01-08.迷走
「あ……寝過ごした……」
デートから帰るなり不貞寝していたら、とっくに日付が変わっていた。当然ヒコマちゃんの配信も終わっている。あの子は遅くとも十一時頃までに配信を終えてしまう。中の人は学生なんじゃないかともっぱらの噂だ。
「あれ……着信?」
ママからだ。珍しい。殆ど連絡なんてくれないのに。
『あら。こんな時間に掛け直してくるなんて』
げ……。何も考えずに折り返しちゃった。
『どうしたの? 体調悪いの? あなたが夜ふかしだなんて珍しいじゃない。ああ、いえ。違うわね。今起きたのよね。何かショックなことでもあったの? 詩葉ちゃんと喧嘩しちゃった?』
流石マミー。全てお見通しだ。
「大丈夫。ちょっとお昼食べすぎちゃって。友達とお出かけしてたから」
『それで夕方から寝てたの?』
「うん」
『ならやけ食いした理由があるわよね?』
察しが良いなぁ……。
「ちょっとね」
『なによ。お母さんにも言えないことなの?』
「……帰ってきたら話すよ」
『わかった。夏休みが始まる頃には帰るわ』
「え? マジ?」
『何よ。帰ってこられたらマズいのかしら?』
「そんな事はないけど……」
どうしよう……詩葉が叱られちゃう……。私のことよろしくって言われてたのにずっと放置してたのバレちゃう……。
「やっぱ大丈夫♪ ママの声聞いて元気になったよ♪」
『なら抱きしめてあげればもっと元気になれるわね♪』
「本当に心配ないから♪」
『ダメよ。もう飛行機取っちゃったもの』
「えぇ……」
『何よ? そんなに帰ってきてほしくないわけ?』
「そうじゃないけどさぁ……」
『顔を合わせづらいの?』
「そうそう♪ 髪染めちゃってさ♪」
『嘘おっしゃい。ちづちゃんがそんなの許す筈ないじゃない』
「そこは娘がそんな事する筈ないって言ってくれないの?」
『あなた興味ないものね。そういうの』
「そういう事じゃないんだよなぁ~」
『もしかして失恋?』
「どんどん鈍くなるね」
最初はエスパーさんだったのに。
『どこの馬の骨かしら。私の可愛い娘を振ったのは』
隣の家の詩葉ちゃんです。
「本当に大丈夫だからさ。どうせパパは帰れないでしょ? 一緒に居てあげなよ」
『決定事項よ。あの人も心配してるわ』
「もぉ……いつも勝手なんだからぁ……」
『響を信頼しているからよ♪』
「信頼してるのは詩葉でしょ」
『そう。やっぱり詩葉ちゃんと喧嘩したのね』
なんで今ので確信持つのさ。
『何があったのかは帰ってから聞くわ。またね、響。もう少しだけ頑張りなさい』
そう言って一方的に切られてしまった。なんだかやる気になってしまったみたいだ。ママたちまでお節介するつもりなのだろうか。いくら親子だからって子供の喧嘩に口を出すのは違うと思うんだけど。
でも久しぶりだなぁ。ママと会うの。たぶん詩葉ママも一緒だ。二人に会える事自体はとっても嬉しい。最後に会ったのは一年以上前だもの。詩葉と話が出来なくなってからも、もうそれくらいか。
そうだ。詩葉に連絡しておかないと。詩葉の事だから二人が帰って来るのはもう知ってるだろうけど。一応ね。
……ブロックはされてない。いったいどういうつもりなんだか。私には何もわからない。けどもう考える必要も無いことだ。ママ達が何を言ったってそれは変わらない。私達の道は完全に分かたれた。私は詩葉を失ったんだ。だからこれは最後の連絡だ。幼馴染だったよしみだ。二人が帰って来る事だけは伝えておこう。それから「さよなら」って。「今までありがとう」って。それだけは……。
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……無理に決まってるじゃん。
結局、詩葉に送るメッセージの内容が纏まらず、気がついたら朝になっていた。それでもママ達が帰って来る旨だけは辛うじて送信した。
「おはよう♪ 響ちゃん♪」
「あ、うん。おはよう。琴音」
「響ちゃん!? どうしたのその顔!?」
「え? なに?」
「なにじゃないよ!? 来て! 保健室行くよ!」
「え、ちょっと」
手を引かれて強引に立たされた私は、そのまま廊下に連れ出された。
「どうしたの、琴音。私は大丈夫だよ。教室戻ろうよ。授業始まっちゃうよ」
「……」
琴音は何も言わずに早足で歩き続けている。痛いくらい私の手を握りしめながら。
「先生!」
「預かるわ。園崎さんは教室に戻りなさい」
「はい! 後はお願いします!」
琴音は私に何も言わず、忙しなく教室へと戻っていった。
「横になりなさい」
私の顔を一瞥した保健室の先生は何も聞かずにベッドを指し示した。
「悪いところは?」
「無いです」
「悩みは?」
「……少しだけ」
「そうは見えないわね。言ってみなさい」
んな無茶な。先生とはいえ、ほぼ初対面なのに。
「嫌なら眠りなさい。それで大抵の問題は解決するわ」
この人本当に保険医か?
「……そうは思えません」
いったい何夜過ごしてきたと思ってるんだ。当然知る由もない事だけど。
「なら話しなさい」
「……遠慮しておきます」
「そう」
先生はまるで私を見張るかのように、ベッドと入口の間にある自身の席に腰掛けた。
どうやら話は終わりらしい。しゃあない、寝るか。あんまり寝不足って感じはしないけど。変な時間に寝ちゃって、その後ずっとスマホとにらめっこしてたってだけなんだけど。
案外隈でも出来ていたのかしら? ママが帰ってきたら少しはお化粧も教えてもらおうかな。その前に一悶着ありそうだけど。嫌だなぁ、こういう感じ。当事者の私を置き去りにしてどんどん話が進んでいっちゃいそう。
ゆっくり休めるのは今だけなのかも。本当に嫌なら自分で動かないと。あんまり時間は残されてない。あと数日。それでママ達が帰って来る。きっと琴音と夏空さんだって……。
ちゃんとお別れを言おう。直接会って決着をつけよう。これ以上皆を振り回すわけにはいかない。詩葉がどうしても私と居たくないなら、その気持を尊重しよう。誰より大切なあの子の為に、私に出来ることはしてあげよう。こんな半端な関係は終わらせよう。もしあの子にすらその踏ん切りがつかないなら、私自身の手で終わらせてあげよう。全ては詩葉の為に。




