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02-03.卑怯者




「うふふ♪ 楽ちん楽ちん~♪」


「随分と機嫌が良いな」


「あ♪ わかるぅ♪ 流石ちづ姉♪」


「……」


 ありゃ。どしたんだろ? 運転中は集中したいのかな?



 放課後、教室に迎えに来たちづ姉の車に乗せられて、私達の家へと向かった。



「なんでちづ姉って車通勤なの?」


 別に徒歩でだって大した距離でもないでしょうに。



「色々あるんだ。大人には」


 ちづ姉も不本意なのかな? それとも適当に流した?



「気を紛らわそうとしているのか?」


 逆に質問が帰ってきた。



「なんでさ。今更詩葉の家に行くのに緊張なんてしないでしょ」


「……」


 返事がない。というか何かを考え込んでいる。


 私よりちづ姉の方がよっぽど緊張しているようだ。



「どうしたの? ちづ姉らしくないね」


「……本当にすまなかった」


「何を謝ってるのかわからないよ」


 詩葉の行動を容認していたから? それともまさか、ちづ姉も何かしら加担していたのかしら? 本当はそれも本意じゃなかったとか?



「話そう。詩葉にもそうさせる」


 まるで無視していた事には事情があったみたいに言うじゃんか。しかもちづ姉まで協力してたって? そんな馬鹿な話がある筈ないじゃん。



「着いたぞ」


 ちづ姉は私の家の駐車場に車を停めた。それから二人でお隣の遠野さん家に移動して、インターホンを鳴らした。



 ……。


 …………。


 ………………。



「「……」」


 待てども待てども詩葉の反応は無い。あんにゃろう。居留守なんぞ決め込みやがって。出かけている可能性も無くはないけど。いや無いな。詩葉は慎重だ。体調不良で早退しておいて、こんな時間に外をほっつき歩いている筈もない。



「仕方ない」


 ちづ姉は鍵を取り出した。



 ガチャン。


 あんにゃろ。チェーンまで掛けおって。



「詩葉! いるんだろう! 詩葉!」


 空いたドアの隙間から呼びかけるちづ姉。しかし返事は無い。詩葉はこちらの呼びかけに応えるつもりが無いようだ。



 ちづ姉はスマホを取り出した。



「詩葉!」


 どうやらすぐに出たようだ。



「大丈夫か!? 体調が悪いのか!?」


 ちづ姉は私とは違って詩葉の事も心配していたようだ。声に隠しきれない焦りが含まれている。



『おかしな事を言うのね。私は体調を崩して早退したのよ。ちづ姉も知っているでしょう?』


 電話の向こうからは、あからさまに不機嫌な声が返ってきた。



「家に入れてくれ。様子を確認したい」


『申し訳ございません、白鞘先生。どうか本日はお帰りください。心配は要りません。安静にしていれば治りますから』


「しかし」


『あまりしつこくされるのであれば警察を呼びます』


 は?



『現時点でそちらに正当性はありません。お引き取りを』


「ちょっと詩葉!!」


『っ!?』


「ちづ姉に向かってなんて言い草だ!!」


「待て。響」


「だって!」


「もう切れてる」


「あ……ごめん……」


「いや。私のせいだ。少し話をしよう」


「うん。わかった」


 玄関の鍵を掛け直して、私の家に移動した。




----------------------




「……私は詩葉に協力していたんだ」


 ちづ姉は懺悔でもするかのように絞り出した。



「この家の家事をしていたのは詩葉だ」


「え?」


 なんですと?



「だから安心しろ。詩葉は響を嫌ってなんていない」


「ちょっと意味がわからない」


「……すまない」


 結局教えてくれないの? 一度は話すって言ったのに。ちづ姉らしくない。……いや。そうでもない? たしかに詩葉がした事は早退して鍵をかけただけだ。今日に限っては何も咎められるような事なんてしていない。ちゃんと電話にだって出た。強引に押し入っていい状況じゃない。これは詩葉も言っていた通りだ。言い方はともかくとしてだけど。少なくともちづ姉が口を軽くしていい理由は存在していないのかもしれない。詩葉が同席したならともかく、詩葉抜きで全てを明かすわけにはいかないのかもしれない。



「家事の件も言っちゃマズかったんじゃないの?」


「詩葉は約束を破った。響を決して泣かせないとあの子は約束した。だからこれはペナルティだ」


「そっか……」


 けどなぁ……今更そんなこと聞かされたってなぁ……。



「……すまない」


 謝られてもなぁ……。どんな顔したらいいのかわかんないよ……。



「ちょっと残念だなぁ。ちづ姉の料理上手っぷりには惚れ込んでたのに。ちづ姉と結婚したいくらい美味しかったのに」


「……悪かった」


 あ、はい。


 ダメだ。冗談に真顔で返されちゃった。私も笑顔が足りてなかったかも。にこぉ♪



「気を遣うな」


 ダメかぁ……。



「……すまん。私は学校に戻る」


「今更そんなこと言われたって仲直りなんて出来ないよ?」


「……」


 私はもう決めたのだ。詩葉を呪縛から解き放ってあげようって。今の話を聞いてもその決心が揺らぐ事はなっかった。だから違うんだ。本当は私だって腹を立てていたんだ。本当に解放されたいのは私の方だったんだ。



「……そうだな。だが」


「だが? ちづ姉まで何を言ってるの? 私は一年以上我慢を続けてたんだよ? 去年の春からだよ? 詩葉はあれから一度だって口を利いてくれなかったんだよ? 私のためにしたことだから許してやれだなんて言いたいの?」


「それは……」


「どんな秘密があったってもう関係の無い事だよ。この際だからハッキリ言うね。私は詩葉との関係を終わらせるつもりだよ。ずっと悩んでいたの。その気持にようやく踏ん切りがついたの。だいたい私が泣いていたのなんてもうずっと前からだったじゃん。ちづ姉だって最初の頃は仕方がないって見逃してたんでしょ? 今になって慌て始めたのはなんで? ママ達が帰って来るから? だとしたらガッカリだよ。ちづ姉がそんな人だとは思わなかった」


「ちがう……私は……」


「ううん。ごめんね。ちづ姉を悪く言うつもりはないんだ。悪いのは全部詩葉だもんね。きっと詩葉が我儘言ったんだよね。ちづ姉もそれが私の為になるならって認めてあげたんだよね。大丈夫。全部わかってるよ。ちづ姉を嫌いになんてなったりしないよ。今までごめんね。ちづ姉も嫌だったよね。気付いてあげられなかったね。もう私達の事で振り回したりなんてしないから。私が全部終わらせてあげるからね」


「待て! 違うんだ! 詩葉は!」


「それはダメだよ、ちづ姉。これ以上勝手に秘密を喋るのはダメだ。それは卑怯だよ。詩葉の為にならないよ」


「それ、は……」


「大丈夫。私に任せておいて。ちゃんとケジメはつける。けどそれは詩葉との話。ちづ姉と疎遠になるつもりはないよ」


「ダメだ! それだけは!」


「ううん。もう決まった事だよ。私と詩葉はもう終わってしまったの。どんな理由があったとしても無視し続けるっていうのは許される事じゃないんだよ。詩葉だってそれはわかってる。だからちづ姉からの電話にはすぐに出たでしょ。そうしないと不利になるってわかっているからだよ。詩葉は卑怯者なの。私は詩葉にやり返さないと気がすまないの。詩葉の心がまだ私に残っているって言うなら好都合だよ。バッサリ斬り捨てて傷つけてやるんだ。そうしないと私は解放されないの。いつまでだって悩み続けちゃうの。私はもう嫌なの。詩葉に振り回され続けるのは」


「……響」


「そんな弱った声を出してもダメだよ。ちづ姉だって加担したんだもん。今のちづ姉に止める権利は無いんだよ」


「……それでも」


「ダぁ~メ♪ これ以上失望させないで♪ ちづ姉を大好きなままでいさせてほしいな♪」


「……すまない」


「今日はありがとう♪ また明日学校でね♪ 白鞘先生♪」


「……」


 ちづ姉は泣くのを堪えるような表情で、覚束ない足取りのまま帰っていった。


 流石に少し言い過ぎたかもしれない。ちづ姉に八つ当たりをするのは違うでしょうに。これじゃあ私も詩葉の事は言えないや。今度ちゃんと謝らないと。詩葉との関係に決着をつけてからもう一度話をしよう。必ず。

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