04-05.恋の重さ
「ねえ、奏」
「なに?」
「一つ謝らなきゃいけないことがあるの」
「え?」
「集中して。園崎さん」
「あ、いや。えっと」
マズい。琴音がパニクり始めた。さっさと済ませてしまおう。
「誤解なの」
「響ちゃん!?」
「奏の告白に」
「響ちゃん!!!」
急に立ち上がった琴音は私を引きずって部屋から飛び出した。
「なぁにやってんのぉ!?!!?」
「なにってなにさ」
琴音が言ったんじゃんさ。
「あんな切り出し方ないよぉ!? もっとタイミングとかあるでしょぉ!?」
「え? ダメだった?」
「ダメに決まってるよぉ!!」
わけがわからないよ。
「まあ落ち着いてよ。こういう事はあんまり大事にするものじゃないんだよ」
「……どういう意味?」
「そのまんまだよ。意識すればする程言い辛くなるし、先延ばしにすればする程、奏の傷も深まるんだから」
「それは……そうだけど……」
「だから私に任せて。ね?」
「……奏ちゃんが泣いちゃったらどうするの?」
「その時はその時だよ。一回泣けばスッキリするよ。嫌なら私と奏だけで話をするよ。琴音はここで待っていて」
「そんなわけにいかないよぉ!?」
「琴音は考えすぎだよ。そもそも告白したのは奏の方なんだからさ。悪いのは私と奏であって琴音じゃないでしょ?」
「百パーセント響ちゃんのせいだよ!? 奏ちゃんに悪いところなんて一個もないよ!?」
やっぱり付き合ったら? 琴音、奏のこと大好きじゃん。
「そうだね。悪いのは私だよ。だから私が謝るんだよ。琴音は何も気にしなくていいんだよ」
「ならちゃんと謝って! あんな軽くじゃなくて!」
「だからそれがダメなんだってば。誤解だったんだよって軽く教えてあげないと奏だって余計に気にしちゃうよ。少し恥ずかしい思いをさせてしまうけど、後のことを考えれば絶対さらっと言った方が良いんだって」
「……ねえ。響ちゃんは大切なことを見落としてない?」
「見落とし?」
「私と奏ちゃんは気まずくなるんだよ? だって奏ちゃんはほんの少しだけでも私をす、好きになってくれたんだもん。もうそれは変えられない過去なの。私だってきっと意識しちゃうもん。奏ちゃんは私のことが好きなんだって。少なくとも一度はそう思ったんだって。奏ちゃんだって諦めきれないかも。あの子はそういう子だから。なら次こそはって頑張っちゃうの。私もそれがわかるから。だから……」
……そっか。奏は恋心を抱いたんだ。それが誤解の結果に過ぎないとしても関係ない。私はその感情を勘定に入れていない。あの子にとってどれだけ大きな感情なのか理解しきれていないのだ。
「響ちゃんの言うこともわかるよ。これが恋じゃなければそういう解決の仕方もあったんだと思うの。きっと私だってこんなには悩まなかったよ」
私はやっぱりわかっていないのだろう。私たちの年頃の恋という感情の重さを。
「響ちゃんは詩葉ちゃんに同じ事されたらどう思う? 付き合い始めてからの期間は私たちとあまり変わらないよね?」
……ごめん。やっぱり私は奏や琴音のようには悩まないと思う。ううん。悩みはするんだよ。けれどそれは根本的に違うものなんだと思う。詩葉が今更恋人になるのは辞めると言い出しても私は傷つきすらしないだろう。ただ困るだけだ。
それは何故か。答えは簡単だ。私たちと琴音たちでは前提となる状況が違いすぎるのもあるけど、それ以上に重要なこともある。それは私が詩葉に恋をしていないからだ。
詩葉と恋人でなくなったとしても、それそのものは決して惜しいわけではないのだ。私は詩葉との関係が恋人であるかどうかに興味がない。友達でも親友でも姉妹でも構わない。例え恋人でなくなってもそのどれかは残っている。詩葉は側に居てくれる。私を好きで居てくれる。だから私が奏と同じように困る事は決してないのだろう。そしてそれこそが詩葉が私に求めているものでもあるのだろう。
「ごめん。琴音」
「理解してくれたんだね」
「うん。奏は失恋してしまうんだね」
「そうだよ。響ちゃんが軽い気持ちで唆したから傷つくの。全部響ちゃんのせいだよ。響ちゃんが奏ちゃんを泣かせるんだよ。それにもちろん私のせいでもあるんだよ。私が奏ちゃんを振るのも響ちゃんのせいだよ。けれどそれを選ぶのは私なんだよ。だから私も悪いんだよ。私は私の意志で奏ちゃんを泣かせるんだよ。私はそのつもりだよ。全て理解した上で話してあげてね。私もちゃんと謝るから。一緒に謝ろうね」
「……うん。ごめんね。琴音」
「うん。その謝罪を受け取るよ。それから私も。ごめんね、響ちゃん」
「……なんで琴音が?」
「私のうっかりもあるから。それに私がすぐ訂正出来ていれば済んだことだから。けれど私は響ちゃんを止めちゃった。あの日の内に響ちゃんが動けていれば奏ちゃんの想いが恋に育つこともなかったかもしれないのに」
「琴音のせいじゃないよ」
「私のことはもういいから」
「うん。行こう」
「うん」
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「あ、あはは~……そっか……うん。そうだよね」
私と琴音は揃って奏に頭を下げた。勉強机を脇に寄せて、部屋の真ん中で並んで、床に額を付けて謝った。
「二人とも頭を上げて。悪いのは私だよ。二人とも悪いことなんてしてないよ」
奏が軽い調子を心がけているのが伝わってくる。本当は泣きそうなのを我慢している。
「ごめんね、琴音ちゃん。私の誤解に付き合わせちゃって」
「ううん……すぐに言えなくてごめんね……」
「琴音ちゃんのせいじゃないよ。琴音ちゃんは気を遣ってくれただけだもん」
「奏。本当にごめんなさい」
「響ちゃんもね。別に変なことはしてないよ。琴音ちゃんと一緒に私を騙そうとしたわけでもないんだしさ。そもそも告白したのは私だよ? 響ちゃんの冗談に舞い上がって暴走したのは私なんだよ。だから一番悪いのは私なんだよ」
「「そんなこと……」」
「ううん。あるんだよ。この際だから私も正直に言うね。本当は私も琴音ちゃんをそういう風に見ていたわけじゃないんだよ。響ちゃんの冗談に乗っかって、私にもワンチャンあるかなって。そんな風に調子に乗って。琴音ちゃんに酷い事をしたんだよ。私は今の今までそんな事にも気付いていなかったんだよ。後から後から湧き出してくる感情に流されて、身を任せていただけなの。琴音ちゃんのことなんて何も考えてなかったんだよ。酷いよね。気持ち悪いよね。私なんかが」
「そんなことないよ!!」
「琴音ちゃん……」
「奏ちゃんは良い子だよ! 私には勿体ない素敵な子だよ! 気持ち悪いだなんて思ったことないよ!!」
「……ありがとう」
「奏ちゃんだけじゃないんだよ! 私だっていっぱい悩んだの! いっぱい考えたの! 奏ちゃんの事がどんどん好きになって! だから私は! このまんまじゃダメだって!」
「それって……」
「あ! いや! えっと! 普通のね! お友達として! お友達としてだけど! けど! でも!」
「……ふふ♪ ねえ♪ 響ちゃん♪ これって私にもまだチャンスはありそうだよね♪」
「なっ!?」
「え? ……えっと。うん」
「響ちゃん!?」
「ありがとう♪ 響ちゃん♪ お陰で気付けたよ♪ 私はやっぱり琴音ちゃんのことが大好きなの♪ だから頑張る♪ 響ちゃんと詩葉ちゃんみたいな素敵な恋人になる♪」
「なっ!? なんでそうなるのぉ!?」
「詩葉ちゃんも応援しててね♪」
「響がやらかした分くらいはサポートする」
「ありがとう♪」
「待って待って! 違うの! 私はそういうんじゃ!」
「うん。わかってる。今の琴音ちゃんは大切なお友達。けれど将来は誰にもわからない。私にだって琴音ちゃんを振り向かせられるかもしれない。だから頑張るよ♪ 琴音ちゃんに本当に好きになってもらえるようにね♪」
「けど!」
「琴音だって自分で言ってたじゃん。奏はきっと諦めないって」
「響ちゃん!! 元はと言えば!!」
「響ちゃんのお陰だね♪ 私が琴音ちゃんに恋したのは♪」
「っ!? 響ちゃん! なんとかして! 約束でしょ!」
「えっと……奏、泣かなかったよ?」
「だから何なのぉ!?」
良かったねって……。言える流れじゃないよねぇ~。
「まことにごめんなさい」
平身低頭。
「ふざけないでよぉ!?」
あかんかったかぁ……。




