第18話・安らぎのショートブレイク
時貞くんとの特訓を終えて僕はやっと帰路についていた。
「……う、げぇげぇ」
口からもううめき声しか出ない。
まさに精魂尽き果てたというやつだ。
まさか、あの後戦っても彼に掠りもせず一方的にぼっこぼこにやられるとは思わなかった。
(でも、千時さんは時貞くんより強いんだよなぁ)
それこそ、戦ったら指一本で負けそうな気がする。
戦う機会がそもそもないけど
そう言うことで、重い体を引きずりながら僕は自分の部屋に帰って来た。
「やっほー!おかえり、槃」
「ただいま……」
扉を開けると現れたのは、僕の部屋に住み着いている時雨さんだった。
と言うのも、歴史と言うのは僕が干渉しないと基本的に変化しない。
和華さんの一件は僕の土下座で解決したので襲撃は起きない。
だけど、僕が彼女の部屋を破壊したという事実は変わらないのでこうやって同居することになったのだ。
(でも、今回は和華さん公認なんだよなぁ……)
ループ内では彼女の存在はすぐにバレて追い出されていた。
だけど、事件解決の翌日に現れた時雨さんを歴史通り迎えることになった僕はその後、和華さんに呼び出されていた。
『そっちに、時雨ちゃんが行ってるわよね』
『な、何でわかるんですか?』
『盗聴器よ』
サラっとしたトンでも発言と、ループ内で彼女の存在がすぐにバレた原因が分かったところで彼女は話を続ける。
『悪いんだけど、本当に部屋が無くてね。よければ、君の部屋にそのまま置いていてくれないかしら?』
『それは……いいんですけど、和華さんとか女子寮の部屋じゃダメなんですか?』
僕は男子寮のことしか知らないが、たくさん退学しているのだから部屋の空きくらいある気がするのだが
『あら、あなたは裏切り者の部屋にあの子を置いておくの?』
『和華さんなら大丈夫じゃないですか?』
『……はぁ』
僕は本気で言っているのになぜかため息を吐かれた。
『それに、女子寮に空きはないわ』
『え?』
『部屋が減ったもの、どっかの救世主様のせいでね』
『……あ、あぁ!?』
急にとんでもないくらい胃が痛くなった。
もしかして、僕が破壊した彼女の部屋と言うのは女子寮のことだったのではないだろうか。
『あーあ、どこかの救世主様のせいであの子は雨の中、野ざらしで生活するのねー』
(こ、この人……明らかに楽しんでやがる)
初対面の印象からかなり違うように見える。
だけど、精神的に抑圧されていた以前と違って解放されたこっちが本当の彼女なのかもしれない。
『ていうか、時雨さんって生徒じゃないんですよね?』
『ええ』
『じゃあ、何者なんですか?』
『さあ?』
『なら、どこから来たんですか?』
『さあ?』
『和華さん?』
言葉に怒気が籠る。
彼女の気の抜けた返答に血が上るのがわかる。
自然と怒りによって視線が鋭くなっていく。
『冗談よ。本当にわからないの、拾ってきたから』
『誘拐はやめてくださいよ』
『違うわよ。学校の外に倒れてたから拾ってきただけなの。どうやら、記憶喪失みたいでね。名前しかわからなかったの』
(記憶喪失、あれで?)
だが、その割に色々知識があったような気がする。
――でも、少なくともこれまでのループから見て悪い人じゃないのは一目瞭然だ。
『ならせめて、服くらいはまともなのを着させてあげてくださいよ』
『あれは、私の趣味よ』
『えぇ!?なんてもん着せてるんですか!!』
時雨さんのワイシャツ、ミニスカ、エプロン、黒タイツと言う奇妙な服装の原因がついにわかってしまった。
「だって、アレを渡した時のあの子の困った顔が可愛くて……ちなみに、雨に濡れたらワイシャツが透けるわよ」
(……この人、裏切り者とか以前に普通に警察に突き出した方がいいのでは?)
一瞬、この人を助けなかったほうが世のため人のためになったのではないかと思考によぎったが焦ってふるい落とす。
『わかりました。時雨さんのことは僕に任せてください』
少なくともこの人に任せるよりはマシだと思い了承することにした。
『ありがとう。でも、襲っちゃだめよ』
『襲いませんよ!!』
と言う会話があったのだ。
こんな風に歴史を変えると、その後の出来事にも影響を及ぼすことがあるらしい。
エビフライ何とか、なんて先輩が言っていた。
「それで、ご飯にする。お風呂にする。それとも、あ・た・し?」
「ベッドがいいです……」
疲れ切った表情の僕は彼女のボケに反応することが出来ず、本当に欲しいものを答えてしまう。
「ダメ!ちゃんと食べられるときに食べないといけないんだよ。ほら、あたしが作ったから座って座って」
ふらつく僕をいつぞやの襲撃のように支えて運ぶ彼女は丸テーブルの前に座らせた。
(……こんなテーブルあったっけ?)
頭が既に機能を果たせず、ぼーっとしていると彼女が鍋敷きを敷いてキッチンから具材たっぷりの鍋を持ってくる。
「ほら、食べるよ。いただきます」
「……いた、だきます」
虚ろな意識のまま配膳された食べ物を口に運ぶ。
だが、口に運んだのは作らレばかりのアツアツの鍋である。
「むぐっ!」
すると、その時あまりの熱さに噴き出してしまった。
「あーあ、もう……ほら、拭いて」
「う、うん……ごめん」
「いや、あたしこそごめん。テクノイドの訓練をしてたんでしょ?和華さんから聞いた。すごい疲れるんでしょ、あれ」
彼女の言う通り、テクノイドを動かすときは実際に体を動かしているわけではないので肉体的な疲労はない。
でも、精神的な疲労はとてつもないものになる。
こういう理由もあって、回復しやすい若者の操縦が推奨されていたりする。
「いや、せっかく作ってもらったのにぼーっとしてた僕が悪いよ……ッ!!」
気合を入れなおすため思いっきり両頬を叩く。
段々とだが眠りかけていた意識が這い出てきたような気がする。
「そう?でも、無理はしないでね……ほら」
「……え?」
そう言って彼女は鍋の具材を自分のスプーンで掬って差し出される。
「あ、ごめんごめん。まだ、熱いもんね。ふーっふーっ」
突然のことに硬直していると、今度は息を吹きかけて冷ました。
「いや、待って自分で食べれるよ」
「ダメ、疲れてるんでしょ。なら、あたしに任せて……ほらほら、早くしないとあたしが食べちゃうよ」
(……まあ、いいか。確かに、眠たいし)
一瞬、ごちゃごちゃとした思考が頭をよぎったがすぐに忘れてしまう。
そして、せっかくの厚意を無下にするのも悪いなと思った僕はされるがままにスプーンにかじりついた。
「……どう?」
「すごく美味しい……」
言葉に覇気はないが、本当に美味しかった。
思わず口角が上がった僕を見て彼女は小声で「よっしゃっ」と言っているのが聞こえた。
「でも、後は自分でたべるーよー」
「口だけしか動いていないくせに何言ってるの?ほーら、あーん」
傍から見れば要介護者とヘルパーさんのようにも見えたが、この時の僕にそんな思考ができるはずもなかった。
――そのまま、されるがまま色々されて気づいたら翌日になっていた。
「……お風呂、どうしたんだっけ?」
ベッドの上で上体を起こすと昨日の記憶を探り出す。
記憶がない。
でも、体を見ても入ってるか入っていないか判別はできない。
二段ベッドの下で吐息を立てる彼女を起こさないようにそっと降りて朝シャワーに向かうのだった。
(……大会、時貞くんどうするんだろう?)
シャワーを浴びながら、そんなことを考える。
千時さんの話によれば彼が出場しなければお父さんの恰好?格好?がどうのこうのと言っていた。
(なら、出るってことだよね。メンバーどうするんだろう)
彼のことだから1組の人とでもいくらでも組める気がするが、千時さんの誘いを断ったところを見るにそう簡単には行かなさそうだ。
結局、長々と考えている内にシャワーを終わらせ脱衣所に出る。
「あ……ごめん」
すると、ちょうどシャワーでも浴びに来たのか時雨さんと目が合う。
当然、風呂場から出て来たばかりの僕はまだ裸だ。
この時の僕の腕は韋駄天の如きスピードでタオルを取り下の粗末なものを隠した。
「いや、一緒に生活してるんだからこういうことだってあるよ」
「そ、そうかな……?」
だが、なぜか彼女が一向に出て行かず、むしろ僕の体をちらちら見ている気がする。
「えっと……何か、取らないといけない物でもある?」
「い、いや違うんだけど。槃って何かスポーツでもやってたの?」
「全然。やったことないよ」
つい昨日も時貞くんから同じ質問をされたが、やっていない。
そして、今度も不思議そうな表情を浮かべている。
「へぇ~その割に体はがっしりしてるし、腹筋も割れてるからてっきり何かやってるのかと思ったよ」
「……そ、うだね?」
自分の体を見る。
確かに、腹筋は割れている見事なシックスパックだ。
(いつ、割れたんだろう……?)
でも、僕には割るために運動した覚えも割った時の思い出もなかった。
「あたしも割れてるからわかるけど、運動もせずにその体は羨ましいよ」
「え、腹筋割れてるの?」
「うん、ほら」
そう言って、自分の服を持ち上げる。
確かに、綺麗に腹筋が割れている。
そういえば、いつぞやのループで僕を背負って工房まで向かってくれていた。
「……えっと、あんまり見られると照れるんだけど」
「あっ、ごめん!!」
急いで、顔を覆う。
すると、彼女も服を戻した。
「いや、いいんだよ。それにしても、槃はあたしに見られているのに全く照れないんだね」
「……まあ、僕が誰かの裸を見るのはダメだと思うけど、僕の裸が見られたところで減るもんじゃないから」
「そ、そうだけど……って、あたし何してんだろ。もう出るね」
そう言って、彼女は脱衣所を出て行った。
すぐ使うと思うので僕もさっさと体を拭き、着替えて出た。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
互いに挨拶を交わして、僕は学校に向かうのだった。




