01-01.推しと幼馴染
私には幼馴染がいる。
それが私の極普通で平凡な人生における唯一の自慢だ。
私とあの子は産まれた時から一緒だった。まるで双子の姉妹のように同じだった。誕生日も産まれた病院も同じだ。好きなものも嫌いなものも。得意な事も苦手な事も。初めて口にした言葉も。クラスもずっと同じ。私の隣にはいつもあの子がいてくれた。私にとってはそれが何よりの自慢だった。
私達の両親も幼馴染同士だった。家も隣同士で部屋も隣同士。窓を開けば何時でもあの子が顔を見せてくれていた。
けれど、少しずつ。私達はすれ違っていった。
初めて言葉を口にしたのも立ち上がったのも、あの子の方が先だった。テストの点数も友達の数も、幼馴染の方が上だった。同じなのはいつだって最初だけだった。私は段々とあの子に置いていかれるようになった。
あの子はいつだって私を見ていた。立ち止まる事なく進み続けながらも、必ず手を差し伸べてくれていた。私を同じ場所に引き上げようと努力を重ね続けていた。あの子だけは。
あの子は私が大好きだった。
私はあの子が大好きだった。
全て過去形だ。私の隣にあの子はいない。
あの子が私を見てくれる事は無くなった。
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「……ちゃん? 響ちゃん? また見てるの?」
「え? ああ。うん」
「よくないと思うよ。そういうのって」
「何が?」
「遠野さんの事。失礼だよ。そんな風に見続けるの」
「良いんだよ。だって唯一の趣味だもの」
「理由になってないよ~」
「止めに来ないって事は良いんでしょ」
「そんなに気になるなら話しかけてみたら?」
……それが出来るならとっくにしてるよ。
「響ちゃん?」
「そうそう♪ 気になると言えばさ♪」
「やっとこっちを向いてくれたね」
「ごめんて。それでさ♪」
「ダメだよ。スマホ出しちゃ。もうすぐ先生来るよ」
「いいからいいから♪ ほら♪ 見てよこれ♪ ヒコマちゃんの新衣装♪」
「また真っ赤っ赤だねぇ~」
「でっしょ~♪ いいよね♪ ヒコマちゃん♪」
「人気だよね~」
「もう! もっと興味持ってよ! 私と一緒に推し活しようよ!」
「響ちゃんの推しは遠野さんじゃなかったの?」
「時代は手の届かない幼馴染より手の届くバーチャルアイドルだよ♪」
「手は届かないと思う……」
「そんな事ないよ♪ ヒコマちゃんは毎回必ず私のコメント読んでくれるんだから♪」
「たまたまだよ~」
「それが違うんだなぁ~♪ なにせ私は最初のファンだからね♪ 認知されてるんだよ♪」
「よかったね~」
「もう! 全然信じてないでしょ!」
「それより響ちゃん……」
「何さ! ヒコマちゃんより重要な事がこの世界にあるって言うの!?」
「あるぞ。私の授業だ」
「げっ!? ちづ姉!?」
「白鞘先生だ。もしくは"しら先"。ちづ姉と呼ぶな馬鹿者。何度言えば覚えるんだ」
「あっ! ちょっ! スマホ返してよ!」
「うるさい。没収だ。後で取りに来い。いつも通りありがたい説教をくれてやる」
「そんなぁ!?」
「「「「「「「クスクス♪」」」」」」」
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「う~……酷い目にあった……」
ちづ姉め……。年々お説教の時間が長くなってるじゃんかぁ……。自分だって散々愚痴ってたくせに。ああやって人は大人になっていくものなんだなぁ……。
教室に戻ると既にもぬけの殻だった。
大親友、園崎 琴音も待っていてはくれなかったようだ。今日は部活かな? それともアルバイト? あの大親友は多忙だからね。しゃあない。一人で帰ろう。
荷物を持って教室を出る。校庭からは運動部の声が聞こえる。今日は快晴だ。さぞかし熱も入るものだろう。万年帰宅部の私にゃぁわからん感覚だけど。
さて。今日は何をしよう。
ぶっちゃけ勉強をする気なんて更々無い。もうすぐ夏休みだ。期末テストも無事に乗り越えた。夜には推しの配信もある。しっかりお風呂に入って全裸待機の準備を整えよう。
……やっぱりいないかな。
道中、ついつい探してしまう。大好きなバーチャルアイドルの事を考えていたって頭から抜けないものがある。
幼馴染、遠野 詩葉。
私の脳内を占拠し続ける困ったちゃんだ。いいかげん幼馴染離れしてほしいものだ。話しかけてもくれないくせに、いつまで経ってもしがみついて離さない。
今頃詩葉は何をしているのだろう。
私はあの子の事を何にも知らない。昔は全てを知り尽くしていたのに。それこそホクロの数まで……嘘。配置は覚えてるけど数は流石に。数えたことないし。
あの日から一度たりとも言葉を交わしていないんだもの。今のあの子の事なんてわかる筈もない。
どれだけ目で追っていても見えない事の方が多いのだ。今の私にわかるのは教室での様子だけだ。あの子の部屋の窓は硬く閉ざされている。私の視線を遮るように。
やっぱり迷惑なんだろうか。未練がましくしがみついているのは私の方なんだろうか。
私にはわからない。何故、詩葉が私の事を無視するようになってしまったのか。あの日の事は覚えている。けれど理由は未だにわからない。
だから順序は逆なのだ。私が詩葉の事をわからなくなってしまったから離れていったのだ。離れていったからわからなくなってしまったわけじゃない。
きっと悪いのは私なんだろう。そうでなければ、ああまで一方的に関係を断たれる事もなかった筈だ。
そう思って私は何度も謝った。それでも詩葉は一言も口を利いてくれなかった。
詩葉は別に喋れなくなったわけじゃない。耳が聞こえなくなったわけでもない。ただ私の存在だけを見ないのだ。普通に友達に囲まれて普通に青春を謳歌している。そこに私が紛れ込む余地だけが無くなってしまったのだ。
きっと限界だったのだろう。いつまでも足を引っ張り続けるだけの私が邪魔だったのだ。それも仕方ない。私も限界だった。詩葉の求めるレベルには至れなかった。
だから私は詩葉を恨んだりなんてしない。詩葉が私の事を疎ましく思うようになったのは私のせいだ。私の努力が足りなかったからだ。そう言い聞かせ続けてきた。
やっぱり話したい。諦めきれない。
けれど勇気がない。もう一度無視されたら耐えられない。
だから遠巻きに見ているだけだ。もしかしたらそれが嫌で話しかけてくれるかもしれない。直接話しかけてくれなかったとしても、何かしらの意思表示は示してくれるかもしれない。そうなれば自ずと答えも出る。詩葉が私をどう思っているのか知る事が出来る。だから私は追い続ける。いつか振り払ってもらえるように。振り返る時を見逃さないように。
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響は今日も私を探している。見当違いの想いを胸に、私の幻を追い続けている。
待っていてね、響。全ては【響のため】だよ。私が必ず響を幸せにしてみせるから。
響の願いは全部私が叶えてあげるからね。
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我が家は現在一人暮らしだ。お隣もそう。
両家の両親は揃って海外出張だ。仲の良いこって。私達とは大違いだ。秘訣を教えてもらいたいものだね。
帰ってすぐにベッドに倒れ込み、お腹が空いて目を覚ました。二階の自室から一階のキッチンに移動する。
ちづ姉が来ていたのだろう。冷蔵庫と冷凍庫がタッパでいっぱいだ。こんなに作っても食べきれないっていつも言ってるのに。教員の仕事もあるのに頑張りすぎだ。今は期末テストの採点だってあるだろうに。
「あ、ハンバーグだ。これ美味しいんだよね~♪」
ちづ姉はガサツな性格に反して料理上手だ。週に何度かこの家を訪れては家事をしてくれる。けれど決してその姿を見せる事は無い。曰く、担当教員が教え子と特別に親しくするのは問題があるそうだ。だからって徹底しすぎだと思う。たまには一緒に食べて行けばいいのに。私だってカップ麺くらいならご馳走できるんだぜ♪ えっへん♪
けどまあ、正直な話、ちづ姉とならインモラルな関係に至るのもやぶさかじゃないぜ。これだけ料理上手なんだもん。もうとっくに私の胃袋は掴まれちまったぜい♪
「うまうま♪」
夕食と洗い物を済ませて部屋に戻る。
そろそろ推し活の時間だ。まだ風呂入ってないや。少しのんびりしすぎたよ。ギリギリ間に合うかな? シャワーだけでも浴びてくる? 配信が終わると同時に眠りにつくのが私の拘りだ。やっぱり先に済ませよう。急げばまだ間に合う筈だ。頑張れ私。やれば出来るさ♪
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『皆ごめんね~♪ 少し遅れちゃったぁ~♪』
あら。奇遇だね。
『「ヒコマちゃんもお風呂入ってきたのかな?」って! なぁ~にを想像してるのかなぁ! エッチな事はダメだよ! 「vicky-utalove」さん!』
でへへ~♪ さっすがヒコマちゃん♪ やっぱり私のコメントだけは絶対見逃さないで読んでくれるよね♪
『えっ!? 依怙贔屓!? リア友!? 彼氏ぃ!? 違うよ! そんなんじゃないってばぁ! あ! そうだよね! 挨拶がまだだったよね♪ ごほん! 改めまして♪ ハロハロ~♪ こんべに~♪ 真っ赤な烈火♪ 【緋小町 紅】だよ~♪』
今日も今日とて真っ赤な衣装に身を包んだバーチャルアイドル。私の推しで私の生き甲斐。詩葉を失った心の傷を癒やしてくれるかもしれない唯一の存在。何故だか彼女の声を聞いている間は安心出来る。私の心が求めてやまない。彼女の声にはそんな魅力がある。私のアイドル。
『今日は歌枠だからね♪ 早速歌っていくよ~♪』
待ってました♪
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「皆~♪ 今日もありがと~~♪」
画面を閉じ、配信用端末の電源を落とした。
もう一つのディスプレイに視線を向ける。
……ふふ♪
誰より愛しい人のあられもない寝姿に堪らず笑みが溢れる。いくら夏だからってあれはない。
……さて。
……。
…………。
………………。
「……zzz」
せめてお布団は掛けておかないと。
「おやすみ。響」




