第24話・正面突破のフェイス
翌日
寮を出ると、なぜか男子寮の玄関にニコニコ顔の無無先輩が待ち構えていた。
「やあ、少年。一緒に登校しようじゃないか」
「……?」
昨日、工房で話していた時は急に動揺して工房を追い出されたというにこの変わりようにはちょっと悪寒も覚える。
「そうだ、昨日のドリンクはどうかな。クソ不味いけど、調子はいいだろう」
「そ、それはおかげさまで快眠でしたよ。でも、副作用とかはないんですか?」
昨日クタクタであった体は一気に回復し寝覚めも最高だった。
むしろ不味い意外に何か起きるんじゃないか冷や冷やしていたところだ。
「安心しろ、不味い以外に副作用は……多分ない」
「多分?」
「君が実験台二号だからね。今、三号を今探している所さ」
「何で人体実験から始めるんですか!!」
つまり、実質副作用がわかってない。
何が起こるかわからない薬を飲んだということだ。
やっぱり、一気に寒気が出てきた。
「安心しろ、私の辞書に失敗は……今のところはない。苦情も今のところはないよ」
「何も安心できませんけど!?」
それって苦情を言う人間が、いなくなっているの間違いではないだろうか。
「ほら、それよりもさっさと学校に行こうじゃないか」
「ま、まあいいですけ……」
「おーい、槃!」
彼女と学校に登校しようとしたその時、後ろから声がかかる。
「あ、時貞くん。おはよう」
「おう、槃……って、明時 無無!?」
そう言って、彼は先輩を指さす。
すっかり忘れていたが、僕は彼女との接触を注意するように言われていた。
「ふふっ、君のことは知ってるよ。無才ながら並外れた努力で上位クラスの成績を収めた男……武者小路 時貞くんだね」
「……おい、槃。ちょっと来い」
サラっと彼について先輩が語ったが、彼に肩を掴まれて引き離される。
「何で、あの人と接触してんだよ!?言ったよな、危険だって」
「う、うん……それは、よくわかったよ」
怪しいドリンクを無理やり飲まされたり、初日には確実に死ぬ兵器に乗らされたり、確実に危険な人なのは間違いない。
――その会話に彼女はそっと聞き耳を立てていた。
(……ああ、やっぱりそうか)
彼女からすれば、何も言わず彼をメサイアに乗せたのもそれしか全てを救う方法はなかっからだ。
ドリンクを飲ませたのも疲れた彼を労わったからこそだ。
彼女の行動は全て善意から来る行動だった。
だが、結末はいつもこうなる。
(結局、私は誰かも理解されることもない……いや、少年を利用しようしたことの罰かな)
だから、私は工房に籠った。
誰からも干渉されないように、誰にも迷惑をかけないように――
それでも、一人じゃどうにもできないから少年の力を借りることになった。
(それなら、せめて仲良くしたかったんだけどね。やっぱり、私じゃダメか)
瞳に暗雲が写り始める。
こういうことは初めてじゃない。
だけれど、私にはきっと永遠に馴れないものだ。
「だけど、悪い人じゃないよ」
光が射した。
大きく開いた目はその言葉の光を目いっぱい取り込んだのがわかる。
(……そうか、私は拒絶されたんじゃなくて拒絶してしまっていたのか)
少年は何時だって私を拒絶したことはなかった。
裏切りもですら受け入れてしまう筋金入りの善人である彼を理解しようとしなかったのは他ならない自分自身だ。
「悪い人じゃねえって……オレの話聞いてたか?ていうか、自分で危険だってわかってるじゃねえか」
「う、うん。危険だとは思うよ。でも、悪い人じゃないんだ。きっと、時貞くんも話したらすぐわかるよ」
やったことは、僕も同情の余地はないが先輩が悪い人だったことはループを含めて一度もなかった。
むしろ、彼女がいなければ僕はここまで来れてない。
「いやいや、槃も思い当たるところがあるんだろ……危険なことをしているから悪い人なんだよ」
「……それもそうなのかな?あの、先輩って悪い人ですか?」
彼の言うことも一理あると思った僕は先輩に直接聞くことにした。
問われた先輩は何だか戸惑っていたし、後ろから『馬鹿』と呼ばれた気がするが、今更なので気にしないことにする。
「……わ、私は悪い人だったつもりはないよ」
「ほら」
「ほらじゃねえよ。悪い人が自分で悪い人って言うわけねえだろ!」
「あ、確かに」
しまったなあと、だがループのことを言うわけにはいかない。
しかし、彼の視点から見れば僕が入学間もないのに危険人物と言われている先輩を信用している人に写っているだろう。
「……時貞くん。先輩を悪い人じゃないって証明することはできないよ。でも、信じて欲しい」
「そもそも、何で槃は明時先輩をそんなに弁護するんだ?どういう関係なんだ」
彼からすれば僕たちの関係は奇妙なものに見える。
僕も、彼の質問には少し考えた。
目を閉じ、自分にとって先輩とはどのような存在だったか夢想する。
そうすれば自然と回答は出てくる。
「先輩が僕にとって大切な人なんだよ」
「なっ!?」
「って!?……なるほどな。二人は……なるほど、そいつは野暮なことを聞いてたみたいだな」
彼女はループの記憶を持っているわけではない。
あくまで知っているのは僕が話した内容までで僕と先輩の関係はそれほど深くない。
だが、僕にとって先輩はここまで手を貸してくれたなくてはならない存在なのだ。
だから、きっと僕と先輩との関係を表すにはこれが相応しいだろう。
「し、少年が私を……」
彼は納得してくれたようだが、先輩の方は少し様子がおかしい。
「ま、そこまでオマエが信頼してるならオレも信用するぜ」
「ホント!?」
「ああ、だが……あの先輩に何かされたら絶対にオレに言えよ。通報するから」
「……ないことを祈ってるよ」
顔が見られないように、逸らして返答する。
もうすでに通報案件が何個かあるとは死んでも言えない。
「……その、色々すみませんでした」
「いや、いいんだ。実際、色々やっているのは事実だからね。改めて、私は2年の明時 無無だ。確か、君は槃と一緒に特訓しているんだってね。よければ私にも協力させてほしい」
「それは、もちろん。助かります」
どうやら、二人とも仲良くやって行けそうだった。
だが、僕はどうしても聞かなくちゃいけない取っ掛かりがあった。
「……あの、先輩。僕って、特訓のこと言いましたっけ?」
よく考えてみれば、特訓の終わりにちょうど良く先輩が現れたり、ドリンクが用意されていたり、どこか作為的なものを感じる。
「ああ、君の私物には盗聴器が仕掛けられていてね。それで、ばっちり聞いてたんだ」
「……え?」
つまり、特訓のことはもちろん。
時雨さんとのあれやこれやも全部聞かれていたということになる。
すると、横目で携帯を取り出し操作する彼の姿が見えた。
「って、時貞くん!?無言でどこに電話かけようとしてるの!?」
「警察だ。どうやら、悪い奴が出たらしい」
「い、いや先輩は悪い……悪い人かも」
「少年!?」
今回ばかりは情状酌量の余地はなかった。
だが、それでも先輩が捕まると困るので彼の通報を必死に食い止めた。
そして、とりあえず僕についている盗聴器をすべて外して今後盗聴器の設置など一切禁止の制約を結ぶことになった。
「何で、こんなことしたんですか……?」
「……少年がすぐ来ると思ったら工房に中々来ないから、つい出来心でつけてしまったんだ」
「出来心って……」
万引き犯並みの犯行動機に思わず肩透かしを食らってしまう。
だが、深刻な理由じゃなくてむしろほっとした。
「別に……呼んだら行きますよ」
「本当に?」
「本当ですよ。だって、先輩は僕の大切な人なんですから」
この時の、少年の笑顔を私は忘れることはないと思う。
決して嘘ではないとすぐわかる、満面の笑みを――
思わず、顔を逸らしてしまう。
「……そうか」
私のことをよく知っているのに、少年は全く恐れる様子はない。
それがたまらなく嬉しかった。
「ていうか、早く行かないと遅刻しちゃいますよ。先輩」
「……槃」
「え、はい!?」
名前を呼ばれるのがそんな珍しいのか少年は声を上ずらせながら答える。
「もし、退学も回避して大会も終わったら話したいことがあるんだが……いいか?」
「いいですよ。ていうか、放課後でもいつでも聞きますけど……」
「いや、いいんだ。私も少し整理したいし、何よりゆっくり話したいからな」
そう、今はあまりにも少年には危機が多すぎる。
でも、不思議と怖くはなかった。
彼なら、きっとやり遂げてくれるだろうとそう言う確信が私の中にはあったのだから。




