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白い街並みに白い空。


一切の陰りを持たない空間が、そこにはあった。


一点の汚れどころか影すら存在しない。


物理的法則の一部を保ちつつも都合よくねじ曲がったこの世界で一人、高原 燈理は立ち止まった。


足元を通り抜けた、存在ある者の影たちに、頭上を見上げる。


はるか上空で、赤、青、緑……思い思いの大きさ、色、形をした化身たちが、町の上空を通過していった。


そのさらに上空では、大きすぎる黄金時計が、不規則に流れる時間を刻々と刻んでいる。


 存在しない町に、存在する化身たち…ゲームのような話だが、実際はもっと単純で、もっと複雑だ。


「どこに…」


しばらくの間上を仰いでいた燈理は、静かに呟いて目を閉じると、意識を傍の建物のドアに傾けた。


ドアが独りでに開き、不自然に黒い空間がぽっかりと口を開ける。


燈理は目を閉じたまま、その中に身を投じる。


底無しの安楽に、彼の体は吸い込まれていった。


 ここは『Traum(トラム)』。


夢の中の、『幻想郷(ゆめのまち)』。


 ――アマクサさんがログアウトされました――。





 時計の秒針の音がやけに大きく聞こえる。


薄暗い自室のベッドで目を開けた燈理は、多少の疲労感にため息をつくと、無理やり上半身を起こした。


耳にささっていた白いイヤホンを抜き、机の上に放り投げる。


スリープ状態のスマートフォンが、イヤホンコードに引っ張られてベッドから落ち、鈍い音をたてる。


"Day Dream Novels"略称DDN。


 最も安定状態にある睡眠中の脳波をイヤホンを介して計測、解析、サンプリングし、作成した最適化擬似脳波を発信して利用者の脳と同調させることで、イメージ脳に直接見たい夢を見せることができる携帯端末専用ダウンロードアプリケーションだ。


イヤホンを通して送られてきた脳波を読み込み、最適化させて作り出したイメージ映写用脳波の波形情報を電気信号に変換。


エクストラクトしたそれを再びイヤホンを通して耳元に送信し、微弱な超音波を利用してイメージ脳に投影させる、という仕組みらしい。


少しでもズレがあるとノイズが発生するため、常に脳の状態をアップデートしている、らしい。


らしい…というのは、なにもいい加減な説明をしたわけではない。


ただ単純に、そこまでしかわかっていないのである。


この説明だって、所々は憶測にすぎない。


 理由は至って簡単。


、DDNの仕組みや詳細を知るのは、その存在すら疑われる、製作会社の人間だけだからだ。


 10分に一回変更される防護プログラムが解析を阻み、また、例え解析できたとしても、最新技術の発展交錯、オーバーテクノロジーとさえ言われる謎の構造、それらが行く手を遮る。


たった10分間ではあまりにも時間不足、未だロジックは解き明かされていない。


「……ねむ…」


 そんな奇跡の塊を無感動に机に放り投げ、燈理は本当の意味での休息に入った。


 あくびの余波か、右腕で覆った瞼から、小さな水滴が零れ落ちていった。


     Ξ


ガタガタと、左右に振れる体。


大急ぎで後ろに吹き飛んでいく風景。


適度な室温と、ゆりかごのごとき揺れが、眠気を誘う。


いつもなら即座に燈理に眠りをもたらす通学電車だが、なぜだか今日は全く効力を発揮しなかった。


踏切の音が耳鳴りのように、響いては消えを繰り返す。


 えもいわれぬ不快感に揺られつつ、燈理は瞼を押し上げた。


しばらくして、車内のアナウンスが燈理の下車駅を伝える。


 人波に紛れて電車を出ると、肌を冷気が刺した。


 燈理の通う桜村前(さくらむらさき)高校は、この北末下(きたのすえした)駅から徒歩10分の場所にある。


11月上旬にもなってくると、秋の寒さも本番に突入し、たった10分の徒歩通が億劫になってくる。


唯一の救いは、桜村高に制服がないこと。


基本的に私服で通学するため、わざわざ寒いブレザー姿になる必要がないのだ。


 そんな私服が少し変わったやつが、車道を挟んだ反対側を自転車で通り抜けていった。


Gパンの尻ポケットに紅白の水引が結ばれた、小洒落たデザインだ。


自転車の上からでも燈理の視線に気がついたらしく、めでたGパンの佐野(さの)(よう)


「うーっす、燈理ぃ」


と、後ろ向きに叫ぶ。


朝から非生産的行動を周囲の視線にさらすこともあるまい、燈理はただ片手を挙げて返した。

陽はそれを確認するかしないかの内に、それなりのスピードで角を曲がっていった。



その短いやりとりを聞いていたのか、前を歩いていた女子三人組のうち一人が首だけで振り向いた。



小さく口を開け、燈理を凝視してくる。


顔と名前を記憶の机から引きだそうとしているうちに彼女は、


「お…はよ」


それだけ言って再び前を向いてしまった。


あー…できれば思い出したくなかった。


半年前に燈理が部活をやめて以来、しばらく話していない、元友人の現友人未満、そんな複雑な関係……斧導(おのみち)樹沙羅(きさら)


引け目やら色々な感情が相成って、記憶の倉庫に突っ込んでおいたはずの物件だ。


いつもと違いすぎる一日の始まりに、狐に摘まれたような気分になる。


歩を進めながら、今日は何となく込み入った1日になりそうだと思った。





やっぱり、今日は寝付きの悪い日らしい…と、燈理はぼんやり考えた。


「燈理ってCREEやってたっけ?」


「かつてな。今はやめたよ」


二時頃に起きたのが原因か…とか思ってみる。


しかし、根本的な理由は火を見るより明らかだった。


「もっかいやんねぇの?」


樹沙羅だ。


斧導樹沙羅。


「陽みたいにケー廃になりたくねーのさ」


「まだ廃人じゃねぇ!」


何がしたいのかはよくわからないが、今朝からずっと、気がつくとこっちをみてくる。


目が合ってはそらされ、合ってはそらされ…。


「俺はガラケー世代だからなぁ…。不便な分、ハマりにくいっていうか」

「俺でもスマホに換えたくらいなのに?」


誰もが認める美貌だが嫌みなところは全くない、常に謙虚で明るく、万人に人気で誰にでも公平、それが樹沙羅だ。


同じ中学出身、同じ部活に所属していた燈理が言うのだから間違いない。


「お前がケー廃になった最大の原因、それじゃね?」


「だからまだ廃人じゃねぇって!」


彼女は信じられないほど完璧、いわゆる"できた人間"なのだ。


半年前の自分ならともかく、今の自分には……。


肩を並べて関わることに恐怖さえ覚える、そんな人間だった。


「あ、悪ぃ。俺次移動教室だからショートサボるわ」


「りょーかい。先生にはサボリだと伝えとく」

「冗談だと信じてるぜ?」


「じゃあサプリだと」


「俺の予定だと健康オタクになるのは17年後の…」


だから忘れていた。


意識的に関わりを避ける癖をつけ、忘れようとしていた。


「わかったからさっさと行ってこい。先生来るぞ?」


「それは勘弁。じゃな」


「おう」


遠ざかってから半年たった今になって、彼女の方から関わってくるというのは、完全に想定外の事態だった。


思い当たる節もない。


 間に流れる気まずさに後押しされ、談笑する樹沙羅を見ると、いつの間にかこっちを見ていた樹沙羅がふいっと目を逸らした。


 いつもなら全く気にならないことが、変に気になってしょうがない今日という日。

燈理は、胸の下あたりに溜まったどろどろのわだかまりを押し殺そうと、机に突っ伏した。


耳から垂れたイヤホンのコードが小さく揺れる。


なぜ、ここまでこっちを見ているのだろうか。


今日はたまたま自分の方が気になっているだけで、樹沙羅は前からずっとこうだったのかもしれない。


意識が沈下するまでの間、談笑している時の樹沙羅の笑顔と目が合ったときの曖昧な表情が、延々と瞼の裏で点滅していた。



    Ξ


 意識を開けた燈理の目が最初に捉えたのは、何もないまっさらで真っ白な部屋だった。


真正面の立ち鏡に写っているのは、自分であって自分ではない自分。


アバター…と言ってしまえばありきたりだが、実際はそんなに単純ではない。


Vesselと呼ばれる"これ"は、電子製人工夢世界DDNという空間を闊歩するための器。


傍受した擬似脳波を受信、または、本人の命令脳波を発信する…ための媒体プログラム、それがVesselなのだ。


鏡の中の少年、ユーザーネーム『アマクサ』は、現実の燈理と瓜二つの容姿をしていた。


ただ一点異なるのは、身に纏う衣服。

アマクサの服装は、黒いチノパンに、肘上まで腕を捲った白の長袖Yシャツ。


制服の無い桜村高生である燈理にとって、普段ならまず着ることのない服装だ。


この世界では、姿形などほとんど何の意味も持たない。


重要なのは、形あるものが存在しているかどうか、である。


やろうと思えば、自分の体を龍にすることだってできてしまう。


大きさに規制がかかるためにちゃちなスケールにしかならないし、第一面倒くさいのでやらないが。


燈理は軽く片手を振って、立ち鏡を消した。


入れ替わりのように三つの扉が、それぞれ英語で何か書き込まれたネームプレートを下げて現れる。


いつからあったのか、最初からそこにあったのか…。


思い出そうとするが、思い出せなくて、すぐにどうでもよくなる。


これも夢の特徴の一つ。


アマクサは、一番左の『Public』と書かれた扉に手を掛け、一気に押し開けた。


そこにある不思議の国は、しかし見慣れた光景だった。


目の前に広がる白い空も、その下に浮かぶ純白の空中都市も。


「さてと…行きますかね」


 それでも、そんな世界に一遍の希望を見出そうと、アマクサは身を投じた。


存在しないはずの重量に引かれ、燈理の感覚は下へ下へと落ちていった。





しばらくの間、街並みを動き回ったアマクサは、とある特徴のない路地で立ち止まった。


傍の壁に寄りかかり、一息つく。


「広すぎるだろ…これ」


当然のことなのだが、どうしても呟かずにはいられない。


空に浮かぶ無数のシャボン玉を見上げて、脱力。


  Publicの扉からログインできるネット世界Traumは、DDNの機能の中で、一番最後にできた機構だ。


文字通り公共、コミュニケーションの場として設けられたこの世界では、さながら体感型インターネットのごとく、ゲームから、会話、オークション、ショッピングに至るまで、あらゆることが可能となっている。

なにせネット世界であるから、その広大さは、考えたくもなくなるほど。


簡単に言えば、一人の人間がユーラシア大陸二つを目の前にしている、そんな感覚。


元々存在する空中都市に加え、ユーザーが作成可能なサイトやホームページのようなもの『ブランチ』が死ぬほど存在しているのだ。


あのシャボン玉一つ一つの全てがブランチで、その数ざっと八十万。


訂正しよう、ユーラシア大陸五つ分以上。


夢の中の最高速で飛び回ったとしても、一日かけて本土の約十分の一を見るのがやっと。


ブランチのみで換算すれば、一日に三つが限界だ。


ましてや燈理のように細部をしっかりと見て回る必要があるなら、成果はその半分程度に落ちる。


「そもそもネット世界とか、容量さえあれば無限じゃんね…」


アマクサはもう一度ため息をつくと、片手を振ってチェック柄の扉を呼び出した。


「ブランチ、大衆酒場へ」


言葉は呪文、言葉は力。


そうでなきゃアニメの主人公が必殺技を叫ぶ理由がなくなる。


言葉によるイメージ捕捉を行った扉は、終着点を絞り込んだのか、アマクサの体を吸い込んで音もなく消えた。



いつの間にか閉じていた目を開くと、そこには賑やかな酒場の風景があった。


大航海時代を思わせる陽気な内装とぼんやり薄明るい照明、そして何よりカウンター奥でグラスを磨いている、服と黄色い目だけの透明人間AI『バーマスター』が特徴的なブランチで、全世代に人気がある。


視覚に連れて聴覚も回復してきたらしく、真っ昼間だというのに騒がしい暇人たちの笑い声が響いてきた。


少しうるさい。


「テメェ、ケンカ売ってんのか!」


「やんのかコルァ!」


近くのテーブルで、威勢のいい二人組が立ち上がった。


ありきたりな売り文句に買い文句だったわりには、イケメン男とポレゴン体男という奇っ怪な組み合わせだ。


今にも殴り合いが始まりそうな二人と、それを持て囃す取り巻きたち。


大衆酒場は非戦闘可能区域に属するため、殴り合いのようなあからさまな戦闘行為は行えない仕様になっている…が…。


睨み合いが殴り合いに移行する、その瞬間、カウンター奥からテレポートしたバーマスターが二人の首根っこあたりをひっつかみ、そのままドアから外へと投げ飛ばした。


そこら中で爆笑が起きる。


大衆酒場名物、バーマスの客弾きだ。


あの二人は今頃、このブランチのシャボン玉の外で、12時間のアクセス制限をくらって肩を落としていることだろう。


 アマクサは笑いを零しつつカウンター席に座ると、戻ってきたバーマスに、


「適当にカクテルを見繕ってくれ」


と告げた。


言語機能を持たないバーマスは了承の代わりに無言でシェーカーを振り、赤いカクテルにレモンを添えて出した。


少し口に含むと、さっぱりとした甘酸っぱさがちょうどよく喉を潤す。


未成年者も、夢の中でならアルコールOK。


Traum内での飲食には些細な娯楽的要素しかないため、基本的に料金はかからない。


しかし、アマクサは通貨を一枚カウンターに置いた。


「ティアラに会いに来た」


バーマスはやはり無言のまま、一本の鍵をカウンターに置き、チップを受け取った。


「ありがとう」


 アマクサはカクテルのグラスを持って立ち上がると、スタッフ以外立ち入り禁止の扉をくぐった。


狭い通路の先にある扉に鍵をかざすと、鍵穴の形が鍵に合わせて変形する。


一週間ぶりにくる、大衆酒場の裏事情、仲介屋。


導かれるままに、アマクサは扉を押し開け、足を踏み入れた。



    Ξ


「おやおや…いらっしゃい、アマクサお兄ちゃん」


燈理の記憶にわずかな痛みが走り、思わず顔をしかめる。


その反応を見て、部屋中央の椅子に座る少女が首を傾げた。


「あー…いや、いいんだけどさ。俺の周りの人間はどうしてこうも…」


「喜んでくれると思ったのだが、残念。なにかあるらしいね。次からは気を付けるよ」


アマクサが何か言うよりも早く、少女は小さな手帳に何か書き込んだ。


 ここは、さっきの部屋と雰囲気は変わらないが、六畳ほどしかなく、何より静かだ。


小洒落た喫茶店のように、蓄音機から緩やかなピアノの音が流れ出ている。


二人きりの部屋の中、挑発的な琥珀色の瞳が再びアマクサを見つめた。


雪のように白い肌と小学生くらいの小さな体躯。


三つ編みにされた銀髪が楽しげに揺れている。


「久しぶりだね、アマクサ。ようこそ僕の部屋へ」


大衆酒場に五つある隠し部屋の一つ。


「ティアラも確か高校生だろ?授業サボっていいのか?」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


「俺は自習だ、サボってない」


「おや、奇遇だね。僕もだよ」


腰掛けるアマクサがテーブルに置いたカクテルを、小さな情報屋ティアラは身を乗り出して一口すすった。


幼女ともいえる体系のせいか、ガードの甘い胸元が目に毒だ。


まな板だが。


 再び席に戻ってふんぞり返るティアラに、アマクサは一枚の硬貨を投げた。


「5000R、確かに」


絶対的レート安定を約束されたTraum共通通貨R(ロンド)


5000Rは現実で言うところの500円くらいの価値観だ。


Traum管理側が市場介入するため、レートは常に一定に保たれる。


Traumは課金制が一切無いため、Rは大会に出たり、ブランチで設定されたノルマを達成することなどによって入手できる。


またRに関する移動の全てがTraumを介して動くため、不当な金移動は一切発生しない。


腕利きの情報屋ティアラに週5000Rは、破格だ。


5ヶ月以上の契約のため、格安なのだ。


「もらっておいてなんだが、あまりいいのは入ってないんだ…」


「それを先に言え」


顔をしかめる。


「その代わり次回のやつはタダにするから」


「それも先に言え」


顔を緩める。


起きたら、顔全体が筋肉痛になってそうだ。


…夢に顔が連動するかはいささか疑問だがな。


「まず一つ目。魔法少女ぷりしらのことは知っているね?」


「名前…くらいなら」


陽が語っているのを聞き流したくらいで、詳しくは知らない。


しかし、ティアラの顔は驚愕の状態で凍結していた。


「え…と……世間知らず?」


アマクサは立ち上がると、まだ驚いているティアラの背後に移動し、彼女の柔らかいほっぺをむにっとつかむと、引っ張った。


「うふぉえふほへぇんふぁふぁい!」


手を離すと、ほっぺは弾むように定位置へと戻る。


「急に手を出すのはやめてくださ…ぁ…っとぉ…やめ…ゃめよ…やめて欲しいな!」


ショック死防止策か、Traum内では基本的に身体的痛みを感じることはない。


だから今のも痛くはないはずだ。


 無理に口調を戻さなくても…と思うが、これも彼女らしさの一つなので言わなかった。


「まったく…。人気急上昇中の戦うネットアイドル、通称魔法少女『ぷりしら』を知らない?僕でなくとも、時代遅れって言うよ?」


 ティアラによるぷりしら講座が幕を開いた。


「Traumは個人情報、プライバシー保護に最も重きを置き、最上の制限をかけた上でその責任を負わない形をとっている。個人情報管理の権限はアカウント側に全面的に委託されており、SWORDから現実へ関係を移すことも可能だが、そこにトラブルが発生しようが自己責任だ完璧な設備とセキュリティーを整えて「そこから先はご自由に」がTraumの基本的姿勢だ」


身振り手振りを駆使して本格的に説明する姿は、まるで小さな教師。


「よって、ユーザーが使用するアカウントのプロフィールは、ユーザーが公開設定した部分のみが表示され、その他の非公開部分を他ユーザーは見ることができない。よくあるSNSを想像すればいい。ここまではいいかい?」


「それは知ってる。使ってりゃわかってくるしな。どうぞ続きを」


「うん。さて……年齢、経歴、居住…あらゆることが不明で、わかっているのは特徴である魔法少女の服装と名前だけ……そんなユーザーぐらいなら探せば他にもいるかも、と思うかい?でもね、ぷりしらはその中でも並外れて強い。数少ないTraum直轄の戦闘可能区域、その中で最も単純に戦闘力勝負ができると言われる『コロッセオ』は知っているだろう?そこで月一回行われる最大の大会第35回『バトルロイヤル』で、大会どころか公式戦すら初出場のコスプレもどきが、優勝者に圧勝を飾った」


ティアラはまるで自分のことのように、誇らしげに言葉を紡ぐ。


「誰も魔法少女コスの女の子に負けるとは思わなかったんだろうね。しかし蓋を開けてみればどうだ、優勝に加えてチャンピオン防衛11回。今尚その座に君臨する、最強の名に恥じぬ魔法少女…それがぷりしらだよ。わかったかい?」


手帳から顔を上げたティアラは、偉そうな態度に戻っていた。


「ティアラがぷりしらのファンだということがよくわかった」


「……本当に聞いていたのか…?…まあいい。で、だ。そのぷりしらが最近『ワイルド・グラディエーター』というブランチによく出現するらしいって話。彼女の人気ぶりから考えて、人がたくさん集まるはず。君の捜し物を知っている人も…」


「んー…それは難しいな」


遮られたティアラは意外そうに首を傾げた。


「俺自身もどんな容姿をしているかわからないからなぁ…」


苦笑するアマクサに、ティアラは口を尖らせ、三つ編みの先をいじりだす。


半年も付き合えばさすがに覚える、ティアラの困っている時のクセ。


こういう時は話を合わせてあげた方が、スムーズに進む。


「まあでも…不思議な現象見ませんでしたか、って聞けばいいか。あながち無駄でもないかもしれないな…。やってみるよ」


「そう…言ってくれると救われる」


俯いて苦笑するティアラ。


いつの間にかレコードの音楽が止んでいる。


流れる沈黙を先に破るのはいつもティアラの方だ。


「もう一つはさくちゅうからだよ」


スカートのポケットから自爆スイッチのようなものを取り出し、押す。


カチッ…と音がして、焦り驚くアマクサの左横に、それは落ちてきた。


さくちゅう、正式ユーザー名『さくしろう§歌姫マジ神§』という。


ファッショナブルな長身の人型ネズミで、ティアラの情報屋仲間だ。


名前からわかるとおりのオタクで、ネットサーフィンが趣味。


Traumを動き回って情報を集めるティアラに対し、さくちゅうは現実でのネットサーフィンで情報を集めるやり方をとっている。


そんなネズミが、縄でぐるぐる巻きにされて落ちてきた。


なんとなく…聞くに聞けない事情を感じ取って、これについては何も言うまい…そう決めた矢先、


「さくちゅう、何か言うことは?」


ティアラの鋭い眼光がさくちゅうと、ついでに関係ないアマクサまでを射抜いた。


「な…何も悪いことしてないさ」


「黙りなさい」


さくちゅうの弁解をぴしゃりとはねのけるティアラ。


その命令に一切の容赦はない。


研ぎたての出刃包丁のように、純粋な殺気のみを放っている。


「僕がここで毎日決まった時間にシャワーを浴びる習慣があることを知っている、そんな君が昨日の夜のことを言い訳できないはずだよね?」


なるほど、そういう話か。


さくちゅうから送られてきたSOSのアイコンタクトを、アマクサはさらりと無視した。


明らかな劣勢側の肩を持って、戦火のとばっちりをもろに受けるのはごめんである。


「もう一度聞く。何か言うことは?」


ティアラの脅迫的追撃がさくちゅうを追い詰める。


さくちゅうの出した答えは…


「……ごちそうさまでした…さね…」


「その根性、怒りを通り越して軽蔑に値するよ」


「尊敬して欲しいさね♪」


「死ね」


吊し上げていた縄が切れ、地面に叩きつけられたさくちゅうが、ぐぎゃあっ!!と奇妙な雄叫びをあげた。


腰をさすって立ち上がりながら、ティアラを睨むさくちゅうだが、睨み返されて身を縮める。


そうしてやっと、さくちゅうは情報を語ることを許された。


「これでRの支払いが悪かったら縁切ってるさね…」


ぼやきつつ語り始めた…


「とりまアマクサ、久しぶり」


その情報は…



「情報ってのは『魔典』についてなんさね」


アマクサの知らない、全く新しいものだった。


興味関心を抱くに値するレベルの…何か。




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