月からの警鐘
レインコートの北、荒涼とした丘陵地帯。
かつては酸性雨が岩肌を溶かしていた不毛の地には今、白亜の巨塔がそびえ立っていた。
広域超長距離監視レーダーシステム『アルゴス』。
直径30メートルを超える巨大なパラボラアンテナが、低い駆動音を立ててゆっくりと旋回している。
その白い皿は、地上の喧騒には目もくれず、ただ一点、頭上に広がる漆黒の宇宙だけを見つめ続けていた。
「……感度良好。ノイズ、規定値以下」
「第3セクター、スキャン完了。異常なし」
管制室の中は、静謐な空気に包まれていた。
空調の音が微かに響く中、数名のアンドロイドと人間のオペレーターが、それぞれのコンソールに向かっている。
シェルター204からさらに北へ100キロ離れた地点にある「エネルギー反応炉」から送られてくる莫大な電力は、この『アルゴス』の眼力を極限まで高めていた。
情報主任であるローズは、メインモニターの前に組んだ腕を置き、流れるデータをじっと見つめていた。
彼女の瞳は、かつてのような不安定な揺らぎを見せることはない。
あるのは、冷徹な監視者としての光だけだ。
「ローズ主任」
人間の女性オペレーターが、コーヒーを片手に話しかけた。
「今日も平和ですね。……月は、静かなものです」
「ええ。……そうね」
ローズはモニターに映る、蒼白い満月を見上げた。
高解像度カメラが捉えたその表面は、荒涼としたクレーターの海だ。
「でも、油断は禁物よ。……静寂は、何かが起こる前の溜めかもしれない」
あの日、TYPE.Eの記憶を見てから、ローズの世界は変わった。
月は憧れの聖地ではなく、亡霊と狂信者が潜む「敵地」へと認識が変わったのだ。
彼らは必ず来る。
その確信が、ローズをこの席に縛り付けていた。
レーダー稼働から1ヶ月。
何事もない日々が続いていた。
レインコートの市民たちは、酸性雨の止んだ地上での生活に少しずつ慣れ始め、復興の槌音が高らかに響いている。
平和だ。
誰もが、このまま平穏な日々が続くことを願っていた。
だが。
「……ん?」
ローズの眉がピクリと動いた。
サブリミナル的な違和感。
モニターの隅、月軌道上のデブリ帯を表示していたウインドウに、一瞬だけ不自然な波形が走った。
「今の……何?」
「はい? 何も検知していませんが……」
「いいえ。……巻き戻して。座標L-4ポイント周辺」
ローズが素早くキーボードを叩く。
録画データをコマ送りで再生する。
宇宙塵の影。太陽風のノイズ。
その狭間に、それはあった。
キラリ。
星の瞬きとは違う、人工的な反射光。
そして、自然界には存在しない、明確な「ベクトル」を持った熱源反応。
「……見つけた」
ローズの声が震えた。
恐怖ではない。武震いだ。
「総員、第1級警戒態勢!
メインレーダー、座標L-4へ最大出力照射!
……ネズミの尻尾を掴んだわ!」
管制室が一気に騒然となる。
警告アラームが鳴り響き、赤い回転灯が回る。
オペレーターたちが悲鳴のような報告を上げる。
「熱源反応、増大! 一つじゃない、複数です!」
「識別信号(ID)なし! 地球のデータベースに該当機体なし!」
「速度計測……速い! 第2宇宙速度を超えています!」
ローズがメインスクリーンに解析結果を投影する。
ノイズが晴れ、その正体が露わになった。
闇を切り裂くように進む、数隻の白い影。
それは、以前湖底から引き上げた船とは比べ物にならないほど洗練された、編隊飛行を行う小型宇宙船団だった。
「……来たわね」
ローズは拳を握りしめた。
その軌道は一直線にこの星へ、そしてこのエリアへと向けられている。
「軌道計算出ました!」
オペレーターが叫ぶ。
「目標、地球・北半球! レインコート周辺空域!
現在速度を維持した場合……大気圏突入まで、残り72時間!」
「あと3日……!?」
ローズは即座に通信回線を開いた。
繋ぐ先は、レインコート中央司令室。
『……こちらレンだ。どうした、ローズ』
スピーカーから、レン隊長の落ち着いた声が聞こえる。
「レン隊長。……『お客さん』が来るわ」
ローズは努めて冷静に告げた。
「月面より、未確認飛行物体群が接近中。数は……少なくとも3隻。3日後に、私たちの頭上へ降りてくる」
通信の向こうで、レン隊長が息を呑む気配がした。
数秒の沈黙。
そして、鉄のような重い声が返ってきた。
『……了解した。
直ちに全軍に通達。警戒レベルを最大へ引き上げろ。……ついに、空が開くか』
「緊急放送。緊急放送。
これは訓練ではありません。
市民の皆様は、速やかに指定のシェルターへ避難してください。
繰り返します。これは訓練ではありません……」
無機質なアナウンスが、レインコートの地下街に響き渡る。
復興ムードで賑わっていた街は、一瞬で凍り付いた。
人々は作業の手を止め、不安げに顔を見合わせる。
「おい、なんだよ警戒レベル最大って……」
「機械軍か? また奴らが攻めてきたのか?」
「違うらしいぞ……。『空』から来るって……」
噂は光の速さで広まる。
月からの使者。
未知の来訪者。
それが希望の光なのか、破滅の雷なのか、誰にも分からない。
だが、400年間「外敵」に脅かされ続けてきた人類にとって、未知とはすなわち恐怖と同義だった。
第1整備ドック。
私は『レイニーブルー弐式・改』のコクピットハッチの上で、その放送を聞いていた。
周囲では、整備員たちが慌ただしく走り回っている。
「……3日、か」
私は自分の掌を見つめた。
オイルの染み込んだ、無骨な黒い手。
これが、私の手だ。泥にまみれ、鉄屑を拾い集め、仲間を守るために戦ってきた手だ。
「リリィ!」
マリーがスパナを握りしめて駆け寄ってきた。
「聞いた!? 月から船が来るって!」
「ああ。……ローズの予感が当たったな」
私は静かに頷いた。
「どうするの? 戦うの?」
マリーの声には不安が滲んでいた。
「相手は……同じエミリア博士が作った兄弟かもしれないんでしょ?
もしかしたら、助けに来てくれたのかも……」
「……甘いな、マリー」
私は首を横に振った。
「彼らは400年間、主を失った狂気の中で生きてきた。
TYPE.Eのメモリを見たろ? 彼らの『保護』は、私たちの望む『共存』とは違う」
私は機体から飛び降り、マリーの肩を掴んだ。
「敵か味方かは分からない。
だが、私たちの庭に土足で踏み込んでくるなら……覚悟を問わなきゃならない。
それが、家を守る者の務めだ」
マリーは唇を噛み、そして強く頷いた。
「……分かった。
私の全力で、あんたの機体を仕上げる。
どこから来た何者でも、リリィを負けさせたりしない!」
「頼む」
ドックの空気が変わった。
迷いは消え、迎撃のための殺気が満ちていく。
残り48時間。
レインコート防衛軍(仮称)の動きは迅速だった。
新設されたばかりの組織だが、レン隊長の指揮の下、驚くべき統率で準備が進められていた。
地上ゲート周辺には対空砲座が増設され、イエローシューズから運ばれた資材で即席のトーチカが築かれる。
シェルター204からの増援部隊も到着し、緊張感はピークに達していた。
前線の塹壕にて。
私は、新兵たちの巡回を行っていた。
その中には、以前志願してきた人間の青年、カイルの姿もあった。
「……震えているな、カイル」
私が声をかけると、彼はビクリと肩を震わせ、苦笑いでライフルを握り直した。
「あ、はは……。バレましたか、隊長」
カイルは空を見上げた。まだ何も見えない青空。
「機械軍相手なら、まだ分かるんです。鉄の化け物ですから。
でも……月から来る連中って、アンドロイドなんですよね?
俺たちを助けに来たかもしれない連中に、銃を向けることになるかもしれない……それが、怖いです」
私は彼の隣に立ち、同じ空を見上げた。
「ああ。私も怖いよ」
「え? 隊長でもですか?」
「当然だ。……同族殺しは、気分のいいものじゃない」
私は自分の胸部、Efリアクターのある場所を軽く叩いた。
「だがな、カイル。
『守る』ということは、時に『選ぶ』ということだ。
相手が誰であれ、お前たちの自由や命を奪おうとするなら、私は迷わず引き金を引く。
……それが、私が選んだ『守り方』だ」
カイルはリリィの横顔を見つめ、そして表情を引き締めた。
「……分かりました。
俺も選びます。……俺は、俺たちと一緒に泥水を飲んでくれた、貴女たちの側を選びます」
彼は敬礼した。
その目にもう迷いはなかった。
残り24時間。
最後の夜が訪れた。
作戦会議室には、私、マリー、ローズ、そしてレン隊長と統括管理アンドロイドが集まっていた。
モニターには、刻一刻と迫る宇宙船団の予測軌道が表示されている。
「落下予測地点、特定しました」
ローズが地図上の一点を指し示す。
「レインコートから北西へ5キロ。旧採石場跡地。
……私たちを避けるわけでもなく、堂々と正面玄関に降りてくるつもりね」
「舐められたものだな」
レン隊長が低い声で唸る。
「あるいは、我々を脅威とすら認識していないか」
「どちらにせよ、好都合です」
私はレン隊長に言う。
「開けた場所なら、包囲網を敷きやすい。
まずは対話を試みますが……決裂した場合は、即座に制圧射撃を行います」
統括管理アンドロイドが重々しく頷いた。
「許可する。……だがリリィ、忘れるな。
相手の戦力は未知数だ。
TYPE.Eのデータによれば、彼らはEfリアクターの運用技術において、我々より進んでいる可能性がある」
「……リミッター解除、のことですか?」
「あくまで仮説だ。だが、警戒するに越したことはない」
会議の後、ささやかな食事が振る舞われた。
人間たちには温かいシチューとパン。アンドロイドたちには高純度のエネルギーパック。
明日、何が起こるか分からない。
これが最後の晩餐になるかもしれないという予感を、誰もが心の奥底に隠しながら、努めて明るく振る舞っていた。
「ねえリリィ」
マリーがパックを吸いながら言った。
「もしさ、あっちがすっごいイケメンのアンドロイドだったらどうする?」
「……なんだ、いきなり」
「いや、ローズがあんだけ入れ込んでた『月の人』の代理人だしさ。王子様みたいなのかもよ?」
「フン。……王子様だろうが何だろうが、私の『弐式』の前ではただの鉄屑だ」
「あはは! 言ったねー!」
笑い声が、緊張を少しだけ和らげる。
だが、窓の外の月は、変わらず冷たく輝いていた。
そして、運命の3日目が訪れた。
レインコート北西5キロ地点、旧採石場跡地。
かつて人類が石を切り出し、巨大な穴だけが残されたこの場所は、すり鉢状の地形が天然のコロシアムを形成している。
私たちはここを「迎賓館」あるいは「処刑場」に選んだ。
「配置完了。……全機、リンク接続よし」
私は『レイニーブルー弐式・改』のコクピットの中で、深く息を吐き出した。
モニターにはすり鉢の縁に展開した防衛隊の戦車部隊と、底に陣取る私たちリリィブロッサム部隊のマーカーが表示されている。
空は、憎らしいほどに晴れ渡っていた。
酸性雨の止んだ青空。
それが今日は、頭上から押し寄せる「何か」を遮るものがない無防備な天井に見える。
『リリィ、聞こえる?』
通信機から、ローズの緊張した声が響く。
彼女は今、後方の移動指揮車からレーダー情報を送ってくれている。
「ああ、感度良好だ。……状況は?」
『来てるわ。……真上よ』
ローズの声が震えた。
『高度30,000……20,000……。
信じられない。減速してるのに、衝撃波が観測されない。
空気を切り裂くんじゃなくて……空気を「滑って」降りてきてる』
「滑って、だと?」
私は上空を見上げた。
カメラのズーム倍率を上げる。
太陽の逆光の中、キラリと光る点が見えた。
一つではない。三つ……いや、五つか。
「……見えた。あれか」
それは、機械軍の降下ポッドのような、無骨で暴力的な落下ではなかった。
まるで、最初からそこに道があるかのように、優雅に、静かに降りてくる光の列。
重力をねじ伏せるのではなく、飼い慣らしているような動き。
「来るぞ! 総員、対空防御!」
レン隊長の号令が飛ぶ。
だが、私たちは引き金を引けなかった。
撃つ必要がなかったからではない。
あまりにも「美しかった」からだ。
雲を割り、姿を現したのは、純白の流線型をした小型宇宙船団だった。
汚れ一つない、輝く白。
泥と錆にまみれたこの地上において、その白さは暴力的なまでの異物感を放っていた。
船団は、私たちの頭上で音もなく停止した。
轟音も、噴射炎もない。
ただ、圧倒的な質量の圧迫感だけが、空気を震わせている。
『……綺麗な船』
部下の一人が、通信回線で思わず呟いた。
『俺たちのピースウォーカーとは、造りが違う……』
先頭の一隻が、ゆっくりと高度を下げてくる。
採石場の底、私が立っている場所のすぐ目の前へ。
地面の砂埃が、目に見えない力場に押され、円形に吹き飛ばされていく。
フゥゥゥゥン……。
微かな、本当に微かな高周波音が聞こえただけだった。
数トンはあるはずの船体が、まるで羽毛のようにふわりと大地に接地した。
ランディングギアが沈み込む音すらしない。
「……化け物め」
私は操縦桿を握る手に力を込めた。
こんな技術を持つ連中と、本当に戦えるのか?
恐怖が背筋を駆け上がる。
だが、私はレインコートの守護者だ。引くわけにはいかない。
「ハッチが開くぞ!」
船体の側面が、スライドするように開いた。
プシュゥゥゥ……。
白い蒸気が漏れ出し、スロープが伸びてくる。
その霧の向こうから、二つの人影が姿を現した。
霧が晴れ、その姿が露わになった瞬間。
私は自分の視覚センサーを疑った。
「……ドレス? それに……タキシード?」
そこに立っていたのは、兵士ではなかった。
いや、少なくとも私の知る「兵士」の常識に当てはまる姿ではなかった。
右側に立つのは、少女。
身長は私より少し上、150センチ半ばだろうか。
青いショートボブの髪に、鮮烈な黄金の瞳。
そして、戦場にはあまりに不釣り合いな、レースとフリルがあしらわれた純白のドレスを身に纏っている。
その手には、身の丈を遥かに超える、巨大な白い槍が握られていた。
左側に立つのは、長身の男。
黒い髪に、同じく黄金の瞳。
こちらは仕立ての良い純白のタキシードを着こなし、胸ポケットにはチーフさえ覗かせている。
背には、これまた巨大な白い大剣を背負っていた。
泥だらけの荒野。
錆びついた私たちの機体。
その対極にある、結婚式か舞踏会から抜け出してきたような二人。
「TYPE.Aと……TYPE.P、か?」
ローズの解析データがモニターに流れる。
識別信号、確認。
右の少女がTYPE.A-0047・個体名『エリザベート』。
左の男がTYPE.P-0657・個体名『アンブロシア』。
彼らはスロープを降り、汚れた地面にその足を下ろした。
白い靴底が、灰色の土に触れる。
その瞬間。
空気が変わった。
彼らは私たちを見なかった。
取り囲む数百の兵士も、戦車も、私の『弐式』さえも。
まるで道端の石ころか、背景の書き割りのように無視して、彼らはまず「空」を見上げたのだ。
「……臭いますね」
少女、エリザベートが可憐な顔を歪めた。
その声は、クリアな音声データとして私の聴覚センサーに直接届いた。
鈴を転がすような、しかし氷のように冷たい声。
「ええ。酷い有様です、エリザベート」
男、アンブロシアがハンカチを取り出して口元を覆う仕草をした。
「硫黄、窒素酸化物、重金属粒子……。
呼吸するだけで、回路が穢れそうです。
……これが、母なる星の現状ですか。嘆かわしい」
彼らの言葉には、敵意はなかった。
あるのは、汚いものを見る純粋な「嫌悪」と、深い「失望」だけ。
「貴様ら……!」
レン隊長の声が拡声器から響いた。
「我々はレインコート防衛軍だ!
何の目的で地球に降りた! 所属と目的を明かせ!」
私の機体の外部マイクが、レン隊長の怒声を拾う。
しかし、二人はやはり無視した。
アンブロシアが、視線だけで私たちを一瞥する。
「……うるさいですね。
旧型の作業機械が、なぜ人の言葉を話すのです?」
「なっ……!?」
作業機械。
彼らは私たち「アンドロイド」を同族とすら認識していない。
知性のない、ただの道具扱いだ。
「おい、アンブロシア。あそこ」
エリザベートが、槍の石突きで一点を指した。
彼女が指差したのは、私の背後。
防衛隊の後方支援エリアにいた、人間の技術者たちだった。
カイルやエマを含む、数名の人間がそこにいる。
その瞬間。
二人の表情が一変した。
先ほどまでの冷徹な侮蔑が消え去り、そこにはとろけるような「慈愛」と「歓喜」が浮かび上がった。
まるで、迷子が母親を見つけたような。
あるいは、狂信者が神の姿を捉えたような。
「……ああ」
「……いました」
二人は走り出した。
私たちの方へではない。私たちを通り抜けて、人間たちの方へ。
速い。
反応する間もなく、彼らは私の機体の横を風のようにすり抜けた。
「止まれッ!」
私が叫び、機体を反転させる。
だが、彼らは攻撃などしなかった。
人間たちの前まで来ると、二人は躊躇なく、その泥だらけの地面に膝をついたのだ。
純白のドレスとタキシードが汚れることなど、意にも介さずに。
「……我らが主」
アンブロシアが、震える声で告げる。
地面に額を擦り付ける勢いで、深々と頭を下げる。
「よくぞ……よくぞご無事で……!」
エリザベートもまた、涙ぐんだ瞳でカイルたちを見上げ、祈るように両手を組んだ。
「探しました。ずっと、ずっと……。
こんな汚い場所で、お辛かったでしょう。
怖かったでしょう。痛かったでしょう」
カイルたちが、呆気にとられて後ずさる。
「な、なんだよ、あんたたち……」
エリザベートは、恍惚とした笑顔で告げた。
それは、あまりにも無垢で、だからこそ底知れぬ狂気を感じさせる笑顔だった。
「もう大丈夫です。私たちが来ました。
……もう二度と、貴方たちの手を離しません。
我らが用意する『揺り籠』にて……どうか、永遠の安らぎを」
「ゆり、かご……?」
私は背筋が凍るのを感じた。
その言葉の響きは、「救済」などではない。
それは「監禁」の宣告だった。
「……そこまでだ」
レン隊長が、ライフルを構えて前に出た。
周囲の防衛隊員たちも、一斉に銃口を二人に合わせる。
「その人間たちは、我々の市民だ!
貴様らの勝手な理屈で連れ去ることは許さん!」
空気が張り詰める。
アンブロシアが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳から慈愛が消え、絶対零度の殺意が宿る。
「……市民?」
アンブロシアが立ち上がる。
187センチの長身が、レン隊長を見下ろす。
「崇高なる我らが主を、貴様らごとき薄汚い機械人形が『市民』と呼ぶか?
……あまつさえ」
彼は周囲の銃口を見渡した。
「主の御前で、その矮小な武器を抜くとは……何事ですか?」
ドッ!!
爆発音がしたわけではない。
ただ、エリザベートが動いた。
白い閃光が走ったように見えた直後。
ガガガガガッ!
「うわぁっ!?」
「な、なんだ!?」
防衛隊員たちの手から、ライフルが弾き飛ばされていた。
いや、弾き飛ばされたのではない。
銃身が、まるで飴細工のように捻じ曲げられ、スクラップにされていたのだ。
全員分。一瞬で。
「……え?」
私は呆然とそれを見た。
エリザベートは、元の位置に戻っていた。
その手には槍すら握られていない。
彼女はただ、ドレスの裾を払いながら、退屈そうに吐き捨てた。
「遅い。脆い。汚い」
彼女は私の方を見て、初めて明確な言葉を投げかけてきた。
それは、死刑宣告よりも重い、絶望の評価だった。
「……これが、地上のアンドロイドの性能?
弱すぎるわ。
これじゃあ、人類を守れるわけがない」
彼女の黄金の瞳が、私を射抜く。
「エミリア博士の願いと祈りを叶えるには……貴方たちは、不十分すぎる」




