第9話・外付けのリゾルブ
こんな絶体絶命の状況で見た彼女の姿は本当に後光が指しているように見えた。
まあ、実際に炎が背後にあるので本当に輝いてはいるのだが
「安心して、あたしが担ぐからさっさと脱出しよう」
「いや、待って欲しい。時雨さん」
すぐさま僕を担ごうとした彼女を呼び止める。
「え?何で、あたしの名前を知っているの」
「……あぁ、そうか」
時雨さんとの初対面は本来なら今日の夜、寮のチェックインに行ったところで出会うんだった。
それが、無かったことになってしまった今、彼女は僕のことを知らない。
だが、こんな異常事態でも相変わらずの平常運転な姿は僕を安心させた。
「悪いけど、詳しい話をする時間はないんだ。とにかく、とに、かく……っ」
工房に連れて行って欲しい言おうとしたが、強烈な痛みに襲われてしてまう。
「動いちゃダメ!あまり言いたくないけど、結構酷い怪我だから……」
「はっ、ははっ、そうだろうね。でも、行かなくちゃいけないところがあるんだ!!」
薄々はわかっていた。
あんなに近距離で爆発して足だけで済んでいるなんてラッキーはないだろう。
それでも、やらなくちゃいけない。
地面の砂利を握りながら、僕は彼女の目を強く見た。
「っ……本気なの?」
そして、僕の顔をまじまじと覗き込みながら彼女はそう呟く。
「本気だ。頼む、時雨さん。僕をそこの旧校舎の地下にある工房に連れて行ってほしい」
「……わかった。なら、あたしが背負うから。なるべく揺らさないようにするけど、死なないように全力で耐えて」
「ははっ、なるべくお手柔らかに頼むよ」
彼女はその小さな体躯に見合わないくらいのパワーで僕を背負ってくれた。
だが彼女の言う通り、背負われたことによる痛みは想像を絶するものだった。
だが、運ばれている間も聞こえてくる爆音と悲鳴の方が僕の心を突き刺した。
工房に降りてくると、少し血の気が引いた様子の先輩がいた。
「し、少年!!良かった、無事……ではないね。って、君は誰かな?」
「あ、その彼女は……」
仕方ないとはいえ、ここに部外者って連れて来てよかったのだろうか。
そもそも、僕の記憶によれば彼女はメサイアを見て興奮していた。
こんな時に変な騒ぎを起こさないでくれと願いながら、彼女の反応を待った。
「……明時 無無」
だが、意外にも彼女が興味を示したのは先輩の方だった。
「なんだ、私を知っているのか。もしかしてどこかで会ったことがあるのかな?」
「ううん、初めてだよ。あたしは時岡 時雨。今は寮の手伝いをしているんだ」
「寮の手伝い?ああ、阿母さんのところか……って、そんな話をしている場合じゃないな。跳ぶんだろう?」
「……はい」
一体何が起こったのか、僕は音でしかそれを確認してはいないがあれだけの爆発音だ。
死人が出ていないとは考えにくい。
「え、跳ぶってどういう事?それよりも、さっさと学校から脱出した方がいいよ!!」
「……説明している暇はない。時雨さん、お願い。少年を機体のコックピットに乗せてくれ」
「ちょっと待ってくれ!!正気なの、今の彼はどう見ても戦える状態じゃない。早く病院に行かないと死んじゃうんだよ!」
「時雨さん!!」
大きな声で彼女を呼ぶ。
彼女の言っていることは間違いじゃない。
だけど、今この場で色々説明したとしてもそれを呑み込んでもらうまで待っていられるほど僕に余裕はない。
「お願い……」
「っ……ああ!!もう、どうなっても知らないからね。それで、全部終わったらみんなで脱出する。いいね!?」
「うん、ありがとう。時雨さん」
「それと、あたしの名前をどこで知ったのかもちゃんと聞かせてもらうから!!」
最後のそれは重要かと思ったが、ともかく了承してもらったことに安心する。
安心すると一瞬視界がぶれたが、何とか立て直した。
そして、彼女は僕を担ぐとコックピットにまで運んでくれた。
すぐさま、シンクロナイズを装着しその時を待つ。
『コード認証、シンクロ開始……成功しました。メサイア改、起動完了』
メサイアの両眼の光が灯り、コックピットにいる僕も外部を確認できるようになる。
後は、後は――
「ふぅ……っ、はぁはぁはぁ」
引けばいいだけだ。
安全装置のような役割をしている赤いボタンを押してこのトリガーを引けばいいだけなんだ。
「ボタンを押してトリガーを引く……」
ボタンは押している。
トリガーが引けない、まるで僕の右手に巨大な石の枷でもついているのかと思うくらい動かなかった。
「少年、早く引くんだ!ここが補足された。敵のテクノイドも迫ってきている、もう時間がないぞ!」
「っ!?はい、引きます!!引きます……引いて見せますから!!」
だけど、引けない。
箸を持つくらい簡単なのに、これを引けば死ぬというそのプレッシャーが僕の手先を鈍らせていた。
「え?」
グズグズしていたその時だった。
突如、メサイアのロックが外れ地上に射出される。
何が起きたのかと顔を上げると一瞬見えたのは、敵の兵士たちに蹂躙される先輩たちの姿だった。
***
最初の襲撃と同じく校庭に降り立った僕はその景色に呆然としていた。
煙が上っていた。
あちこちで建物が燃えていた。
取り戻したはずの世界は消え、一番最初に見た景色がそこには広がっていた。
「……っが!!」
その場でただ景色を眺めていると背中に鈍い衝撃が走ると同時に地面を転がる。
何が起こったのかと背面カメラを確認すると、そこにいたのは最初の襲撃の時にも現れた黒いテクノイドだった。
そして、僕の通信回線に誰かが割り込んでくる。
『白いテクノイドのパイロットに告ぐ。即刻、降伏せよ』
「なっ……!こんなの聞くわけがないだ……」
それはまさに僕への降伏勧告だった。
もちろん、するわけないと言おうとした。
だが、言おうとした瞬間には次々と同じタイプのテクノイドが降下し、その数が十を超えたあたりで僕を包囲した。
『繰り返す。即刻、降伏せよ』
「嘘、だろ……」
当初の作戦通りなら相手が襲撃を行ったとしてもメサイアで対応すればいいと考えていた。
だが、相手はその気になれば多数のテクノイドを手勢として送り込める。
最初から、最初から――
「無理だったのか……」
こんなのいくら繰り返してもメサイア一機でどうにかなる話ではなかった。
『最後の通告だ。即刻、降伏せよ』
「……」
絶望が僕の中からこみ上げてきた。
体も痛い、早く過去に戻らないといけない。
(過去に戻ってどうする?どうにか……なるの、か。こんなの、こんな……!!)
なのに、どうにかならないかもしれないのに僕は今から死んで過去に戻るのか。
「戻れ!戻れよ!!!」
『回答は拒否と受けとった。これより、攻撃を開始する』
その瞬間、目の前のテクノイドが抜刀し動き出す。
それに反応して僕も武装もない状態で鋼鉄の拳を振りかぶる。
だが、勝敗は明白だった。
「う、あぁぁぁぁ!!」
シンクロ率50%の僕では鈍い動きしかできない。
それゆえに、拳が降りぬかれるより前に接近され洗練された無駄のない動きで右腕を切り裂かれた。
当然、シンクロナイズで連結している僕にもそれなりのダメージは伝わってくる。
「っ、待って」
咄嗟にそう叫ぶも降伏のチャンス既にない。
そして、相手は目にも止まらぬスピードで左腕も切り裂き、追撃として感じたことのないくらい猛烈な蹴りが突き刺さる。
一瞬の浮遊感を味わいながらも建物を破壊しながら地面を転がる。
コックピット内でもそこら中にボロボロ体をぶつけ、機体の右腕が斬られた痛みも同時に味わった。
「!!!!!!!!!!!」
その中での僕の叫びはもう言語が不可能なものになっていた。
血だらけの体と激突し続けたコックピット内は赤く染まり、酷い匂いを発していた。
『戦闘不能を確認。パイロットを回収する』
相手の無機質で冷酷な声は、前のループの冷酷無常な僕を思い起こさせた。
そのまま、相手はゆっくりと僕に近づいてくる。
「……」
絶体絶命だとも、こんなの普通なら勝ち目はない。
普通なら、の話だが――
【…………プロ………起動】
パズルのピースがはまった音がした。
(そうじゃないかと……思っていたよ)
これまで、唐突に起きていた僕の覚醒状態。
ここに来るまででも多少は何が条件なのかくらいは考えていた。
いくつか候補はあったが、一番しっくり来たのが”僕が死の危機に瀕したら”と言うものだった。
「ははっ……」
血まみれで、息も絶え絶えのこの状況でも思わず笑みが漏れるほどの全能感が肉体にあふれ出す。
そして立ち上がり、すぐさま反撃を――
「うぐっ!」
した瞬間、鉄拳は何事もないようにいなされ、反撃の一撃をもらい今度は足パーツが破壊された。
覚醒状態も破られ、足パーツの破壊によってもはや戦える状態じゃなくなった。
つまり、僕には初めから全く勝機はなかった。
――確実に僕はここで負けるだろう。
「だと、思ったか!!」
だが、真の狙いはそこではない。
最初から、覚醒状態でも勝てないことは織り込み済みであった。
「僕は弱い……!」
自分で自分の死をもたらすような引き金を引く覚悟はない。
今度こそもう離さないように強く引き金を握る。
弱いなら、弱いなりに自分がどうすべきかを考えて実践する覚悟ならある。
「跳べ……跳べよぉぉぉぉッ!!」
あふれ出る全能感に背中を押され僕は今度こそ自死の引き金を引いた。




