第19話・真贋のフォーメーション
朝、時雨さんに見送られる形で部屋を出た僕は同じ寮に住んでいる時貞くんに偶然鉢合わせた。
「よぉ、おはよう。槃」
「あっ、おはよう。時貞くん」
彼の表情は昨日僕と散々訓練したというのに疲れている様子は一切ない。
それに、千時さんに言われたことも何か気にしている様子もなかった。
「……その、今日も訓練いいかな?」
本当は大会について聞きたかったが、つい喉で詰まって別の話題を出してしまう。
「なんだよ。そんなに仰々しく頼んできて……もちろん、いいぜ。オマエらへっぽこを育てるのに一日じゃ到底足りねえからな」
「あはは、手厳しいね……」
我ながら白々しい反応を示した時、彼の視線が途端に鋭くなる。
「……大会のことか?」
「な、なんの事?」
「オマエ、隠し事とか誤魔化すの苦手だろ。表情で丸わかりだぞ、その気持ち悪い笑顔」
彼の一言が僕の胸に突き刺さる音がする。
時雨さんにも秒で見抜かれたが、どうやら僕の嘘は顔にすぐ出てくるらしい。
「……そ、ソノトオリデス」
「気にすんな……って言ってもオマエは気にするタイプだよな」
「うっ」
図星である。
まだ、出会ってあまり経っていないのにもう手玉に取られている気がする。
「……オマエにまどろっこしい言い回しは必要ないな。単刀直入に言うぞ。オレと一緒に大会に出場しねえか?」
「え?」
唐突な告白に学校に向かう足が止まる。
突然な情報の濁流に頭が飲み込まれて、溺れかけている気分になった。
「返事は?”はい”か”いいえ”で答えろ」
「はい?」
「よし、わかった。なら、最後の一人は未来を誘うか……問題はエンジニアか」
完全に困惑の”はい”を了承のものと認識されて、そのままトントン拍子に進んでいく彼を前に唖然としてしまう。
「ちょ、ちょっと待って!な、何で僕を誘うの!?」
千時さんに誘われるほどの腕を持つ彼ならシンクロ率80%を誇る未来さんならまだしもへっぽこ雑魚の僕を誘う理由がわからない。
彼なら、1組の人間とも組もうと思えば組めるはずだ。
「……オレがどうしてここに来たのか言ったよな?」
「う、うん」
彼は国を守るためにこの学校に来たと言っていた。
今となっては現防衛大臣を父親に持つ彼らしいとも思える。
それと同時にもっと深い意味を持っているようにも感じられた。
「それには……まあ、親父の仕事も関係がある。だがな、もう一つ理由がある」
「理由?」
それを話そうとする彼の表情は苦々しく見えた。
「……5年前、鹿児島県のデュアルドアイビルで起きた。当時のビルにいた人間、数万人を虐殺した未曽有をのテロ事件」
「それって、犯人がまだ捕まっていない……名前は……」
つい最近のワイドショーでもニュースでも報道されていた。
ビルの人間を丸々全員を殺したのも、もちろん脅威として語られたが最も恐れられているのはそこではなかった。
「影山 阿歩炉」
史上初、たった一人でテロを起こした男である。
それも、ビルにいた人間は誰一人に逃がさず皆殺しである。
「ああ、オレはそいつに母親を殺された」
「……そうなんだ」
彼の辛そうな表情を見ると、僕まで辛くなってくる。
「時貞くんはそいつを恨んでるの?」
「……わからない。実際に会ったことはないからな。だが、その日から誓ったんだ……誰も、オレみたいに理不尽に大切な人を奪わせて堪るか!ってな」
「すごいね……」
たまに彼が本当に僕と同い年なのか疑いたくなる時がある。
そんな過去があったからと言ってそうやって奮い立てる人間はきっと多くない。
「……実は僕も両親を殺されたんだ」
「っ!?そういえば、オマエって鹿児島出身だったな……」
「僕もそいつに実際に会ったことはないし……両親を殺されたのだって今、僕を面倒見てくれている人に聞いたんだけどね」
その時の記憶はもう酷く混濁していて、うまく思い出せない。
ただ、凄く苦しくて涙が出ているのに表情が凍ったみたいに動かなくなったことだけはよく覚えている。
「……オマエは恨んでいるのか?」
彼の問いに少し天を仰ぎながら答えた。
「時貞くんと同じ……わからない。だって、多分この事件が無かったら僕が救世主にな、る……」
その時、頭が割れたような衝撃が閃光のように走った。
同時に、彼を写していたはずの瞳にはノイズがまき散らされる。
そして、晴れた後にはなぜか笑顔の”彼女”が立っていた。
『槃ちゃん。槃ちゃんは私の救世主だもんね?』
(……誰だ?)
笑顔を向ける見覚えのありすぎる少女。
だが、僕は直感的に彼女が”忘草 勿美だと判断することができなかった。
――いや、それを彼女だと頭が認識しなかったのだ。
「おい、大丈夫か」
「ああ、ちょっとふらついただけ」
本当に出来事は一瞬だった。
瞬き一回すれば景色は元通りに戻った。
だけれど、その一瞬が僕の脳裏に焼き付くような印象を残した。
「……とにかく、オレには1組に行きたい理由がある。1組の方が、訓練の強度は高いし使える道具も豊富になる。何より、国を守るうえで1組に行かないとまともに戦えもしねえからな」
そう、あくまで4組は補欠や落ちこぼれの集まりだ。
彼の目的を達成するためには1組に行くのが必要不可欠になる。
だが、それならやはり1組の誰かと組んだ方がいいはずだ。
「じゃあ、何で僕を……?」
「もし、オレがオマエらと結果を出せば3人まとめて1組に上がれるかもしれねえだろ」
「そのために!?」
だからと言って、彼の目的を考えれば1組に上がるためになりふり構わず行動を起こしてもおかしくない。
「そうだ。オレのエゴだがな。目的も大事だが、その過程でオマエらを見捨てたら元も子もねえだろ」
「……過程か。そうだね、僕もそう思うよ」
僕も自分のエゴで結果を変えず過程を変えた。
ループでの経験が彼の経験に強い共感を与えていた。
「そう言う事なら僕を君のエゴに乗らせてほしい。僕もちょうど見返したい人がいたんだ」
「おう……だがな、言っとくがオレやオマエがひっくり返っても千時には勝てねえからな」
「何でわかったの!?」
大会に出ると決めて真っ先に考えた千時さんの撃破と言うのがすぐにバレてしまった。
――でも、それくらいの目標を持った方が僕は良いのかもしれない。
そうこう話していると男子寮の反対にある女子寮の方から走ってくる誰かの姿が見える。
「おーい!槃くん、時貞くん!おはよう!!」
「お、おはよう!?」
とてつもない勢いで走って来た未来さんを視認したときには既に遅かった。
とてつもない声量と共に猪の如く僕たちの前に現れていた。
耳がキーンとするのを感じる。
「おはよう……未来、挨拶は良いが声のボリュームを下げろ!」
「はーい、時貞くん。ていうか、二人は一緒に登校してたの!?」
「そりゃ、同じ寮だからな。鉢合わせることだってある……ところで槃が良ければだが、明日からも一緒に行かねえか?何なら朝からオマエの部屋に行ってもいいぞ」
「い、いや……それはいいかな」
僕も彼と一緒に登校するのは楽しい。
だけれど、現在部屋には時雨さんがいるのだ。
彼が毎朝、僕の部屋に現れるとなれば彼女の存在がバレる可能性が高い。
(あれ、よく考えたら僕の部屋に誰も入れさせちゃいけないってこと……?)
言うまでもないが、男子寮の部屋に女子がいるなんて言語道断の大問題である。
入れられるとすれば事情を知ってる和華さんくらいだ。
「そ、そうか……そうだ、未来。オレたちと一緒に大会に出ないか?」
「え、それってあの王子様みたいな人が言ってたやつだよね。槃くんも出るの?」
「うん、三人一組で戦うから時貞くんと未来さんと僕の三人で組まないかなって思って」
「なら、あたしも出るよ」
僕たちの提案を迷いなく彼女は受け入れた。
「そ、そんなにあっさりと決めていいの?」
「うん、二人が出るって言うのにあたしだけ仲間外れなのは寂しいし、それにあたしだってこのまま4組にいるつもりはないからね!」
ガッツポーズを決めながら彼女はそう言い放った。
互いに互いの顔を見渡す、誰も不満そうな顔をしている者はいなかった。
「そうか、なら今からオレたちはチームだ。目標は4月24日の”人機祭”1年の部で優勝する!!」
「「オー!」」
僕たちは雄たけびを上げながら、拳を空に突き出した。
この時の三人の一体感を僕はきっと忘れないと思う。
こうして、僕たちは今日の授業に向かうのだった。




