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04-13.不安な日々




 ヒコマちゃんの引退が決まってしまった。もちろん未だ声明の類は一切出していないけれど、チャンネルの非公開化と予定していた配信枠のキャンセル、それになにより、ヒコマちゃん本人の沈黙がそれを雄弁に物語っていた。



 ネット上では連日大盛りあがりだ。


『話題のバーチャルアイドルは現役高校生だった!』


『熱愛発覚! ヒコマ&オシロの遊園地デート!』


『ヒコマちゃんの正体は地元で話題の優等生!』


『二人の両親はあの有名デザイナー!』



 SNSだけじゃない。個人ブログや他の配信者までもが情報を広め続けている。私たちの個人情報は完全に暴露されてしまった。最早どこにも逃げ場はない。



「ママたちって有名人だったんだね」


「それ程でもないわ。少し盛られているわね。今回の件でもなければ同業者以外に知られることも無かったでしょうね」


「ならパパは?」


「ふふふ♪ 知らなかったの? あの人は凄いのよ♪」


 惚気おって。



「本当に何でもかんでも燃料にするものなのね」


「いったいどこから情報を集めてるんだろうね」


「積極的に動いている人がいるみたいね。あなたたちはよっぽど愛されていたみたいね」


「そんな愛はノーセンキュー」


「歪んでいるわよね」


「好かれたい人がやる事じゃないよね」


「いるのよ。世の中には。そういう人たちも」


「困ったものだよね。本当に」


「詩葉ちゃんの側に居てあげなさい。守ってあげなさい」


「その詩葉に追い出されたんだよ。集中出来ないからって」


「邪魔しちゃダメよ」


「なんで私が邪魔した前提なのさ」


「詩葉ちゃんがそう言ったのでしょう?」


「私より詩葉を信じるんだね」


「あなたが言ったんじゃない。そろそろ出なきゃだわ」


「何処行くの?」


「ちょっとね。ママが出たらチェーン掛けておいて。ママ以外を入れてはダメよ。何が来ても応対しちゃだめ。帰りは電話するから。何かあったらすぐに警察を呼ぶのよ」


「うん。わかった。いってらっしゃい。ママも気を付けて」


「ええ♪ いってきます♪」


 ママは私の額に口付けて抱きしめてくれた。本当はママも心配なのだ。私たちを家に残して出かけたくはないのだ。けれどきっと必要なことなのだろう。だから引き止めるわけにはいかない。


 ママが出かけて行った後、言われた通りにチェーンを掛けて部屋へと向かった。



「もう戻ってきたのね」


「ごめんね。ママ出かけちゃったから。邪魔はしないから」


「こっちへいらっしゃい」


 詩葉はパソコンから離れてベッドに腰掛けた。



「そこまでしなくていいのに」


「私がしたいからするのよ」


 いきなり口付けてきた。



「……ママが出たって聞いた途端にこれなの?」


「偶然よ。休憩よ」


 詩葉は何度も何度も繰り返し唇を重ねてきた。



「……」


「……」


 繰り返し繰り返し。何度も何度も。


 そこでようやく気付いた。詩葉も震えている。本当は不安でいっぱいなんだ。最近ずっと口調が戻っていない。どうして気付かなかったのか。誰より側で見ていた筈なのに。


 詩葉を抱きしめて身体を近づける。詩葉は構わずキスを続けていた。




----------------------




「……響」


「……いいよ。詩葉の好きにして」


「……」


 あら?



「どうしたの?」


「……別に」


 なんか急にスんってしちゃった。



「続けなきゃ」


「私に出来ることはない?」


「……」


 詩葉は無言でクッションを動かし始めた。



「ここ座って」


「やりづらくない?」


「いいから」


 仰せのままに。


 椅子の前、詩葉の足の間に座り込むと、詩葉が私の肩に足を乗っけてきた。



「マッサージしてあげるね♪」


「余計なことしないで」


 しゃあないなぁ。


 詩葉の腿に包まれているとはいえ、テーブルの下の暗がりでただ座っているだけなのも退屈だ。お触り禁止ならこんなところに押し込まないでほしい。なんて言える筈もない。詩葉の精神が安定するならこの程度いくらでも付き合おう。とはいえ何も無しは流石に厳しい。スマホでも見ていよう。えっと。スマホは……あ。



「こんなとこにまで監視カメラがあったんだね」


 詩葉のエッチ。そんなに覗きたかったの?



「これってネットワーク繋がってないの? 撤去しておいた方がいいんじゃない?」


「……そうね」


 明らかに失念していた様子だ。



「大丈夫だよ詩葉。その手の情報は出回ってないから」


「見るなって言ったじゃない」


「私だって何かしたいんだよ」


「ならそれ外して。電源を抜けば済むから」


「おっけ~♪ 他のも場所教えて♪」


 詩葉の指示に従って次々とカメラやマイクを引っこ抜いていく。



「よくもまあこれだけ仕掛けられたものだね」


「響は鈍すぎるわ」


「開き直らないで」


「……ごめんなさい」


「キスしてくれたら許してあげる」


「安いわね」


 今度は軽く口付けてきた。


「気持ちが籠もってない」


「籠めたら止まれなくなるのよ。察しなさいよ」


「謝罪の意思を籠めたらいいじゃん」


「嫌よそんなキス」


「さては反省する気がないな?」


「響は私のものよ。私がどう扱おうと私の勝手でしょ」


「よくないよ。そういう考えは」


「何よ。不満なの?」


「前者じゃなくて後者の方。私は詩葉のものだけど、雑に扱われるのは望んでないの」


「気をつけるわ」


「よろしい」


 話は終わったと、詩葉は作業に戻ってしまった。



 ……。


 …………。


 ………………。



「え? うそ?」


「なに?」


「これ……」


 画面を開いたままスマホを詩葉に渡した。



「……ちっ」


 気持ちはよくわかる。



「道理で今朝から盛り上がっているわけだわ」


「同業者ならわからない筈もないのにね」


 私が見つけたのは、とある超有名バーチャルアイドルの発言に関する記事だ。ヒコマちゃんの十倍以上の登録者を持つ先駆者の一人だ。あろうことか、彼女は自身の配信でヒコマちゃんの身バレ騒動について言及してしまったのだ。


 本人に悪気は無かったのだろう。ただ遠回しにこういう事はやめようねと告げただけだ。ヒコマちゃんを名指しで出したわけでもない。本当に善意によるものだったのだろう。


 しかし影響力が大きすぎた。彼女の発言がキッカケでヒコマちゃんの存在を知った人も大勢いるのだろう。炎上のレベルが格段に上がってしまった。中には彼女の発言をこそ非難する人も現れている。それらがSNSのトップに上がった結果、ヒコマちゃんに関する注目度も上がってしまったのだ。


 炎上が炎上を呼び、更に炎は広がり続けている。最早誰がなんの為に誰を責めているのかもわからない。ただただ憶測と真実が飛び交っている。当事者の私たちすらも置き去りにして事態はより深刻な方向へと転がり続けていく。

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