森の嫌われ者と厄介者
異世界の街パリス。
禁断の森の奥に一人で暮らす青年メルド。ペストマスクに黒いハット、腰に二本のナイフを差したその姿は、人々から死を連想させ、街では煙たがられる存在だった。
彼はただ、冒険者として依頼をこなすだけの男だ。余計なことは考えない。余計なことは話さない。ただ仕事に忠実に、それだけだった。
しかしある日、相棒の厄介者ニーナとともに向かった討伐クエストをきっかけに、メルドは巨大な陰謀の渦へと引きずり込まれていく。国家が血眼になって隠し続けてきた、かつての戦争の真実。そしてメルド自身が、世界を滅ぼしかけたと言われる禁忌の一族の末裔であるという事実。
仮面の下に隠された素顔が、やがて世界を揺るがす鍵となる——
深い森の奥、人の足が決して踏み入らぬその場所は、古くから「禁断の森」と呼ばれていた。鬱蒼と茂る木々が空を覆い、昼なお暗いその奥地に、まるで息を潜めるかのように、一軒の家が建っていた。
煙突の口から、一通、また一通と、手紙が舞い落ちてくる。男は無言でそれを拾い上げると、黒いハットをゆっくりと被り、静かに家の扉を押し開けた。
森はどんよりと淀んだ空気を纏っていたが、男にとってそれは不快どころか、むしろ心地よいものだった。腰の両側にナイフを一本ずつ差し、男は迷いのない足取りで森を抜けていく。
しばらく歩くと、街の外れに古びた酒場が見えてきた。待ち合わせでもあるのか、男は迷わず扉を押し開け、奥の席へと静かに腰を下ろした。
男はゆっくりと手紙を広げ、その内容に目を走らせながら、酒を一杯頼んだ。静寂の中、羊皮紙の擦れる音だけが小さく響く。
するとその静けさを切り裂くように、背後から一際大きな声が飛んできた。
「まーた、そんな奥の席で!」
どかどかと遠慮のない足音とともに、女は男の向かいにどっかりと腰を下ろした。
「で? 私を呼び出したってことは、稼げる話なのね?」男はゆっくりと口を開いた。
「ニーナ、相変わらずだな。お前の声は頭に響く」
ニーナと呼ばれた女性は、まさに冒険者を思わせる出で立ちをしていた。旅の埃を纏ったブーツ、使い込まれた革鎧、そして腰には何かと物騒な得物――見る者が見れば、一目でただ者ではないとわかる風貌だった。
しかしその顔には今、怒りの色が満ちていた。
「メルド! 今すぐその言葉を取り消しなさい!」
「……そんなに怒るか?」
「当たり前でしょ!!声が頭に響くって何よ、失礼にもほどがあるわ!」
「事実だ」
「事実って言えばいいと思ってるでしょ!!」
酒場の数人がちらりとこちらを見た。メルドは小さくため息をつく。
「……声が大きい」
「あなたがそうさせてるんでしょうが!!」
しかしニーナの怒りは次第に落ち着き、ぱっと表情を切り替えると身を乗り出してきた。
「そんな事より!私は仕事の話をしに来たの。で?今日は何?」
まるで百戦錬磨の冒険者のような口ぶりだった。メルドはそんな彼女をひと目見てから、静かに口を開く。
「おい、お前……最近レベルが5になったばかりだろ」
仮面の奥では、やれやれとした顔をしているに違いなかった。
一般的に、駆け出しの冒険者はパーティーを組むのが賢明とされている。ここパリスの街は、そんな新米冒険者たちが集う場所として知られていた。仲間を見つけ、互いの弱点を補い合いながら経験を積む――それがこの世界での常識だった。
しかしニーナはパリスでも名の知れた厄介者だ。威勢はいい、口は悪い、そして誰よりもうるさい。よほどの物好きでなければ、自らこの女とパーティーを組もうとは思わないだろう。
その時、店の奥から野太い声が酒場中に響き渡った。
「厄介ごとは外でやれっっ!!」
店主の怒鳴り声に、客たちの視線が一斉に集まる。メルドは無言で代金をコップの下に滑り込ませると、静かに立ち上がり足早に扉へと向かった。
「と!に!か!く!ギルドに向かうわよ、話はそこから!」
一足先に外へ出たニーナが、振り返りもせずに歩き出す。追い出された憂さ晴らしのつもりなのか、メルドへの当たりがいつもより幾分強い気がした。
メルドは黙ってその後に続いた。仮面の奥で、何を思っているのかは、誰にもわからない。
メルドはニーナの後に続き、パリスの街へと踏み出した。
街の奥には、威圧感すら覚える巨大な城がそびえ立っていた。分厚い城壁がその周囲をぐるりと取り囲み、まるで街全体を守護するかのように佇んでいる。しかしその麓では、今日も変わらず人々の営みが続いていた。威勢のいい売り子の声、所狭しと並ぶ商店、行き交う人々の笑い声――賑やかな通りをニーナはずんずんと進み、メルドはその人波をするりと抜けるように歩いた。
やがて二人は、周囲の建物とは明らかに異なる、一際存在感を放つ建物の前に立った。
ドン、と勢いよく扉が開け放たれると、ギルド内の視線が一斉にこちらへと集まった。しかしニーナがその視線をひとつひとつ睨み返すと、皆が示し合わせたように顔を背けていく。
メルドはそんな喧騒を意に介さず、コツコツと靴音を立てながら受付へと歩み寄った。
「この、クエストをお願いしたいのだが」
呆気に取られていた受付嬢がはっと我に返り、差し出された手紙をさっと受け取る。
「はい!こちらのクエストですね!」
受付嬢は手際よく内容を読み上げた。
「討伐対象、ハーギー。討伐数、三体。報酬、四百七十〆。革の提供で追加報酬あり――こちらでお間違いないですか?」
「はい!はい!合ってます!」
返事も待たずにニーナがメルドを腰でどんと押し退け、受付の机をばんと叩いた。受付嬢の顔が引き攣る。
「あぁっ……お二人での討伐ですね、承知しました……」
絞り出すような声だった。
その時、ギルド中の視線が二人に注がれているのをメルドは感じた。ニーナはといえば、周囲の視線に気づいたのか、腰に手を当てて仁王立ちのまま声を上げる。
「なにかぁっ?!」
メルドは無言でニーナの腕を掴むと、そのままギルドの外へと強引に引っ張り出した。




