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蒼き試練、紅き警鐘


地下港湾都市レンゲル、統合司令部作戦室。

分厚い防弾ガラスの向こうには、人工太陽灯に照らされた広大な地下ドックと、その先に続く漆黒の海へのゲートが見下ろせた。

円卓を囲むのは、レンゲル司令官カーティス、彼を補佐する幕僚たち、そして私たちリリィブロッサム部隊の主要メンバーだ。

モニターには、対岸20キロに位置する機械軍拠点の詳細図が表示されている。

「……厄介な地形だな」

私は腕を組み、唸るように言った。

「距離にして20キロ。陸路ならピースウォーカーで1時間もかからない距離だ。だが、この『海』という障壁が、その距離を無限に等しいものにしている」

「その通りだ、リリィ隊長」

カーティス司令官が、指し棒で海峡部分を示した。

「我々のビッグレールガンと、奴らの劇毒エネルギー反応炉。……互いに大量破壊兵器を突きつけ合い、膠着状態にある。だが、奴らはその隙に着々と『渡海』の準備を進めている」

「奴らが海を渡りきれば、レンゲルは落ちる。……だからこそ、こちらから仕掛けて、指揮官機『村田連発』をピンポイントで叩く必要があるわけですが……」

ローズが冷静に分析を引き継ぐ。

「問題は、アプローチ手段です。……私たちのピースウォーカーはあくまで陸戦兵器。海を渡る能力はありません」

海。

それは私たちにとって、単なる「水たまり」ではない。

第一に、塩分を含んだ海水は、金属の酸化を劇的に早める猛毒だ。関節部のシーリングが甘ければ、数時間で錆が浸食し、駆動系を麻痺させる。

第二に、物理的な「足場」の欠如。海底を歩くには水圧と泥濘が邪魔をし、海面を進むには船が必要だが、波の揺れは射撃精度を著しく低下させる。

「我々レンゲル海軍が輸送を担当することは可能だ」

海軍士官の一人が発言する。

「だが、上陸地点は敵の防衛砲火が集中している。……揚陸艇が海岸にたどり着く前に、海の藻屑にされるのがオチだ」

「つまり、敵の攻撃をかいくぐりながら海を渡り、揺れる船の上から正確な射撃で応戦し、かつ上陸後は即座に最高戦力である『村田連発』と戦わなければならない……」

私はため息をついた。

「……三重苦、いや四重苦か」

「無理ゲーだね」

マリーがぼそりと呟く。

「今の私たちの機体じゃ、海水に浸かった瞬間にセンサーがエラーを吐くし、波に揺られたらまともに照準も合わせられないよ」

会議室に重い空気が流れる。

だが、誰も諦めてはいなかった。

この作戦が成功しなければ、レンゲルだけでなく、いずれはレインコートにも危機が及ぶことを理解しているからだ。

「……対策を、練りましょう」

私は顔を上げた。

「機体の改修、戦術の見直し、そして何より……私たち自身がこの『海』という環境に適応する必要があります」


作戦会議を終え、私たちはドックエリアの見学に向かった。

レンゲルが誇る「造船施設」を確認するためだ。

「うわぁ……! すごい! 何これ!?」

整備ドックに足を踏み入れた瞬間、マリーが歓声を上げて駆け出した。

そこには、レインコートやメビウス303では絶対に見られない光景が広がっていた。

巨大な乾ドック(ドライドック)には、建造中や修理中の艦船が並んでいる。

鋭利な艦首を持つ駆逐艦、甲板にミサイル発射管を備えたフリゲート艦、そして隠密行動用の潜水艇。

「見てリリィ! あの溶接技術! ピースウォーカーの装甲とは全然違うよ! 水圧に耐えるために継ぎ目が完全に一体化してる!」

マリーは目を輝かせ、修理中の船底装甲をペタペタと触っている。

「それにあのスクリュー! キャビテーション(気泡)を抑える特殊形状だね。……これ、ピースウォーカーの水中推進機に応用できるかも!」

「さすがはマリーくん。目の付け所が良い」

案内役のレンゲル技師長が誇らしげに髭を撫でた。

「我々レンゲルにはピースウォーカーを生産する設備はない。だが、『鉄を海に浮かべる』技術にかけては、世界一を自負している」

「ええ、素晴らしい技術です」

私も素直に感嘆した。

陸の王者であるピースウォーカーとは異なる進化系統樹。

限られた資源の中で、海という過酷な環境に適応するために磨き上げられた知恵の結晶。

「技師長さん! この防水シーリングの配合データ、教えてもらえませんか!?」

「おお、構わんよ。その代わり、君たちが持っている新型動力炉の冷却システムについて聞かせてくれんか?」

マリーは既に現地の技術者たちと意気投合し、専門用語の応酬を始めている。

彼女なら、きっと短期間で私たちの機体を「海仕様」に仕上げてくれるだろう。

「リリィ、こちらを見て」

ローズがタブレット端末を見ながら、ドックの一角を指差した。

そこには、奇妙な形状をした小型艇が係留されていた。

「あれは?」

「強襲揚陸用ホバークラフトよ。……今回の作戦、あれを使えばあるいは」

ローズの瞳が、情報分析モードの光を帯びる。

「敵の機雷原を突破し、浅瀬を高速で駆け抜ける。……揺れは酷いでしょうけど、生存率は上がるわ」

「揺れ、か」

私は苦笑した。

「……まずは、それに慣れるところから始めないとな」


「適応訓練の前に、まずは腹ごしらえだ」

カーティス司令官の計らいで、私たちはレンゲル軍の食堂へと招かれた。

「今日は歓迎会も兼ねている。……レンゲル自慢の料理を味わってくれ」

運ばれてきた料理を見て、リリィブロッサム部隊の全員が目を丸くした。

テーブルに並んでいるのは、オイルや合成保存食ではない。

見たこともない、色鮮やかな「食材」の数々だった。

「これは……魚、ですよね?」

部下の一人が、恐る恐る皿を指差す。

皿の上には、透き通るような白身の薄切り、赤く艶やかな切り身、そして銀色に光る皮目の炙り肉が美しく盛り付けられている。

「刺身(SASHIMI)だ」

司令官がにこやかに説明する。

「地下の養殖プラントと、命懸けの近海漁業で手に入れた新鮮な魚介類だ。……さあ、遠慮なく食べてくれ」

私は箸を手に取った。

アンドロイドも食事を摂ることでEfリアクターのエネルギー源とするが、普段は効率重視のペースト状食料や、高純度オイルを摂取することが多い。

「生の魚」を食べるなど、製造されてから一度も経験がなかった。

「……いただきます」

私は赤い切り身、マグロと思われる肉を一切れ掴み、小皿の黒い液体(醤油)に少しつけて、口へと運んだ。

咀嚼する。

瞬間、味覚センサーに衝撃が走った。

「……ッ!?」

柔らかい。

合成タンパク質とは違う、しっとりと舌に吸い付くような食感。

そして噛むほどに溢れ出す、濃厚な脂の旨味と、醤油の塩気が絶妙に絡み合う。

生臭さは全くない。むしろ、海そのものを凝縮したような芳醇な香りが鼻腔(嗅覚センサー)を抜けていく。

「な、なんだこれは……!」

私は目を見開いた。

「エネルギー充填効率……いや、それ以前に、これは……『美味しい』!」

「うっそ、マジ!?」

マリーも飛びついた。彼女は白身魚の天ぷらを口に放り込む。

「んぐっ、はふはふ……! うわぁぁぁ! 何これサクサクでふわふわ! オイルより全然イケるじゃん!」

「この貝のスープも絶品ね」

ローズが優雅に椀物を啜っている。

「タウリン、アミノ酸、ミネラル……。アンドロイドの生体部品維持にも極めて有効な成分ばかりよ。……それに、心が落ち着く味がするわ」

食堂のあちこちから、歓声が上がる。

「うめぇぇぇ!」

「なんだこのプリプリしたやつ!」

「焼き魚最高!」

レインコートの部隊員たちが、初めて知る「海の恵み」に感動し、笑顔を弾けさせている。

それを見て、レンゲルの兵士たちも嬉しそうに笑っていた。

「だろ? 俺たちの自慢なんだ」

「いっぱい食えよ! 魚ならいくらでもあるからな!」

食卓を囲むことで、異なる都市の兵士たちの間にあった壁が、音を立てて崩れていく。

同じ釜の飯。いや、同じ海の魚を食らう仲間。

そこには、人間もアンドロイドも関係ない、温かな絆が生まれていた。

「……守らなきゃな」

私はマグロの刺身をもう一切れ口に運びながら、カーティス司令官に言った。

「こんなに美味しいものがある世界を、毒になんてさせられません」

「ああ。頼むぞ、リリィ隊長」

司令官がグラスを掲げた。

腹は満たされた。

心も満たされた。

だが、その直後に待ち受けていたのは、食べたものを全て戻しそうになるほどの「地獄」だった。


「う、ぅぷ……」

「だ、だめだ……世界が……回る……」

レンゲル近海、波高3メートルの海上。

訓練用の強襲揚陸艇の甲板で、リリィブロッサム部隊は全滅の危機に瀕していた。

敵の攻撃ではない。

「船酔い」だ。

「しっかりしろ! ジャイロセンサーをリセットするんだ!」

私は手すりにしがみつきながら、部下たちに怒鳴った。

だが、私自身の視界もグワングワンと揺れている。

アンドロイドには人間と同じく平衡感覚を司るセンサーが備わっている。

陸上では、このセンサーが地面の傾きを感知し、常に水平を保つよう身体を制御している。

だが、海の上は違う。

地面(甲板)そのものが、予測不可能なリズムで前後左右、上下に揺れ続けるのだ。

視覚情報と、平衡感覚のズレ。

ジャイロスコープが過剰補正を繰り返し、処理落ちを起こす。

それが脳内(CPU)に強烈な不快信号。吐き気や目眩となってフィードバックされる。

「リリィ……私、もうダメ……」

マリーが顔面蒼白で、甲板に大の字になって伸びている。

「お刺身……美味しかったのに……出そう……」

「我慢しろ! ここで吐いたら機体が汚れるぞ!」

私は必死に堪えながら、訓練教官であるレンゲル海軍の大尉を見た。

彼は涼しい顔で、揺れる甲板の上に仁王立ちしている。

「どうした陸の精鋭たちよ! この程度の時化シケでダウンか!」

大尉が笑う。

「波に逆らうな! 揺れを止めようとするから酔うんだ! 波と一体になれ! 膝を柔らかく使って、甲板の動きを吸収するんだ!」

「言うのは……簡単ですが……ッ!」

その時、警報が鳴り響いた。

『敵影確認! 10時の方向、海中より接近! 機械軍の水中偵察型ピースウォーカーです!』

「なっ、実戦か!?」

私は反射的に『レイニーブルー弐式』のコクピットへ駆け込もうとしたが、足元が大きく揺れてよろめいた。

「くそっ……! 全員、戦闘配置!」

海中から、半魚人のような形状をした機械軍の機体が飛び出してきた。

M-1876【センティニアル】の水中戦仕様だ。

背びれのようなスタビライザーと、水中銃を装備している。

「撃てッ!」

部下たちがピースウォーカーのライフルを構える。

だが、照準が定まらない。

トリガーを引いた瞬間、波が船を持ち上げ、弾丸は遥か上空の空を切り裂く。

逆に、船が波の谷間に落ちた瞬間、弾丸は手前の海面に突き刺さる。

「当たらない……! ロックオンできない!」

対して、敵の射撃は正確だった。

彼らは水面から上半身だけを出し、波の周期に合わせて安定した射撃を浴びせてくる。

ガガガガッ!

「うわぁっ!」

味方の機体が被弾し、火花を散らす。

「おのれ……!」

私は弐式を強制起動させ、甲板に出た。

足元の揺れを、スラスターの噴射で強引に相殺する。

「マリー! 姿勢制御サポートを回せ!」

『む、無理ぃ……! 今キーボード叩いたら吐く……!』

「ええい、役立たずめ!」

私はマニュアル操作でサブアームを展開し、プラズマライフルを構えた。

予測射撃。波の周期を計算し、次の瞬間に船がどう傾くかを読む。

「……そこだッ!」

放たれたプラズマ弾が、波間から顔を出した敵機の頭部を捉えた。

水蒸気爆発と共に、敵機が沈んでいく。

「下がれ! レンゲル艦隊、支援射撃!」

後方の護衛艦から機関砲が火を噴き、残りの敵を追い払った。

なんとか撃退したが、完全な敗北感だけが残った。

「……これが、海での戦いか」

私はコクピットの中で、脂汗を流しながら荒い息を吐いた。

陸では無敵を誇った私たちが、ここでは赤子同然だ。

立っていることすらままならない。

「……やるしかない」

私は胃の奥からこみ上げる不快感を飲み込み、揺れる水平線を睨みつけた。

「この揺れを克服しない限り、対岸の『村田連発』には指一本触れられない」

その日から、地獄の特訓が始まった。



「……吐くなよ! 絶対にコクピットの中で吐くなよ!」

翌日から始まったのは、文字通りの「地獄」だった。

レンゲル海軍の訓練海域。荒波にもまれる揚陸艇の甲板上で、私たちは延々とバランストレーニングを繰り返していた。

「うぷっ……こ、こんなの……拷問です……!」

部下の一人が、ピースウォーカーの外部スピーカーから悲痛な声を上げる。彼の機体は、酔っ払いのように千鳥足で甲板をよろめいている。

「泣き言を言うな! 敵は待ってくれないぞ!」

私もまた、胃液(に相当する冷却廃液)が逆流しそうな感覚と戦いながら、必死に機体を制御していた。

教官であるレンゲル海軍の大尉が、ハンドマイクで怒鳴る。

「貴官らのセンサーは優秀すぎるのだ! 『揺れ』を『異常』として検知し、無理やり補正しようとするから処理落ちする! センサー感度を下げろ! データではなく、身体で波を感じるんだ!」

「身体で……感じる……」

私は意を決して、ジャイロスタビライザー(自動姿勢制御装置)のレベルを最低まで落とした。

瞬間、強烈な浮遊感と落下感が襲う。

地面が消えたような感覚。

(……来る!)

右舷から大波が来る。船が大きく傾く。

私はそれに抗わず、膝のサスペンションを緩め、重心を波のベクトルに合わせて移動させた。

ふわっ。

機体が、甲板に吸い付くように安定した。

(……これか)

波に逆らうのではない。波に乗るのだ。

揺れを「ノイズ」ではなく「リズム」として捉え直す。

「……マリー! ジャイロの補正アルゴリズムを書き換えるぞ! 地面を『固定座標』から『流動座標』へ変更! 波の周期パターンを予測演算に入れろ!」

『り、了解……! うぅ……気持ち悪いけど……やる……!』

マリーが青い顔をしながらも、驚異的な速度でキーボードを叩く。

彼女が即興で書き上げたパッチプログラムが、部隊全員に配信される。

『……あれ?』

部下の機体の動きが変わった。

『揺れが……予測できる? 足元が、分かるぞ!』

「よし! その感覚を忘れるな! 次は射撃訓練だ!」

それから一週間。

私たちは朝から晩まで、船の上で過ごした。

揺れる甲板での移動、射撃、近接格闘。

そして夜は、ドックに戻って機体のメンテナンスと、海水による塩害チェック。

過酷な日々だったが、その成果は確実に現れた。

一週間後には、私たちは大時化しけの海の上でも、精密射撃を行えるようになっていた。

もう、誰も船酔いでダウンする者はいない。

陸の精鋭たちは、海の戦士として生まれ変わりつつあった。


パイロットの適応が終われば、次は機械の適応だ。

マリー率いる整備班と、レンゲル工廠の技術者たちが、私たちのピースウォーカーに徹底的な改修を施していた。

「完成だよ、リリィ!」

マリーが誇らしげに、生まれ変わった私の愛機を指し示した。

【レイニーブルー弐式・局地戦改修型マリンタイプ

その姿は、以前とは微妙に異なっていた。

まず、装甲の色味が違う。

従来の鮮やかな蒼に加え、表面に特殊な光沢を持つコーティングが施されている。

「『対塩害・耐水圧コーティング』だよ」

マリーが解説する。

「レンゲルの船に使われている塗料をベースに、アンチプラズマ装甲用に調整したんだ。これで海水による錆や腐食を完全にシャットアウトできる。……水深50メートルまでの潜水活動も可能だよ」

「潜水までできるのか?」

「うん。コクピットブロックと動力炉の密閉性を強化したからね。……まあ、リリィは泳ぐの苦手そうだけど」

「余計なお世話だ」

私は苦笑し、機体の背面を見た。

スラスターの形状も変わっている。

「『ハイドロジェット・スラスター』。空中や地上だけでなく、水中でも推進力を得られるように換装した。これで、海の中でも陸上と同じ……とまではいかないけど、7割くらいの機動力は出せるはず」

さらに、脚部の接地パッドには、濡れた岩場や甲板でも滑らないためのスパイクと、磁力吸着システムが内蔵された。

「完璧だ、マリー。……これなら戦える」

私は新しくなった愛機を見上げ、その装甲を撫でた。

ツルリとした感触。塩分を弾く頼もしい鎧だ。

「ありがとう。……お前たちのおかげで、私たちは海を渡れる」

「へへっ。……美味しいお魚、いっぱい食べた分は働かないとね!」

マリーはオイルの染みたつなぎで、ニカッと笑った。


準備は整った。

私たちはレンゲル司令部の作戦会議室に集結した。

「いよいよだな」

カーティス司令官が、完成した作戦地図を広げる。

【オペレーション・トライデント(三叉の槍)】

フェーズ1:陽動デコイ

レンゲル海軍の主力艦隊が、敵拠点の正面海域へ展開。

派手な艦砲射撃を行い、敵の防衛戦力と注意を引きつける。

同時に、ビッグレールガンの照準用レーザーを照射し、敵に「発射寸前」と思わせるプレッシャーを与える。

フェーズ2:潜入インフィルトレーション

敵の注意が正面に向いている隙に、リリィブロッサム部隊を乗せた強襲揚陸ホバークラフト部隊が、死角となる北側の断崖絶壁エリアへ接近。

海面、もしくは海中から上陸を果たす。

フェーズ3:排除エリミネーション

上陸したリリィたちが、エネルギー反応炉へ直行。

防衛ラインを突破し、指揮官機『村田連発』を撃破、反応炉を制圧する。

「作戦自体はシンプルだ。……スピードと奇襲が全ての鍵となる」

私は確認する。

「レンゲル艦隊が敵を引きつけていられる時間は?」

「せいぜい30分だ」

海軍士官が答える。

「敵の防衛砲火は熾烈だ。それに、村田連発のプラズマ兵器が艦隊に向けば、我々の船など紙切れのように燃やされる」

「30分以内に上陸し、奴の首を取る……か」

「……ですが、やはり懸念が残ります」

ローズが手を挙げた。

彼女の表情は硬い。

情報不足ブラックボックスです」

ローズが敵拠点中央の拡大画像『村田連発』のシルエットを指す。

「我々はこの『村田連発』の具体的な性能を何も知りません。

南部大剣の後継機であること。あらゆる攻撃を弾く装甲を持つこと。連発式のプラズマライフルを持つこと。……分かっているのはそれだけです」

「……確かに」

私も同意した。

「奴のライフルの射程は? 連射速度は? 装甲の弱点は? 近接戦闘のパターンは? ……何も分からないまま突っ込めば、最悪の場合、出会い頭に全滅させられる恐れがあります」

相手は15メートル級の怪物だ。

ナインティの時もそうだったが、未知の兵器との初見殺しは、戦場における最大の死因だ。

ましてや、今回は逃げ場のない敵地ど真ん中での決戦となる。

「……リリィ隊長の言う通りだ」

カーティス司令官も腕を組んで唸った。

「慎重を期すべきだな。……本番の前に、奴のデータを取る必要がある」

「偵察部隊を送りましょう」

私が提案した。

「少数の精鋭で敵の防衛網をかすめ、村田連発に一撃加えて反応を見る。……奴の武装スペックと、装甲強度を計測するのです」

「……危険な任務になるぞ」

「承知の上です。……全滅のリスクを回避するためには、誰かが火中の栗を拾わなければならない」

議論の結果、私の提案は承認された。

リリィブロッサム部隊から選抜された2機の偵察仕様ピースウォーカーと、レンゲル海軍の高速駆逐艦3隻による、【特別偵察任務】が決定した。


翌日。

レンゲル軍港の桟橋にて、偵察部隊の出航式が行われた。

「頼んだぞ」

私は偵察任務に志願した部下。リリィブロッサム部隊のベテラン兵士の肩を叩いた。

彼は高機動型のピースウォーカーに乗り込み、親指を立てた。

「任せてください、隊長。……奴の鼻先を掠めて、データをたっぷり持ち帰りますよ」

彼の表情に悲壮感はない。

新しい装備、厳しい訓練を乗り越えた自信が漲っていた。

「無理はするな。……ヤバいと思ったら、データを捨ててでも逃げろ」

「了解。……土産話、期待しててください」

レンゲル海軍の駆逐艦3隻が、汽笛を鳴らして出港していく。

甲板には、私たちの仲間であるピースウォーカーが固定されている。

彼らは波を切り裂き水平線の彼方。敵が待つ対岸へと消えていった。

「……無事で帰ってきてね」

マリーが小さく手を振る。

私たちはドックに残り、彼らが送ってくるであろうデータをリアルタイムで解析する準備を進めた。

作戦開始は、彼らの帰還後。

得られたデータを基に、村田連発への必勝パターンを構築する手はずだった。


偵察部隊の出発から数時間が経過した。

当初の予定では、敵哨戒圏に接触し、威力偵察を行った後、速やかに離脱してくるはずだった。

しかし。

司令室の通信モニターは、砂嵐ノイズを表示したままだった。

『……偵察部隊、応答せよ。こちらレンゲル司令部』

オペレーターが呼びかけ続けるが、返答はない。

「……おかしい」

ローズがコンソールを叩く。

「定時連絡が途絶えてから、既に2時間が経過しているわ。……敵のジャミング? いえ、それにしては痕跡がなさすぎる」

「通信機がやられたのか?」

私が不安を口にした時だった。

『……あ……、……こちら……ブラボー2……』

スピーカーから、微かな、今にも切れそうな通信が入った。

「来た! 応答あり! 駆逐艦『迅雷』からです!」

「状況を報告せよ! 何があった!」

カーティス司令官がマイクを掴んで叫ぶ。

『……全滅……です……』

通信手の声は、震え、絶望に染まっていた。

『……一瞬でした……。何も……何もできませんでした……』

「なんだと……!?」

『……戻ります……。もう……一隻しか……』

通信が途絶えた。

司令室が凍りつく。

全滅? 一瞬で?

精鋭のピースウォーカーと、高速駆逐艦3隻が?

数十分後。

広域監視カメラが、帰還する船影を捉えた。

「……あれは」

水平線の彼方から、黒煙を上げてふらふらと近づいてくる一隻の船。

それは、出港時の勇姿とは程遠い、無惨な姿だった。

上部構造物は半分吹き飛び、マストは折れ、船体には巨大な焼け焦げた穴が空いている。

そして何より。

甲板に固定されていたはずのピースウォーカーの姿は、影も形もなかった。

「……なんてことだ」

マリーが口元を押さえる。

生き残った一隻が、這うようにして港へ滑り込んでくる。

それは、私たちがこれから挑もうとしている敵が、生半可な覚悟では絶対に勝てない「絶望」そのものであることを、無言のうちに告げていた。



黒煙を吐きながらレンゲル軍港の桟橋に接岸した駆逐艦『迅雷』は、もはや船と呼べる状態ではなかった。

「……酷い」

マリーが口元を押さえて絶句する。

船体の上部構造物は高熱でねじ切れ、飴細工のように溶解していた。

装甲板には無数の貫通痕があり、その切断面は鋭利な刃物で切り裂かれたのではなく、超高熱で瞬時に蒸発させられたような、ドロリとした痕跡を残している。

「衛生兵! 担架を!」

「消火班、機関室の火を止めろ!」

港は怒号とサイレンで騒然となった。

私はタラップを駆け上がり、甲板へと飛び乗った。

そこには、鼻をつく焦げ臭い臭い。鉄と、潮と、そして有機物が焼け焦げた臭いが立ち込めていた。

「おい! 無事か!」

私はブリッジの残骸から這い出してきた艦長を抱き起こした。

彼は顔の半分に火傷を負い、制服はボロボロだった。

「……リ、リリィ……隊長……か……」

艦長は虚ろな目で私を見た。

「……すまない……。ピースウォーカー部隊は……全滅だ……」

「何があった? 敵と接触したのか?」

「接触……? いや、そんな……生易しいものじゃない……」

艦長は恐怖に震えながら、対岸の方角を指差した。

「……何も見えなかった。……霧が出ていたんだ。レーダーにも反応はなかった。……なのに、突然……」

彼はガチガチと歯を鳴らした。

「……光の雨だ。……水平線の向こうから、青白い光の雨が降ってきて……。気づいた時には、前衛の2隻が爆発していた……」

「視認範囲外からの攻撃だと?」

「ピースウォーカーたちは……海上に展開しようとした瞬間に、蒸発した。……避けることなんて不可能だ。……あれは、狙撃じゃない。……『面』で殺しに来る……」

艦長はそこで意識を失った。

「衛生兵! 急げ!」

彼が担架で運ばれていくのを見送りながら、私は甲板を見渡した。

本来なら、偵察用のピースウォーカーが固定されていた場所。

そこには、固定具の金具だけが残り、その周囲の甲板ごとごっそりと抉り取られていた。

機体の残骸すらない。

「蒸発した」という言葉は、比喩ではなかったのだ。


司令室に戻った私たちは、重苦しい沈黙の中で、『迅雷』から回収されたブラックボックス(戦闘記録データ)の解析を待っていた。

「……復元、完了しました」

ローズの声も、いつになく硬い。

「映像データ、再生します」

メインモニターに、ノイズ混じりの映像が映し出される。

カメラはピースウォーカーの視点だ。

海上を進む揚陸艇の上。周囲には薄い海霧が立ち込めている。

視界は悪いが、静かな海だ。

『こちら偵察1。……現在、敵警戒ライン手前。目視による敵影なし』

部下の声。緊張しているが、まだ余裕がある。

『レーダーにも反応なし。……このまま接近し、データ収集を行う』

その直後だった。

『……ん? ピッチ(警報音)が鳴ってる。……レーダー波? どこから――』

カッ!!!!

画面がホワイトアウトした。

まばゆい青白い閃光。

そして、耳をつんざくような重低音の連続音。

ブォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

それは銃声ではなかった。

空気を引き裂く、巨大なエネルギーの奔流の音だ。

映像が乱れる。

隣を航行していた僚艦が、水柱ではなく「火柱」に包まれて爆散するのが見えた。

そして、前方に展開していた仲間のピースウォーカーが、青い光の帯に触れた瞬間、紙切れのように四散し、爆発四散する。

『なっ!? うわぁぁぁぁぁ!!』

『どこだ!? どこから撃ってきてる!?』

パニックに陥る通信音声。

カメラが光源の方角を向く。

霧の向こう、数キロ先。

そこに、ぼんやりと光る、巨大な「何か」が映っていた。

ズーム機能が働き、その影を捉える。

海岸線に仁王立ちする、全高15メートルの鎧武者。

その左手に持たれた、巨大な多銃身の火器が、高速回転しながら青白いプラズマ弾を吐き出し続けている。

ブォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

一発一発が、ピースウォーカーのライフル弾に匹敵する威力のプラズマ弾。

それが毎分何千発という速度で連射され、光の壁となって押し寄せてくる。

『回避不能! シールド、保たな――』

映像が途切れた。

砂嵐ノイズだけが、無慈悲に流れ続ける。


「……これが、現実よ」

ローズが映像を止め、静止画をスクリーンに拡大表示した。

そこに映っているのは、硝煙を上げる銃口を下げ、静かに佇む悪魔の姿だった。

【脅威識別:弐拾弐式 村田連発ムラタレンパツ

「解析結果が出たわ」

ローズが淡々と、しかし絶望的なスペックを読み上げる。

「まず、攻撃手段。左手の武装は『連発式プラズマライフル(プラズマ・ガトリング)*。

有効射程は推定3,000メートル以上。発射速度は毎分6,000発。

通常のプラズマライフルを束ねて高速回転させ、面制圧を行う兵器よ」

「毎分6,000発……」

私は愕然とした。

「毎秒100発のプラズマ弾が飛んでくるということか? そんなもの、回避も防御も不可能だ」

アンチプラズマ装甲といえど、一点に集中砲火を受ければ熱飽和を起こし、数秒で融解する。

まさに「光の雨」。

海上の何処にいようと、その射程内に入った瞬間にハチの巣にされる。

「そして、索敵能力」

ローズが続ける。

「奴の頭部および背面の放熱板には、『超高性能マルチバンド・レーダー』が内蔵されているわ。

海霧やチャフ、電子的妨害ジャミングを無効化し、水平線上の標的をミリ単位で捕捉する。

……今回の偵察部隊も、我々が気づく遥か手前で、完全にロックオンされていたのよ」

「見えない位置から見られ、近づく前に蒸発させられる……」

カーティス司令官が机を叩いた。

「無敵じゃないか……!」

「さらに、防御力」

ローズが別のデータを表示する。

『迅雷』が沈む直前、決死の覚悟で撃ち返した艦砲射撃の映像だ。

数発の砲弾が村田連発に直撃している。

だが。

爆煙が晴れた後、その鎧武者の装甲には、傷一つ付いていなかった。

「『多重積層装甲マルチレイヤー・アーマー』。

物理衝撃を拡散させるセラミック層、熱を遮断する耐熱層、そしてエネルギーを偏向させる電磁装甲層……。

これらが幾重にも重ねられている。レンゲル海軍の艦砲射撃ですら、表面の塗装を焦がすのが精一杯よ」

南部大剣が「剣の達人」だったとするなら、こいつは「歩く要塞」だ。

近づけば軍刀で斬られ、離れればガトリングで蒸発させられ、撃っても弾かれる。

「……しかも、こいつは反応炉の上に座っている」

私は呻くように言った。

「我々はこいつを倒さなければならないが、こいつの背中にある反応炉を傷つけてはならない。……難易度が桁違いだ」


司令室は沈黙に包まれた。

誰もが言葉を失っていた。

勝てるヴィジョンが見えない。

あまりにも強大すぎる。

「……撤退するか?」

幕僚の一人が、震える声で提案した。

「これ以上の犠牲を出す前に……。我々だけでは無理だ。レインコートからもっと増援を……」

「いや」

私は首を横に振った。

「増援を呼んでも同じだ。数で攻めれば奴はガトリングで一網打尽にするだけだ。……それに、時間をかければ奴らは海を渡ってくる」

私は顔を上げた。

視線の先には、モニターに映る『村田連発』の姿。

そして、その奥で青白く輝く、劇毒のエネルギー反応炉。

「……弱点がないわけじゃない」

「え?」

全員の視線が私に集まる。

「奴は強い。だが、その強さは『反応炉を守る』という一点に特化している。

……ガトリングの弾幕も、レーダーの索敵も、全ては正面からの侵入者を排除するためのものだ」

私はマリーを見た。

「マリー。私の『弐式』の出力、最大でどこまで上げられる?」

「え? えーと……リミッターを全部外せば、定格の120%……いや、冷却剤を全投入すれば数分間だけ150%はいけるけど……」

マリーは戸惑いながらも答える。

「でも、そんなことしたら機体が保たないよ?」

「保たせるんだ。……奴の懐に飛び込む一瞬だけでいい」

私は地図上の「ある一点」を指差した。

それは、敵拠点の裏側。

断崖絶壁の下にある、荒れ狂う波が打ち付ける岩礁地帯。

「奴のレーダーは優秀だが、背後の『崖』そのものを透視することはできないはずだ。

……海中から接近し、崖を登って背後から強襲する。

ガトリングの射角が及ばない超至近距離ゼロレンジまで持ち込めば……勝機はある」

「無茶苦茶よ、リリィ」

ローズが呆れたように、しかし微かに笑って言った。

「でも……計算上、成功確率はゼロではないわ。0.8%くらいかしら」

「十分だ」

私はニヤリと笑った。

「カーティス司令官。……リリィブロッサム部隊は、作戦を続行します」

私は力強く宣言した。

「散っていった仲間たちの弔い合戦だ。……あの死神『村田連発』を、必ず海に沈めてみせる」

恐怖はある。

だが、それ以上に怒りが、そして使命感が私のコアを熱くさせていた。

レンゲルの海を、仲間の命を奪ったあの怪物を私は許さない。

「全軍、出撃準備ッ!」

警報音が鳴り響く。

蒼き海原を血に染める、決死の戦いが始まろうとしていた。


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