第27話・救世主再臨のアポカリプス
心臓よりも、もっともっと奥底を掴まれている。
『槃ちゃん、槃ちゃん、槃ちゃん』
魂が震えてる。
ここで、負けたら僕は救世主にはなれない。
『なれなかったら、何のために槃ちゃんは生きてるの?』
(何のため……?)
僕は救世主になるために生きている。
なれなかったら、僕はどうなる――?
『なれなかったら、死ななくちゃね。その無駄で、無謀で、無知で、無意味な人生をオワラセナイトネ』
幼い勿美が僕の両頬に触れる。
彼女のブラックホールより深く、黒い瞳が僕に近づいた。
恐怖が魂を支配する。
(いや、だ……)
『なら、なってね。これは、槃ちゃんから始まった物語なんだから』
そうだ、僕は救世主にまれなかったら死ぬんだ。
【強化……プロ…ラ…起動】
なら、ならなくちゃ――
***
その異変に最初に気づいたのは戦っていた千時ではなく、モニター越しの無無であった。
「っ!?」
次点で首根っこを掴んでいた千時がその異変を感じ取った。
「……離しなさい」
普段の槃からは考えられないほど、底冷えするような冷たい声。
突然、そんなことを言われても彼女は離さない。
瞬間、彼女が反応するよりも前に彼の両腕が彼女の腕を掴む。
「ッ……離れない!?」
振りほどこうとしても離れない。
むしろ、掴む力が更に強くなっていく。
「潰れなさい」
次の瞬間、彼の首を掴んでいた彼女の機体の腕は万力の握力によって握りつぶされた。
「うぅっ!?」
当然、シンクロナイズで連結している彼女にも同様の痛みが走る。
口から否が応でも漏れる痛みを伴う声――
「吹き飛びなさい」
それを聞いても、彼は一切躊躇せず彼女の機体の画面を掴み思いっきり放り投げた。
一方、モニター席では突然の出来事に皆が混乱していた。
「何が起こってる……!?」
時貞は立ち上がり、今にもモニターに掴みかかりそうな勢いだった。
無理もない、さっきまで槃が首根っこ掴まれてみんなで悲鳴を上げていたら、次の瞬間には千時が放り投げられているのだから。
「……まさか」
その中でも、無無だけは冷静に何かを操作する。
そこに映し出されたのは、彼の現時点でのシンクロ率――
「シンクロ率96%!?上がってる……」
「う、嘘だろ……上がってる!?」
二人の”上がっている”と言う一言は全く別の理由によるものだった。
時貞は、槃のシンクロ率が50%から急上昇したことに驚き、無無は前回見た覚醒状態よりもさらに上昇したシンクロ率に驚いている。
「でも、これでもしかしたら……もしかしたらがあるんじゃないですか!!」
「そうだね、いくら彼女と言えど今の槃なら……」
未来がそんな声を上げる。
それに反応したのは時翠だけで、他の二人の表情は浮かないままだった。
「……どう思う?」
「何かが、おかしいな」
同感だったのか彼女も頷く。
彼女からすれば、覚醒状態を実際に見るのは二度目だしその戦いが荒々しいものになるのも知っている。
(……でも、少年は顔も知っている相手の腕を容赦なく潰せるような人間だったか?)
あの、善人が服着て歩いているみたいな人間がそんなことするのだろうか。
だが、彼女たちの考えをよそに状況は変わっていく。
***
尋常じゃない槃の変化、一瞬別人にすら見えた。
(腕は……完全に逝ったね。仮想とはいえもう動かないだろう……さて、どうするか)
それでも、彼女に辞書に”降参”の文字はない。
たとえ、どんなに圧倒的な敵だろうと自分だけは折れてはいけないという矜持があるからだ。
「沈みなさい」
その瞬間、槃の乗った機体がぶれた。
現状、機体性能を半分程度しか引き出せていない彼女では到底見切れないようなスピードで横に立つ。
決死の一撃が彼女に迫る。
「っぶないじゃないか」
それを、ギリギリで機体の身を低くさせ何とかその一撃を回避した。
すぐさま、身を屈めた時の反動で立ち上がり反撃の鉄脚を無防備なボディーに叩き込みのけぞらせる。
そして、すぐさま距離を取り体制を立て直した。
(……ふぅ、今のだいぶヤバかったね。首を刈ってくるかは山勘だったけど二度は通用しなさそうだ)
今の一撃を回避できたのは、メサイアが敵機と戦う時同様の動きをしていたが故である。
だが、彼女が練り上げてきた経験と才能、そして努力がなければ到底反応はできなかった。
当然、槃が持つ『緊張しない才能』も彼女は持っている。
(急な言葉遣いと戦闘スタイルの変化。おそらく、今は暴走状態に近いんだろう。だとすれば、フェイントにも引っかけやすいはず……)
ゆえに、思考のブレはない。
このまま行けば覚醒状態の槃はあっけなく敗北するだろう。
――その覚醒状態が以前と同じであればの話だが
直線的に迫って行く槃の目には道筋が光って見えていた。
不思議と体がそれに沿って動いてくれる。
自分で自分をラジコンで操作している気分だった。
「恐れなさい」
口から出ている言葉もまるでゲームのコマンドのようで、本当に僕の口から出ているのかすら疑わしい。
僕の機体は超スピードで突撃し、彼女の間合いギリギリで急停止する。
――したかと思えば、機体の姿勢を低く保ちレスリングのタックルのような姿になる。
「潰れなさい」
(ボクの方がフェイントに引っかかった……!?)
彼女の拳は空を切り、その代わりに僕のタックルが彼女の腹部に突き刺さった。
そのまま壁まで突き飛ばし、言葉通り彼女の機体を潰す。
(これで、詰みだ)
彼女が本来の力を振るえれば話は違うが機体性能差が圧倒的なため彼女にこれを振りほどくすべはない。
「っ、まだ!」
『……っ!試合終了。槃くん、離れてください』
その時、過去先生の声が聞こえた。
あんな状況になっても無理に抵抗しようとする彼女を見てストップをかけたのだろう。
僕は何も言わず離れた。
(……なぜ?)
思考の隙間に、黒い何かが生まれる。
――今ここでなら、確実に始末出来る。
「……み、認めたくないけど君の勝ちだ。これで、少なくとも退学はないだろう」
「……」
何故か、鉄拳を握り出した。
「槃?」
彼女の言葉にも返事をしない。
(……)
黒い感情が止まらない。
ひっきりなしに、僕をノックしている。
『救世主になることを阻むのは全て破壊しろ』
頭が、命令を正当化しようとしている。
「おーい、槃!!」
(……もう、いいや)
殺意が氾濫した川のように溢れていく。
食い止めるために土嚢のような役割をしていた理性はあっさりと破壊され、鉄拳が構えられる。
『ダメだよ』
でも、誰かがそれを止めた。
『……もう、いいんだよ』
振り向くと、そこには幼馴染の忘草 勿美が10歳くらいの少女の姿で立っていた。
不思議なことに、僕は姿が変わってもそれが彼女だとすぐ認識できた。
『ごめんね。ごめんね。私のせいで、私があんなお願いをしたから―――ちゃんはこんなことしてるんだよね』
「勿美……?」
それは、僕の名前じゃなかった。
さっきまで救世主になることを勧めてきた彼女とは違って今度は止めようとしている。
でも、同時に頭の黒い靄が晴れていく。
『私が色々言うと、君は全てを思い出してしまう……だから、重要なことだけ言うね』
だけど、彼女の姿が段々とぼやけ白い世界に溶けていく。
「勿美!なんで、クソ……!!」
手を伸ばしても、届かない。
蜃気楼に触れているように手から擦りぬていく。
『これ以上【強化人間プログラム】に頼っちゃダメ。私との約束だよ』
「待って!僕は、俺は……!!」
光が、世界を包んだ。




