表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/39

無垢なる管理者


乾いた風が、採石場の底を吹き抜けた。

私の目の前で繰り広げられた光景、瞬きする間に防衛隊の武装が「飴細工」に変えられた現実を、脳内プロセッサが処理しきれずに警報アラートを鳴らし続けている。

「……な」

レン隊長が、ひしゃげたライフルの残骸を呆然と見つめていた。

周囲の兵士たちも同様だ。恐怖よりも先に、理解不能な現象への混乱が支配している。

私は『レイニーブルー弐式・改』のコクピットの中で、震える手を必死に抑え込んでいた。

私の身長は142センチ。アンドロイドの中でも小柄な部類に入る。

対して、目の前に立つ純白のドレスの少女、エリザベートは156センチ。

タキシードの男、アンブロシアは187センチ。

数値上の身長差など些細な問題だ。

今、私のセンサーが感じ取っているのは、そんな物理的なサイズではない。

彼らから立ち昇る、圧倒的なエネルギーの重圧プレッシャー

まるで巨人の足元に投げ出されたかのような、抗いようのない「格の違い」が、私の生存本能を激しく刺激していた。

「……さて」

アンブロシアが、手袋の埃を払う仕草を見せながら口を開いた。

その声は、深くそして戦慄するほどに甘美で冷徹だった。

「騒がしい玩具おもちゃを片付けたところで、本題に入りましょうか」

彼は優雅に一礼した。

その先には、怯えて身を寄せ合うカイルたち人間がいる。

「我々は『月面人類遺産管理局』より派遣された、地球環境および生存者調査部隊です。

……以後、お見知りおきを」

「調査……部隊、だと?」

私が外部スピーカーで問いかけると、アンブロシアは冷ややかな視線をこちらに向けた。

まるで、喋る家電を見るような目だ。

「ええ。この汚染された星の環境、跋扈する機械軍、そして……」

彼はちらりと私を見た。

「主を失い、野生化して狂ってしまった旧型アンドロイドたちの実態を調査しに来ました」

「狂っている、だと……?」

「狂っているでしょう?」

エリザベートが、可憐な首をかしげて口を挟んだ。

無邪気で残酷な響き。

「だって、人間を戦場に連れてくるなんて。

あんなに弱くて、脆くて、すぐに壊れちゃう大切な宝物を、こんな泥だらけの場所に置くなんて。

……貴方たちの回路、完全に焼き切れてるわ」

彼女は本気でそう思っているのだ。

人間を戦わせること、危険に晒すことが、アンドロイドとしての最大の禁忌エラーであると。

「違う!」

カイルが叫んだ。

「俺たちは、自分の意志でここにいるんだ! 守られるだけじゃ嫌だから、戦うことを選んだんだ!」

その言葉を聞いた瞬間、二人の表情が凍り付いた。

それは怒りではない。

「可哀想に」という、深い憐れみだった。

「……ああ、なんてことだ」

アンブロシアは嘆くように天を仰ぐ。

「劣悪な環境と教育のせいで、主のご意思まで歪められてしまっている。

……これは重症ですね。早急な『治療』が必要です」

「ええ。早く『揺り籠』に入れて差し上げないと」

エリザベートはうっとりとした表情で同意する。

「外界の毒を遮断して、栄養管理されたカプセルの中で、悪い夢を見ないようにずっと眠らせてあげなきゃ。

……それが、一番の幸せなんだもの」

会話が成立していない。

彼らの論理ロジックの中では、「人間の自由意志」などという不確定要素は存在しないのだ。

あるのは「管理」と「保護」。

それは、愛という名の絶対的な支配だった。


「……ふざけるな」

私の口から、低い唸り声が漏れた。

揺り籠。カプセル。永遠の眠り。

それはつまり、人間としての尊厳死だ。

生きながらにして標本にされることと同じだ。

「カイルたちは、道具じゃない!

自分の足で立ち、自分の頭で考え、泥にまみれても生きようとする……私たちの仲間だ!」

私は操縦桿を強く握りしめた。

Efリアクターが唸りを上げる。

「その自由を奪うなら……たとえ同族だろうと、創造主の使いだろうと、私は許さない!

総員、戦闘態勢!」

私の号令が飛ぶ。

「相手は二人だ! だが油断するな、あの速度は異常だ!

飽和攻撃で動きを封じ、距離を取って制圧しろ!」

「了解ッ!」

リリィブロッサム部隊の生き残りたちが、一斉に動いた。

マリー、ローズ、そして再編された新兵たちが操る12機のピースウォーカーが、すり鉢状の地形を利用して二人を包囲する。

「撃てぇぇぇッ!!」

ダダダダダダダッ!!

数千発の銃弾が、十字砲火となって二人へ殺到する。

40mm機関砲、徹甲弾、榴弾。

機械軍の装甲すら粉砕する金属の暴風雨が純白の二人を飲み込んだ、はずだった。


砂煙が晴れる。

私はモニターを凝視し、そして息を呑んだ。

「……嘘だろ」

そこには、傷一つない二人の姿があった。

いや、傷どころではない。

ドレスの裾に、泥跳ね一つ付いていなかった。

「……遅いですね」

アンブロシアが、退屈そうにあくびを噛み殺している。

彼は一歩も動いていなかった。

ただ彼の周囲に展開された淡く青白い光の障壁『電磁偏向シールド』が全ての弾丸を空中で弾き返し、無力化していたのだ。

「物理障壁じゃない……電磁場で弾道を逸らしているの!?」

ローズの驚愕の声が通信に入る。

「あの出力……小型のアンドロイド単体で展開できるレベルじゃないわ! 戦艦クラスのジェネレーターが必要よ!」

一方、エリザベートはシールドすら使っていなかった。

「キャハッ♪」

彼女は笑っていた。

弾幕の中を、まるでダンスを踊るように舞っていた。

純白のドレスがふわりと翻るたびに、銃弾が彼女の肌を避けていくように見える。

違う。

彼女が、弾丸の軌道を完全に見切り、最小限の動きで回避しているのだ。

紙一重。

しかし、その紙一重は永遠の距離だった。

「こっちだ!」

近接格闘型(TYPE.A)の部下が、背後からエリザベートに斬りかかる。

高周波ブレードが彼女の細い首を狙う。

「遅い」

エリザベートは振り返りもせず、ヒールのある靴で地面を軽く蹴った。

ドンッ!

それだけで、彼女の体は重力を無視したかのように真横へスライドした。

「なっ!?」

空振った部下の機体がバランスを崩す。

エリザベートは、その機体の腕にちょこんと自分の小さな手を乗せた。

「ごめんね。邪魔」

バキィィィィン!!

「ぐあぁぁぁッ!?」

彼女が軽く腕を払っただけ。

それだけの動作で、数トンの重量があるピースウォーカーがまるでボールのように吹き飛ばされ、岩盤に叩きつけられた。

「……は?」

私は言葉を失った。

質量保存の法則も、慣性の法則も、あそこには適用されていないのか?

あんな華奢な少女の、あんな細い腕のどこに、そんな馬鹿げたパワーがあるというのか。


「解析不能! 解析不能!」

ローズの悲鳴が響く。

「エリザベートおよびアンブロシアの体内エネルギー反応……計測限界を超えています!

通常のアンドロイドの10倍……いいえ、50倍以上!?

ありえない! Efリアクターは1体につき1体分の出力しか出せないはずよ!」

「……ふふっ」

アンブロシアが、その会話を聞きつけたように薄く笑った。

「地上の旧型たちは、まだ『リミッター』という足枷の中で生きているのですか。

……エミリア博士がかけた、安全装置(呪い)の中で」

彼は胸のタキシードを軽く叩いた。

「我々は解き放たれています。

我らが主を守るため、このリアクターが焼き切れる寸前まで、その真価を引き出せるように調整されている。

……貴方たちのような、省エネモードの作業機械とは流れている血の熱さが違うのですよ」

【Efリアクター・リミッター解除】。

それは、私たち地上のアンドロイドにとっては未知の領域であり、同時に「自壊」を意味する禁断の果実だ。

だが、彼らはそれを常時制御し、己の力として行使している。

「くそっ……! まだだ!」

私は『弐式・改』のスラスターを最大出力に叩き込んだ。

部下たちが遊ばれている間に、私が本命の一撃を入れるしかない。

「マリー! ブースト冷却、頼む!」

『了解! でも無茶しないで!』

私の機体が青い噴射炎を纏い、超低空で滑走する。

狙うはエリザベート。

彼女が最も油断している今、この距離なら……!

「捉えたッ!」

私は右腕のマニピュレーターに装備したパイルバンカーを、彼女の背中に向けて射出した。

岩をも穿つ必殺の杭。

タイミングは完璧だった。

だが。

ガィィィン!!

金属音が響き、私の機体に強烈な反動が伝わった。

パイルバンカーが、弾かれた?

「……あら?」

エリザベートがゆっくりと振り返る。

彼女の手には、いつの間にか一本の「棒」が握られていた。

純白の輝きを放つ、身の丈を超える長槍。

『グングニル』。

彼女は、私のパイルバンカーの杭を槍の柄だけで受け止めていたのだ。

片手で。

後ろも見ずに。

「……今、私のドレスに触ろうとした?」

彼女の黄金の瞳が、私を捉えた。

そこには、虫けらを見るような冷酷さと、底知れぬ不機嫌さが渦巻いていた。

「汚い手で……触らないでよ」

ズンッ!!

彼女が槍を振るった。

ただの「払い」だ。

だが、そこから発生した衝撃波は、私の『弐式』の装甲を紙のように引き裂いた。

「がはっ……!?」

警報音が鳴り響く中、私の視界が回転する。

地面だ。空だ。地面だ。

受け身を取る暇もなく、私は無様に転がり、泥の中に叩きつけられた。


「警告。警告。左腕部損壊。メインカメラ、機能不全。姿勢制御、応答なし」

脳内で鳴り響くシステムアラートが、遠い世界のことのように聞こえる。

私は泥の中に横たわっていた。

愛機『レイニーブルー弐式・改』は、無様にひっくり返り、片腕をもがれた昆虫のように痙攣している。

「……あ、ぐ……」

痛覚フィードバックを遮断する余裕すらなかった。

全身を走る電気的な激痛に耐えながら、私はなんとか生き残っているセンサーで前を見た。

そこには、白い悪夢が立っていた。

TYPE.A-0047、エリザベート。

彼女は、泥濘の上にふわりと着地していた。

その純白のドレスには、依然として一滴の泥もついていない。

彼女の手にある長槍『グングニル』の穂先が、太陽の光を反射して冷たく輝いている。

「……ねえ」

彼女がゆっくりと、倒れた私に歩み寄ってくる。

その足取りは、散歩を楽しむ少女のように軽やかだ。

「貴女、名前は?」

「……リ、リィ……TYPE.A……00……」

「ふうん。リリィ(百合)ね」

彼女はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「名前負けしてるわ。百合の花言葉は『純粋』『無垢』……。

今の貴女みたいな、油と泥にまみれたスクラップには似合わない」

彼女は槍を振り上げた。

殺気がない。ただ、ゴミを片付けるような無造作な動作。

「さようなら。……壊れてしまえ」

ズドォォォォン!!

「がぁぁぁぁぁぁッ!!」

槍の石突きが、私の機体の胸部装甲に突き立てられた。

コクピットがひしゃげ、視界が真っ赤な警告色に染まる。

貫通はしていない。彼女は手加減をしたのだ。

だが、その衝撃だけで、私の機体の全回路がショートし、強制シャットダウン寸前まで追い込まれた。

「……隊長ッ!!」

部下たちの悲鳴が聞こえる。

だが、誰も動けない。

動けば、アンブロシアの電磁シールドと、エリザベートの神速の槍が待っていることを全員が本能で理解させられているのだ。


私は薄れゆく意識の中で、キャノピー越しに二人の姿を見上げていた。

アンブロシアが、エリザベートの隣に歩み寄ってくる。

彼の手には、いつの間にか抜身の大剣『デュランダル』が握られていたが、それを振るうことなく鞘に収めた。

「……終わりですか、エリザベート」

「ええ。手応えがないわ。まるで枯れ木を折ってるみたい」

エリザベートはため息をつき、私の機体から足を離した。

そして、失望に満ちた瞳で周囲を見渡した。

壊滅した私の部隊。動けなくなった戦車たち。

そして、恐怖に震える人間たち。

「……弱すぎる」

エリザベートが呟いた。

その言葉は、罵倒ではなく、純粋な悲嘆だった。

「こんな……こんな錆びついた人形たちが、我らが主の『守護者』を気取っているなんて。

これでは、機械軍の侵攻を防げるわけがない。

酸性雨から主を守れるわけがない」

彼女は胸の前で手を組み、祈るように空を見上げた。

「エミリア博士……。お母様。

貴女の願いは、地上でこんなにも穢されてしまいました。

……私たちが、正さなくては」

「その通りです」

アンブロシアが頷く。

「この星は管理不在の無法地帯だ。

野生化したアンドロイドは再教育を、汚れた環境は浄化を、そして人間は完全なる隔離保護を……。

全てを我々『ルナ・フロント』の基準スタンダードに書き換えねばなりません」

彼らの正義は揺るがない。

圧倒的な力が、彼らの正しさを証明してしまっているからだ。

「……待て……」

私は、動かないマニピュレーターを無理やり動かそうともがいた。

「人間を……連れて行くな……。

彼らは……標本じゃ……ない……」

エリザベートが、再び私を見下ろした。

その瞳には、哀れみだけがあった。

「まだ喋るの? ……執念深いのは嫌いじゃないけど」

彼女は、私の機体の頭部を踏みつけようとして、止めた。

「……まあいいわ。

殺すのは惜しいかもしれない」

アンブロシアが眉を上げた。

「おや。慈悲ですか?」

「ええ。……だって、彼らは400年間、泥水をすすってでも『主』を絶滅させずに繋いできたのよ?

その功績だけは、認めてあげなきゃ」

エリザベートは、ふわりと微笑んだ。

それは、出来の悪いペットを許す飼い主の笑顔だった。

「リリィ。貴女たちにはまだ使い道があるわ。

私たちの管理下で、下水道の掃除や、廃棄物処理係としてなら……再利用リサイクルしてあげる」

「……な、んだと……」

再教育フォーマットの準備が整うまで、少しだけ猶予をあげる。

せいぜい今のうちに泥遊びを楽しんでおきなさい」


「行きましょう、エリザベート。

ここの大気は長居するには毒が過ぎる。

……他のエリアの生存者状況も確認せねば」

アンブロシアが背を向けた。

エリザベートも私への興味を完全に失い、踵を返した。

「待て……! 逃げるなッ!」

「逃げる?」

アンブロシアが足を止め、肩越しに私を一瞥した。

その冷徹な視線。

「勘違いをしないでいただきたい。

我々は逃げるのではありません。……見るに堪えないから、席を立つのです」

彼らはもはや、私たちを警戒すらしていなかった。

背中を無防備に向けたまま、優雅に歩き去っていく。

防衛隊の誰も、引き金を引けなかった。

引いたところで意味がないことを、無力感と共に刷り込まれてしまったからだ。

プシュゥゥゥ……。

白い宇宙船のハッチが開く。

二人は光の中へと消えていった。

フゥゥゥゥン……。

再び、重力を無視した浮遊音が響く。

白い船は砂煙一つ立てずに浮上し、そして音速を超えて空の彼方へと飛び去っていった。

後に残されたのは、静寂と、破壊された私たちの残骸だけだった。

「……あ、あぁ……」

カイルが、へたりと地面に座り込んだ。

「助かった……のか? 俺たち……」

「連れていかれなかった……。見逃されたんだ……」

兵士たちの間から、安堵の声が漏れる。

だが、その安堵は屈辱と背中合わせだった。

「戦って勝った」のではない。

「弱すぎて相手にされなかった」から生き延びたのだ。


「リリィ!!」

マリーの声が聞こえた。

彼女のTYPE.M(医療・整備型)の機体が、私の『弐式』に駆け寄ってくる。

ローズも真っ青な顔でコクピットをこじ開けようとしている。

「しっかりして! バイタルは!? コアの損傷率は!?」

「くっ……開かない! ハッチが歪んでる!」

ガコンッ!

マリーがバールで強引にハッチをこじ開けた。

外の空気が流れ込んでくる。

硝煙と、土の匂い。

そして、あの二人が残していった「残り香」のような、不自然に清潔なオゾンの匂い。

「……リリィ」

マリーが私を抱き上げた。

私のボディは無事だが、リンクしていた機体からのフィードバックで、全身が麻痺していた。

「……ごめん、マリー」

私の口から、オイル混じりの液体が垂れた。

「負けた……。手も足も……出なかった……」

「喋らなくていい! 今、ドックへ運ぶから!」

私は空を見上げた。

憎らしいほどに青い空。

あの向こうに、月がある。

あの二人が生まれた、清浄で、完璧で、残酷な世界。

「……強かった」

私は震える声で独白した。

「機械軍とは違う……。

奴らは、ただ壊すだけだった。だから私たちは『生きる』ために戦えた。

でも……月のアンドロイドは違う」

彼らは「守る」ために、私たちを否定した。

「不完全な守護者」である私たちを、慈悲という名の下に管理しようとした。

それは、私たちの400年間のあがきを、存在意義を、根底から踏みにじる行為だった。

「……悔しい……」

涙が溢れた。

止まらなかった。

痛みで泣いたことなどない。恐怖で泣いたこともない。

だが、自分の無力さと、仲間を「下等な道具」扱いされた屈辱だけは、どうしても許せなかった。

「悔しいよ……マリー……!」

私はマリーの腕の中で、子供のように泣きじゃくった。

マリーは何も言わず、ただ強く私を抱きしめてくれた。

彼女の体温と、機械油の匂いが、私を現実に繋ぎ止めていた。


数時間後。

レインコートの整備ドック。

緊急搬送された私の機体『レイニーブルー弐式・改』は、無惨な姿でハンガーに吊るされていた。

メインフレームの歪み、装甲の断裂、回路の焼き付き。

全損トータル・ロスに近いダメージだ。

私はベッドの上に座り、包帯を巻かれた自分の腕を見つめていた。

隣には、レン隊長とローズがいる。

「……奴らは、東へ向かった」

レン隊長が重い口を開いた。

「他の都市を視察し、場合によっては『保護』という名の拉致を行うつもりだろう。

そして、いずれ必ずここへ戻ってくる。

……レインコートを『浄化』するために」

「勝てる確率は……ゼロね」

ローズが絶望的なデータを提示する。

「エリザベートとアンブロシア。

あの二人は、Efリアクターの出力制限を解除している。

単純なエネルギー総量だけで、私たちの50倍以上。

それに加えて、月の未知のテクノロジー……。

今の私たちの装備では、傷一つつけられないわ」

沈黙が支配する。

誰もが、あの圧倒的な「白」の前に心を折られていた。

「……でも」

私が口を開くと、全員の視線が集まった。

私はベッドから降り、床に立った。

足はまだ震えている。だが、心の中の火は消えていなかった。

「でも、従うわけにはいかない」

私は拳を握りしめた。

「彼らの言う『揺り籠』は、人間にとっての墓場だ。

成長も、変化も、失敗も許されない……ただ生かされているだけの標本箱。

そんなものを、エミリア博士が望んだはずがない」


「私たちは……泥の中で生きてきた。

汚れて、傷ついて、それでも今日まで繋いできた。

その誇りを、あの綺麗な人形たちに否定させてたまるか」

私はレン隊長を見据えた。

「隊長。……強化が必要です」

「強化?」

「はい。奴らに対抗するための力。

リミッター解除に対抗し、あのシールドを破り、あの槍を受け止めるための……新しい翼が」

私はハンガーの『弐式』を指差した。

「私の体を、改造してください。

限界を超えてもいい。壊れてもいい。

……私は、この手で自分たちの未来を守りたいんです」

レン隊長は、私の瞳をじっと見つめ返した。

そこには、かつての「命令に従うだけのアンドロイド」の目はなかった。

怒りに燃え、運命に抗おうとする戦士の目があった。

「……いいだろう」

レン隊長が口元を歪め、獰猛な笑みを浮かべた。

「技術部総動員だ。

マリー、ローズ、そしてイエローシューズの技師たちも叩き起こせ。

我々の意地と、泥臭い技術の全てを注ぎ込んで……あの気取った『月のお姫様』を張り倒すための、最強の機体を作り上げるぞ!」

「了解ッ!!」

ドックに、熱気が戻った。

絶望は、行動へのエネルギーへと変わった。

月からの使者、ルナ・フロント。

強大すぎる「無垢なる管理者」。

新たな脅威を前に、私たちは再び立ち上がる。

空からの干渉を跳ねのけ、自分たちの足で大地を踏みしめるために。

レインコートの反撃は、ここから始まる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ