04-14.恋
あれから一週間。そろそろ打てる手も無くなってきた。削除申請とかも専門の弁護士さんに任せることになった。私たちはただ部屋に籠もって過ごすだけだ。後はママたちが手配してくれた専門家の方々や警察に任せるしかないのだろう。
「これも吊り橋効果っていうのかしら」
「詩葉はもっと私のことが好きになったの?」
「とっくに上限よ。これ以上は上がりようがないわ」
「私だってそうだよ」
「少しくらい嫌いになりなさいよ。これだけ迷惑かけたんだから」
「まだそんなこと言ってるの? 詩葉って頑固だよね」
「響こそ」
「やっぱり相性悪いのかな。私たち」
「怒るわよ」
「私はただ詩葉と一緒に居られればそれでいいのに」
「私は響の心を感じたいの。より強く愛されたいの」
「傷付けてほしいだけでしょ」
「わかってるなら」
「やだよ。私は詩葉が悪いだなんて思ってないもん」
「バカね」
「あんまバカバカ言わないでよ。あなたの恋人様だよ?」
「いつになったら本物の恋人になってくれるのよ」
「酷い事言うね。散々唇も奪っておいて」
「全然恋しないじゃない。嘘つき」
「そんな弱った状態でされてもね」
「甘やかして」
「いくらでも」
「そうじゃないわ」
「わかんないよ」
「だからダメなのよ」
「詩葉は求めるレベルが高すぎるんだよ」
「響はいつだって付いてきてくれたわ」
「今回ばっかりは無理だよ。詩葉がブラックを飲めないのと一緒だよ」
「飲めるようになったら恋してくれるのね?」
「無茶苦茶言わないで」
「少しくらい付き合いなさいよ」
「娯楽に飢えてるの? 珍しく勉強もしてないもんね」
「こんなに何もしない日が続くのは初めてね」
「だよね。詩葉は勤勉だから」
「私は響の倍以上勉強してきたわ」
「これでも必死にやってきたんだよ?」
「そうじゃなくて」
「どういうこと?」
「響は私の半分だけで追いついてきたわ」
「詩葉が教えてくれたからだよ。それでも本当に追いつけたとは思えないけど」
「そんな筈ないじゃない。響は私よりずっと凄い人なの」
「私からしたら詩葉の方がずっと凄い人だよ」
「あなたをそんな風にしてしまったのは私なの」
「そこまで悔いるようなことかな?」
「私は足枷なの。私がいるから響はどこにも行けないの」
「どこにも行かないよ。私は詩葉の側に居続けるよ」
「ダメよ。やっぱり響が正しいのね。私たちは一度別れるべきなんだわ」
「その件は無しってことで。詩葉が危ない目にあうかもしれないもん。ママたちだってきっと認めないよ」
「まだ一年以上あるわ。私がなんとかしてみせる」
「必要ないよ。前言は撤回する。私は進学先でも詩葉と一緒に居たいよ」
「ダメよ。もう決めたわ」
「また勝手に動くの?」
「そうよ。私が響の未来を創り続けるの」
「さっき言ったことと矛盾してるじゃん」
「だって仕方がないじゃない。響を本当に解放することなんて出来ないんだもの。だから今よりもっと頑張って先を目指すしかないじゃない。響が本当に行きたい場所に行くには先ず私が頑張らないと。響を縛っているのは私なんだもの」
「……だからバーチャルアイドルだったの? もしかして私がなりたいって口にしたの?」
「やっぱり覚えていなかったのね」
「だってそんなの」
「わかっているわ。本気じゃなかった。ただの軽口だった。何気なく零した一言だった。そんなことはわかっているの。けれど響が初めて口にした夢だったから。私はどうしても叶えてあげたかった。ごめんなさい。こんなことになるなんて思わなかったの。準備はしていたつもりだったけど全然足りていなかった。折角叶いかけた夢を奪ってしまった。私が余計なことをしなければ響は自分で掴み取っていた筈なのに。もっと上手くやれていた筈なのに。本当にごめんなさい。お願い。嫌いにならないで。響。私は」
「なるわけないでしょ。嫌いになんて。ありがとう、詩葉。大好きだよ、詩葉。大丈夫だよ、詩葉。泣かないで、詩葉」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
詩葉を抱きしめる。不器用な子だ。バカな子だ。どうしてそんなことばかり頑張ってしまうのだろう。やっぱり私の想いなんて欠片もわかってない。詩葉は怖かったんだ。私が先に行ってしまう事が何よりも怖かったんだ。だから私の足を引っ張ろうとした。恋より後に愛があると思いこんでいるから恋に拘っていたんだ。全部思い込みだ。そんな筈があるものか。本当に凄いのは詩葉の方だ。私の先を行き続けていたのは詩葉の方だ。私なら先に行けるだなんて考えは詩葉の思い込みにすぎないのだ。どうして気付かないのだろう。ううん。本当は気付いているんだよね。詩葉は賢い子だもん。ただ縋りたいだけなんだよね。孤独に歩き続けるのが辛いだけなんだよね。詩葉は寂しがりだから。私が側に居る事に理由を付けたがっているだけなんだよね。
「詩葉」
今ならわかるかもしれない。
「詩葉」
顎を持ち上げて瞳を覗き込む。涙に濡れた綺麗な瞳。私の大好きな詩葉の瞳。
「詩葉」
まだだ。まだ掴めていない。
「詩葉」
気持ちを込めて名前を呼び続ける。
「詩葉」
心臓の鼓動に意識を向ける。
「詩葉」
目を逸らしかけた詩葉の顔を掴んで視線を合わせ続ける。
「詩葉」
動け。動け。動け。
「詩葉」
届け。届け。届け。
「詩葉」
寝坊助な心臓にエネルギーを注ぎ込む。
「詩葉」
ドクンと。一際強い鼓動を感じた。
「詩葉」
どくどくと血液が流れるのを感じる。
「詩葉」
バクバクと鼓動が高鳴るのを感じる。
「詩葉」
キスを待つように瞳を閉じてしまった詩葉の頭を抱え込んだ。胸に押し当てて鼓動の音が少しでも大きく聞こえるように強く強く押し付けた。
「……これ」
「ふ、ふふ♪」
「……本当に?」
「どう、かな。よく……わかんないや」
これが本当に恋なのか。詩葉の涙に欲情しただけなのか。或いは全く別のもの、ただの緊張に過ぎないのか。私にもわからない。けどさ。詩葉の望みは叶えられたよね。私は今、ドキドキしているよ。詩葉を抱きしめられて本当に嬉しいんだよ。心の底から熱が湧き出して止まらないんだよ。この子の為に出来る事をしてあげたい。そう思っているんだよ。
「詩葉」
腕に力を込めると心臓の鼓動が速くなっていく。詩葉は苦しい筈なのに構うことなく抱きしめ返してくれた。
「詩葉」
もっと一つになりたい。服なんて脱ぎ捨てて裸になって抱き合いたい。もっと詩葉の熱を感じたい。もっと詩葉に鼓動の音を聞いて欲しい。もっと詩葉に喜んでもらいたい。
「詩葉」
言葉は燃料だ。心を燃やすには、気持ちを向けるには言葉を口にするのが一番手っ取り早い。名前を呼ぶだけで意識が一色に染まっていく。そんな気がする。
「詩葉」
なんだ。恋をするのってこんなに簡単だったんだ。
「詩葉」
ごめんね、詩葉。待たせたね、詩葉。
「詩葉」
また追いついたよ。詩葉。




