星醒のアマテラス番外クロウ過去編
番外編「黒羽クロウ編」
第一話「黒い影を知る者」
アルカディア。
その巨大な研究施設の最深部。
無数のモニターに、魔力波形が映し出されていた。
「……またか」
一人の女性が画面を見つめていた。
天城シズカ。
レイヴンの妻。
そして――
黒羽クロウの母親。
シズカは、ここ数年。
夫の研究を見続けてきた。
最初は、理解しているつもりだった。
闇影。
古代から存在するとされる謎の存在。
それを研究することが、七つの星を守ることにつながる。
レイヴンは、そう語っていた。
しかし。
最近の彼は違った。
研究室に籠もる時間が増えた。
食事もろくに取らない。
人との会話も減った。
そして何より――
闇影について語るときの目が。
以前とは違っていた。
「……レイヴン」
シズカは小さく呟く。
「あなたは……何を見ているの?」
そのとき。
研究室の扉が開いた。
「シズカ」
レイヴンだった。
「ここにいたのか」
「ええ」
シズカは振り返る。
「あなたの研究記録を見ていたの」
「そうか」
「最近……少し変よ」
レイヴンは答えない。
シズカは夫を見つめる。
「闇影の研究に、そこまで執着する必要があるの?」
「必要なんだ」
即答だった。
「これは人類の未来に関わる」
「本当に?」
「……何が言いたい」
シズカは少し迷った。
「あなた自身が……闇に近づいているように見える」
レイヴンの表情が変わった。
「馬鹿なことを言うな」
「……そうね」
シズカはそれ以上言わなかった。
だが。
胸の奥に残った違和感は消えなかった。
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第二話「少女」
数日後。
シズカは研究施設の一角で、一人の少女を見かけた。
白い髪。
まだ幼さの残る顔。
白蓮ハクレン。
当時、十六歳。
少女はレイヴンの研究室から出てきた。
「……ハクレン?」
シズカが声をかける。
「……シズカさん」
ハクレンが小さく頭を下げる。
「どうしたの?」
「先生に呼ばれていて……」
「そう」
シズカは笑顔を作る。
だが。
ハクレンの顔を見ると。
何かがおかしい。
以前より疲れている。
そして。
どこか怯えている。
「大丈夫?」
「……はい」
「本当に?」
「……」
ハクレンは少しだけ笑った。
「大丈夫です」
その笑顔が。
シズカには無理をしているように見えた。
そして数日後。
決定的な事実を知る。
ハクレンが――
レイヴンの子を身籠もった。
「……嘘」
シズカは言葉を失った。
まだ十六歳。
自分の夫が。
まだ幼さの残る少女に。
自分の子を宿させた。
胸の奥から。
吐き気が込み上げる。
「……レイヴン」
夫の研究室へ向かう。
扉を開ける。
「どういうこと?」
レイヴンは振り返る。
「何の話だ」
「ハクレンのことよ」
沈黙。
「……そうか」
レイヴンは淡々としていた。
その態度が。
シズカの怒りをさらに強くする。
「あなた……何を考えているの?」
「必要だった」
「必要?」
シズカは震える。
「十六歳の子に自分の子を産ませることが?」
「そうだ」
「……!」
シズカは拳を握る。
「あなた、本当に……どうしてしまったの?」
レイヴンは答えなかった。
その瞳の奥に。
黒い光が揺れていた。
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第三話「闇影」
その夜。
シズカは一人で研究室を調べていた。
レイヴンの研究記録。
闇影の魔力波形。
古代文献。
そして――
一つの研究資料。
「……アマテラス大巫女……」
シズカの目が止まる。
資料には。
ハクレンの魔力。
胎児の魔力。
そして。
闇影に関する記録が並んでいた。
「……まさか」
シズカはページをめくる。
そこに書かれていたのは。
アマテラス大巫女の生まれ変わり。
その魂が――
ハクレンの胎内に宿っている可能性。
「……この子を」
シズカの手が震える。
「闇影は……消そうとしている?」
さらに読み進める。
そこで。
シズカは凍りついた。
研究対象。
クロウ。
「……クロウ?」
自分の息子の名前。
そして。
その身体に関する異常な魔力適合性。
「……違う」
シズカは気づいた。
闇影が狙っているのは。
レイヴンだけではない。
「クロウの身体……」
その瞬間。
背後から声がした。
――そうだ。
「……!」
振り返る。
誰もいない。
だが。
部屋の隅に。
黒い影が立っていた。
人の姿。
しかし。
人間ではない。
――器。
――クロウ。
――そして光の娘。
シズカは震えた。
「……あなたが」
闇影。
「あなたが……レイヴンを……」
影がゆっくりと近づく。
シズカは後退する。
「ハクレンの子を……」
――消す。
「……!」
シズカは確信した。
闇影は。
アマテラス大巫女の生まれ変わりを消そうとしている。
そして。
そのために。
クロウの身体を利用しようとしている。
「……そんなこと」
シズカは拳を握った。
「絶対にさせない」
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第四話「黒羽」
その夜。
シズカはクロウの部屋へ向かった。
「クロウ」
「母さん?」
十四歳の少年が振り返る。
「どうしたの?」
シズカは息を整える。
「ここを出るわよ」
「……え?」
「アルカディアから逃げる」
クロウは母を見る。
「何があったんです?」
「今は説明できない」
シズカはクロウの手を握る。
「でも、信じて」
クロウはしばらく母を見つめた。
そして。
「……分かりました」
二人は夜のアルカディアを抜けた。
誰にも見つからないように。
何度も道を変え。
森を抜け。
やがて。
夜明け前。
二人はアルカディアの外へ出た。
シズカは振り返る。
「……もう、戻れない」
クロウが言う。
「なら」
「はい」
「これからは……」
クロウは母を見る。
シズカは微笑んだ。
「黒羽」
「……黒羽?」
「あなたと私の新しい名前」
クロウは少しだけ笑った。
「……いいですね」
こうして。
天城シズカは。
黒羽シズカとなった。
そして。
息子も。
黒羽クロウを名乗るようになった。
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第五話「母の願い」
逃亡生活は。
決して楽ではなかった。
二人は小さな家を借り。
身を隠しながら暮らした。
シズカは研究者としての知識を使い。
薬を作り。
クロウは剣の鍛錬を続けた。
「クロウ」
「はい」
「強くなりなさい」
「……はい」
「でも」
シズカはクロウの頭を撫でる。
「強さは、人を傷つけるためだけにあるんじゃない」
クロウは母を見る。
「守るためにもある」
「……守る」
「そう」
シズカは笑った。
「本当に大切な人を守れる人になりなさい」
クロウは頷いた。
「分かりました」
しかし。
シズカの心には。
もう一つの心配があった。
ハクレン。
そして。
ハクレンの胎内にいる子供。
「……無事に生まれて」
シズカは夜空を見上げる。
「この子を守らなければ」
それは。
母親としての強い使命感だった。
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第六話「追跡者」
それからしばらくして。
二人の居場所が――
闇影に見つかった。
夜。
家の外。
黒い魔力が漂っている。
シズカは窓から外を見る。
「……来た」
クロウが剣を取る。
「母さん」
「逃げるわよ」
「はい!」
二人は家を出る。
森へ入る。
しかし。
追ってくる黒い影は速かった。
「……もう逃げ切れない」
シズカが立ち止まる。
クロウも止まる。
「母さん?」
シズカはクロウを見る。
そして。
優しく笑った。
「クロウ」
「はい」
「ハクレンと、その赤ん坊を助ける為に――」
シズカはクロウの頬に手を添える。
「貴方は生きなさい」
「……何故です? 母さん」
「自分は母さんの盾に――」
「お願い」
シズカは首を横に振る。
「あなたは逃げるの」
「でも……!」
「クロウ」
シズカの声が優しくなる。
「あの人は……」
一瞬。
目を伏せる。
「貴方の父、レイヴンもまた……闇の被害者なの」
「……父さんが?」
「助けてあげて」
クロウの目が揺れる。
「母さん……」
シズカは息を吐く。
「そして」
「ハクレンの子は――」
少しだけ微笑む。
「貴方にとって、妹です」
「……妹」
「守りなさい」
シズカはクロウを抱きしめる。
「兄として」
そして。
「貴方が守るのです」
「……母さん!」
黒い魔力が迫る。
シズカはクロウを突き飛ばした。
「走って!」
「母さん!」
「振り返らないで!」
クロウは涙を流しながら走る。
「母さん!!」
シズカは一人。
迫り来る闇影を見つめる。
「……あの子たちには」
剣も持たず。
ただ。
静かに立つ。
「指一本、触れさせない」
黒い影が迫る。
そして――
夜の森が。
黒い光に包まれた。
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第七話「遺言」
どれほど走ったのか。
クロウには分からなかった。
ただ。
母の最後の言葉だけが。
頭の中に残っていた。
――ハクレンの子は、貴方にとって妹です。
――守りなさい。
クロウは立ち止まる。
拳を握る。
「……母さん」
涙を拭う。
「約束します」
夜空を見上げる。
「俺が……守ります」
そして。
数か月が過ぎた。
クロウは十五歳になった。
一人で生きるには。
まだ幼い。
それでも。
剣を握る手は震えていなかった。
「ハクレン……」
母の残した情報を手に。
クロウは再びアルカディアへ向かう。
「アオイ……」
まだ生まれていない。
自分が会ったこともない妹。
それでも。
守ると決めた。
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第八話「潜入」
夜。
アルカディア。
巨大な施設群。
クロウは遠くから施設を見上げていた。
「……ここか」
腰には剣。
黒い外套。
そして。
胸には母の遺言。
――守りなさい。
クロウは目を閉じる。
「母さん」
小さく呟く。
「行ってきます」
そして。
闇の中へ歩き出した。
目的は一つ。
ハクレンを救う。
そして。
その腕の中に生まれる――
小さな命を守る。
クロウはアルカディアの警備網を抜け。
施設内部へ侵入する。
やがて。
その先に。
一人の少女の姿が見えた。
白蓮ハクレン。
そして。
その腹部。
そこに宿る小さな命。
クロウは息を呑む。
「……この子が」
初めて見る。
自分の妹。
アマテラス大巫女の生まれ変わり。
「……待っててください」
クロウは剣を握る。
「必ず、助けます」
そして。
クロウは――
アルカディアの闇の中へ消えていった。
番外編「黒羽クロウ編」――完。




