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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

お化け屋敷の解体業者屋さん

作者: 世葉冬水
掲載日:2026/08/13

 2026年お盆──記録的猛暑の日本の夏。群馬県南西部のある田舎町。


”ダガガガガガガ──ダガガガガガガ──ダガガガガガガ……”


「だぁー!! うっせぇ! 今何時だと思ってんだっ!」

 夜中の11時を回ったというのに鳴りやまない騒音に、俺はキレた。


 その音の発生源は、近所のお化け屋敷。正確には、元お化け屋敷。割と人気があった施設だが、なんでも耐震偽装があったとかで、突然解体が決まった。


 そんな不祥事が起こらなければ、お盆の今頃は稼ぎ時だったろうに。

 それには同情する。しかしだからって、そのうっ憤を晴らすかのような騒音を、こんな夜中まで垂れ流していい理由にはならない。


 我慢の限界を超えた俺は、家から飛び出して現場に向かった。

 だが困ったことに、フェンスに囲まれた工事現場はどこか入口か分からない。


”ダガガガガガガ── ダン! ダン! ダン! ドドドドドドドドド……”


 現場の解体音は家の中の何倍も酷かった。大声を張り上げたところで、中の人間に届くか分かったもんじゃない。

 だからって大人しく家に帰っても、こんなに五月蠅かったら寝られたもんじゃない。


 俺は決めた。フェンスをよじ登って中に入る、と。

 危険だってことは分かっていた。でもそれ以上にムカついていた。文句を言ってこの騒音を止めさせないと、もう収まりはつかなかった。


”ギュウィィィィン! ダン! ダン! ダン! ガコン! ガコン! ガコン!”


 フェンスを越えて囲っているシートの中に潜り込むと、解体音はもっとひどくなった。

 だが、意外なことに、これだけの音をさせておいて、建物は原形をとどめたままだった。お化け屋敷には足場が組まれていたが、窓の一つも取り外されていない。


(なんでだ? なにやってんだ?) 疑問は浮かんだ。しかし、考えても俺には分からなかった。


 解体音がしていたのは、建物の中から。外には作業員は誰もいない。

「有り得ないだろ……」 文句を垂れてもどうにもならない。俺もここまで来て、もう引き下がれなかった。


 俺はお化け屋敷の中に入るしかなかった。


 正面の入り口を通り過ぎる。受付には、当然のように誰もいない。

 中は薄暗かった。当然だ、お化け屋敷なんだから。だが、おかしい。真夜中なのに。

 中は、通常営業のお化け屋敷のように薄暗かった。この解体音だけが異常だった。


(解体に電気が必要だからか?) 考えても分からない。俺は進んだ。


 中は監獄のような作りになっていた。

 いくつもの独房、互いを隔てる分厚い壁と、鉄格子──。日本の刑務所とは違う、海外の刑務所。それも大分昔の。

 わざと汚してある床に、生活感の残る小物類。あとは囚人の蝋人形。解体中だというのに、それらは片付けられることもなく、放置されたままだった。


 その異様さは、恐怖よりも俺を醒めさせた。

 エンタメとして作られた空間。そのわざとらしさが鼻についたから。何よりも、解体音が恐怖を吹き飛ばしていた。


 見た目は監獄でも、お化け屋敷ってのは一本道だ。だがその道は、限られた移動空間を有効利用するために曲がりくねっている。

 騒音の元はまだ先にある。恐らくお化け屋敷の奥。俺は薄暗い中、入り組んだ道を進んでいった。


”ガシャンッ!”


 突然、頭上から物が降って来た。 「うぉっ!」 俺は驚いて飛び退いた。

 それは、囚人の首つり死体だった。 「ギャッハッハッハッ!」 同時に、囚人たちの笑い声が響く。


 ……。くだらない演出だ。怖がらせるじゃなくて、驚かせるための装置。俺は息を大きく吐いた。


 もっとも、こんな解体音の中じゃなかったら、少しは冷や冷やもしたのだろうか。

 いや──。ちょっと待て。 (お化け屋敷が稼働している?)

 どういうことだ。解体してるんじゃないのか。


”ドゥルドゥルドゥルドゥル! ゴン! ゴン! ゴン! ゴン! ガコン! ガコン!”


 俺の疑問を、酷くなる解体音が掻き消す。

「っ! あぁっ! くそっ!」 俺は落ちてきた首つり死体を強く押しやって、先を進んだ。


 ──まったく、俺は一体何やってんだ、こんなところで……

 歩いて行くうちに、自分の置かれた状況にますます腹が立ってきた。


”ドゥルドゥルドゥルドゥル! ギュウィィィィン! ダン! ダン! ダン!”


 ああ、この解体音はどうにかしなくちゃいけない。

 でも、さっきみたいなことが起こるってことは、このお化け屋敷は稼働してるんだ。

 ひょっとしたら原因は、機械の誤作動かなんか、なのかもしれない。

 もしそうなら、人がいるとは限らない。何の知識もない俺が行ったところで、機械は止められない。


 ──引き返すか。 足を止める。 ──いや、だめだ。


 何が原因だって、それが分からなければどうにもならない。どのみちこんな騒音じゃ、今夜はゆっくり寝られそうにない。時間なら、有る。


 俺は再び歩き出した。


 しかし、そのすぐ先で、俺は引き返さなかったことを後悔することになった──。


 通路を突き当たると、幾つもの牢屋が並んでいた。それらは牢屋というより、拷問部屋だった。

 拷問を受けている囚人が苦しみの表情を浮かべる。それに合わせて、単純な動きを繰り返す人形は、悲鳴と、笑い声を発する。そこに解体音が合わさって、全てをぶち壊す。

 雰囲気があれば、楽しめるのかもしれないが、今は不快でしかなかった。


 拷問部屋を通り過ぎる。

 俺の動きに反応して、 「助けてくれ~」 と言ったりする。入り口と同じ、陳腐な演出だ。


”ギュウィィィィン! ギュウィィィィン! ギャウッ! ギャッ! ギャギャッ! ギャッ!”


 この一角の出口が見えてくるにつれ、解体音の中に妙な声が混じる。

 機械音ではなく、獣の鳴き声のような、不規則な音。それは次第にはっきり聞こえるようになった。


 その答えを、俺は最後の拷問部屋で見た。


 その部屋では、拷問官がドリルを構えていた。DIYで使うようなものじゃない。工事現場で使う、あの馬鹿みたいにドデカいやつだ。

 それを囚人に押し当てていた。いや──よく見ると、相手は囚人じゃなかった。


”ギュウィィィィン! ギュウィィィィン! ギャウッ! ギャウッ! ギャギャギャッ!”


 ドリルはそいつの体を(えぐ)る。当たり前のように、血しぶきが舞う。

 拷問官の浅黒い剥き出しの腕と拷問部屋の壁には、いたる所に血の跡がべったりとこびり付いている。

 

「……」 なんだこれ──。怖いとかじゃない。目の前で起きていることが理解できなかった。


 これまでのお粗末な人形とは明らかに違う動き。めちゃくちゃリアルだった。

 精巧なロボットか。いや、そんなわけない。この拷問部屋だけ最新テクノロジーを駆使して何になる。ここまでは、出来の悪い人形だったのに。


(それに、あれは何だ? 人なわけない、動物? いやそれにしたって……)


 言葉も出ず、足も動かず、ただその光景を凝視していた。


”ギュウィン!” ドリルが止まる。それに合わせて悲鳴と、血しぶきも止まった。

 拷問官は血を拭った。顔を覆うマスクの上から汗でも拭くかのように。この行いが、日常業務であると言いたげに。


 そして、そのとき──拷問官と目が合った。


「$%’#ラ$’#ア”&!!」 俺を見るなり、拷問官はすごい剣幕で迫って来た。

 騒音が邪魔をして、何を言っているのか分からない。顔はマスクで見えないが。怒っているのは確かだった。

 鉄格子にぶつかると、激しく揺らして俺を威嚇する。


 その姿に、俺はここに足を踏み入れてから初めての恐怖を覚えた。

 

(キャスト? 演出? んなわけないっ!) 何なんだこいつは……。

 たとえお化け屋敷が稼働していても、解体が決まった中に残っているわけがない。しかもこんな真夜中に。


 拷問官は激しく揺らし続けたが、鉄格子は開かなかった。

 よかった──。鉄格子が無かったらと思うと背筋が凍った。事実、足が震えた。


 しかし、あいつはそんなことでは諦めなかった。

 さっきまで使っていたドリルを持ち出し、鉄格子にあてがう。


”ギュリンッ! ギュリンッ! ギュリンッ!” ドリルと鉄格子に火花が散る。


「おい、おい、おい、マジかよっ!」 思わず口が動いた。

 あんなデカいドリルなら、鉄格子が壊れるのも時間の問題だ。

 もう何も考えている余裕はない。俺は震える膝を出口に向けて、なんとか逃げ出した。


「ヤバい! ヤバい! ヤバいッ!」 呪文のように何回も、それだけを唱える。

 道が一本道だったのが救いだった。これなら出口まで迷うことはない。

 薄暗い監獄から少しでも早く逃げ出すために、俺はひたすらに走った。


”ドンッ──!” しかし、何かにぶつかった。

 その衝撃で俺は床に倒れ込んだ。

 

 それは、黒い壁だった。

 拷問部屋の区画の入り口。確かにそこから入ってきた場所が、壁で閉ざされていた。

(なんで──?!) 俺は慌てて壁に飛びついた。


 しかし、押しても引いてもビクともしない。

 そうか。これは多分、道を間違えないためのお化け屋敷の誘導装置。俺を客だと判断したから作動したんだ。

 

「あぁ、くそっ!」 壁を思い切り殴りつける。

 どうする──。いや、どうもこうもない。ここで待っていたら確実に()られる。


”ギュリンッ! ギュリンッ! ギュリンッ!” ドリルと鉄格子の衝突音はまだ鳴っている。


 ──まだ間に合う。あいつの前まで戻って、そのまま奥に向かう。それしかない。

 迷っている暇はなかった。行動するしかなかった。あいつが鉄格子を破って出てくる前に。


 俺は駆け出した。来た道をひたすら、少しでも早く。 

”ギュリンッ! ギュリンッ! ギュリンッ!” ドリルの音に急かされて。


 あの拷問部屋の前まで来た。俺は顔を背けて、全力で加速する。

「ズ&”#$’#ド&!!」 前を通った時、叫び声がした。相変わらず、何を言っているか分からない。

 分かったとしても、ここで止まるなんて出来るわけがなかった。


 通り過ぎる。間に合った──。でも、まだ安心なんてできない。少しでも遠くに、俺はひたすらに走った。

”ギャリンッ──!” そのすぐ直後、俺の背後で金属の弾ける音がした。


”ドゥルドゥルドゥルドゥル! ゴン! ゴン! ゴン! ゴン! ガコン! ガコン!”


 解体音はますます大きくなる。でももう、そんなことどうでもいい。

 息が切れるまで、必死になって走った。


 しかし少し進んだだけで、恐怖に駆られた心臓はすぐに悲鳴を上げた。

「フゥーー……ハァーー……フゥーー……」

 自分が今までどんなふうに呼吸をしていたか。それすらも忘れるほど、脳が麻痺する。

 止まらざる負えなかった。そんな状態で走り続けるのは無理だった。


 荒い呼吸を繰り返しながらあたりを見渡すと、金網に囲まれた広い場所に出ていた。

 ここまでの一本道が無くなり、どこを進めばいいか見失う。いやそれより、どこかに隠れられれば、それが一番いい。


 一歩、足を踏み出したそのとき── 「なんだテメェ!」 いきなりの怒声に、体が飛び跳ねた。


 転びそうになりながら慌てて振り向くと、金網越しに囚人が立っていた。──人形の。

 その声も俺に向けられたものじゃなかった。


「あぁ?! やんのかテメェ!」 人形の声に、反対側の人形が応えている。


(なんだこれは?) 何をやっているのか、さっぱりだった。


”ドゥルドゥルドゥル! ドゥルドゥルドゥル! ギャッ! ギャッ!”

 解体音と、それに負けないぐらいの男の怒声。それに紛れて周囲のヤジ。


 息が落ち着いてくるにつれて、理解が追いつく。俺が見せられてるのは、囚人同士の喧嘩。これは、監獄でありがちな風景の再現、というわけだ。

 それだけ──か。よく分からないな、このお化け屋敷のセンスは。


 こんな時に、そんな下らないことを考えた。いや、こんな時だからこその現実逃避だったのかもしれない。

 ああ、現実は残酷だ。待ってくれない。時間は無い。俺はどこかに隠れる場所がないか探した。


 金網の向こうは、喧嘩する囚人と、それを取り囲む囚人。

 人形の数は多い。この金網をこじ開けて中に潜り込めれば、身を隠すには丁度いい。

 俺はそんな風に考えた。金網の継ぎ目を探して奥に進むことにした。


 でも俺は──また選択を間違えてしまった。


”ドゥルドゥルドゥル! ドゥルドゥルドゥル! ギャウッ! ギャッ! ギャギャッ! ギャッ!”


 俺の目には、さっきと同じ光景が飛び込んでいた。


 金網の一番奥で、全身入れ墨の拷問官が、工事現場の工具を持ち構えている。

 違いがあるとすればさっきの奴はドリル。こいつはハンマー。回転でなく衝撃の破砕。

 それをよく分からない獣に押し当てて、血を飛び散らせていた。


 間違いなく、あいつの仲間──。

 

”ドゥルドゥルドゥル! ドゥルドゥルドゥル! ギャウッ! ギャウッ! ギャギャギャッ!”


 俺は足が震えていた。ただ、茫然とその光景を眺めるしかできなかった。見つかったらどうなるか、考えただけで恐ろしかった。


(──逃げないと……) 頭で思っても、足が動かない。

 勢いよく噴出した血しぶきが、金網を超えて俺の顔に掛かった。それを拭うことすら、できなかった。


「なんだテメェ!」 それは囚人の人形の声。

 分かっているのに、その作られた怒声は俺に言ったんじゃないのに、その場にへたり込んだ。


 そして、その姿を拷問官に見られた──


”ガシャンッ!” 凄い勢いで、拷問官は金網に体当たりした。

”ガシャンッ! ガシャンッ! ガシャンッ!” 何度も、何度も。


 俺は倒れたまま、なんとかそこから動こうと、手足で地面を下手くそに押した。

 少しまともに考えることができたなら、立って歩いた方がマシだってわかっただろうに。


「オィ! オィ! オィ! オィ!」 拷問官は声を上げた。

 掛け声のようで、呼び止めているようでもあった。冗談じゃない。そんな要求に応えることはできない。


 俺は何とか体を反転させると、這うようにしてそこから移動した。

 もうどこでもいい。あいつらのいない所に、見つからない所に、ただそれだけ。

 やっと腰を上げ、壁に寄たれかかって、体を引きずるように前に進んだ。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」 呼吸が浅い。肺がうまく酸素を吸えない。


(何なんだあいつらは──)


”ゴン! ゴン! ゴン! ダン! ダン! ダン! ガコン! ガコン!”


(あいつらは何をやっている──)


”ダガガガガガガ── ダン! ダン! ダン! ドドドドドドドドド……”


(うるさいっ! こんな所、来るんじゃなかった──)


 何も分からない。ただ、まともじゃないのは確かだ。

 こんな時間に、周りの迷惑も考えないで、一体何だってんだよ。


 ここは日本だぞ。こんな事が許されていいわけがない。

 それを目撃した俺を、連中は絶対に許さないだろう。今見つかれば、確実に殺される。

 俺もドリルやハンマーであんな風に、穴だらけになって……。


「ハァ、ハァ、ハァ……」 早く、少しでも早く、ここから逃げ出さないと。


 恐怖が足を動かした。ヨロヨロと、ただ前に足を出す。それだけを繰り返した。


 そうしてやっと、次の区画に辿り着く。

 目の前の階段を上がる。フラフラになりながら、一段一段やっとのことで。


(待てよ……。ああ、そうだ!) 俺は気付いた。


 ここはお化け屋敷。奥まで行けば、最後は出口に繋がっているはずだ。

 そうだ。そのはずだ、間違いない。このまま行けば出られる。

 それは希望だった。一縷の望みにすがるように、俺の足は速くなる。


 そして、十三段を昇り切った。だが、そこに待っていたのは、絶望だった──。


 ここは、処刑場。

 ギロチン台と、斧を構える処刑人。そして、横たわる首無しの囚人たち。

 ああ、これまでと同じ、すべて人形。陳腐で悪趣味な蝋人形だ。


 でも、そう。それだけじゃない。これまでと同じ。そこには拷問官も立っていた。


”ガガガガガガ── ドドドドドドドド……”


 そいつは、回転するチェーンソーを持って、階段から上がって来た俺を待ち構えていた。


 その姿を見て、俺は膝を折り、力無くその場に崩れ落ちた。

 逃げ場は無い。あったとしても、体はもう動かない。こころが折れてしまった。

 処刑台に首を差し出すように、項垂れる。


 拷問官はゆっくりとこちらに近づいてきた。

 声を荒げることもなく、突進してくるでもなく、悠然と。俺が逃げないと分かっているかのように……。


”ガガガガ── ドドドドドド……”


 俺の前で、チェーンソーを持ち上げた。そう、俺の首に振り下ろすために。


”ドドド…………”


 音が消えた。これまでずっと鳴り響いていた騒音が止んだ。

 不思議な感覚だった。確か俺はそう、騒音を止めさせるために来たんだ。目的が果たされたのに、まるで充実感は無かった。これが現実だとも思えなかった。


 ああ、俺は天に召されたのか。感覚から解き放たれて、意識だけが残った。

 そういうこと、か。こんな所で人生の終わりなんて……。痛みが無かったのが、せめてもの救い、か。


”ポン” と、頭に妙なものがかぶさった。


(なんだ? 俺はもう、死んだはず……) 頭に手を置き、顔を上げる。

 そこにあったのは、ヘルメットと、拷問官の顔だった。


「兄ちゃん。どっから来たか知らねぇけど、あぶねぇからそれ被っとけ」


 拷問官は確かにそう言った。

 何を言われたのか分からなかった。その言葉を心の中で何度も反芻する。

 だが、やっぱり、何度考えても分からなかった。


「マサさんっ! いまそっちに人が来ませんでした? 三十代ぐらいの男が」

 階段の方からから若い男の声が響いた。素早く振り向く。

 一段一段上がるごとに覗くあのハンマーは、金網のところで見たやつだった。


「おっと。ここに居た。マジで勘弁してくれよ。呼び止めたのに言っちゃうんだから」

 若者はハンマーを降ろしながら、俺を見て文句を言っていた。


「タケ。そう言ってやるな。ここまで来たってことは……そういうことだろ」

 マサと言われた中年が、若者を咎める。何とも意味ありげな言い方で。


「そっすね。ほら、おっさん。立ちなよ」

 そう言ってタケは手を差し伸べてきた。俺はまだ、二十代だというのに。

 そう言い返したいのをぐっと堪えて、その手を取って立ち上がった。


 なんとなく、話は読めた。

 俺が拷問官だと思っていたこいつらは、ここの作業員。まあ、そういうことだ。


 下らない……。本当に下らないオチ。

 俺は一人で怖がって、一人で必死に逃げていたわけだ。馬鹿らしい。


 どっと力が抜けた。大きく息を吐き俯くと、サイズの合わないヘルメットが視界を遮る。

(ッ──。良かった、本当に……) しばらくそのまま、ヘルメットを手で押さえた。


 ────。は! いや待て。まだ安心するのは早い。


「お前ら、ここで何やってんだよ」 俺は顔を上げて二人に言った。


 そうだ。俺は助けてもらったわけじゃない。

 そもそもが、うるさい解体音が無かったら、こんな所には来なかったんだ。


「何って──」 タケはマサをチラ見した。

 マサは二人の視線を受けて眉をひそめた。ポリポリと顎をかく。

「兄ちゃん……。見てわかるだろ? 俺たちはこのお化け屋敷の解体を任された専門業者だ」


 恐らくは、このマサさんが現場監督(リーダー)なんだろう。

 どっしりとした態度の言葉には威圧感がある。しかし、俺が知りたいのはそんな事じゃない。


「夜中のお化け屋敷で、何やってんだって話だよ。騒音まき散らしてよ」

 ここに来た理由を思い出して、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


「俺たちが好き好んでやってると思ってんのかよっ!」 そこに、タケが割って入る。


「はぁ?! 逆質問ではぐらかしてんじゃねーぞ。はた迷惑だろうがよ。こんな真夜中によっ!」

 好きも嫌いも無い。こいつらは社会のルールも知らない解体業者なのか。

「はた迷惑だぁ? 俺たちがなぁ、どんな思いでなぁ、この仕事やってると思ってんだよ!」

 売り言葉に買い言葉。もう止まらない。常識がない奴らとは、会話が成立しない。

「あぁ?! だいたい俺はなぁ、まだ二十代で──」 そのときだった──。


”ゴン! ゴン! ゴン! ダン! ダン! ダン! ガコン! ガコン!”


 収まったはずの解体音が、また鳴り響いた。その音を出していた連中はここに居るのに。

「%&#ト”&”%ヴォ$!」 騒音に紛れて、妙な声が聞こえる。


 皆、その声が聞こえた方を向いた。

 その声の主は、最初に見た拷問官、いや作業員。ドリルを担いでこちらに走ってくる。


「ナムっ! どうしたっ!」 その姿を見て、タケが叫んだ。

「トイ クエン! クア クー!」 ナムも叫ぶ。

「マジかよっ! くそっ! マサさんっ!」 タケは慌てていた。


 俺にはさっぱり分からない。

 状況が掴めない。でも、ヤバイ雰囲気なのは伝わった。それも、だいぶ。


「……兄ちゃん。少し下がってろ」 マサは俺の肩を掴んで引いた。

 マサとタケはチェーンソーとハンマードリルのエンジンを吹かす。


”ドゥルドゥルドゥル! ドドドドドドドドド……”


 騒音が戻って来る。折角、収まったってのに。


”ゴン! ゴン! ダン! ダン! ガコンッ!!”


 ナムの向こうから聞こえる騒音が途切れる。

 そして、その代わりに姿を現したのは──でかい化け物だった。


「ナムっ! 早く来いっ!」 タケは叫ぶ。その化け物を見ても動じずに。

 ナムは階段を駆け上がる。しかし、化け物の足は速い。

 このままだと階段の途中で追いつかれる──


”キュウィィィン!!” 迫り来る化け物に、マサがチェーンソーで突進した。


”ギャウッ! ギャウッ! ギャウッ!” 体を削られた化け物から血が飛び散る。悲鳴が上がる。

 大型の獣のような化け物に確実に効いていた。その隙に、ナムは階段を上がり切った。


 俺は、目の前の光景が信じられなかった。

 得体の知れない化け物は恐ろしかった。でも、それだけじゃない。

 本当に恐ろしいのは、その化け物の返り血を浴びたマサ。その姿は、化け物以上の化け物だった。


 ナムが逃げおおせたのを確認し、タケもハンマーで加勢する。


”ガガガガガガッ! ドゥルドゥルドゥル! ギャギャギャギャギャッ!”


 二方向からの攻撃を受け、化け物の体は大きく振動していた。

 大型の解体工具は、化け物に反撃する余裕も、逃げ出す隙も与えていない。


 でも、化け物はまだ死なない。チェーンソーで切り刻まれたら、熊だって死ぬだろうに。


”ギュウィィィィン!” ナムがドリルのエンジンを掛ける。


 そして高く構えると、化け物に突っ込み、脳天目掛けてドリルを突き刺した。


”ダガガガガガガ──!” ドリルが頭蓋を削る音がする。普通の生物ならあり得ない音。


”ガガガガガガッ! ドゥルドゥルドゥル! ダガガガガガガ──!”


 地獄絵図だった。

 得体のしれない化け物を、三人が解体している。解体現場で使われる大型工具を使って。

 辺り一面に、化け物の血を飛び散らせながら──。


 その場にいて、俺は何もできなかった。いや、するべきでもないのかもしれない。

 こんな現場に素人が手を出しても、迷惑になるだけだった。


”ギュルンッ──!!” ドリルの音が変わった。それは頭蓋骨を突き抜けた音だった。


 体を切り刻まれ、ドリルを脳天に突き刺され、その巨体はゆっくりと崩れ落ちる。

 三人は化け物を工具だけで倒してのけた。


「タン ロイッ! ハッ! グック ドゥック ロイ!」

「ああ、やったぜ! ナムッ!」 二人はハイタッチして喜んでいた。


(──なんなんだ、こいつらは) 俺の直感は間違ってなかった。

 こいつらは作業員じゃない。やっぱり、こいつらは拷問官だった。


「兄ちゃん。マズいもん見ちまったな……」 立ち竦む俺に、マサが振り向いた。

”ガガガガ── ドドドドドド……” チェーンソーのエンジンを掛けたまま。


 どうするつもりだ。俺は見てはならないものを見たのか。

 あんな化け物がこの世にいるなんて知れたら、世界中がパニックになるだろう。

 だから、目撃者は殺すのか。あの化け物みたいに──。


「これが解体業者の仕事だよ。分かったかよ、おっさん」

「カウ トアイ ティエップ ディ、 オン チュー」

 二人が俺を煽る。片方は何を言ってるか分からないが、多分そうだ。


 俺は何も言い返せなかった。そんなことよりも、身の安全が気にかかる。

 強力な武器を持っている三人から、逃げ出すことを考えなくてはならない。


「あのっ! あの、化け物は一体なんだ?」

 血まみれで横たわる化け物を指さして、俺は尋ねた。

 こいつらが馬鹿正直に答えるなんて、期待してない。そりゃ気にはなるが、今はそれどころじゃない。

 あいつらの気を逸らして、なんとか逃げる機会を作らないと。


 マサはポケットを弄ると、煙草を出して火を付けた。チェーンソーのエンジンを掛けたまま。

 そして、 ”フーー……” と大きな紫煙を吐く。


「……兄ちゃん、名前はなんてんだ?」 ”ドドドドドド……”

 マサはチェーンソーを空ぶかしさせたまま、俺の名前を聞いて来た。


「小林だよ」 「小林さんは、もう墓参りに入ったのか?」

「ああ──」 (なんなんだ? 何が言いたい?)


「俺たちにとっちゃ、これが墓参りみたいなもんなのさ」 マサはそう言って、もう一度紫煙を吐いた。


 ──どういうことだ。答えになってない。


「そりゃいい。確かに、何よりの親孝行だ」

「バン ヴァ ディン ティップ トック サオ」 二人ともそれを聞いて笑っていた。


 何が面白いんだ。こいつらが何を考えているのか、さっぱり分からなかった。

 ああ、普通じゃない。やっぱり逃げなきゃ。こんな奴らからは、少しでも早く。


”ゴン! ゴン! ゴン! ダン! ダン! ダン! ガコン! ガコン!”


 そのとき、また騒音が戻って来た。


「ああ?! どういうことだっ!」 タケが叫ぶ。

「ダ パー ホン ハン ラオ ルオイ テップ」 ナムが何か言う。

「マジかよ、あのヤロー。やってくれたな」 その言葉から何かを知った。


「マサさんっ!」 そして、マサに合図を送った。


「ああ、分かってる」 マサは煙草を投げ捨てた。

「──第二ラウンドだ。準備しろ! 野郎どもっ!」


”ギュウィィィィン! ドゥルドゥルドゥル! ドドドドドドドドド……”


 三人の男はエンジンを掛ける。それぞれの仕事道具に火を付けた。


 俺にとってそれはチャンスだった。

 三人は騒音に気を取られ、俺から目を離していた。

 今しかない。そう思った。


 全力で駆け出した。出口に向かって。そうだ、こんな所から一刻も早く抜け出したい。

 こんな奴らとは、関わり合いたくない。


「──おい、おっさん! どこ行くんだよ!」 すぐにタケに見つかった。

 でも関係ない。止まる訳にはいかない。俺は走り続けた。


 幾つもの処刑人形の前を横切る。

「死ねぇ!」 「ここで終わりだ!」 「逃げられると思うなよぉ!」

 どいつもこいつも、陳腐な動きと、安っぽい声だ。今のご時世、ほんとにこれで客が入ると思っていたのか。


 そいつらの前を潜り抜けて、最後に辿り着いたのは、巨大なギロチン台の前だった。

 正面には、首を通す大穴。それは人が通れるほどの。これが、たぶんこのお化け屋敷の出口。

 だがそこは、鉄製の扉で閉められていた。


 硬くて重い、本物のギロチンの刃のような重厚感。こんな所だけ、謎のこだわり。

(くそっ! なにかっ! どこかで開けられないか)

 俺は扉の周囲を調べた。手当たり次第に、少しでも早く、あいつらが来る前に。


「……カン スアット チン ザイ トー トゥイ タン」

 何とかして扉を開けようとしている俺の背後から、優し気な声がした。

 何を言ったのか分からないが、俺を驚かせないようにするような気持ちは伝わる。


 ゆっくりと、手を挙げて振り向いた。

(ああ、降参だ。だから殺さないで欲しい)

 この意味は、言葉が通じなくても、分かるだろ。僅かな希望を託し、その意思表示を示した。


 だが振り向いてすぐ、ナムはその手をドリルにかけた。

”ギュウィィィィン! ギュウィィィィン!”

 けたたましいドリルの音。どうやら、俺を逃がすつもりはないらしい。


 ナムは躊躇なく、そのドリルを俺の顔面に向かって突き出した。

(ちくしょう……) 俺は手を挙げたまま唇を噛んだ。それ以外、どうすることもできず、目を閉じた。


”ダガガガガガガ──!” 肉を削る音がする。温かい血の感触が服に伝わる。


 不思議と痛みは無かった。死ぬときは、こういうもんなのか。

 それにしても悪趣味だな。自分の体が削られる音を聞きながら死ぬなんて……。


(──いや、違う!) 俺は目を開けた。


 その目に飛び込んできたのは、ナムのドリル。

 それは、俺の頭と腕の間を通り抜け、背後の化け物に当たっていた。


”ギャギャギャッ!” ドリルに削られ化け物は叫ぶ。俺は慌てて飛び退いた。


 いつの間にか出口の扉は開いていて、そこから化け物が出てきていた。

 もし、俺一人であの扉を開けていたら──。ああ、間違いなく、俺はあの世に行っていた。

 ナムは、俺を助けてくれたんだ。


 ──俺は大きな誤解をしていたのかもしれない。


 だが、そうだとしても、俺には何もできない。化け物相手に加勢したくても、何の武器も持っていない。

 いや、違う。武器があったとしても、俺は、あんな化け物相手にたぶん……戦えない。


 その時、化け物はドリルを払い除けるように腕を大きく振り回した。

”ギャリィン──!!” 圧倒的な力。凄い力でドリルは弾かれた。ナムの体ごと。


「ナムっ!」 彼の体は吹っ飛んで、近くの処刑人形に強くぶつかった。

”ガコン!” 強い衝撃音。だがそれでも、ナムはすぐに体を起こそうとしていた。


 良かった、まだ生きてる。

 しかし、彼の手からドリルは無くなっていた。ドリルは、蝋人形の腕に引っかかっていた。


「ナム、逃げろっ!」 俺は叫んだ。だが、遅かった。


 化け物は立ち上がろうとする彼に近づき、もう一度腕を大きく振りかぶる。

 どこにも逃げられなかった。何も守るものは無かった。そして、たった一撃でナムの体を引き裂いた。


「ナム──!!」 俺は声の限り叫んだ。もう、何もかも手遅れだというのに。


 俺は、命の恩人すらも助ける事はできなかった。

 赤く染まった化け物はこちらを向く。次は、俺の番だった。


”ギュウィィィィン! ギュウィィィィン!” 人形の腕に引っかかったドリルが空転していた。


 化け物が、俺に近づいて来る。拳を強く握る。

 俺は悔しかった。逃げられない事でも、死ぬ事でもなく、恩人を殺されたことが。


「うるぅあぁーー!!」 そのとき、化け物の横っ腹が激しく揺れた。

”ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル!”  あの、ハンマーの駆動音と共に。


 次いで、マサもやって来た。

「マサさん……。ナムが……」 それを見て、俺は安心よりも悔しさを口にした。


「ああ、分かってる」 マサはナムの残骸に目をやりつつ、化け物を注視する。

「絶対許さねぇ、この野郎ォ」 怒りを剥き出しにしていたのは、タケの方だった。


”ドゥルドゥルドゥル! ドドドドドドドドド……”

 二人は大型工具を化け物へ構える。絶対殺す、という決意をもって。

 化け物も逃げない。工具を構えた二人を前にしても。純粋な殺意しか持っていない。


 二つの殺意の衝突は、避けられないものだった。


 最初に、タケが飛び込んだ。

”ドゥルドゥルドゥルドゥルドゥル!!” ハンマードリルを全力でぶつけた。


「──ナムはなぁ。あいつは国の兄妹食わすためになぁ。こんな日本人がやりたがらねぇ仕事を、文句一つ言わずになぁ……」

「立派な男だったよ!!!」 その怒りと共に。


 化け物は大きくのけぞった。その憤怒の一撃を受けて。


 怒りに任せてハンマーを振り回すタケに、マサも不用意に手を出せなかった。

 だが、タケは化け物を押していた。一人で倒してしまうぐらいに。

「タケ! あんまり、無茶すんなっ!」 怒りで暴走するタケに、マサは援護に回る。

 腹の内はタケと同じ。それを職責で押し殺しているのが滲んでみえた。


「俺だってなぁ! 定時に帰りてぇよ! でもなぁ、お前ら真夜中しか出て来ねぇじゃねーか!」

 タケの怒りは収まらない。

「何がモンペじゃ、モンクレだぁ? 俺の相手は、ガチのモンスターなんだよっ!」

 これまでの不満が、一気に爆発していた。


 一転──。ほんの一瞬の事だった。


 それまでタケのハンマーを受け続けていた化け物が、五月蠅い蚊を叩くように素早く腕をしならせた。

 たったそれだけの攻撃で、タケは激しく地面にたたきつけられた。


「タケェーーッ!!」 マサは叫びながら、チェーンソーを構えて走り寄った。

 だが、タケはもう動かなかった。


 俺は何も言えなかった。

 俺が余計なことをしたばっかりに、二人は死んだ。罪悪感に押しつぶされる。

 でも、ナムだって、タケだって、これを仕事にしてたんだろ。同時に言い訳を考える。

 俺は弱かった。ここに居る誰よりも……。


 マサは、自分のチェーンソーと、タケのハンマ―ドリルを担いだ。

「小林さん。あんたはあの出口から逃げろ。資格もない部外者は帰れ」


 両手で工具を担いで、化け物の前に立った。俺の盾になるように。


 それは、マサが命懸けで作ろうとした時間だった。

 何もできない、何の資格もない、武器もない俺が、ここに居たってしょうがない。犠牲が増えるだけ。

 なら、俺を盾にしてあんたが逃げればいいのに、マサはそれをしなかった。


「すまねぇ……」 それだけ呟いて、俺は出口に向かった。


 ぐずぐずしていられない。マサだってどれだけ持つか分からない。

 俺は言い訳を並べて出口を超えた。


 でも……。俺の足は止まった。いいのか? 本当に──? これで……


 ──────いいわけねぇだろ!!


”ギュウィィィィィィィィィィィィィン!!!”  


 目一杯エンジンを吹かす。限界まで高めた高速回転。その爆音が轟いた。

 処刑人形から奪い取ったドリルを掲げ、俺は走った。そして、叫んだ。


「俺は怖ぇぞ! 無資格だからなぁ!!」 


 もう何も考えていなかった。ただ、化け物の頭蓋に、思いっきりドリルをぶち当てた──


 ……それからのことは、よく覚えていない。

 エンジンの燃料が切れるまで全力で戦った。それだけ。

 そして、俺は生きてるって結果だけが残った。


「──兄ちゃん。済まなかったな」

「近隣住民への説明を、ろくにしてなかった俺たちが悪かった」

「あの元請けにも困ったもんだ。お化け屋敷の解体をお盆を跨いだ工期で組んだら、そら化け物の一つも出るわな」


 マサさんは最後に俺に謝った。そんな必要ないのに。

 説明を聞いても腑に落ちないこともあったけど、問題は全部片づけてくれた。


 お盆が明ける頃には、お化け屋敷は跡形もなく、すべて消えて無くなっていた。

 俺の記憶だけに、記録を残して……


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