the…
「親父さんは元気か?」
「……はい」
『帚木』の摩耶が露骨に嫌そうな顔でそっぽを向いた。
ベージュ色のカラオケボックスは、相変わらず極端に静かだ。
「そんな嫌そうな顔しなくても…」
「わかっているでしょう?私があの人たちのこと嫌いなの」
「……」
「あの人たちが離婚さえしなければ、三年間も燈理に会えないなんてことはなかったんですから…」
苦々しそうに吐き捨てる摩耶に、燈理はただ目を背けることしかできなかった。
摩耶は、燈理の父の妹の子、つまり従姉妹にあたるわけだが、その両親が離婚して夫方に引き取られたため、戸籍上の繋がりが切れた燈理とは会えなくなってしまったのだ。
「だからDDNには感謝しているんです」
「俺と唯一会える場所…だから?」
自分で言っていて恥ずかしいようなセリフだが、摩耶は心底嬉しそうに頷いた。
普段は真一文字に結ばれて変わり映えしない口元が、僅かに緩んでいるのがその証拠だ。
「あ…でも燈理と結婚しやすくなったという意味では…」
「その冗談は笑えないぞ…」
無表情で言葉を紡ぐ摩耶には、ある種の恐怖をも覚える。
「そういえばお前、受験まであと」
「1ヶ月。それ以上言わなくていいです」
がっくりとうなだれる摩耶。
「受験勉強、飽きてきました…」
「後少しなんだから、がんばれよ。合格したら…」
「燈理と一つ屋根の下?」
「…学校でな。その言い方はどうなんだ」
大っ嫌いな親元を離れ、燈理の通う高校へ。
もちろん親には秘密だ。
燈理の親にも、摩耶の親にも。
例え『逃げ』と言われようとも、彼女にとっての『解放』には安い代償だった。
「待っててくださいね。後少しで、必ず…」
燈理の手に優しく触れる。
中身のない幻の手には、曖昧な温もりしか伝わってこない。
本当の意味での『会合』、夢を超えて触れ合える時まで、きっと後少し――。