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04-15.最後の配信




「皆様。お久しぶりです」


 詩葉は私の部屋から配信を始めた。事前告知も枠取りも一切無しのゲリラ配信だ。夏休みも中盤を過ぎ、二週間以上もの沈黙の末、ようやくヒコマちゃんが公の場に姿を現した。



「当配信をご視聴頂き、ありがとうございます」


 以前の明るいヒコマちゃんとは別物な淡々とした声音だ。



「最初にお伝えさせて頂きます。この配信が私の最後の配信です。本日をもって配信活動を終了とさせて頂きます」


 コメント欄は封鎖している。視聴者のリアクションは当然無い。SNSには上がっているのかもしれないけれど、今は詩葉の言葉に集中していたい。



「応援してくださった皆様。楽しみにしてくださっていた皆様。このような形で終わらせてしまうこと、深くお詫び申し上げます」


 積極的に私たちの正体を晒した人なんてほんの一部だ。純粋にヒコマちゃんのファンでいてくれた人たちが大勢いるのだ。むしろ後者の方が大多数だ。本当に極一部の人たちが暴走した結果として今があるのだ。十万分の一。たったそれだけ。そんなちっぽけな声がヒコマちゃんの活動を終わらせてしまったのだ。


 当然私たちにも隙はあった。しかし大多数のファンの皆には関係のないことだ。ヒコマちゃんが、詩葉が皆に申し訳ないと思う気持ちは本物だ。私だってそうだ。無関係な人たちに逆恨みをするつもりなんて毛頭無い。私のせいでヒコマちゃんの活動が終わってしまったのだと今でも悔いている。本当は私だって謝りたい。けれど決めたことだ。私は何も話さない。ただ詩葉の隣で見守っているだけだ。手を握って勇気を与えるだけだ。私に出来るのはそれだけなのだ。



「活動を続ける事が、私自身や周囲の安全を損なう状況になりました。その為、継続は困難だと判断致しました」


 私たちの写真や名前をネットに上げた人。私たちの個人情報を付け加えて拡散した人。私たちの家や学校に近づいて嗅ぎ回る人。中でも一部の極端な者たちは直に捕まるだろう。すでに警察は動いてくれている。それでも全てが解決するわけじゃない。私たちだけでなく、友達や家族にだって危険は降りかかる。これ以上の継続は不可能だ。詩葉はそう判断した。



「これまでの活動内容、過去の配信、このチャンネルにある一切のものは本配信終了後に削除致します。この件に関する説明や詳細な事情の共有は行いません。質問にもお答え致しかねます」


 了承してくれとは言えない。多くの人たちにとってのこれは一方的な通告だ。多くのファンにとって、一方的に裏切ったのはヒコマちゃんの方だ。それもまた事実なのだろう。



「今後、別の名義で活動する予定はありません。この配信を以って、私に関する発信は全て終了致します」


 ごめんなさい。応援してくださった皆様。本当にごめんなさい。



「これまで視聴してくださった皆様、支えてくださった方々には深く感謝致しております」


 ヒコマちゃんを、オシロちゃんを応援してくれてありがとうございました。



「以上となります。これで配信を終わります」


 詩葉は静かに配信を閉じた。




----------------------




「お疲れ様」


「……うん」


「おいで。詩葉」


「……うん」


 詩葉は想像以上に気落ちしている。私のためだと言い張っていた活動だけど、詩葉自身にとってもいつしか掛け替えのないものとなっていたのかもしれない。



「……考えないと」


「何を? ゆっくり休んだら?」


 まだ夏休みは終わっていない。どうせ外は出歩けないけど、ベッドの上でゴロゴロしているくらいは許されるだろう。詩葉はここまで本当によく頑張った。



「約束したの」


「まさか私を養うって話?」


「……うん」


「二人で支え合って生きていこうよ」


「……やだ」


「またぁ。面倒くさいなぁもう」


「うっさい」


「喧嘩なんてしたくないなぁ~」


「私だって……」


 どったん? スマホ? 奏から何か送られてきた?



「忘れてた」


「何の話?」


「防音室」


「マジ?」


「今更断れない……」


「取り敢えず搬入してもらうしかないね」


「どうせならもっと広いのにしておけばよかった」


「何に使うつもりかな?」


「いっぱい泣かせてあげたいの」


「私のためみたいに言うのやめてくれる? それ詩葉の性癖でしょ?」


「こうしちゃいられない」


「ちょっと。何をポチってるのさ。やめてよね。まだうろちょろしてる人だっているんだから。また噂流れちゃうよ?」


「もう手遅れ」


「詩葉の部屋に設置してもらったら?」


「入らない」


「ママたちには言ってあるの?」


「……言ってない」


「おバカ」


 しゃあない。私から言ってやろう。




----------------------




「空き部屋に置いてもらいなさい。組み立てなくていいから。そんなの部屋に置いても邪魔でしょうがないでしょ」


 軽いなぁ~。普通に許してくれたぁ。うちのママは。



「後でお説教よ」


「はい……」


 詩葉ママは案外と厳しい。いや。これが普通か。



「空き部屋なんてあったっけ?」


「あるじゃない。奥に」


「あれはパパの書斎でしょうが」


「きっと喜ぶわ♪」


「横領しようとしてた!?」


「冗談よ。そっちじゃなくてアトリエの方よ」


「ダメでしょ!? あれ仕事場でしょ!?」


「今使ってないじゃない。スペースも十分でしょ」


「もう直使うんでしょ!? 帰って来るんでしょ!?」


「どのみち引っ越すわ」


「あ……ごめんなさい……」


「もう。十分謝罪は聞いたわ。あなたがこれ以上謝る必要はないのよ」


「うん……」


「やっぱり寂しい? この家には思い出がいっぱいあるものね♪」


「そりゃあね。けど」


「ごめんね。そうでもしないと守ってあげられなくて」


「ううん。ありがとう、ママ」


「はい♪ あなたは本当に良い子ね♪ 響♪」


 本当にありがとう、ママ。パパ。大好き。



「詩葉。ついでに言っておくことがあるの」


 隣でも詩葉ママが畏まった様子で口を開いた。



「……なに?」


 詩葉ママの口調に詩葉が身を固くした。



「うちもお引越しよ。響ちゃんたちとは離れることになるけれど」


「……え」


「これ以上迷惑はかけられないの。わかってね。詩葉」


「待って! なんでよ!? 詩葉ママ!?」


「響は黙っていなさい」


「けど!!」


「ママたちが話し合って決めたことよ」


「でもぉ!! だってぇ!!」


「ごめんね。響ちゃん」


「やだ! やだよぉ! 詩葉と離れたくないよぉ!」


「決まったことよ。ごめんね、響」


「なんで!? どうして!? なんで何も言ってくれなかったの!? やだやだやだ! 絶対やだ!! ねえお願い! ママ! 詩葉ママ! なんでもするから! 良い子になるから! だからぁ! やだよぉ! 詩葉と別れるなんてやなのぉ! ママぁ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


「落ち着いて。大丈夫よ響。二人を引き離すことが目的なわけないじゃない。その逆よ。二人が安全に一緒にいられるようにするためよ。ママたちを信じて」


「そう……なの?」


「ええ。もちろんよ。当然でしょう?」


「そ……っか……」


「あなたは本当に詩葉ちゃんのことが大好きね。ふふ♪ パパとママが海外に行くって聞いてもそんなに取り乱さなかったじゃない♪」


「……ごめん」


「うふふ♪ あなたはきっと生まれた時から恋をしていたのね♪」


「そう、かな?」


「きっとそうよ♪ 本当に可愛い子だわ♪ ママも大好きよ♪ 響♪」


「……うん。私も。ママ大好き」


「あ~もう♪」


 テンションの上がったママにもみくちゃにされながら、どうにか詩葉の方に視線を向ける。



「お母さん。私は」


「響ちゃんと二人で暮らすのは無しよ。まだ暫くはね」


「そう……」


「安心して。同じマンションだから」


「え?」


「同じフロアで空きを見つけられなかったの」


「そういう……」


 そういうことぉ!? なんだよも~。びっくりさせないでよぉ~!


 それから今後の詳しい予定を聞かせてくれた。



 私たちはセキュリティの高いマンションへ引越すことになった。あいにく隣同士ではないけれど、同じマンションにうちも遠野家も住むことになる。


 高校も準備が整い次第転校することになった。敷地内に寮のある女子校だ。今年度はもう無理だけど、来年度は寮に移れるらしい。それまでは詩葉ママが車で送り迎えをしてくれるそうだ。


 とはいえもちろん転入試験はこれからだ。私たちの成績なら心配は要らないだろうけど、万全の準備を済ませておくとしよう。もし万が一落ちてしまえば大変だ。折角手配してくれたママたちの努力を無駄にしてしまう。既にマンションの方は契約済みだそうだ。パパたちもいつの間にか帰ってきていたらしい。仕事が忙しくて必要なことを済ませたらすぐにトンボ返りしてしまったそうだ。次に会った時はいっぱい謝ろう。それからいっぱいお礼を言おう。早く会いたいな。



 それからちづ姉にも。沢山迷惑をかけてしまった。いつかちゃんと会って謝りたいな。お礼を言いたいな。残念ながらもうこっちの高校には通えないそうだ。転校は二学期の開始には間に合わないけど、それでもこっちの高校に通うのはダメらしい。休学にして転校手続きが終わるのを待つ必要があるそうだ。どこかで機会があるといいのだけど。取り敢えずタイミングを見て電話を掛けよう。気を遣っているのか向こうからは全然掛けてきてくれないから。もしかしたらまだ気にしているのかもしれない。ハッキリ伝えておかなくちゃ。私はちづ姉にも感謝しているんだって。


 琴音と奏にも一先ず電話はしておこう。直接会えるに越したことはないけれど、もしかしたらもうその機会もないかもしれないから。大学では同じところに通えるといいな。折角だから配信設備を使ってリモート勉強会でも開こうかしら?



「まだまだ忙しくなるね♪」


「休んでる暇は無いよ。勉強いっぱいするよ」


 なんで? 試験があるから? にしたって気合入り過ぎじゃない?



「この学校、有名な進学校だよ」


「マジで?」


「規律にも厳しいって」


「今からでも変えない?」


「無茶言わないで。これ以上お母さんたちに迷惑掛けられない」


「だよねぇ~」


 しゃあない。やるっきゃないか♪

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