第23話・記憶障害のドグマ
実験的にこの時間投稿してみた
あの後、僕は取り付く島もなく工房を追い出されてしまった。
勝手に連れてこられて、無理やり追い出される形になったことに文句がないわけじゃない。
(……先輩、大丈夫かな)
だが、それ以上に彼女が心配だった。
僕の夢について話したところだったか、随分うろたえていたように見える。
知らないうちに僕が何かしてしまったのかもしれない。
「……対戦が終わったらもう一度話に行こう」
残念だが今、集中するべきは先輩のことより目先の退学だ。
先輩と話し合うのはその後からでも遅くないはずだ。
そして、今一度気を引き締めてから寮に戻るのだった。
寮に戻り、フロントを抜けようとしたとき突然声がかかる。
「やっほー!そこの不良救世主。今何時かわかってる?」
何事かと振り向くと、そこには顔をむくれさせて待っていた彼女がそこにはいた。
「えっ……時雨さん。どうしてここに……?」
「それより、今何時?」
「えっと……」
時計を確認すると現在の時刻は大体20時半を越えたくらいだ。
この寮には特に門限はないし、消灯時間の22時を守れば問題ないと聞いていたはずなのだが
「もしかして、実は門限が存在してた?」
「違う、けど……帰ってくるのが遅くなるなら連絡して欲しかっただけ」
「あっ……ご、ごめん」
今更ながら僕は一人で暮らしているわけじゃない。
同居人にくらい一言伝えておくべきだった。
そして、僕たちは並んで彼女の存在がバレないようにこっそりと部屋に戻るのだった。
「ただいま~」
「おかえり、槃。それじゃあ、夕飯温めてくるからそこで待ってて」
「え?ゆ、夕飯作ってくれてたの!?……本当に、何から何まで遅れてごめん!!」
彼女の優しさを前に再び頭を深々と下げる。
今度からは遅れるときはちゃんと連絡しようと改めて肝に命じた。
「そんな気にしなくていいよ。あたしも大したもの作れないしね」
「いやいや、作ってもらえることがありがたいよ。特に訓練終わりはものすごく疲れるからね」
「その割に今日は元気そうだけど」
「……ドーピングの力かな」
かなり不味かったとはいえ先輩の薬の効能は凄まじい。
昨日よりも疲れているはずだが、体はまだぴんぴんしている。
「ドーピングねぇ……頼ってもいいけど副作用には気を付けてね」
「……考えないようにしてたんだけどね」
これだけの効能だ、明日が怖い。
先輩は快眠がどうのこうのと言っていたが真相は定かではない。
そうこうしている内に彼女が昨日と同様に鍋を持ってきた。
「はい、あたしのとっておきだよ。って言っても、鍋しか作れないんだけどね」
「美味しいし、栄養もたくさん取れるから僕にとってはむしろありがたいんだけどね……いただきます!」
昨日とは異なりちゃんと自分で掬って、冷まして一口食べた。
「どう?」
「すごく美味しい!体がすごくあったまるよ。これなら毎日食べても飽きないかも!」
「なんかオーバーじゃないかな。でも、あたしもここに居候させてもらってるからね。毎日、同じ鍋を食べさせる気はないから!」
「ど、どういうこと?」
たまに断食の日があるという事か、それとも僕に作って欲しいという事か、はたまたとてつもない鍋のバリエーションを用意しているのか――
自慢じゃないが、僕は全く料理ができない。
普段の生活は大体、幼馴染の勿美に作ってもらっていた。
「他にも作れる料理のバリエーションを増やすってこと。そうだ、槃の好きな物って何?」
「……好きな物?」
「うん、何でもいいよ。とにかく、挑戦してみるから」
少し勿美に振舞ってもらった料理を思い出そうとする。
(……あれ?僕ってこれまで何を食べて来たんだっけ)
だが、致命的に記憶がヒットしない。
それどころか、勿美が台所で料理をする姿も記憶になかった。
矛盾だ。
矛盾だ。
頭をノックしても返答は来ない。
「……ない、かな」
「ない?珍しいね……それじゃあ嫌いな食べ物はある?」
「それも、ないよ」
好き嫌いはしたことがない、はずだ。
(記憶が……なんだ。何か、決定的なものを失っているような)
違和感がぬぐえない。
でも、その違和感に手を伸ばそうとするとまるで底なし沼にでもはまったように動けなくなってしまう。
それゆえに、僕は時貞くんに徹底しろと言われていた思考を止めてしまった。
「ふーん、それならあたしが適当に作っちゃうね。そういえば、槃のベッドからこんなの出て来たんだけど、これ何?」
「え?」
思考の海から引き戻されて、彼女が持っていたのは僕の相棒のすり鉢と棒だった。
「それは僕の趣味に使うんだよ」
「趣味……これで、何するの?」
「何するのって……ほら、貸して」
彼女から受け取ったすり鉢にゴマを入れて棒ですりつぶしていく。
これは、僕が家でも使っていた品で愛用品だった。
だが、なぜか彼女の困惑の表情はより深まっていく。
「これだけ?」
「う、うん……何だか落ち着くんだよね。こうやって擦っていくと、擦っていくとね……」
『自分をすりつぶしているみたいで』そう続けて言いかけた言葉を唾液と一緒に飲み込んだ。
(……僕は一体何を考えているんだ?)
そう言いかけた理由も僕にはわからなかった。
「どうしたの?」
「い、いや……」
何でもないと言おうとしたが彼女と時貞くん曰く。
僕の嘘は非常に顔に出やすくわかりやすいとのことだ。
なので、言いかけた直後に鍋を勢いよくかき込んでとりあえずその場は何とか切り抜けた。
その後は、疲れたとか何とか適当なことを言って眠るのであった。
一方、その頃工房では槃がいなくなった後、無無は一人で物思いにふけっていた。
(……意味が分からない)
原動力なしに人は動かない。
それは科学者である自分自身が最もよく理解していた。
だが、彼には救世主になるという原動力で救世主になろうとしている。
彼の生き方は目的達成のためには”究極的”に合理的と言えるだろう。
だが、実際は人間は合理的に動くことを拒否し、衝動に駆られることの方が多い。
むしろ、それゆえに人間なのだ。
(歪だ。本当に何が起きたらこんなことになる?)
彼の入学までの経歴は既に入手している。
しかし、小中合わせてみてもおかしな部分は見当たらない。
逆に言えば、その異常性に繋がるまでの”道筋”が存在しないことが異常なのだ。
「救世主になりたいと願う少年が、メサイアに乗る適性を持ち、正体不明の覚醒能力を秘め、辛い状況に耐える狂気を孕み、私の前に”たまたま”現れた」
自分で言っててこんなことがあり得るのかと自問自答してしまう。
あり得るかもしれないが、可能性は限りなく低いだろう。
結局、いくら考えても『わからない』と言う答えしか出ない。
(幸いにも彼は人を思いやれる根っからの善人だ)
だが、同時に救世主になるためなら何をするかわからない狂気も孕んでいる。
それこそ、多くの思想を受け入れれば変異しうる可能性だって少なくない。
「彼を一人にしてはいけないね……」
それゆえに、出した結論はその程度の物だった。
――人間は誰しも原動力を持って動いている。
槃と言う例外があれど、それは彼女も同様である。
「……私のためにもね」
その瞳には、強い決意のようなものが滾っていた。




