第13話・馬鹿のストラテジー
4月4日14時14分――
僕は再びここに帰って来た。
「う、あぁぁぁぁ!!」
相変わらずの叫びを上げる。
こればかりは仕方がない、辛いものは結局辛いのだ。
だが、すぐに気を取り直し上体を起こす。
「……どうしたんだい?」
三度目ともなると先輩の反応にもそろそろデジャブを感じるようになってきた。
「いいえ……悪い夢を見てきたところだったんです」
「そ、そうなのか、その割にテンションが高くないか?」
「今日はいい夢を見られそうなんですよ」
ついうっかりループのことを漏らしそうだった口を閉じながら、僕は手を振って工房を後にした。
「……本当にどうしたんだ?」
その背中を何も知らない彼女は不思議そうに見つめていた。
***
フロントにつくと、相変わらず奇妙な服装をしている時雨さんが座っていた。
「やっほー!新入生?」
「はい。入寮したいので、チェックインを済ませたいんですけど」
「うん、わかった。それじゃあ、寮母さん呼んでくるね」
そう言って彼女が席を外した隙に深呼吸として気持ちを整えた。
彼女に呼ばれた和華さんは一度目に会った時と同様に落ち着き払っていて、これからあんなことをする人には到底見えない。
「入寮ですね。それじゃあ、こちらの紙に記入をしてください」
「はい」
慣れた手つきで、必要事項を記入し鍵を受け取る。
その瞬間、僕は鍵ではなく彼女の持ち手を掴んだ。
「ちょ、何をしてるんだ君!」
これまでの時間で僕を手伝ってくれた時雨さんもこの時間では記憶がない。
彼女の視点からすれば、急に手首をつかんだヤバい奴だ。
当然、和華さんも困惑している。
「……この鍵のストラップについて今すぐ話がしたいんですけど、後ろの部屋で話せますか?」
だが、この一言と同時に彼女の表情が一変した。
先ほどまでの和やかな笑顔から、能面のような真顔に変わったのだ。
しかし、すぐに笑みを浮かべる。
「ええ、よろしくて……時雨ちゃん。私、ナンパの誘いを受けるからここを任せていいかしら?」
「え?い、いいけど……」
「ありがとう。それじゃあ、エスコートを頼めるかしら?」
「……喜んで」
その終始余裕そうな態度に背筋が凍るのを感じた。
そう言って、僕は前の時間で彼女が自殺したあの部屋に踏み込んだ。
「……それで、話って何かしら?ま、聞くまでもない気がするけど」」
「はい、あなたが既に裏切り者であること、タイムマシンの情報を中国に送ろうとしているのも既に知っています」
対面した彼女は椅子に座り、あの時と同じくボタンもすぐ近くにある。
あれを押されれば今度は迎撃システムが破壊され、瞬く間にここは戦場になるだろう。
「へえ、全部知っているのね」
「そのボタンが中国へすぐ情報を送るための物であることも」
「ふふっ、面白いわ。なら、どうしてそれがわかっているこの状況で私をここに座らせたのかしら?すぐ、押せちゃうわよ」
そう言いながら、彼女はスイッチを撫でる。
「それが、僕の話を聞いてもらうための誠意だと思ったからです」
「自分は先に情報を持っているから……って、正々堂々のつもり?いいわ、聞いてあげる」
僕の勝利条件は中国に情報を遅らせるのを防げばいい。
だが、救世主になるためにはそれだけではいけない。
進むのは、全ての人を救う救済への道だ。
「お願いします。中国へタイムマシンの情報を送るのをやめてください」
「……単刀直入ね。それに、なるほど……私の情報を知っていたのもそういう事ね。でも、それでやめてもらえると本気で思ってるの?」
「……いえ」
「でしょうね、ていうか私がここであなたを殺す……もしくは、無力化してタイムマシンを使わせないようにするとか考えなかったのかしら」
そう言って懐から現れたのは、前の時間で彼女自身の命を奪った拳銃だった。
それを見て、僕はつい苦い顔をしてしまう。
「可愛い顔……それで、ここからどうするつもりなの?」
「……こうします」
拳銃を突き付けられた状況で、僕は態勢を変える。
「……なんのつもり?」
彼女の口から出た一言は本当に得体の知れない何かを見たような反応だった。
そう思うのも無理はない。
なぜなら、彼女の前で僕は土下座していたのだから。
「色々、ごちゃごちゃ考えました。でも、結局僕は馬鹿なので……いい考えが思いつきませんでした」
「だ、だからって土下座なんて……」
始めて彼女の動揺した声が聞こえた気がする。
はたから見ればこの状況は拳銃を突き付けられている僕が命乞いをしているようにしか見えないだろう。
だが、この時の僕には本当にこれがベストだと思っていた。
「妹さんのこと知ってます。あなたがそれでスパイになっていることも」
「そう、ならわかっているはずよ。それとも、あなた達が生きるために妹に犠牲に成れって言うの?」
「いいえ、違います。僕は和華さんに報告しないで欲しいと言っているんです」
「……確かに報告をしなければ中国側からの干渉はないわ。でも、妹も解放されない」
それは、予想通りだ。
彼女が襲撃者たちを呼ぶのは決まって僕がタイムリープが成功したと確信を得た時だけだ。
それは、これまでのリープが証明している。
「だけど、あなたが最も回避すべきなのは報告したうえで失敗すること……違いますか?」
「……ええ」
「僕はあなたがたとえ呼んだとしてもタイムリープして何度でもやり直します。ここで撃たれようが、這ってでもタイムリープします。頭を撃ちぬかれようが、心臓が潰れようが、タイムリープしてみせます」
心苦しいが、暗に報告しても失敗すると伝える。
決して諦めないと、彼女だけでなく僕自身にも誓いを立てた。
「脅しているつもり?」
「違います。ここで、あなたが自殺してもタイムリープします。あなたの妹が死んでもタイムリープします。たとえ、周りに止められてたとしても……すべてを救うまでタイムリープし続けます」
頭を上げる。
自然と目が合った時、僕には彼女が誰かに救いを望んでいるような気がした。
「……それで、もし私がやめたとして妹が助かる保証はあるの?」
その一言は、何かを待っているようにも感じられた。
だが、それを出すのは不可能だと両者理解している。
だから、偽らず首を横に振った。
「なら、あなたの口から出たのは全て理想論よ。理想だけじゃ、何も救えない。それに、私にとってあなたは悪よ。そんな言葉じゃ、私は動かない」
「……だけど、人は善悪だけじゃ動かないと言ったのもあなたのはずだ!!」
「っ!?」
この時間の話じゃない。
今の彼女が言っていないのもわかっている。
だけれど、同じ人物ならその言葉の意味が何よりも突き刺さるはずだ。
「……でも」
「わかってます。こんな言葉じゃ慰めにもならないって……だけど、いつかあなたの妹だって助けて見せる。たとえ、銃で体がハチの巣にされようが、爆撃に身をさらされたとしても」
「それが、理想論だって言ってるのよ!!」
部屋で発砲音が響く。
だが、せいぜい僕の頬を掠った程度だ。
僕は、眉一つ動かさないし、目を閉じたり、恐怖に怯えることもなかった。
「どうして、そこまで……?」
彼女の声が強い困惑に変わる。
一見、僕の言っていることは口先だけのものに聞こえるだろう。
だが、僕がこれまでのループで実際に経験。
そして、先ほどの銃撃が僕の言葉を真に迫る物へ変貌させていた。
大きく息を吸う。
「僕が、僕こそ救世主になる男だからです!」
その魂の震えをそのまま口に出したような声が出た。
こんなの、何にも根拠になっていない。
だけど、僕が本気でその理想論を実現させようとしているのかだけはわかって欲しかった。
「救世主になる。それが、根拠だって言うの……?」
「はい」
「私に、それを信じろって言うの?」
「はい……僕だけがいくら頑張っても救世主にはなれません」
ここに来るまで誰かの力を借りなかったことはない。
なにより、最後に手を貸してくれたのは目の前の彼女自身の言葉と行動だ。
「僕を!僕を、この場にいる全員とあなたの妹とあなたが呼ぶ襲撃者たち……みんなの救世主にさせてください!!」
力強く頭を下げた。
作戦なんてあってないようなもんだった。
結局、僕がしたのは少しの説得と力いっぱいの土下座だけだ。
だけど、人は善悪だけでも、ましてや根拠だけで動くものじゃない。
「……あなたの勝ちよ」
思いで動くことだってあるのだ。
前回も聞いた僕の勝利を告げる一言、思わず顔を上げる。
彼女は、拳銃を机に置き笑顔で僕に手を伸ばす。
「私たちの救世主様」
「……はいっ!!」
その笑顔は、これまで見た何よりも眩しく見えた。
彼女の手を取り、立つ。
僕たちを散々苦しめた今回の事件。
何度も血が流れ、涙を流し、苦痛にまみれたこの戦いは最初から起こらないことになった。
だが、これで確かに救われたものがある。
「……聞いてた?」
「ばっちり」
全てを終えて部屋を出ると、座っている時雨さんと目が合った。
「お疲れ様」
「お疲れ様ってどうして?」
「だって、君めちゃくちゃ顔疲れてるし、その割に晴れ晴れとした表情しているんだもん」
「ははっ、なにそれ……うっ」
久しぶりに笑えたなと思ったその瞬間、体が倦怠感を訴え始める。
無理もない、何度もタイムリープしていたから気づかなかったが精神的な疲労がたまっていたのだ。
「ちょ、君!?」
「……」
そのまま、僕は糸が切れたようにその場で意識を失ってしまった。
「あらあら……全く、救世主様はお疲れのご様子ですね」
意識が完全に切れる前に見た彼女は何か憑かれていたものが消えたような表情をしていた。
***
「……ここ、どこ?」
すっかり寝ぼけた頭を右往左往と振り回していると、どこからか声が聞こえた。
「さっきまでいた場所のことを忘れたんですか?」
「和華……さん?」
優しい声はどうやら彼女から届けられたものだったらしい。
「ええ、槃くん。もう、夜ですよ。目覚めたらさっさと、自分の部屋に行ってください」
眠い目をこするとやっと顔の輪郭が浮かび上がって来た。
すると、まだ正常に動き切っていない頭は唐突に彼女へ質問を出力した。
「……そういえば、和華さんってハッキングも出来たんですね」
「何の話かしら?」
「いや、だって……えっと、ああ今日か。今日の朝の襲撃で迎撃システムをダウンさせてたじゃないですか」
元はと言えば、あの事件があったからこそ僕はメサイアに乗って初めてのタイムリープをした。
幸いにも先輩がハッキングでシステムを再起動させていたが、その際に彼女の抵抗があったらここまでスムーズには行かなかっただろう。
「何言ってるの?私はハッキングなんてできないわよ。ていうか、あれ私も驚いたのよ。何もしていないのに何か来たんだから」
「……え?」
さっきまでちょうどいい湯につかっていたはずの脳みそに冷水がぶっかけられるような衝撃が走った。
それと同時に、先輩の会話が脳内によぎる。
『ああ、寮よりもこっちの方が便利でね。鍵は一応持っているんだけど今では、外にいるよりも工房にいる時間の方が長い』
急いで僕は工房に走った。
勢いよくエレベーターを降り、驚いた表情の彼女と対面する。
「せ、先輩!!今日の朝、入学式が始まる前にどうして工房の外に出ていたんですか!?」
「そんな急いで、急にどうしたんだ少年?」
「お願いします。教えてください!!」
何か重要な見落としがある気がした。
爆弾の時もそうだ、初日の手際の良さとは雲泥の差と言えるほど腕前の差があった。
「呼び出されたんだよ」
「え?」
「昨日、わざわざ手紙で呼び出されてね。あそこで待っててほしいって」
「さ、差出人は?」
「わからないけど……それが、どうしたんだい?」
――心臓が掴まれたみたいに痛くなった。
これにてディストピア社会主義編は完結です。
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