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空の裂け目と失われた大地  作者: nekorovin2501


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第3話: 影の試練と帰還の門

隠れ里の谷は、霧に閉ざされた静寂の領域だった。森の奥深く、岩壁に囲まれた小さな窪地に、古い石造りの遺跡が佇んでいる。苔むした柱が傾き、崩れたアーチの下に、ザルドの住処――半壊した神殿のような建物があった。空気はひんやりと湿り、影が濃く、昼間でも薄暗い。リアンはここに到着して三日目。体は疲弊し、心は緊張で張りつめていた。

ザルドは老いた魔族だった。一本の角が折れ、かつての翼は萎縮して背中に縮こまっている。灰色の肌に刻まれた古い呪文の痕が、長い年月の苦難を物語る。彼の目は深い紫色で、底知れぬ知恵と諦めを宿していた。

「人間よ。お前が求めるのは結界の破壊か。影の術を授けるが、代償は大きい。体を蝕み、心を試す。覚悟はあるか」

リアンは頷いた。「空島に真実を伝えるためです。地上が死の地じゃないこと、魔族が衰退したこと……そして、両方が共存できる可能性を」

ザルドは薄く笑った。「共存か。甘い夢だ。だが、試練を耐え抜け」

最初の試練は「影の鏡」だった。神殿の奥、黒い水晶が浮かぶ祭壇。ザルドが呪文を唱えると、水晶が輝き、リアンの前に鏡のような影が現れた。それはリアン自身の姿――だが、目は赤く、口元が歪んでいる。影のリアンが囁く。

「お前は空島の民だ。地上など、ただの幻想。帰れ、戻れ……家族を、仲間を裏切るのか?」

言葉が心を刺す。リアンはギルドの日常を思い出した。ウィンドと飛ぶ朝、ガルドの厳しいが優しい声、仲間たちの笑顔。落ちた自分は、もう「死んだ」存在のはず。影はさらに迫る。「地上の村など、偽りの希望。定住派の戯言に騙されるな。お前は空島に属する」

リアンは拳を握った。影の剣が振り下ろされる。リアンは避け、ザルドから教わった基本の影術を発動。自分の影を伸ばし、相手の足を絡め取る。影のリアンが崩れ、鏡が砕けた。息が荒い。体に冷たい痛みが走る――影術の代償だ。血管が黒く浮き、視界が一瞬揺らぐ。

「第一の試練、合格だ。次は『大地の記憶』」

二日目は遺跡の地下へ。階段を下りると、広大な洞窟。壁に魔族の壁画が残る――かつての栄光を描いたもの。巨大な魔族が空を覆い、人間を追い立てる姿。だが、最後の壁画は違う。魔族同士が争い、魔法の炎で大地が焼け、影が薄れる。ザルドが静かに語った。

「我々の衰退は、自然の摂理だ。魔脈が枯れ、魔法が弱まる。だが、空島の結界がそれを加速させた。お前たちの浮遊魔法が、大地のエネルギーを吸い上げている。長い年月で、均衡が崩れた」

リアンは壁画に触れた。冷たい石から、微かな振動が伝わる。ザルドの指示で、影術を大地に注ぐ。地面が震え、記憶の幻影が浮かぶ。魔族の戦争、空島の祖先が結界を張る瞬間。リアンは見た――結界の起源は、魔族を封じるための「呪い」だった。だが、それは大地全体を蝕む毒でもあった。

幻影の中で、リアンは叫んだ。「こんな均衡を、壊さなきゃいけない!」

試練の終わり、リアンの体は限界に近づいていた。影術の使用で、皮膚に黒い模様が浮かび、息をするたびに胸が痛む。だが、ザルドは最後の術を教えた。「逆裂け目の儀式」。結界の弱点を突き、影の門を開く。必要なのは、魔族の血と人間の意志。ザルドは自分の角を一本折り、リアンに渡した。「これを触媒にしろ。お前の血を混ぜ、呪文を唱えろ」

夜が訪れた。隠れ里の中央、満月の光が差し込む広場。カイルとウィンドが見守る中、リアンは儀式を始めた。角を地面に突き刺し、自分の掌を切る。血が滴り、影が渦を巻く。ザルドの声が響く。

「影よ、開け。青き膜を裂け。失われた道を繋げ」

空が震えた。遠くの上空、結界の青い膜に亀裂が入る。裂け目はゆっくり広がり、星のような光が漏れる。リアンの体が浮き上がり、影が体を包む。痛みが爆発し、視界が白くなる。「耐えろ……!」

次の瞬間、リアンは空にいた。結界を抜け、雲海を突き抜け、空島の空へ。ウィンドが追いつき、背中に乗る。カイルは地上に残った。「俺は村を守る。お前は真実を届けろ」

空島の中央島、ハヴェンシティが近づく。夜の街は灯りが輝き、結界の青い光が優しく包む。リアンはギルドの屋根に着陸した。体はボロボロ、影の模様が腕に残る。警備の術士たちが駆け寄る。「誰だ! 侵入者か!」

リアンは叫んだ。「リアン・ヴェントスだ! 落ちたはずの俺が、生きて帰ってきた!」

騒ぎが広がった。ギルド長のガルドが現れ、目を疑う。「リアン……お前、生きてたのか」

リアンはザルドの角を見せ、影術を軽く発動。闇が渦巻き、周囲を包む。皆が息を飲む。「地上は死の地じゃない。魔族は衰退した。落ちた人間たちの村がある。危険はあるが、生きられるんだ。結界は……私たちの祖先が作った呪いだ。大地を蝕んでる」

議会が緊急招集された。リアンは証言した。村の生活、魔族の隠れ里、影術の力。保守派の術士が反論する。「魔族の罠だ! 汚染された証拠だ!」だが、リアンが持ち帰った地上の植物――棘のある果実――が新鮮に輝く。影術で結界の弱点を演示すると、議場が静まり返った。

ガルドが立ち上がった。「……真実なら、変えねばならん。探検隊を組織する。地上との接触を」

リアンは疲れ果てながら、窓から地上を見下ろした。雲海の下、遠い大地。ウィンドがそっと寄り添う。影の痛みが残るが、心は軽い。真実は伝わった。次は、橋を架ける番だ。

だが、議会の奥で、一人の術士が呟いた。「結界を破れば……すべてが変わる。空島が、落ちる日が来るかもな」

リアンは知らなかった。帰還は、始まりに過ぎなかったことを。

(第3話 終わり)

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