第12話・真救世主誕生のトリガー
それほど広くないこの部屋で僕は裏切り者と判明した寮母である阿母 和華さんに拳銃を突き付けられていた。
「……本当に似合わないですよ」
「あら、極道映画で極道の妻が拳銃を突き付けてる所とか見たことないの?」
「妻って年齢にも見えないですし、それは怖い人が持つから怖いんですよ」
「あら、私は怖くないと」
これまで、銃を突き付けられたことは何度かあった。
そのたびに、心臓が押しつぶされるような圧迫感、緊張感、そして恐怖があった。
でも、彼女が僕に銃を突き付けて来ても不思議と全く怖くなかった。
その時、僕のポケットに入っていた携帯が震える。
「携帯震えてるけど出なくていいの?」
「怖くないと言っても、流石に拳銃を持っている人の前で携帯には出ませんよ」
端末は見ずに指だけで電話を切った。
「一つ聞かせてください」
「何かしら?」
「……和華さんは、襲撃者たちを手引きして何も感じなかったんですか?」
彼女ほど聡明な方だ。
手引きをしたことで、この学校の人々がどうなるかは想像つかないはずがない。
「ふふっ、何も思わなかったわ。思うはずがないでしょう」
「……」
目は口程に物を言う。
彼女の気持ちは口からではなく頬に流れる雫が物語っていた。
その表情を見て僕はつい渋い顔を見せてしまった。
「……そうですか。無駄な質問でしたね」
「全くよ。それで、救世主様はここからどうするのかしら?もしかして、連絡を止められると思ってるの?」
「もちろん。じゃなきゃ、こんな奇襲を仕掛けた意味がない」
相手は拳銃を持っているとはいえ、この間合いならまだ何とかなる。
それはおそらく相手もわかっているはずなのに彼女の笑みは消えなかった。
「そう、良かったわ。なら、これが一回目なのね」
「っ!?」
不穏な一言共に発砲される。
思わず身を屈めるが、放たれた銃弾は僕に掠りもせず明後日の方向へ飛んでいくだけだった。
それと同時に彼女は座っていた場所のすぐ近くにあるスイッチを押した。
「……やっぱり、何も起こらないのね」
彼女はあらかじめわかっていたような、諦めの混じった笑みを漏らした。
「そ、そのスイッチ何なんですか!?」
「これはね、中国へメサイアの情報を送ると同時に迎撃システムを無効化する。事前に作っておいたショートカットキーよ」
「そんなものまであったの!?」
だが、メサイア云々はともかく迎撃システムの方は問題がないようだ。
どうやら、時雨さんの方がうまく行ったらしい。
***
槃が和華の元に行く少し前――
迎撃システムの所で爆弾を見つけた僕たちはそのままにしておくわけにもいかず、対処方法を考えていた。
その時、唐突に彼女がこんなことを言い出した。
「これ、あたし解体できるよ」
「え、マジ?」
「大マジのマジで」
やり取りは雑だが、彼女は冗談で言っているわけじゃないようだ。
だが、ここまで行くと爆弾の解体から中国語まで理解できる彼女の方が裏切り者よりも怖くなってきた。
「……実は時雨さんってどこかのスパイとか?」
「スパイがワイシャツ、ミニスカ、エプロン、黒タイツでいると思う?」
「いないと思う」
正直、誰も突っ込まなかったから僕も慣れ始めて来たけど改めて本人の口から言われるとそのヤバさがわかる。
しかし、今重要なのはそこではない。
「それで、本当なんだよね。爆弾の解体ができるって」
「うん、流石に本職の人が作ったような物は無理だけど、これなら作りが甘いし、これだけの数があっても数分あれば問題ないよ」
「おー!」
「でも、解除するってなったら物音もするし流石に気づかれちゃうと思う」
おそらく、ここにも盗聴器の類が仕掛けられている可能性が高い。
それにここまでの経験からして、相手が油断ならないのは間違いない。
何か、奥の手のようなものを隠し持っている可能性も高い。
「なるほど……なら、僕がそれまで時間を稼ぐよ」
「え、出来るの?君って口下手ってわけじゃないけど、得意ってわけでもないだろ?」
「うっ……ま、まあ任せてよ。秘策がある」
そう、僕は自信満々に言った。
***
「あの連絡は全ての爆弾が解除された合図だったのね」
「ええ、実はずっと肝が冷えてましたよ」
いつ、連絡が来るかわからない状態で僕は限りなく時間を伸ばそうと長々と推理を語った。
工房に寄った時に相談した無無先輩の入れ知恵で
だが、それすらも相手には見透かされていた気がする。
「あと、対人用の迎撃システムは既にダウンしていたので、一度工房によって手動でシステムを動かせるようにもしました」
と、無無先輩が言っていた。
「……これで、迎撃システムが無効化されていないことを知らない奴らはノコノコと来て全滅ってことね」
「ええ、特殊部隊が来ようがテクノイドが来ようが全滅です」
「……詰みね」
今回、意図せずではあったが、彼女に兵士を呼ばれてなお勝ち切ることができた。
要するに現在の戦力で勝てないなら、装備を強くしようということだ。
そして、重ねたループによってどこから敵が来るのかも既にわかっている。
「お願いします。大人しく投降してください」
「ふふっ、今更投降してどうなるの?私は作戦に失敗し、おそらく妹は殺されるわ。見せしめとしてね」
「……はい」
「ふふっ、ごめんなさい。あなたの困った表情が可愛くて、少しからかいたくなったの」
彼女にとって今は最悪の状況のはずだ。
だが、彼女の表情は苦悶に満ちる様子はなく、むしろ深い安堵が感じられた。
「……投降はしないわ。言ったでしょ、私は諦めが悪いの」
「っ……」
「もし、私が捕まれば妹は確実に死ぬ。だけど、ここで私が死ねば国は同情を誘うプロパガンダとして妹を生かすかもしれない……!」
次の瞬間、彼女は流れるような手際で銃の先をこめかみに向ける。
「あなたの勝ちよ。救世主様」
そして、僕が制止の声を上げる間もなく撃ちぬいた。
「……あっ、ああ」
その光景がかつての彼女の死の風景と否が応でも重なる。
濃厚な血の匂いは、僕の脳をチリチリと焼いているようにも感じられた。
「僕の……勝ち」
その一言僕の中で強く嚙みしめる。
どうしても、僕には最後の彼女の一言が最大級の皮肉のようにも聞こえた。
だが、これによって襲撃者たちは倒され、裏切り者も死に、同級生は全員無事に、僕も救世主としての道を進む。
後味は悪いが、放っておいてもこれで僕たちが望んだ明日がやってくる。
なのに、なのに――!!
(何で、僕は走ってる!?)
自分でも何がしたいかわからなかった。
でも、思考を超えた震える魂が僕に行けと叫んでいた。
行き先も定まらぬまま、走り続けると気づいたら工房にたどり着いていた。
「少年?どうしてそんな、焦って……迎撃システムの方は何も問題はないぞ」
「はぁ、はぁ……乗せてください」
「本当に、どうしたんだ?」
息が切れてうまく話せない。
だけど、今度は力いっぱい叫んだ。
「僕をメサイアに乗せてくださいっ!!」
「……言っておくが、君がわざわざこれに乗って出る必要はない。迎撃システムと来る軌道さえわかれば十分対処可能だからね」
「そ、それ……それでも、乗せてください!!」
何故か頑なにメサイアに乗せてくれと主張する槃に彼女は眉を顰める。
「もしかして、タイムリープをする気なのか?」
「……わかりません。でも、乗らなくちゃいけない気がするんです!!」
「じゃあ、乗って何をする気なんだ?」
「そ、それは……」
僕は何も答えられなかった。
「許可できない。君の話によれば、今が最もいい未来だ。これ以上、不用意に過去を変える必要はない」
ぐうの音も出ない。
僕もこれが最もいい未来に繋がっていると思う。
「……もう一度言う。許可できない」
「っ、お願いします。お願いします!!」
頭を下げて懇願する。
――はあ、と言うため息が聞こえて来たと同時にコックピットが開く音がした。
「結局、未来を選ぶのは君だ。その君が望むなら私にはこれ以上止める権利はないよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「うん、ただ一つだけ忠告する。どんな未来になっても、それを背負うのは変えた君自身だ。それだけは、忘れるな」
真剣な表情な彼女と目が合う。
僕は、強く頷いて返答した。
『コード認証、シンクロ開始……成功しました。メサイア改、起動完了』
シンクロナイズを装着し、メサイアとのリンクを開始する。
機体の両眼に光が灯る。
「メサイア発進!!」
その一言同時に機体は地上に送り出された。
地上では、既に迎撃システムによって襲撃者に向けて攻撃が始まっていた。
数十発のミサイルが放たれ、そのとてつもない轟音に校内もざわつき始めている。
そこで、僕は何の理由もなくメサイアに乗りその後衛を眺めていた。
「……こんなのが僕の求めていた。未来なんだ」
落ちていく敵機、一方的な蹂躙である。
僕たちを散々苦しめたそれらが倒されていくのを見ても全く気分はよくならない。
むしろ、目を背けたい気分だった。
けど、間違いなくこれで皆は救われる。
「僕は本当にこの光景が見たかったのか……?」
嬉しくなるべきはずなのに、僕の心はその光景を見ても嫌悪感しか示さない。
なぜ、メサイアに乗ったのか理由はさっきまでわからなかった。
でも、今ならわかるような気がした。
「違う!!」
欲しかったのは、こんな未来じゃなかった。
これまでのループを体験した僕だからこそこんな惨劇を肯定していいはずがない。
僕が求めた救済の果てがこんな光景であっていいはずがない。
「僕は救世主になる。だから……!!」
今一度、自分の未来を夢想する。
「救済への道は見えた!!」
操縦桿を強く握る。
赤いボタンを押すと三度目のループで中々引けなかった記憶が思い起こされる。
相変わらずの死の恐怖が、僕の腕を引っ張って離さない。
「うっ、うううううううう!!」
その時だった。
必死な脳裏にちらついたのは和華さんの死ぬ間際の光景だった。
彼女は、目の前で死のトリガーを引いた。
それは、それをすることで妹が救われると僅かな可能性でも信じたからだ。
「っ……!!」
なら、僕も信じれば行けるはずだ。
全員を救えるご都合的な未来の可能性をわずかでも信じるなら――
死の恐怖だって乗り越えられる。
これは、メサイアが発進するためのものではない。
この行為は、神への挑戦であり、僕の死のトリガーでもある。
これによって、トリガーを引いた今僕は動き出した両脇の金属の板に押しつぶされて生涯を終える。
最初と同じだ。
「……奇遇ですね。僕も諦めが悪いんですよ」
もうすぐ死ぬと言うのに、僕の表情は晴れ晴れとしたものになっていた。




