憑依する形で、ガーゴイルが顕現した。


石でできた薄い灰色の悪魔、その指先に生えた爪の、狂騒を求めてこすれる音が廃ビルに響く。


奇怪な等身大ガーゴイルを体にまとわりつかせて、B・Cが不適な笑みを浮かべた。


「ふーん。顕現型か」


(!?)


ガゴッ!


叩き潰されたはずのアマクサに向かって放たれた追撃の衝撃――も、見事に紙一重でかわされた。


「ふむふむ。ガーゴイル顕現による身体能力の飛躍的上昇と」


ズドォン!ひょいっ。


「攻撃力上昇か。リーチの伸びは20cmってとこかな。攻撃精製に」


ズガァン!ひらり。


「想像力は必要なし…と。よし、わかった」


「なんで知ってんだよ!?」


ガーゴイル自慢の爪撃。


その一撃はコンクリートを紙のように破り、武器さえも粉々に破壊する。


防具もしていないVesselの一人や二人など、なんの障害もなく肉片に変える(ほどのダメージを与える)――はずだった。


「な…んで…動かねぇんだ…?」


ブラッド・クローズの爪は、彼の手のひらごとぴったりと動きを止めていた。


そこには少し曲がったアマクサの手刀があるだけ。


だが爪はアマクサの身体まで届きはしなかった。


ヤンキーの顔が驚愕の表情に染まる。


「指の第一関節より」


蹴撃。


吹っ飛び判定は出るが、ダメージはさほど無い。


「少し上を止めただけだ。お前の爪は自律型じゃなく」


衝撃波を避ける。


今度ははっきりと見えた。


衝撃波の正体、灰色の細長い物体…ガーゴイルの、尻尾が。


地面に尻尾を潜らせる、いわゆる水面下からの攻撃。


長さはざっと5mほど。


「手の上に憑依させるタイプだからな。手自体を止めれば爪は動かない」


「だからさぁ…。なんでわかんだっつーのぉっ!」


砂埃の中から横凪ぎの一閃。

だが、尻尾が見える今となっては、そんなもの脅威にはならない。


「教えてやるのは別にいいが…知ったところで勝てないぞ?」


「なめてんのかぁぁっ!」


接近からの爪。


ガーゴイルによって上昇した身体能力で豪速球のように――蹴。


「な…っ!」


ハンドスプリングの要領で回転、からの顔面踵蹴り。


相手のタイミングがわかっていたとしてもできる技ではない。


おまけにこのスピードと距離と威力、加速度計算……針の穴に糸を通すなんてものではない。


糸に針を通すような精密な攻撃だ。


今日何度目とわからない壁への激突を余儀なくされたB・Cは再び壁を蹴って接近戦に赴く。


(おかしい…)


大爪という猛威を振るいつつも、B・Cは正体不明の不安と焦燥に駆られていた。


(攻撃が全て読まれている…。)


 圧倒的優位に立っているはずの彼のHPゲージは度重なる蹴撃によって半分まで減っている。

それに対して、アマクサのHPゲージは一切減っていない。


つまり、攻撃を受けていない。


B・Cも馬鹿ではない。


いかにいえど元チャンピオン、戦闘に関しては知り尽くしているといっても過言ではない。


夢の中とは言っても、SWORDは一つの理に則った世界だということは痛いほど理解している。


個室のように、自分を完全な思い通りに動かすのは極めて困難だ…という現実とのズレは、常に体感している感覚だ。


ましてや相手は相手の、確固たる独自のイメージで動いているのだから、そのイメージに対してタイミングを合わせるなんて、相手の行動を完全に読み切っていない限り不可能。


(天才…なわけねぇか)


「テメェ……能力者…か…?」

攻撃の手を緩め、素朴な疑問をぶつけてみる。


はたして…


「そりゃそうだ。そうでもなきゃ今頃死んでる」


「……」


「で、知ってどうする?」


「…予知なんてものは覆んだよ」


「惜しい。予知じゃない、予測だ。そしてこれは予測じゃなくて予言だが、お前は5秒後、ゲームオーバーだ」


「そうかい…4、3、2…」


B・Cの不意打ちが襲った。


アマクサの立っている床、その下から八本に分かれた鋭い尻尾が厚いコンクリートを突き破り、彼に襲いかかってる。


「ダイヤモンド・ブレイカー」


…1。


その技名には聞き覚えがあった。


ぷりしらの決め技で、最大火力の巨大想像力収束砲だ。


八本の尻尾がアマクサを貫いたとしても、無傷状態の彼を倒しきる保障はない。


しかし、あの短時間でチャージできる想像量などたかが知れている。


よってとるべき選択肢は…


(攻撃続行!)


ただ、そこまで高速な思考を張り巡らしても、彼には足りなかった。


なにが?読みが。


そして注意力が。


アマクサはその手に即席で溜めた想像力を、真下の地面に叩きつけた。


その爆発による多少のダメージを受けつつも、彼の体は爆風で天井近くまで浮き上がり、尻尾をかわす。


その所要時間、実に0,5秒。


そして…


(読まれてたか。だがブレイカーはハッタリ。これで…)


「ぜろ。ばーか」


そして、放たれたダイヤモンド・ブレイカーが、轟音とともにB・Cを襲った。


彼の、真後ろから。


 彼の敗因はただ一つ、知らない能力者との戦いに警戒、熱中し、こともあろうか現チャンピオンの存在を忘れていたこと。


ぷりしらがよろめきながら放った巨大な収束砲に呑み込まれ、B・Cはブレイカーの残光とともに、跡形もなくかき消えた。








膨大な想像力放出の反動として、ぷりしらが文字通りひっくり返った。


スカートの中身が見え…


「あ、ごめんね。スパッツ履いてる」


「なぜ謝った!?」


あの状態のぷりしらが、ダイヤモンド・ブレイカーを撃てるか、そして何より照準が乱れないかが微妙なところだったのだが、彼女はうまくやってのけた。


今ごろB・Cは待機ゾーンに飛ばされて地団駄を踏んでいることだろう。


ぷりしらはアマクサの作戦をしっかり汲み取ってくれた。


「説明無しでよくわかったな、魔法少女」


「だんだん闘う角度が変わっていったからね。チャンピオンたるもの、些細な変化に敏感じゃないと」


「さすが…臨機応変だな」


そういえば…、とアマクサは思い出したように聞く。


「あいつはどうなったんだ?」


「ああ大丈夫、このブランチのどこかにある待機ゾーンに転送されたんだよ。ここでHPが切れると待機ゾーンに転送され、体力の回復を待つ。10分そこらで戦闘可能になるから、またステージ内に戻ってくるだろうね」


答えたぷりしらは、あたしからも質問!と元気に挙手する。


「アマクサくんって能力者だったの?」


困ったように唇を噛むアマクサだったが、好奇心の包囲網からは逃れられないと観念したらしく、


「冗談…ってことにはならないよな…」


自白を始めた。


「ラプラス…って数学者を知ってるか?」


ぷりしらは首を横に振る。


「なぁに?その恋愛シミュレーションゲームみたいな名前」


「…一文字足らんだろ…。ラプラスは、19世紀のフランスの数学者兼天文学者だ。彼の思想に『ラプラスのデーモン』というものがある」


「デーモン…?悪魔?」


「ああ。というか超人的知性の象徴として悪魔を引用したんだろうな。この世界に働く全ての力とあらゆる物体の運動状態を知り、それら全てを瞬時に解析する能力があれば、その知性は未来の現象を確実に予言できる…という考え方だ」


「う〜わかんない〜…例えば?」


ぷりしらが目の中に渦潮を作って非理解を訴えた。


非現実的な光景?当然だ、ここは非現実世界だから。


「例えば…か。じゃあ…ここにボールがある」


アマクサは手のひらに野球ボールを想像し、創造した。


「このボールは今、重力という力で真下に引かれている。それと同じように俺の手が制止させる力を発している」


ボールを指で掴み込み、腕を伸ばす。


「ここで、このボールにかかる重力量と方向、そして俺の手、腕の保つ体力、さらにこのボールの持ち方、離し方、加えて手から離れた時に発生する方向…まあその他諸々の力を知ることができれば…」


アマクサはボールから手を離し、その自由落下を淡々と見つめる。


「このボールがいつ、どこで、どのように、どうなるか…というのを予測することができるってことだ」


ボールは白い大地にバウンドし、3〜4回弾んでから動きを止めた。


「それが『ラプラスの眼』。ラプラスのデーモンとの契約で得た、俺の能力」


「えっとぉ…じゃあその能力の本質って…」


ぷりしらの問いに、そう、と頷く。


「高度な解析能力と、そこから導き出す攻撃予測。初見で相手の能力の詳細を見抜き、その情報+出力される想像力を使って戦闘パターンを予知する。戦いが長引けば長引くほど解析が詳細化し、予測も正確になってゆく。ただ……戦闘エリア限定の…能力だ」


「えー!?それでも十分すごいよ!ある意味最強だよ!」


燈理は苦々しい思いを苦笑の陰に隠しつつ、それを否定した。


「ラプラスの眼には攻撃系スキルが何一つついていないんだよ。だから攻撃は自分で精製する必要がある。が、予測時に表示される解析データを読み取るのと想像力を働かせるのを同時に行う、なんてのはかなり難しい。だから瞬間的に精製した力しか発揮できない。つまり、予測のぶん攻撃が貧弱になるってことだ」


それに、といってボールを拾い上げ、思いっ切り握り潰す。


ボールは紙風船の如き脆さで、クシャクシャに丸まった。


「予測したって避けれない攻撃もあるしな、全方位攻撃とか」


アマクサは手をひらひらとふり、話題終了の意を示した。


 しばしの沈黙。


と、ぷりしらが不意にその場に座り込んだ。


立てなくなったのかとも思ったが、ぷりしらはただ静かに笑ってアマクサを見上げている。


「Traumの中でこんなに話したのは久しぶり。ねぇアマクサくん、もう少しお喋りしない?」


右手のひらで二度床を叩くサインは、どう考えてもそこに座ることを強制している。


燈理は一瞬迷ったが、なんのためにここに来たのかを思い出し、少し間を取って腰を下ろした。


ぷりしらはその間を詰めるように身を寄せた。


「アマクサくんは強いね」


「あんたに言われたらおしまいだって、チャンピオン」


「そう?それほどでも…あるかな〜♪」


「ここでの強さは心の強さ。そういう意味でも、きっとお前は強い人間だよ」


「ううん、全然」


急に声のトーンが下がったことに気がつき、隣を見ると、ぷりしらは膝に顔を埋めていた。


「ぷりしらはね、私の理想の姿だったの。現実の私はこんなに可愛くないし、全然強くもない。弱気で人見知りで…ぷりしらとは大違い」


その言葉は、燈理にとっては意外だった。


夢の中で心の強さを偽ることはできない。


ぷりしらの強さは、現実の彼女の強い人間性から来ると思っていたから。


そして、そんな勝手な思い込みが知らないうちに人を傷つけることを、さっき思い知ったばかりだった。


「最初は変わるきっかけのつもりだったんだけどね…。いつの間にかぷりしらだけが先走って、現実の私はどんどん引き離されて。惨めな話だよね。本末転倒っていうかさ…」


ぷりしらは渇いた笑いをこぼす。


「気づいた時にはぷりしらは大きくなりすぎていた。強さ、名声、人気、歓声…私が持ってないものを全部持っていて…どうしようもなく魅力的で…やめられなくて…」


苦しかっただろう。


自分が中毒になっていると理解しながら抜け出せない苦痛。


だが…


「君なら…多分大丈夫」


「え?」


燈理は話を聞きながら、一つ、気がついたことがあった。


樹沙羅の姿に重なるようで重ならない、両者間の決定的な違い。


「だって君は話せるじゃないか。俺に訴えられたじゃないか」

ぷりしらはなんだかよくわからないという顔をしている。


「自分の中で全部抱え込んでるやつを助けるのはすごく難しい」


それがあるからこそ樹沙羅は強くて、どうしようもなく馬鹿で。


「でも君は違う。俺に話せたじゃないか。それに、君にはぷりしらという理想がある」


救いの手を求め、受け入れる、それもそれもまた強さだ。


人に話せる勇気も。


「だから大丈夫。自分の力で立てるさ」


ぷりしらは悲しげな目でじっと燈理の横顔を見つめていたが、


「本当にそう思う?」


「ああ、思う」


やっと少し、笑顔が戻った。


「ありがと、嬉しい」


 また少しの静寂が訪れたが、今度は燈理がそれを破った。


「そういえば…Traum内でおかしな現象を見たことないか?例えば…魂の抜けた亡霊みたいなやつとか、半分消えかけのやつとか」


ぷりしらは可愛らしく小首を傾げる。


「うーん…あたしに負けて魂抜けたみたいになった奴なら死ぬほど見たけど、そうじゃないのは知らないなぁ…。人探し?」


「うん、そんなとこ」


「そっか…。わかった、見つけたら連絡するよ」


手紙という形に具象化した友人申請を、アマクサに渡す。


受け取りながら受諾の意思を持ってぷりしらを見つめると、手紙が手の中でほどけて消えた。


これで、友人表に『ぷりしら』の文字が刻まれたはずだ。


ぷりしらは終始にこにこ笑ってそれを見ていた。


「いぇーい、ぷりしらちゃん初のお友達だね☆」


「そうなのか?」


「うん。だって正体バレたら困るもーん♪」


「俺にはバレてもいいのか?」


「助けてくれたお礼はしなくちゃ。それにね…」


ぷりしらはいきなりアマクサの首筋に抱きついた。


「え…!?ぉ…ちょ…っ!」


ついでに頬にキスしてくる。


「っ!?」


石鹸の香りが思考を遮り、言葉の濁流をせき止めてしまった。

「ぷりしらちゃんねぇ、君のこと気に入っちゃった♪」


甘えた声でさんざん燈理を困惑させた挙げ句、急に肩を押して突き飛ばす。


あえなくしりもちをついたアマクサに、トドメのウインクをキメた。


それから、ぷりしらは明朗な表情を浮かべて立ち上がった。


 「あたし、このあと予定がつまってるからもう行くね!助けてくれてありがと♪おかげで依然として無敗記録更新中だよ」


感覚麻痺はもう全快のようだ。


それから、どこからか取り出した紙を、


「はい、あげる!」


と倒れているアマクサに手渡した。


「宅配版魔法少女ぷりしらちゃん、あなたの元へと駆けつけます♪」


コールカード…相手に呼び出しメールを送信できる、変わったアイテムだ。


呼んだら来てくれる、ということだろうか。


「じゃあもう行くね♪いろいろありがと!」


バリッバリの営業スマイルを振りまき、ぷりしらは駆けてゆく。


しかし何かを思い出したのか、途中で振り返った。


「一つ~、言い忘れたけど~」


そして――


「あたし高原くんとは戦わないように気をつけるね~☆」


大きく手を振る残像を残し、魔法少女は次の戦場へと消えていった。




残された燈理は、疲れたように廃ビルの壁にもたれかかった。


周りを見渡したが、誰もいない。


「俺…何してんだ?」


探し物は一向に見つからない。


探し物のためにやってきたはずのここも、心のどこかでぷりしらを期待していたことを否めない自分がいる。


「油売ってる場合じゃないのにな…」


ラプラスの心眼を使って辺りを解析するが、やっぱり誰もいない。


諦めたアマクサは、ラプラスの心眼を使って辺りを解析するが、やっぱり誰もいない。


諦めたアマクサは、ワイルドグラディエーターをログアウトした。


今夜最後の行くべき場所へ、アマクサは飛ぶ。



     Ξ



真っ暗な部屋で、パソコンの画面だけが青白く光っていた。


映っているのはとあるSNSの片隅。


『宗教団体スクリーモ』という、管理者付きのいかにも怪しげなコミュニティの書き込みだった。



Y;《またS?は休みですか。》


S;《彼女が集会にでているのを見たことがありませんが》


P;《いいじゃんか。とっとと始めようぜ》



書き込みは絶え間なく更新される。



Y;《そうですね。ではいらっしゃる方は書き込みお願いします》


S;《わかってはいるでしょうが、一応》


P;《同じく》


G;《セーフかな?遅れてすまない》


F;《トイレにでも行っていたのであるか》P;《Fこそいたのかよ》


G;《忙しいのさ。仕事柄、色々とね》


F;《うむ》


F;《Gへの同意ではない》


G;《Fのおっさんはちゃめちゃなこと言ってんなぁ…》


Y;《集まってきているようですね。おかげで書き込みの食い違いが起きていますが…。では簡単に概要説明を》



途端に、嵐のように更新されていた書き込みがぴたりと止んだ。



Y;《『プリュヴィオーズ』は完成しています。『夢』のガードは堅いですが、表面に雑菌をコーティングすれば突破可能です》


Y;《『プリュヴィオーズ』による破壊を行い、『フロレアル』がカエルを乗っ取って捜索します。『フロレアル』は精度は低いですが、カエル程度なら可能であることを確認しています》


Y;《S?の交換条件による設定変更、プリュヴィオーズによる破壊、フロレアルによる捜索。以上が作戦の中枢です。何か質問は?》


P;《『フロレアル』の仕組みがわかんねえ以上、不安材料は消えねえな…》


Y;《記憶媒体であるキーメモリーや保存コアに憑依し、主導権を強引に手に入れるという仕組みです。わかりますか?》


P;《…できんなら問題はねえ》


Y;《他には?》



やや間があって、一つの書き込みが更新された。



B;《ややこしいことはどうでもいい。仕事は決まってんだろ》


P;《てめぇ誰だ?》


F;《見ぬ顔だな》


S;《はじめまして、どちら様ですか》


Y;《大丈夫ですよ、みなさん。彼は利害の一致から協力体制に引き込んだ、有力な助っ人です》


Y;《復讐を誓う、異形の悪魔ですよ(笑)》


Y;《それではまた明日》



――Yさんがログアウトしました。



真っ暗な部屋に、少女のようなくすくす笑いがこだました。



     Ξ


 自分の呼吸なのに、息を吐く音がやけに大きく聞こえる。


なんとなく不快な感じを覚えつつ、アマクサは白い町並みを進んでいた。


今日は色々なことがあった。


図書館に始まる樹沙羅との対話に、二度にわたるぷりしらの救出…。


友人一覧の欄に新しく加えられた二つの名、『Sara』と『ぷりしら』の文字を眺める燈理の心は、表面的にはちょっとした喜びを感じながらも、その内側は別の感情で満たされていた。


すなわち、罪悪感。


(こんなことをしてる時間は…)


樹沙羅のこともあってか、覚悟が揺らいでいるという自覚があった。


飽きている場合じゃない、誓ったはずだと。


だが、いかにいえど燈理だって健全な男子高校生にすぎない。


樹沙羅のような美少女や、ぷりしらのようなアイドルと関わることが、嬉しくないわけがないのだ。


禁欲の果ての境地に達しようと願うわけではない彼に、その信条を貫けというのも酷な話ではあった。


ただ、それを定めたのが他でもない自分自身である以上は……


「世迷い事にうつつを抜かしている暇は無いんだよ、高原燈理」


負けられない、曲げるわけにはいかない。


世界と時間、そして自分との戦いに集中しようと、ウィンドウを閉じかけた時だった。


メールBOXに新着の表示が現れたのは。


メールの差出人は…


「ティアラ…?」


文面はシンプルに「いいのが入った」の一文のみ。


今までティアラからメールを受け取ったことなんて一度もない。


燈理の胸の中に、期待と、それが外れたら…という不安の両方が浮かび上がった。


なぜか早鐘を打ち始めた心臓に自分でも驚きつつ、ウィンドウを閉じて扉を呼び出す。


「…『大衆酒場』へ」


今日最後の用事にするつもりだった市街地捜索、そこに上乗せされる形で、進展は訪れる。




 部屋の中はしんとしていた。


バーマスターが鍵を渡してくれたからには、ティアラはここにいるのだろうが、それらしい気配がない。


椅子に腰掛けて一分くらいしたところでやっと、奥の方から鼻歌が聞こえてきた。


「なんだ、いるじゃんぐっ!?」


カーテンの陰から現れたティアラは…まさかのバスタオル一枚だった。


濡れた銀髪から滴り落ちた水が、子ども特有のたまご肌に弾かれてキラキラ光る。


停止した二人、停止した時間。


やがて思考を取り戻し始めたティアラは、何度か深呼吸を繰り返してから満面の笑みを浮かべ、こう叫んだ。


「このロリコンっ!!」


 結局この後、男子高校生が幼女に土下座するという、史上初というわけでもないが、ごく稀な構図が三分間限定で展開されたのである。




 「おかしいなぁ…入浴中の札、掛け忘れたっけ」


「…何も掛かってなかったです、はい」


ティアラは首を傾げながらもバスタオルで髪を拭き終えると、アマクサに歩み寄り、訪問者用の椅子に座る彼の上にちょこんっと座った。


「ん」


「え…えーっと…」


手渡されたドライヤーに首を傾げていると、ティアラが睨んできたので、とりあえずドライヤーをかけてやる。


ティアラは少し身震いすると、気持ちよさそうに目を細めた。


その状態のまま、ティアラは話し始める。


「料金は前回分に込みでいいよ。実は、『魔典』の方が少し厄介なことになってね」


期待はどうやらハズレたらしいが、黙ってティアラの話を聞く。


「前に話した『魔典』、覚えてるよね?」


「Traum内のセキュリティシステムにおいて強大な特権を持つアイテムだといわれてる。経緯は不明だが、それが紛失したからTraum管理側が血眼になって探してるらしい…っていうとこまでが前回くれた情報だろう?」


「ほう…君に直接関係ない話にしては、よく覚えてるじゃないか」


 ティアラはにやりと笑い、そして声を僅かにひそめる。


「この事件に『春先の愚者(エイプリルフール)』という集団が関わり始めたらしい」


「エイプリル…フール?」


「たちの悪い集団。簡単に言えばネット愉快犯の集まりさね。ネット上で騒ぎを起こして逃げる、迷惑極まりない、けど技術は侮れない集団さね」


扉を開きながら入ってきた赤いパーカーのネズミ、さくちゅうは、やれやれといったように首を振る。


「そいつらが『魔典』を探し回っているらしい。詳細はこの中に」


ティアラは一枚のメモをアマクサに手渡す。


「ただし、今見てはいけない」


「?…ダメなのか?」


「絶対にダメだ。それを開くのは…君が『禁忌』を犯した時だけ。丁重に閲覧ロックをかけてあるから、条件を満たした時だけに見るように」


「…わかった」


 アマクサはメモを胸ポケットにいれて保存する。


と、それまで少し険しい表情をしていたティアラがイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「さて、お待たせしたね。今日のメインディッシュだよ、アマクサ」


 何枚かの写真型画像フォルダを机に広げる。


ティアラの肩ごしにそれを見た燈理の表情が、明らかな驚愕に染まった。


「常に半透明で、名前どころかプロフィールウィンドウさえ表示されない幽霊ユーザーの存在が発覚した。都市伝説として囁かれていた程度だったんだけど、実在していることが確認されたとの情報がついさっき入った」


写真に写っていたのは全て一様に、裾が長く、白装束を彷彿とさせる真っ白なワンピースを着た少女。


「話しかけても反応はなく、プロフィールウィンドウを開こうとするとエラーが表示されるらしい」


少女は、写真からでも感じ取れるほどの、幽霊のような儚さを帯びていた。


「情報屋界では通称『ワルキューレ』と呼ばれているよ。死せし者を運ぶ、戦女神の名だ」


燈理の視線は、写真のただ一点だけを見ていた。


最後に見たときより多少長いものの…


「その反応は…とうとうビンゴかい?アマクサ」


相変わらず曖昧な紫色に染まった、彼女の髪を。







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