表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

5

工藤?

呟いた声が周りの喧騒に掻き消されるのが分かった。「工藤!」

背筋がぞっとする。工藤が得たぬいぐるみが、UFOキャッチャーの前に積まれていた。工藤の姿はない。

子供のころ、デパートで迷子になったのを思い出した。お母さんとはぐれて、優佳と二人きりなってしまったときのことだ。続いて、半年前の梅雨の日のことを思い出した。傘を忘れ昇降口で工藤と呆然としているのを思い出した。泡のように、その思い出が、ぱちんと弾けて消えていく。胸が締め付けられるような、気持ちの悪い感覚になる。

誰かの視線を感じた。ふっと、先程の写真が思い出される。工藤の後ろ姿だ。どこからとられた写真だろうか。顔を上げる。誰かが走り去るのがわかった。追わなければならない、と思う。気が付いたら足が動いていた。

「待てよ!」僕の横を、三人組の男子高校生が通り過ぎた。続けて、女子中学生らしき二人組が走り抜ける。「待てって!」

ひたすらジグザグに逃げているな、と分かった。右へ、左へ、と追う。

相手が自動ドアを抜け、店を出た。右へ曲がるのが分かる。

「待て……って!」

ばっと視界が開ける。あたりはすっかり暗かった。右へ曲がった途端、視界が反転する。え? と思考が停止した。続けて、膝と肘に痛みが走った。あ、足ひっかけられたな、と分かった。

「あはは」頭上から笑い声が降った。聞いたことのある声だ、と声の主を思い出して、げんなりした。

「久しぶり」声の主は僕に手を差しのべながら言った。「いやぁ、相変わらずださいねぇ」

僕はその差し出された手をとった。

「ところで、いきなり足ひっかけてこかす意味は?」「特にない」

変わってないな、と思った。僕の手をとった割には、起こす気配がない。

後ろで自動ドアがうぃんと音を立て、工藤が出てきた。「あ、いた」と僕と城野に歩み寄ってくる。

「両替行って、帰ってきたら、いないからびっくりした」そう言いながら僕に鞄を手渡す。脇にはぬいぐるみの入った袋が下げられていた。工藤は一瞥し、「ところで、えっと、どちら様?」と疑問の声を上げた。

「ああ、初めまして工藤さん」ぐっと手に力を込め、僕を起こしながら微笑んだ。「城野姫子といいます」





「結構音鳴ったし、やばかったかと思ったけど、やっぱり、うるさいと気づかないものね」

城野が携帯を見せびらかした。「つーか、ここのコーヒーまっず!」と大声で言う。

僕と工藤は隣り合って、城野姫子と向かい合っていた。「それで、城野」僕は紅茶を一口飲んで言う。「どういうつもりだ」

「んー? どういうつもりって?」城野はフォークの先を、白いショートケーキの先、とがった部分に食い込ませた。

「人の彼女を盗撮する意味は」「ないわ」

言葉に詰まる。そういえば中学の時からこんな性格だったと思い出す。「ところで工藤さん、こいつのどこがいいの?」と僕をフォークで指差した。

工藤は顔をしかめた。「あの、人の彼氏をこいつとか、そんな風に言うのはやめてほしいんですけど」不快感を露わにする。

「ふーん」城野は口角をつりあげた。にやにやと笑う。「ほんとに付き合ってるんだ!」

工藤の眉間に皺がより、じわじわと不快感が蓄積していくのがわかった。

「こいつのことだから、一回デートしただけで彼氏気取りとか、弱味握って無理やり付き合わせたりしてるのかと思った」

「失礼な」僕は反論せずにはいられない。「ちゃんと告白したわ」僕は梅雨の豪雨の日を思い出した。まぁ、この話はまた今度するとしよう。

「だよね!」城野はきゃっきゃと騒いだ。フォークを振り回した。「あんたは最低のクズだけど、そこまでは落ちてないもんね!」

隣の工藤が作る握り拳に力が込められるのがわかった。落ち着け、と左手を重ねる。工藤はちら、と一瞥して、すぐに視線を前に戻す。こめられた力が抜けるのが分かる。

城野は機嫌良く、鼻歌交じりにショートケーキをつついていた。

城野が携帯をいじっているので、「工藤の写真消しとけよ」と言って、僕も携帯を開いた。時間を確認する。七時半に近かった。

メールが来ていた。「工藤。なんか冊子のことで訊きたいみたいだぞ」と、九条からのメールを見せる。「時宮凛子のおすすめ小説、ねえ」工藤は覗きこんで呟いた。「あれってシリーズものだから、空色から読んでいくのがいいよ」

「空色?」と僕は反芻する。「空色スカイラバーズね」工藤が答えた。

「他は何かあるか?」

「他は魔女シリーズかな」

「魔女シリーズ?」僕は反芻した。「色彩シリーズのスピンオフだね」と工藤は答える。

「とにかく、それを言えばいいんだな」僕はメールを返信する。「そういえば」と僕は送った後で思い出した。「残酷なグリム童話は?」

「ああ」工藤も思い出したらしかった。「まぁ、いいんじゃない?」と言った。

グリム童話というフレーズにつられ、白雪姫、そして毒リンゴのことが順々に思い出される。同時に、携帯から音楽が流れ出した。電話だ、と気づく。「ごめん、電話」と言って席を立ち、トイレに向かう。

新学期も忙しくなってまいりました

久しぶりの更新です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ