02-08.グルグル
一年と少し前。高校入学したての春。うちと遠野家の両親が揃って海外出張に出た直後、詩葉は私の言葉に反応を示さなくなった。
最初は理解できなかった。現実を受け止められなかった。何か妙な遊びでもしているのかと思ったくらいだ。ある意味真実はそれに近いものではあったのだけれど。
「その直前に何か言われなかったの? 或いは響ちゃんが何か言わなかった?」
「覚えてないよ」
なにせ私にとっては当たり前の日常だったんだもの。ある日突然崩れ去るとは微塵も考えていなかったのだ。わざわざ意識なんてしていなかった。
「他に気になることは? 兆候みたいなのはなかったの?」
「う~ん……」
あの時も色々考えたんだけどなぁ……。これと言ったものが思いつかなかったんだよねぇ……。
「あ。一つあった」
「それは?」
「詩葉が私を部屋に入れてくれなくなったの」
ただそれ自体は無視される数年前から始まったことだ。もっぱら私の部屋に来るようになっていたからあまり気にしてはいなかった。むしろ「詩葉も年頃になったんだなぁ」とか呑気に考えていたっけ。今思うとその時点から兆候はあったのかもしれない。
「他には?」
「う~ん……特に思いつかないや」
変化と言えるのはそれくらいだ。
「きっとその頃だね♪ 詩葉ちゃんが恋し始めたのは♪」
「恋かぁ……本気で言ってるの?」
「試しに『恋人になろう』って送ってみたら?」
「「えぇ……」」
琴音……無いわぁ……流石にそれは無いわぁ……。
「何その反応。響ちゃん、私に結婚しようって言うじゃん」
「今回はそういうんじゃないでしょ! ガチのやつになっちゃうでしょ!」
「責任は取れるでしょ? 響ちゃんだって満更じゃないでしょ?」
「取らないよ!? 恋人になんてならないよ!?」
「どうして? 遠野さんってすっごい美人さんだよ? そんな子が響ちゃんの為にここまでしてくれてるんだよ?」
「性格に難ありじゃん! やだよ私! 理由も告げずに一年も無視するやつなんかと恋人になんてなれないよ!?」
「響ちゃんがそうやって突っぱねちゃったんじゃないの? だから遠野さんは遠回りをしているんじゃないの?」
「無いよ! 詩葉から告白されたことなんて!」
「本当に? 無意識に言ってたんじゃないの? 私達はずっと親友でいようね的なことでもさ」
「そりゃ言ってたかもだけど!」
「そういうすれ違いの積み重ねだったんじゃないかな?」
「だからって!」
「本当はずっと響ちゃんが傷つけていたのかも。遠野さんは我慢していたのかも。遠野さんだって逃げ出したかったのかもしれないよ」
「それは……」
「きっと遠野さんも同じだったんだよ。響ちゃんが一度距離を置こうって決めたように。遠野さんも一度響ちゃんを突き放すことで関係を作り直したかったんだと思うよ」
「……」
理屈は通ってる……のかもしれない。けどだからって。
「遠野さんのやったことはやっぱり褒められたものじゃないけれど、気持ちが全くわからないって程でもないと思う」
「……そうだね」
「響ちゃんに意見を変えろって話じゃないよ? ただ遠野さんの気持ちをちゃんと理解してあげてほしい。その上で判断してほしい。許すのか許さないのか。受け入れるのか受け入れないのか。約束してくれるかな?」
「……うん」
わかってる。先ずは真意を知る必要があるってことは。私がそれに気付かない限り詩葉は振り向いてくれない。知ったとしても受け入れなければこのままかもしれない。
「話を戻そっか」
「うん」
詩葉は口を利かなくなってからも隠れて私の世話を焼き続けていた。ちづ姉に協力してもらって、私に気付かれないよう、この家の家事を手伝ってくれていた。自分のことだってあったのに。いったいいつ寝ていたんだか。
「家事、学業、バーチャルアイドル。そのどれもを完璧にこなしていたんだよね」
「だね♪ 詩葉ちゃんずっと学年一位だし♪」
やだ♪ 私の幼馴染完璧すぎ♪
……言ってる場合じゃないんだよなぁ。絶対寿命削ってるでしょ……。そういう意味でもやめさせなくちゃだ。
「そもそもどうして二人で暮らさなかったの? ご両親だってその方が安心だったよね?」
「言われてみると……。何も言われなかったんだよね……」
「なら最初からご両親もグルだったんじゃない?」
……よくよく考えたら、ママズのどちらかはこっちに残ってもよかった筈だもんね。なんならもう少し頻繁に帰ってきてくれたって。
取り敢えず電話をかけてみよう。今なら繋がるだろう。
「へい、マミー」
『はい♪ 響♪』
ノリの良いおかんだ。
「詩葉に何か頼まれた?」
『何の話かしら?』
「惚けないで」
『う~ん~♪』
これは何か知ってるなぁ……。
「ヒント頂戴」
『あら。ママを疑うのね。ヨヨヨ~♪』
「そう。あくまで惚けるつもりなんだね」
『そんな風に言われてもわからないわ。響ももう少し何かヒントをくれないと』
私が気付いていることになら答えを示してくれると。
「全部茶番なの?」
『出張は本当よ』
まるで他に嘘があるかのような物言いだ。
「ママ達まで私と詩葉をくっつけるつもりなの?」
『あらま♪ 朴念仁な響も遂に気付いちゃったのね♪』
「本気?」
『今のは詩葉ちゃんの想いにって意味よ♪』
「誓って手を貸したりはしていない?」
『詩葉ちゃんの事も本当の娘のように思っているわ♪』
答えになってない。けどこれが答えだと。そう言うつもりなんだね。
「私より詩葉の方が大事なの?」
『どちらも同じくらい大切よ♪』
それはそれでどうなんよ。
「詩葉ママなら詩葉の方が大切だって言ってくれるのに」
『響は手がかからないものね~♪』
どこまでもすっとぼけおって。ダメだよそういうの。普通年頃の娘は気にするんだからね。心の傷にだってなりかねないんだからね。
「まるで詩葉は問題児みたいな言い方だね」
『詩葉ちゃんは繊細だもの♪』
そうかなぁ?
まあ、私と比べたらそうか。
「詩葉と仲直りしたいの」
『もう少しだけ頑張りなさい』
「それはどっちの意味で?」
私に足りないものがあるの? それとも時間の問題?
『どちらも』
「今すぐ助けて。お願い。ママ」
『響が本気で音を上げるならね』
「……知ってたの」
『詩葉ちゃんが響との関係に悩んでいたことはね』
……ママ達のことまで嫌いになりそう。
「……私何か悪いことした?」
『私の響はとっても良い子よ♪』
「それが良い子に対する仕打ちなの?」
『誤解しないでね。響を泣かせることだけは許してないわ』
「もう何度も泣いてるよ」
『そう。なら叱ってあげないとね』
「……ごめん。やっぱ嘘。泣いてない」
『あら♪ うふふ♪ やっぱり響はとっても良い子だわ♪』
ちくせう。何が手のかからない良い子だ。そういう役回りばっかり押し付けやがって。皆して私に甘えるなってんだ。
『あなたは詩葉ちゃんより少しだけ、ほんの僅かにお姉さんなんだから、手を引いてあげなさい』
「それ初耳なんだけど。私達はほぼ同時だったって」
『ほぼよ♪ そんなぴったり一緒なわけないでしょ♪』
そりゃそうだけども。
「私はずっと一緒だと思ってたんだけどなぁ」
『私達からすれば二人は何もかも違って見えたわ♪ そんなところもとっても可愛いんだから♪』
「結局ママ達はどうしたいの?」
『どうもしないわ。好きになさい』
「突き放さないでよ」
『そうね。強いて言うとすれば、響になら詩葉ちゃんを任せられるわね♪』
「孫の顔は見たくないの?」
『あら♪ 気が早いのね♪』
「真面目に悩んでるんだけど」
『そうねぇ~。ママ達的にも悩みどころではあるのよね~。大らかな時代になったものよね~。羨ましいわ~♪』
「ちょっとまって。流石にその先は聞きたくない」
『ふふ♪ 何を想像したのかしらね♪ この子は♪』
パパズの事も忘れないであげて。仲良いのはわかるけど。
「友達も居るからこの辺で」
『あら。響にお友達?』
どうしてそこ疑うのかしら?
『はじめまして~♪ 響と詩葉ちゃんのママで~す♪ 娘達がお世話になってま~す♪』
「「は、はじめまして!」」
「はいはいもう切るよ」
『まだ名前も』
ぶつん。ツーツー。
「切っちゃってよかったの?」
「結局何も教えて貰ってないよ?」
「いいよ。もう十分だよ」
私以外の全員がグルだったってわかったんだから。
「私決めた! 高校出たら一人暮らしする! 詩葉も置いていく! 琴音の成績を引き上げて同じ大学に行く! 駆け落ちしてやるんだ!」
「無茶だよ~」
「そうだよ! 琴音ちゃんこう見えて成績悪いんだから! 頭良さそうなのは見た目だけなんだから!」
「奏ちゃん!?」
「ここは私にしとこうよ♪ 私の方が可能性あるよ♪」
「わかった。奏にも勉強教える」
「響ちゃん!?」
「どちらか成績が良かった方と二人暮らしする」
「駆け落ちじゃなかったの!? 誰でもいいの!?」
「ふふふ♪ 流石に琴音ちゃんには負けないぜ♪」
「もう! 奏ちゃん! 私の響ちゃん取らないでよ! 奏ちゃんには遠野さんがいるでしょ!」
「じゃあ皆で行こう♪」
「話聞いてなかったの? それじゃあ意味無いんだってば」
「詩葉ちゃんは任せて♪ 私が詩葉ちゃんと暮らすよ♪」
「……それはそれで……なんかやだ」
「じゃあ響ちゃんが自分で捕まえてないと♪」
「……それもそれで……やっぱやだ」
「我儘だなぁ~♪」
「なんで嬉しそうなのさ」
「だって響ちゃん、なんのかんの言っても詩葉ちゃんのことが好きなまんまだもん♪」
「嫌いだよ。大嫌い。もう顔も見たくない」
「嘘だね♪ もうわかっちゃったもんね♪ そんなこと言っても無駄だもんねぇ~♪」
「……うっざ」
「あわわ!? 今のガチっぽい!? どうしよう! 琴音ちゃん!」
「うぅぅ……どうせ私じゃ……響ちゃんとは……うぅ……」
「なんで泣いてるの?」
「奏のせいでしょ」
もう。これじゃあ話が進まないじゃん。




