Between…
ベージュ色の内装の、シンプルなカラオケボックス。
最大容量4人までで、『コロッセオ』の観客席の中でも競争率の高い、人気の席だ。
喧騒に晒されることなく、大画面でリアルタイムの戦闘を細部まで観ることができる。
「お兄ちゃん、バトルが始まりましたよ」
少女はアマクサの横顔を見上げて言った。
黒というか紫というか、曖昧な色の髪に、濃紫の子どもっぽいワンピース。
よほど紫が好きらしい。
無表情な瞳が、バトルを鑑賞する気が一切ないことをありありと示していた。
画面の中では、刀を持った少年の右手から飛び出した氷の塊が風を裂く。
ピントのズレた視界の端で、虹色の波動弾が氷塊を粉雪に変えた。
「お兄ちゃん、せっかく特等席を取れたんですから何か言ってください」
無表情に見上げてくる少女、ユーザーネーム帚木は、にこりともせずにYシャツの裾を引っ張った。
カラオケボックスが特等席…というのもよくわからないが、そんなことは気にするに値しない。
少なくとも今は。
「……言っていいのか?」
「?…どうぞ?」
可愛らしく小首を傾げる無表情な小悪魔に、アマクサはうなだれた。
「OK、整理しようか。まず、俺に兄弟姉妹はいない。お前は俺のいとこだ」
「へー、知りませんでした」
「嘘付け!」
「むむ、しかし些細な問題ですね」
「一番深刻に悩むべき問題だよ!」
「些細です。血は繋がっていますし。あー……でも確かに結婚できるかできないかの違いは大き…」
「そうじゃない!」
戦いはさらに熾烈さを増す。
「従姉妹は第三親類に属するので、法律上結婚が可能だったと記憶していますが?」
「だまれ優等生!それは高一の履修範囲だ!中学のを勉強しろ受験生!」
中学三年生、受験生真っ盛り、燈理の一つ下の従姉妹である。
高一の範囲をのうのうと勉強していていいほど、暇ではないはず…なのだが?
「ちなみに高二の4月から6月末まで勉強する予定の保健科目、『思春期と異性』についても完全マスターしています。こっちは暗唱もできますが、いかが?」
「結構です!」
「思春期の男子の体は、活発になり始めた…」
「やめろ!つか男子のかよ!?」
「ダメですか?じゃあ…女性ホルモンの働きによって身体の…」
「もっとやめろ!」
「まったく、どうして欲しいんですか、変態」
「黙って欲しいんですよ、ド変態!」
一連のやりとりに一区切りつけ、燈理は盛大なため息をついた。
「おかしいな、一応これ感動の再会シーンのはずなんだけど…」
「感動、してますよ」
しかし燈理には、次の文句を繋ぐことはできなかった。
俯きがちに微笑んだ、その表情は、三年前と何一つ変わっていない。
彼女が、本当は遠すぎるはずの彼女が、刹那でも手の届くところにいる。
その実感が、脳にゆっくりと浸透し始めた。
「久しぶりです、燈理」
「…うん、久しぶり」
アマクサは純粋な笑顔を見せる。
「素直に…」
これが、DDNのささやかな贈り物。
「会えて嬉しいよ、摩耶」
人は、時にそれを『奇跡』と呼ぶ。