第16話・王子様のアドバイス
一体、何回地面を転がされたのだろう。
十を超えたあたりで、数えるのはやめた。
僕と時貞くんとの訓練は主に彼と実戦的に戦うぶつかり稽古のようなものだった。
「まだまだっ!!」
転がされるたびに相当な精神負荷がかかるものの何度も持ち直して食らいつく。
単純な訓練だが、彼からある”課題”を出されている。
それは――
『考え続けること?』
『ああ、それだけだ。考え続けながら何度もオレに向かって来い』
とのことらしい。
ぶっちゃけ僕は馬鹿なので考えること自体があまり得意じゃない。
そもそもこれになんの意味があるのか――なんてことも考える必要はないかもしれないが考え続けている。
(……こういう所が馬鹿なのかもしれないけど)
でも、考え続けている内にわかって来たことがある。
それは、僕の攻撃と言うより突撃を相手がどう対処しているか毎回理由があるのだとわかって来た。
何より、時貞くんが持っていて僕に足りないものがよくわかる。
「……」
「なんで無言なんだよー!」
だけど、何より精神に来るのが相手が一言も話さないことだ。
僕を何度転がしても彼に反応らしいものはない。
ただ、淡々と来た僕を転がす。
その行為が、じわりじわりと心を締め付き始めて来たと感じた。
(この間合いをどうすれば突破できる……?)
何よりもきついのは僕は果たして正解を選んでいるのかがわからない。
今、僕が考えていることは実は全く見当はずれで、無駄なことをしているんじゃないか――
「……っ、とりゃぁ!」
少しヤケクソになった僕は直線的に機体を動かし、突撃する。
だが、相手の間合いに入った瞬間、彼は闘牛士のように僕の背後に回り込む。
そして、足を蹴り上げられバランスを崩した僕は再び地面を転がった。
僕も負けじと再び立ち上がると、彼の口が開かれる。
「オマエ、今考えるのを辞めたな」
「え?」
「……」
一言、彼はそう言って再び構える。
口を開くことはない。
(……今、なんて言った?)
考えるのを辞めた。
確かに、そう言った。
確かに彼の言う通り、今のはヤケクソな突撃だったと思う。
(でも……ずっと、無言じゃ僕があっているのかもわからな……)
そう考え時、ふとある考えにたどり着いた。
彼が求めているのは結果ではなく、考えることで得られる経験などつまり過程ではないかと言うことだ。
そもそも、雑魚オブ雑魚の僕では逆立ちしたって彼には勝てない。
(アイデアを出せ、時貞くんに通用する。そんな、方法を考え出すんだ)
だから、重要なのはそこじゃない。
勝つために考える、トライアンドエラーでとにかく試す。
「……見えてきた」
「ふっ」
気のせいか、笑い声が聞こえた気がする。
「てぇりゃぁ!!」
そして、今度も機体を直線的に突撃させる。
一見、先ほどの無謀な突撃と様相は変わらないように思える。
(で、止まる)
今まで、僕は相手の間合いに入って戦ってきた。
だが、僕の腕前では既に構えの終えた相手に向かっていくのは無謀。
だが、相手の間合いにギリギリ踏み込むその瞬間ブレーキをかけた。
(こうすれば、このブレーキがフェイントになって誘い出せるはず……!)
「……」
一瞬、相手の機体と目が合ったような気がした。
「ここだぁ……?」
そして、カウンターの一撃を放とうとした瞬間、気の抜けた声が口から漏れる。
何故なら、拳を放つべき場所には既に彼の機体の姿はなかったのだから。
「ふぐっ!?」
その時、腹部に鈍い衝撃が走る。
そして、再び地面を転がる瞬間に見えた彼の機体の姿。
何が起きたか、一瞬わからなかった。
(僕のブレーキが見え見え過ぎたんだ。ブレーキするってところに意識が引っ張られすぎた……)
だからこそ、相手は僕のフェイントを見越して懐に潜り込み鉄拳を打ち込んできたというわけだ。
その対応の早さにまたもやレベルの差を自覚する。
(なら、今度はギリギリまで予備動作を出さないように……!)
***
僕と時貞くんの特訓は苛烈を極めた。
実働時間は30分程度だったが、僕には何時間も戦っていたように思えた。
結局、あの後何度も何度も挑戦したが一矢すら報いることが出来ず、今は未来さんと交代してベンチで休憩している。
(時貞くん。疲れないのかな?)
モニターには彼と未来さんの訓練の風景が写し出されている。
僕はさっきの一連の流れでくたくたなのに、時貞くんに疲れている様子はなく軽々と彼女をあしらっている。
その時、ぼーっとモニターを眺めていると隣から声がかかる。
「やあ、訓練かい?」
「……え?」
突然のことに驚き、振り向くと思わず見上げてしまうほどの高身長女子が僕を見下ろしていた。
そして、あまりに中性的かつ整った顔に見惚れてしまい僕の動きが数秒硬直する。
「ああ、突然すまない。まずは、自己紹介からだったね。ボクは1年1組の天宮城 千時。君は?」
「あ、えっと……僕は1年4組の無涅 槃。よろしくお願いします。う、天宮城さん」
「千時で良いよ。でも、4組か……君が?」
不思議そうに僕の顔を覗き込む。
そして、流れるように僕の座っていたベンチの隣に座った。
(か、顔が良すぎる……!?)
思わず、顔を逸らしたくなるくらいのビジュアルの良さを前にして体が震えるのがわかるが、あえて逸らさずむしろ目を合わせにいった。
「……へぇ、君って本当に4組?」
「うん、そうだけど……何かある?」
「いいや、何でもない」
何か含みのある言い方だったが、僕がトップオブトップ雑魚である事実は変わらない。
(それにしても1年1組……僕たち3人しか残らなかった4組に比べて17人の生徒が残ったクラスか)
確かに顔だけ見てもエリートだと直感できる。
言うなれば、画風が違うというやつだ。
「その、千時さんも訓練?」
「ああ、そんな所だ。初日の事件があっただろう……あれを味わったらいてもたってもいられなくてね」
「あ、あ……あの、白いテクノイドのね」
「そうだ。最初はお粗末な動きだったが、後の素晴らしい動きはボクも驚いた。一度手合わせをしたいと思うくらいにね」
一瞬、お粗末な動きと言われて胸がチクッとしたが、後半に褒められてついニヤニヤしてしまう。
(……っと、待てよ。この人、1組ってことは少なくとも僕よりは強いはず、何か聞き出せないか?)
時貞くんには無無先輩に頼ることを止められていただけで、他の人に教えを乞うのは止められていない。
「あのさ……」
と言うことで早速僕は話を切り出した。
「うん、何かな?」
「千時さんって強い?」
「強い。ボクが自分で言うのも何だか変だけどね。断言する。紛れもなく、今の1年の中では一番強いよ」
憶測も何も混ぜることなく彼女はそう言い切った。
本当にそうだと確信している声色だった。
だが、それを言った瞬間の彼女の瞳には何か触れてはいけないものを感じ取った。
「僕、強くなりたいんだ。千時さんは訓練の時とか何か意識していることってある?」
「……」
「千時さん?」
数秒の沈黙、彼女は深く思案すると口を開いた。
「君のシンクロ率はいくつかな?」
「え、えっと……50だけど」
「なら、悪いことは言わない。他の4組の生徒のようにすぐ学校を去るべきだ」
「え……?」
彼女は冗談を言っているわけじゃないのは表情を見ればすぐにわかった。
そして、その言葉の中には悪意はなく純粋な善意だけが籠っていた。
「一昔前ならまだしも今はあまりにも情勢が悪い。つまり、いつ戦いになってもおかしくないんだ。一昨日のようにね」
「っ!!」
「そうなれば、君だってテクノイドに乗って戦うことになる。すると、どうなる?」
ちらついたのは、ループの中での記憶。
裏切り者によって呼ばれた十を超えるテクノイドに一方的にリンチされたあの光景だった。
「断言しよう。真っ先に死ぬと、そうなればきっと君の大切な人は泣き叫ぶことになるだろう。君の入った……いや、入ってすらいない棺桶の前で」
「それは、でも……」
「君はおそらく、国を守りたいとか誰かを救いたいとかそう言う崇高な志を持ってここに入学したんだと思う。だからこそ、今日まで残っている」
そう、僕は救世主になるためにここに来た。
救世主の育成の名門であるここでなら、可能性があると信じた。
「だが、別にここである必要はない。その志を叶える方法は他にもある。いっそのこと内陸のテクノイド科に行った方がいいかもしれないね」
「……でも」
テクノイド科は全国、大体の学校に設置されている。
その理由は、単純に技術者が足りないというのもあるが、真実は異なる。
通称『メシアの墓場』と呼ばれる救世主に成れなかった者たちの受け皿の役割も果たしているのだ。
「とにかく、わざわざこんな危険な場所にいる必要はない。そんな危険なところはボクたちのような人間が戦えばいい」
「……」
ぐうの音も出ない。
彼女の言う言葉は、まぎれもない事実が並べられていてそれを否定する材料は僕にはない。
ゆえに、一言一言が鋭い槍のように僕の心に突き刺さった。
だけど、それだけじゃないのを僕は知っている。




