01-02.嘘と気遣い
「ねえ! 見た見た!? 昨日の配信!」
今日も今日とて、響は園崎さんに興奮した様子で話しかけている。見慣れたいつもの光景だ。
「近い近い。落ち着いて、響ちゃん」
「これが落ち着いていられるかってもんですよ!」
「何をそんなに興奮しているの?」
「よくぞ聞いてくれました♪」
「あ、うん」
「ヒコマちゃん、私の好きな曲全部歌ってくれたの! もう興奮して眠れなかったよ!」
ダウト。ぐっすりだったじゃない。
「あはは~それはよかったね~」
「もう! もっと真剣に聞いてってば!」
「聞いてる聞いてる~。コメントも読んでもらえてたね~」
「そうなんだよ! って? あれ? なんで知ってるの?」
「だってわかりやすいし。『vicky-utalove』って」
「というか観てたの!?」
「あ、気にするところそっちなんだ。うん。響ちゃんがあんまりにも勧めるから。少しだけね」
「少しだけなんて勿体ないよ!」
「響ちゃんはもう少し他に気にするべきところがあると思うよ。ネットの身バレは怖いんだよ」
そうよそうよ。もっと言ってやって。
「そんなことよりも!」
「よりもじゃないよ。ちょっとそこに座りなさい」
「え? なに? なんでちょっと怒ってるの?」
「いい、響ちゃん。【緋小町 紅】はね」
……え? まさか?
「アナグラ」
「園崎さん」
「え?」
あ、やば。つい話しかけちゃった。
「白鞘先生がお呼びです」
ごめん。お願い、ちづ姉。
「えっと。うん。わかった。ありがとう、遠野さん」
「……なんで詩葉が」
「……」
「……やっぱり私には何も言ってくれないんだ」
ごめんね、響。
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「遠野さん」
園崎さんに呼び出されてしまった。この子はたった一度で私の正体を見破ってしまったようだ。
「さっきはごめんなさい!」
え? なんで私が謝られてるの?
「勝手に暴くような真似をして、本当にごめんなさい」
「……どうして気付けたのですか?」
それも、そこまでの確信に至るような要素なんてあったかしら?
「遠野さんもわかりやすいから。本当はずっと」
「ごめんなさい。そういう話はしたくないです。私は怒っていません。それよりも問題点を教えて頂けませんか? 私は上手く響を騙せていませんでしたか?」
「……響ちゃんが気付く事は無いと思います」
「……ですよね。よかったです。そう言って頂けて安心しました」
嘘。本当は安心なんてしてない。何か問題があるなら徹底的に潰すべきだ。
……けれどこれ以上は問うべきじゃないのかもしれない。
この子は言葉を濁してくれた。つまりこれ以上深堀りするつもりはないという意思表示だ。何かを聞き出せばこちらも余計な情報を与えてしまう。その情報が真実であると知らせてしまうのだから。
大丈夫。この子は響の選んだ子だ。信じよう。それに園崎さんにまで協力者になってもらうのは響に対する裏切りだ。この子にそんな事はさせたくないし、したくない。だから話はここまでだ。
「どうか内緒にしていてください」
「はい! それはもちろん! 本当に!」
「いいえ。教えてくださってありがとうございます。それでは私はこれで」
「……はい……あの!」
「まだ何か?」
「……どうしてそこまで? 響ちゃんのために?」
「そちらこそ。どうして気遣ってくださるのですか?」
私を脅して言う事を聞かせたりだって出来るだろうに。いえ。そんな事は考えないか。響の選んだ子だもの。
「響ちゃんの友達だから」
「私も同じです」
「……よかった。そう思ってくれてたんだ」
「まるで我が事のように言うのですね」
「えっと、ごめんなさい」
「別に気に触ったわけではありません」
「そう……なの?」
「何故そこまで不思議がるのか……いえ。話はここまでに。そろそろ休み時間が終わります。教室に戻りましょう」
「先に戻っていて。私は後から入るから」
「すみません。お言葉に甘えさせて頂きます。重ね重ねお気遣いありがとうございます」
「ううん。何か事情があるのはわかったから」
ありがとう。本当に。
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「また見てる」
「そうだね~」
「響ちゃん」
琴音が私の視界を遮るように身を乗り出してきた。
「近いよ。ちゅーしちゃうぞ」
「ちゃんと歯磨きしてる?」
「琴音は私を何だと思ってるの?」
「ストーカー」
「失敬な」
「本当にダメだよ。いくら遠野さんが見逃してくれるからって、そんな事を続けていたら本当に嫌われちゃうよ」
「その心配は要らないよ」
もうとっくに嫌われてるもん。
「響ちゃん……」
なんで琴音がそんな顔するのさ。
「わかったよ。今は見ないよ。琴音に免じて」
「代わりに私を見ていていいよ♪」
「本当に全部見せてくれるの?」
「え?」
「言っておくけど、私は詩葉の全てを見てきたんだよ? なにせ産まれた時から一緒だったんだもん。なんなら自分の身体よりも詳しいくらいだよ。本当に琴音が代わりになってくれるの? 私に全てを曝け出してくれるの?」
「……うん」
え?
「いいよ。全部見せてあげる」
「冗談でしょ?」
「私が響ちゃんの幼馴染に……ううん。親友だもん」
「結婚しよう!」
「えぇ!?」
「大丈夫♪ 何も心配は要らないよ♪ 私と琴音なら♪」
「ダメだよ!? 何言ってるの!?」
「けど全部見せてくれるんでしょ?」
「どこまで見るつもりなの!?」
「そりゃもちろん、おし」
「ストップストップ! 言わなくていいから!」
「あっれぇ~♪ 何を想像したのかなぁ~♪ そんなに真っ赤になっちゃってぇ~♪ このむっつりさんめ~♪」
「もう! 響ちゃんのバカ!」
「あ! ごめん! 冗談だから! 琴音がむっつりだなんて少ししか思ってないからぁ!」
「響ちゃん!!」
珍しく荒ぶった琴音を宥めるのには少し時間を要した。
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「今日はゲーセンでも寄ってこうかなぁ~」
「一人でそんなところ行っちゃダメだよ」
「え~。ちづ姉みたいな事言わないでよ~」
大丈夫だって♪ こう見えて響ちゃん人気者だからね♪ 顔馴染みもいっぱいいるんだから♪
「私はついて行けないしなぁ……」
「今日は部活? それともバイト?」
「どっちも……。部活は少し顔出すだけだけど……」
「ならもう行かなきゃ。私に構ってる場合じゃないじゃん」
「そうなんだけどさ……」
私のせいか。私が余計な事を口にしたせいか。この優しい親友様は不安で堪らないのか。うふふ♪
「わかった。今日はまっすぐ帰るよ」
「本当に? 約束してくれる?」
「うん。親友に嘘は付かないよ」
「よかった♪ 信じるからね♪」
「おうともさ♪」
ようやく動き出した親友を「いってら~」と軽い挨拶で見送った。
さて。これで私は自由だ。すまんな、親友。補導されないようにだけは気を付けよう。琴音も怒ると怖いし。




