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「もしもし」

『はろー』

電話は中学の友人、冷月麗華だった。城野とつるんでいる時、城野が親友と言って紹介してきたが、中三の夏ごろにはとある事件で城野と絶交した。

『ねぇ、君って西校だったよね? 文化祭っていつかな?』

「文化祭?」うちの高校の文化祭は六月頃だ。「あと半年かな」

僕がそう言った時、テーブルの方から、がしゃん! と大きな音が響いた。誰かが皿を落としたのかもしれない。

『なに?』電話越しに怪訝な声が聴こえる。『え、なんて?』

「文化祭は六月だ」

『あ、じゃあまだ半年先なんだ』中学とは違うんだねー、と言った。

「えっと、用件はそれだけか?」

『ん? 何か急いでる? もしかしてタイミング悪かった?』

「いや、人を待たせてる」人っていうか、工藤と城野、と呟いた。

『城野? もしかして、城野姫子?』聞こえないように呟いたが、拾われていたらしい。冷月の声のトーンが低くなるのが分かる。『まだ、あいつとつるんでるの、優くん』

「いや、偶然だよ。ゲーセンを出たところを絡まれた」ゲーセンでちょっかいをかけられた、と言う方が正しいのかも知れない。

『ふん。相変わらず嫌な女ね』冷月が吐き捨てるように言う。『優君も、彼女くらい作りなよ』

僕は苦笑した。「今付き合ってる人ならいるよ」

え、と冷月の声のトーンが一段と落ちた。『まじで?』と低い声で言う。

「まじだよ」

『大切な人?』

「大切な人、だな」

『そっかー』電話越しの冷月の声は沈んでいた。なにか残念なことでもあるのか、と思う。

「用件はそれだけか?」はやく戻りたいんだが、と工藤の顔を思い出す。正直なところ、工藤と城野を二人きりにしておくには抵抗があった。

「もうちょっと話してたいな」冷月はなにか焦っているようだった。「ほら、久しぶりだし」

「前から思っていたけど、冷月は何かを溜め込みやすい方だと思う」トイレの個室のドアを眺めながら、僕は呟いた。「それから、隠し事がうまい」僕は中学時代のとある事件を思い出す。

『……そうかな』冷月の声のトーンは、低いままだった。

「もし、何かあったら、相談しろよ。僕とかでもいいからさ」

『……うん、ありがと。もういいみたい。じゃ、電話切るね。ばいばい』

そう切り上げて冷月は電話を切った。

何か隠しているな、とは思ったが、それ以上に、工藤のことが気になった。なんとなくむずむずとし、用を足してトイレを出る。




席に戻ると、工藤は俯き、城野は携帯をいじっていた。

「お前、工藤に何か変なことしてないだろうな」

ん? と城野が携帯から顔をあげ、工藤が僕を見上げる。

「別に」城野が言い、「なにもないよ」と工藤が言う。けれど、工藤の声は明らかに沈んでいて、なにもないことないだろう、と思う。

「あ、そういえば工藤さんが紅茶こぼしちゃった」

城野はすでに携帯に目線を戻していて、画面を触りながら言う。「ね、工藤さん」

「う、うん」工藤は少なくなった紅茶を一瞥し、俯いた。そういえば、何か音がしていたな、と思い出す。

「別に、気にすること無いって。あと嫌味ったらしく言うなよ、城野」

「ごめんなさーい」城野がへらへらと言う。「あ、ごめん用事できた。ほら私ってあんたと違って暇じゃないからさー」城野はそういうと携帯を閉じ、立ち上がる。

「ちょ、城野、お前」僕は思わず立ち上がった。なにかしただろ、ちゃんと説明しろよ。

「あ、お金はあんたがもってね、男だし」そう言ってハンドバッグを取り、颯爽と出て行った。

「……」

呆れてものも言えない。

工藤は俯き手をぎゅっと握っていて、何も言おうとしなかった。

ぽん、と工藤の頭に手を置き、帰ろうか、と言う。何も答えようとしない。

「工藤?」

「ねぇ、どこかにいったりしないよね?」

「は?」

工藤が顔を挙げる。気のせいか、工藤の目が充血しているような気がした。

「何のこと」「ねぇ、隠し事してないよね?」隠し事、と逡巡する。なにかしたか、と焦る。

また俯き、工藤は黙った。僕は何も言えず、隣に座った。

携帯を確かめる気にもなれず、時計を見つめたり、手元のおしぼりをいじったりしていた。気まずい時間が流れる。

十分ほどして、「変なこと言って、ごめん」と工藤が顔を上げた。「帰ろっか」と笑う。




帰りの電車に揺られながら、何があったのか、と尋ねたくなるが、どうにも億劫だった。隠し事、と言われたのも、何か気になった。

気まずい沈黙が流れる。どうしたものか、と思った。本の話でもすればいいのか、と思って、グリム童話、白雪姫、毒りんごと出てくる。別に今都市伝説の話はしたくないな、と車内を眺めた。時間はすでに八時をまわり、部活帰りの生徒が多い。本と顔の距離がものすごく近い中学生くらいの女の子がいた。男子生徒の笑い声など、雑踏が交じる。

自分の意識が遠のいていくような気がした。

これ、本、家にあったから貸してあげる、と工藤が電車を降りる間際、「残酷なグリム童話」を僕に渡した。ありがとう、と返事をしたような気がする。

ぼうっとして、その後の事はあまり覚えていない。

何か言わなければ、と思ったが、何も言えなかった。

眠気が酷い。






その日、二つのことが起こった。

城野姫子が死んだ。

そして、工藤が失踪した。

久々なのです

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