第6話・絶対絶望現実のレイド
空の色にほぼ同化していた”それ”を視認できたのは、完全に偶然であった。
ただ、この先に起こることを考えたら気づかなかった方が幸せだったのかもしれない。
その方が、きっと楽な最期を迎えられただろう。
「戦闘機だ……」
隣からそんなつぶやきが聞こえた。
思わず、そちらを向くと唖然とした表情の時雨さんがいた。
「せん、とうき?」
彼女のつぶやきに否が応でも昨日の出来事がフラッシュバックする。
今、襲撃を受けた翌日に戦闘機で近づいてくる奴が果たして友好的なのか――
答えは、否だろう。
「逃げるよ、槃!」
「ちょっ、時雨さん!?」
現実に混乱していた僕を女の子とは思えないパワーで引っ張ってどこかへ連れて行く。
「ど、どこに行くの!?」
「とりあえず、屋内のどこか……そうだ、寮に戻ろう。近いし、最低限あそこなら安全だと思うから」
「あ、安全って……まさか、あの飛行機が攻撃してくるって思ってるの?」
「そのまさかだよ。走るよ、槃」
何で攻撃してくるのかとか、何で戦闘機って気づけたのとか、色々疑問が湧いたが彼女の表情を見て僕も全力で寮に向かう。
だが、その時だった。
ちらっと後ろを振り向いた瞬間に見てしまった。
「……あぁ」
戦闘機から、黒い影が次々と飛び降りる。
そして、少し落下したと思ったら今度は巨大なパラシュートを展開し降りてきていた。
そのような光景を背に僕たちは全力で走り寮にたどり着くことができた。
寮のフロントには何やら落ち着かない様子の寮母の阿母 和華さんがいた。
「あら、時雨さん。説教を途中から抜け出したと思ったら今まで何をしていたんですか!!」
「うっ、ごめんなさい……って、そんな場合じゃないんだった。和華さん、聞いて……」
彼女が事情を説明しようとしたときだった。
静かだった寮内に風船が破裂したような音が響いた。
「銃声……!?」
咄嗟にその場で屈む、そしてその場の誰かが呟いた。
思わずその音の発信源である寮の出入り口の方を向く、すると入り口の端から何かが倒れてくる。
「……時貞くん?」
昨日、消灯時間まで語り合った仲だ、友達の顔を見間違うはずはなかった。
そんな友達が血だまりの中で目を閉じて倒れている。
世界が遠い。
スローモーションのようになって、周りの音が消えて、見ている景色は倒れた彼に釘付けだった。
「こっちだよ!」
「……うっ」
突然、首を絞められたような感触と共に体が後ろに引っ張られる。
そのまま、されるがままに体が宙を舞ったと思えば、どこか暗い部屋に入り目の前で和華さんが扉を閉めた。
「ここならしばらく安全だと思うわ」
和華さんがそう言う。
だが、逆に言えばこの外、すなわち寮内は今頃地獄と化しているのではないだろうか。
扉越しでも聞こえて来た。
寮内の人たちが逃げ惑う声が、それを塗りつぶすようにばら撒かれた銃声が――
そして、銃声が止まった後は決まって数秒静かな時間が流れる。
「二人とも大丈夫?」
「あたしは大丈夫だよ、和華さん。一応、見られなかったと思うけど……大丈夫、槃?」
「……何で?」
その呟きは目まぐるしく変化する現実を、神に問いかけるようだった。
さっきまで、日常だったじゃないか。
だと言うのに、少し経てば銃撃戦なんておかしい。
「おかしい、おかしいよ。こんなの……現実じゃない。きっと、夢なんだ。夢じゃなきゃ……残酷すぎる」
手で顔を覆い、現実から精一杯目を背ける。
だけれど、無情にも隣の彼女の口から突き付けられた。
「……残念だけど、現実だね」
「そうね、どうすれば……」
「っ、何で時雨さんも寮母さんもそんなに冷静なんだ……目の前で、人が死んだのに」
冷静な二人を前に僕は思わず苛立ちをぶつけてしまう。
「だからだよ。もし、ここで冷静でいられなかったら今度はあたしたちの命が危なくなるからね」
「……すごいね。僕は、まだ切り替えられそうもないよ」
「普通はそうだよ。あたし達が異常なだけ……でも、この場は異常な人間じゃないと自分も、誰かも救えない」
彼女に求められているような気がした。
無涅 槃として、普通に生きて行くなら異常である必要はない。
だけど、もし救世主になるのだとしたら普通であってはならない。
異常な者だからこそ、この場で冷静でいられる。
僕のようにその場に倒れ込んで動けなくなることもない。
なら、僕はもう普通である必要はない。
「……ごめん。僕が間違ってた。考えよう、三人でこの状況を打開する方法を」
「いい顔になったね」
僕は異常でいい。
現実にやっと頭が追いついて来た。
「ごめんなさい。話についていけないんだけれど、槃君は大丈夫なの?」
「心配してくれてありがとうございます。でも、僕はもう大丈夫です。僕は救世主になるのが夢なんですから」
「救世主……いい夢ね。きっと成れるわ。立派な救世主に」
(……?)
何故だか少し彼女の反応に違和感を感じた。
だが、ひとまず冷静になれた。
絶体絶命なことに変わりはないが、ここから僕たちの反撃が始まるんだ。
――なんて、思っていた。
でも、現実は想像の数百倍は残酷で、時間は僕たちを置いて行って勝手に進んでしまう。
突然、ものすごく近くで銃声が響く。
そして、とてつもない勢いで扉が蹴破られ特殊な装備を着込んだ三人が部屋に入ってくる。
そして、先頭の人物が何やら呟いた。
「这里是第四班。已确认目标飞行员。」
「……?」
日本語じゃない。
でも、この特徴的な発音で目の前の奴らが一体どこから来たのか察せてしまった。
すると、小声で時雨さんが耳元でささやく。
「『こちらは第4班。目標のパイロットを確認した』だって、今は余計な動きはしないで」
「……っ」
目標のパイロットと奴らは言っている。
だが、この場にいるパイロットは僕しかいない。
なぜ、僕を狙うのかなんて考えなくてもすぐわかる。
(こいつら、メサイアについて知ってるんだ)
だとすれば、もう先輩の工房も無事ではないかもしれない。
もう、メサイアが破壊されているかもしれない。
先輩はもう殺されているかもしれない。
嫌な想像で体温が抜けてきた、出来れば横になりたい。
だけれど、相手は待ってくれずさらに言葉を続けた。
「收到,回收飞行员。其余……」
「了解、パイロットは回収する。他は……」
14時00分
耳元で彼女が小声で翻訳してくれる。
だけれど、なぜか翻訳されるたびに首が絞めつけられているような感覚があった。
心臓もうるさい、周りの音が鮮明に聞こえる。
時計が動く音も聞こえて来た。
「不需要」
「いらない」
14時01分
銃声が響く。
「どうして……っ」
後方から、か細い声が届いた。
撃たれた方を振り返ると、和華さんが胸から血を流していた。
アインシュタインの相対性理論によれば時間は誰にとっても同じ速さで流れるわけではないらしい。
それを、僕は今まさに実感している。
目の前で目まぐるしく回る現実が僕を置いて行って時間をスローなものに変えていた。
「っ、はぁぁぁ!!」
その中で、現実に置いて行かれていない少女がいた。
和華さんが撃たれてすぐ時雨さんは目にも止まらぬ速さで接近し敵が持っていたアサルトライフルを蹴り上げ銃口を向けた。
「……妙な真似をしたら撃つ」
最も近くにいた敵の武器を奪い、一転攻勢かに見えた。
「喂,别管我」
「明白」
「っ……!!」
だが、先頭の男は何やら仲間に合図を出したと同時に雰囲気が変わる。
それを彼女も感じ取ったのか、発砲する。
僕の目の前でも、銃弾が宙を裂いた。
「うぐっ……」
同時に発砲した結果、時雨さんが放った弾丸は銃の奪われた最も近い男に命中し、鮮血が舞う。
しかし、一方で相手の弾丸は真っすぐ彼女の胸を貫いた。
「時雨さん!!」
「し、くった。相手も、イカレてる。まさか、ノータイムで自分を犠牲にするなんてね」
この場には異常な人間しかいない。
僕たちを襲ったこいつらは今、仲間が死にかけているって言うのに感情らしい感情を見せようとしない。
ただ、無機質に銃口を向けている。
そして、そんなことを気にする余裕もない僕は時雨さんを抱き寄せた。
「なんで……時雨さん!!」
「あたしもこうなるなんて思わなかったよ。もう、どうしようもないね」
「……っ」
彼女の体温が徐々に消えていく。
僕の腕の中で、彼女が無くなっていく。
それでも、彼女は辛い顔一つせず最初に会った時のように笑っている。
「泣かないで、槃。君はまだ生きてる。ならチャンスなんていくらでもある」
「……ああ」
「救世主っていい夢だよね。この場にいたら、どれだけ頼もしいか……」
「なるよ……僕が、救世主になる」
諦めるなんて道はない。
迷いも、恐れも、苦しみも、眼前と背に広がる後悔に比べれば安いものだった。
「なら安心したよ」
「……あとは、任せて」
両手で感じていた重みが消える。
それは、手の中にいる彼女の死を示していた。
敵は二人、外にはたくさん。
友人は死んだ、文字通りの取り返しのつかない状況というやつだ。
だが、僕はこの絶望を覆しうる手段を知っている。
もう、使ったら死ぬとか、辛いとかそんなのを考えている場合じゃない。
それに、自分の全てを賭けるしかない。
「動くな、妙な動きをしたら撃つ」
「……っ」
日本語しかわからない僕への配慮なのか、今度は日本語を使って警告がされる。
ちらっと視線だけで状況を確認する。
時雨さんが使ったアサルトライフルは手の届くところにまだある。
「这里是第四班……收到」
「总部怎么样?」
「飞行员只要活着就行。接到通知说要确保他别逃跑」
だが、その時目の前の二人が話し出す。
「明白了……真抱歉」
そう言うと、敵の一人はこちらに銃口を向けて発砲した。
弾丸は僕の足に向かい、肉を容易く裂き、抉った。
「っ、うあぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、その痛みはアドレナリンが来るよりも前に僕をその場でのたうち回らせるのには十分だった。
(なん、で……僕を回収するために来たんじゃ……いや、逃がさないためか)
息が荒い。
頭が正常な思考を止め始める。
(死)
痛み、そして僕の近くにいる二人の死体。
それらによって僕の脳裏に強く、強く死が浮かび上がり始めた。
連続して起きた理不尽、それらから一度は立ち上がった。
だが、現在はまるでプロ棋士とでも対局しているように逆転の目を次々に潰されている。
『ダメだよ』
幻を見た。
その幻は、今にも諦めそうで砕けそうな心を立ち上がらせるために目の前に現れた。
「勿美……」
『諦めちゃダメ。だって、槃ちゃんは私の救世主だもんね』
「……うん」
立ち上がれと、脳が命令する。
奮起しろと、体が叫ぶ。
そして、全て壊そうと魂が震える。
【………………………起動】
今度は、より鮮明に繋がった。
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