鎧武者の嘲笑、天からの雷撃
「……終わりだ、鼠。その蛮勇と共に、ここで朽ちるがいい」
頭上から降り注ぐ死の宣告。
『弐拾弐式・村田連発』の巨大な右腕が振り上げられ、超硬質金属で作られた大型軍刀が、ギラリと冷たい光を放った。
私の『レイニーブルー弐式』は、無惨な姿で大地に横たわっていた。
左腕は根本から引きちぎられ、装甲の至る所からスパークが散り、動力炉は限界を超えた稼働で悲鳴を上げている。
周囲には、私を守ろうとして散っていった部下たちの残骸が転がっていた。
圧倒的な敗北。
力の差は歴然だった。
正面から戦えば、リリィブロッサム部隊が束になっても、この化け物一機には勝てない。
それが、残酷な現実だった。
『最期に言い残すことはあるか』
村田連発の刃が、私のコクピット、心臓部であるコアを貫くために狙いを定める。
そのカメラアイは、哀れみすら浮かべているように見えた。
正々堂々と挑まず、コソコソと裏口から入ってきた卑怯者への、武人としての慈悲か。
「……ふっ、ふふふ……」
私は笑った。
口の端から漏れるオイルを舐めとり、痙攣する指でマイクのスイッチを握りしめる。
『……狂ったか』
「違うさ……。笑ったんだよ、お前のその『武士道』とやらに」
私はモニター越しに、見下ろしてくる巨人を睨み返した。
「『真正面から来い』だったか? 『背後を突くのは卑怯』だったか?……笑わせるな。お前たち機械軍が、いつからそんな高潔な騎士になったんだ?」
『……何?』
「お前たちが劇毒の反応炉を盾にし、我々が手出しできないのをいいことに戦力を蓄えていたことこそ、卑怯とは言わないのか?……勝つためには手段を選ばない。それが戦争だろ、鉄屑」
村田連発の動きが一瞬止まった。
その論理の矛盾を突かれたからか、あるいは私の減らず口に呆れたのか。
『……戯言を。力なき者の遠吠えに過ぎん』
大太刀が振り下ろされる。
死の軌道。
だが、私はその瞬間を待っていた。
奴が足を止め、私にトドメを刺そうとして、その場に棒立ちになった「今」を。
「……バーカ。誰が真正面から行くもんか」
私は叫んだ。
「今だッ! ビッグレールガン発射ッ!!」
時は数秒遡る。
対岸、地下港湾都市レンゲル。
その最上層にあるビッグレールガン砲台管制室。
「照準補正、プラス0.003! 風速補正、クリア! 地球自転補正、クリア!」
マリーが血走った目でコンソールを叩いていた。
彼女の周囲には、無数のケーブルが散乱し、追加の演算サーバーが唸りを上げている。
この数日間、彼女が不眠不休で行っていたのは、海水対策の改修だけではなかった。
この巨大兵器ビッグレールガンのシステムハックと、超精密射撃用の照準アルゴリズムの構築だ。
本来、ビッグレールガンは「対艦・対要塞用」の兵器であり、広範囲を吹き飛ばすためのものだ。
それを、20キロ先の「15メートルの標的」に、しかも「背後の反応炉を傷つけずに」命中させるなど、針の穴を通すような神業が必要となる。
数ミリでもズレれば、反応炉に直撃するか、外してリリィたちを巻き込む。
「リリィが……リリィたちが命懸けで作ってくれたチャンスだよ!
絶対に……絶対に外さないッ!」
マリーの叫びと共に、最終ロックオンが完了する。
モニターには、海を越えた先、反応炉の前に立つ村田連発の姿が、リリィの機体からのレーザー誘導によって鮮明に映し出されていた。
「エネルギー充填率120%! 電磁カタパルト、臨界点突破!」
「撃てぇぇぇぇぇッ!!」
カーティス司令官が拳を振り下ろす。
マリーがトリガーを叩き込んだ。
ズガァァァァァァァァン!!!!
レンゲルの岩盤が震えた。
全長100メートルの砲身から音速の数十倍、極超音速まで加速された特殊タングステン弾が射出された。
空気が断熱圧縮され、砲口から雷のような閃光と衝撃波が広がる。
弾丸は一瞬で海峡を飛び越えた。
音よりも速く。
認識よりも速く。
それは物理法則を超越した「天の裁き」となって、敵拠点へと殺到した。
村田連発の大太刀が、私のコクピットに触れる寸前だった。
奴の超高性能レーダーが、海の方角からの高エネルギー反応を感知したのかもしれない。
だが、遅い。
極超音速の弾丸は、感知した瞬間に既に着弾しているのだ。
ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
世界が白く染まった。
音も、光も、全てがかき消された。
私の目の前で、村田連発の巨体が「くの字」に折れ曲がった。
胸部中央。
分厚い多重積層装甲が、まるで豆腐のように貫かれたのだ。
凄まじい衝撃波が広がり、私の機体は吹き飛ばされ、後方の瓦礫の山に叩きつけられた。
「がはっ……!」
激しい衝撃で意識が飛びかける。
だが、私は目を見開いた。
見なければならない。
仲間たちの命を、レンゲル海軍の艦隊を、そして私自身の命を賭けた、乾坤一擲の一撃の結果を。
土煙が舞う中、強烈なオゾン臭と、金属が蒸発した匂いが立ち込めている。
背後のエネルギー反応炉は……無事だ。
ドームの表面には衝撃波によるヒビが入っているが、崩壊はしていない。
マリーの狙撃は完璧だった。
村田連発という「盾」だけを正確に貫き、背後の「爆弾」には指一本触れさせなかったのだ。
「……やった……か?」
私は瓦礫を押しのけ、上半身を起こした。
村田連発がいた場所を見る。
そこには、巨大なクレーターが穿たれていた。
そして、その中心に、奴はいた。
「……な……」
私は言葉を失った。
立っていた。
村田連発は、まだ立っていた。
胸部には、向こう側が見えるほどの大穴が空いている。
左肩とガトリング砲は衝撃で消し飛び、右腕の大太刀も半ばから折れている。
装甲は高熱で赤熱し、溶けた金属が溶岩のように滴り落ちている。
だが。
奴は倒れていなかった。
両足で大地を踏みしめ、首を、頭部を残したままこちらを見ていた。
『…………』
「嘘だろ……?」
通信機越しに、レンゲルのカーティス司令官の絶望的な声が聞こえた。
『ビッグレールガンの直撃だぞ……!? 山一つ消し飛ばす威力だぞ!? なぜ原形を留めている!?』
多重積層装甲。
物理衝撃、熱、電磁気。あらゆるエネルギーを拡散・相殺する究極の盾。
それが、レールガンの破壊エネルギーさえも、致命傷になる直前で周囲に散らしたというのか。
村田連発が動いた。
ギギギ……ギャリ……。
不快な金属音を立てて、折れた大太刀を構え直す。
『……見事なり』
スピーカーから流れる音声は、ノイズ混じりになりながらも、変わらぬ威厳を保っていた。
『陽動。潜入。そして、自らを囮にした超長距離狙撃への誘導。……我が装甲を貫くほどの火力を当てるには、我の足を止めるしかなかった。そのために、貴様は死地へ飛び込んだか』
赤いカメラアイが明滅する。
『……策に溺れた卑怯者かと思ったが……違ったな。貴様は、勝利のためならば己の命すら駒として使う、真正の「戦鬼」であったか』
村田連発が、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
胸の大穴から火花を散らしながら。
「……来るな……」
私は動かない右腕のレバーを引いた。
パイルバンカーは故障している。ライフルも弾切れだ。
動けるのは私だけ。部下たちは全滅し、援軍もない。
あと一撃。
奴の指先に触れるだけで、今の私は終わる。
死神が、私の目の前まで来て、止まった。
私の『レイニーブルー弐式』の目の前で、巨人は動きを止めた。
振り上げられた折れた大太刀。
それが振り下ろされれば、私は今度こそ終わりだった。
だが、刃は空中でピタリと止まっていた。
胸の大穴からバチバチと火花を散らし、滴り落ちる溶解金属が地面を焼く音が、静寂の中で不気味に響く。
『…………』
赤いカメラアイが、私の機体をじっと見下ろしている。
数秒が、永遠のように感じられた。
システムがダウン寸前のコクピットの中で、私は荒い呼吸を整えることすら忘れ、その赤い光を見つめ返した。
やがて、村田連発がゆっくりと大太刀を下ろした。
そして、外部スピーカーから、低く、歪んだ笑い声のようなノイズが漏れた。
『……フ、フフ……』
「……何が、おかしい」
私は掠れた声で問うた。
『見事なり』
村田連発が言った。
『その賢しき蛮勇に免じて……今日は我が負けを認めよう』
「……負け、だと?」
私は耳(音声センサー)を疑った。
「貴様はまだ動けるだろう。……私を殺せるだろう」
『動ける。殺せる。……だが』
村田連発は、自らの胸に空いた風穴を左手で軽く叩いた。
『我が心臓の横を射抜かれた。……あと数センチずれていれば、我は機能停止していただろう。貴様らの策は、我を殺すに足るものだった。……ただ、運が我に味方しただけのこと』
奴は踵を返した。
その背中は、レールガンの直撃に耐えたとは思えないほど、堂々としていた。
『反応炉を守りきれなかった時点で、防衛者としての我が敗北だ。……これ以上の戦闘は無意味。戦略的撤退を選択する』
「待てッ! 逃げるのか!」
私は叫んだ。ここで奴を逃がせば、またいつか必ず脅威となる。
村田連発は振り返らず背中で語った。
『逃げるのではない。……貴様らに「生」という猶予を与えるのだ。誇るがいい、小さき鼠よ。貴様らの牙は、確かにこの「村田連発」の鎧に届いた』
ズシン……ズシン……。
巨人は足を引きずることなく、瓦礫を踏み砕きながら、闇の彼方へと歩き去っていく。
胸に致命傷に近い穴を開けながら、それでもその歩みは王者のそれだった。
『次は、万全の状態で会おう。……その時こそ、貴様を塵にする』
その言葉を残し、村田連発の姿は夜闇と爆煙の向こうへと消えていった。
奴の反応がレーダーから完全に消えるまで、私は身動き一つできなかった。
恐怖。
それが正直な感情だった。
「……化け物め」
ビッグレールガン。山をも砕く人類最強の質量兵器。
その直撃を受けて、なぜ歩ける? なぜ喋れる?
あいつの中身はどうなっているんだ?
機械軍の技術力は、私たちの想像を遥かに超えている。
『リリィ! リリィ、無事!?』
マリーの泣きそうな声が通信機から飛び込んできた。
「……ああ。生きている」
私は深く息を吐き出し、シートに背中を預けた。
全身から力が抜けていく。
「村田連発は……撤退した。……私たちの、勝ちだ」
『やった……! やったぁぁぁぁっ!!』
『勝ったぞ! 俺たちの勝利だ!』
『ビッグレールガン万歳! リリィ隊長万歳!』
通信回線が歓喜の声で埋め尽くされる。
レンゲル海軍の残存艦隊からも、サイレンと汽笛が鳴り響く。
奇跡的な勝利。
多大な犠牲を払い、薄氷を踏むような作戦の末に、私たちはついに難攻不落の要塞を落としたのだ。
だが、私の手は震えていた。
勝利の喜びよりも、あの怪物を殺しきれなかったという事実が、骨のように喉に刺さっていた。
(次は……勝てるのか?)
万全の状態の奴と、正面からやり合って。
今回の勝利は、奴の慢心と、マリーの神業、そして多くの犠牲という「奇跡」が重なった結果に過ぎない。
「……強くならなきゃな」
私は血まみれの手で操縦桿を握り直した。
「もっと……もっと強くならなければ、あいつには勝てない」
数時間後。
夜が明け、朝の光が戦場を照らし出した。
レンゲル海軍の陸戦部隊が上陸し、ドーム周辺を完全に制圧した。
機械軍の残党であるセンティニアルやピースウォーカーは、指揮官機を失って統率を乱し、各個撃破されていった。
「反応炉、異常なし! 制御システム、正常です!」
調査に入った技術兵からの報告に、カーティス司令官が安堵の息を漏らす。
「よかった……。本当に、よかった……」
劇毒のエネルギー反応炉。
一歩間違えばレンゲルを死の街に変えていた爆弾は、今、人類の未来を灯す希望の灯火として確保された。
これでレンゲルは、機械軍の脅威に怯えることなく、豊富なエネルギーを使って復興と発展を加速させることができる。
「リリィ隊長」
カーティス司令官からの通信が入る。
「感謝する。……君たちが、レンゲルを救ってくれた」
「……いいえ」
私は瓦礫の中で、動かなくなった部下の機体を見つめていた。
「救ったのは私じゃない。……ここに散った、彼らです」
陽動で沈んだ艦隊。
崖で撃たれた部下たち。
そして、最後まで私を守って盾になった仲間たち。
彼らの亡骸が、朝日に照らされている。
鉄の残骸となっても、彼らは誇り高く見えた。
「……帰ろう、みんな」
私は半壊した『レイニーブルー弐式』を立ち上がらせた。
片腕を失い、装甲はボロボロだが、その足取りはしっかりとしていた。
「任務完了。……レンゲルへ帰投する」
蒼き機体が、朝日を背に歩き出す。
その背中には、勝利の栄光と、消えることのない深い傷跡が刻まれていた。




