鉄の胎動、広がる地平
レインコートから北西へ約80キロ。
険しい岩肌がむき出しになった山岳地帯の谷間に、その巨大な建造物は眠っていた。
かつて、私たちが剣を手に入れるために潜入し、命からがら逃げ出した場所。
旧機械軍ピースウォーカー生産工廠。
「……静かね」
『レイニーブルー弐式』の隣で、ローズが乗る電子戦仕様のピースウォーカーがセンサーを稼働させながら呟いた。
「アクティブな熱源反応はなし。工廠自体のメイン電源も落ちているわ。……まるで巨大な墓場よ」
「ああ。だが、墓守くらいは残しているはずだ」
私はメインカメラの倍率を上げた。
工廠の周囲を囲む高いフェンス。その内側には、風化したコンクリートの広場があり、巨大な搬入口が黒い口を開けている。
一見すると無人に見えるが、私の戦闘経験が警鐘を鳴らしていた。
「全機、警戒態勢。……マリー、工廠の防衛システムはどうなってる?」
後方の装甲車にいるマリーから通信が入る。
『データ照合中……ビンゴ! 地下に埋設された対人・対戦車地雷原と、要所に設置された自律型セントリーガン(自動銃座)がスリープモードで生きてるよ。……不用意に近づけば、ハチの巣だね』
「やはりな。……主力部隊がいなくなったからといって、鍵を開けっ放しにするほど奴らは甘くないか」
私は部隊に指示を出した。
「リリィブロッサム、これより工廠制圧作戦を開始する。……目標は防衛システムの排除と、工廠の安全確保。施設を破壊するなよ? これから私たちの家になる場所だ」
『了解!』
作戦は、慎重かつ迅速に行われた。
ローズが工廠のセキュリティネットワークに侵入し、防衛システムの探知アルゴリズムにノイズを流し込む。
その隙に、私が率いる前衛部隊が地雷原の処理を行った。
「……そこだ」
レイニーブルー弐式の強化されたセンサーが、地中に埋まった磁気感応地雷の位置を正確に特定する。
私はサブアームでプラズマライフルを構え、遠距離から正確に起爆装置を狙撃した。
ドォン!
乾いた爆発音が山々にこだまする。
「エリアA、クリア。……次、セントリーガン!」
フェンスの支柱や屋上に偽装されていた自動銃座が、こちらの侵入を感知して起動する。
ガガガガガッ!
激しいマズルフラッシュ。大口径の重機関銃弾が雨のように降り注ぐ。
「遅いッ!」
私はスラスターを噴かし、ジグザグ機動で弾幕をかいくぐった。
多重積層装甲が数発の被弾を弾き返し、火花を散らす。
だが、今の私の機体には傷一つ付かない。
「終わりだ」
懐に飛び込み、左手の超硬質爪で銃座を基部から引き裂いた。
鉄屑と化したセントリーガンが火花を散らして沈黙する。
およそ2時間後。
工廠外周および内部の防衛システムは全て排除された。
「……制圧完了。工廠内、クリアです」
部下からの報告を受け、私はコクピットから降りた。
搬入口の前に立ち、その巨大な扉を見上げる。
「マリー、出番だぞ」
『待ってました!』
マリー率いる技術班のトラックが、埃を巻き上げながら到着する。
彼女たちは宝の山を前にした子供のように目を輝かせていた。
「すごい……! 設備は古いけど、保存状態は完璧だよ!」
マリーが工廠の制御盤に取り付き、手際よくバイパスケーブルを接続していく。
「レインコートから持ってきた予備のエネルギーセルを接続! ……メインブレーカー、上げるよ!」
ズゥゥゥン……。
地響きのような重低音が響いた。
工廠の天井にある無数の水銀灯が、パチパチと音を立てて次々と点灯していく。
暗闇に沈んでいた巨大な空間が、光の中に浮かび上がる。
並び立つ巨大なプレス機、整然と並ぶ溶接アーム、そしてベルトコンベア。
かつては人類を殺すための兵器を吐き出していた、悪意の釜。
だが今、そこには人間の手によって「希望の光」が灯されたのだ。
「……リブート(再起動)、成功!」
マリーが拳を突き上げる。
「今日からここは、私たちの工場だよ!」
工廠の確保から数週間。
レインコートと工廠を結ぶ荒野には、突貫工事で整備された「輸送路」が出来上がっていた。
アスファルトで舗装されたわけではないが、瓦礫が撤去され、踏み固められた平坦な道は、大型トレーラーが往来するには十分だった。
そして今日。
記念すべき「出荷第一号」のコンボイが、レインコートへの帰路についていた。
私は護衛として、その車列の先頭を歩いていた。
後ろに続く巨大なトレーラーの荷台には、真新しいシートに包まれた数機のピースウォーカーが積載されている。
レインコートの技術で再設計され、この工廠で生産された、正真正銘の「国産機」だ。
「……感無量だな」
無線越しに、アイゼン隊長の声が聞こえた気がした。いや、これは私の心の中の声か。
自分たちの剣を、自分たちで作る。
それがどれほど心強いことか。
「隊長! ゲートが見えました!」
レインコートの地上ゲート前には、大勢の人だかりができていた。
防衛隊員だけでなく、一般市民や、シェルター204から避難してきた子供たちまでが、街道沿いに鈴なりになって手を振っている。
「来たぞ! 俺たちのピースウォーカーだ!」
「すげぇ! ピッカピカだ!」
歓声の中、トレーラーがゲートをくぐる。
荷台のシートが風でめくれ、真新しいオリーブドラブ色の装甲が陽光を反射して輝いた。
その肩には、レインコート防衛隊のエンブレムが誇らしげに描かれている。
それを見て、防衛隊員の若者が涙を流していた。
「これで……もう、武器不足で仲間を見殺しにしなくて済むんだ……」
その言葉が、私の胸に深く刺さる。
そうだ。これはただの機械じゃない。
命を守るための「盾」であり、悲劇を終わらせるための「力」なのだ。
レインコートへの配備を皮切りに、生産されたピースウォーカーは順次、周辺拠点へと送り出されていった。
シェルター204。
復興が進む瓦礫の町に、3機の新品が配備された。
「これで夜も安心して眠れる」と、住民たちが機体の足元に花を供える光景が見られた。
かつてスバルが命を懸けて守った町は、今、強固な鋼鉄の守護神によって守られている。
イエローシューズ。
地下深くの地熱発電都市にも、専用にカスタマイズされた機体が届けられた。
薄暗い坑道で働く作業員たちが、頼もしげに機体の脚を叩き、親指を立てる。
レインコート勢力圏の防衛線は、急速に厚く、そして強固になっていった。
メビウス303との同盟による技術供与、そして独自の生産能力。
二つの歯車が噛み合い、レインコートは単なる避難所から、この地域における一大拠点へと変貌を遂げつつあった。
整備ドックにて、マリーが満足げにオイルまみれの手を拭っていた。
「生産ラインの稼働率は80%で安定。……部品の精度も、機械軍が作ってた時より上がってるよ。やっぱり、愛が違うね、愛が」
「ああ。……ありがとう、マリー」
私は彼女にコーヒーを差し出した。
「お前たちが工場を動かしてくれたおかげで、みんなの笑顔が増えた」
「へへっ、よせやい」
マリーは照れくさそうに鼻の下を擦った。
「でも、これで終わりじゃないよ。……工場があるってことは、改造もし放題ってことだからね。リリィブロッサムの機体も、もっと強くできる」
彼女の目は、既に次の未来を見据えていた。
その視線の先にあるのは、単なる防衛だけではない。
この世界を取り戻すための、更なる力の探求だ。
工廠の再稼働から1ヶ月。
レインコートには、かつてないほどの平和と活気が満ちていた。
だが、私たちは知っていた。
平和とは、戦いによって勝ち取り、力によって維持される脆い硝子細工であることを。
そして、その硝子細工を守るために、次なる一手が打たれようとしていた。
工廠の再稼働から1ヶ月。
レインコート、シェルター204、そしてイエローシューズへの新型ピースウォーカーの配備は順調に進み、当初の目標数を達成した。
周辺地域の機械軍の活動も沈静化しており、広域観測レーダーの画面には、安らぎを示すグリーンの光点ばかりが灯っていた。
レインコート司令室。
私はレン隊長に呼び出され、そこに向かっていた。
部屋に入ると、レン隊長の隣に、見慣れない人物が立っていた。
人間ではない。整った顔立ちをした、知的な雰囲気の男性型アンドロイドだ。
「……紹介しよう、リリィ。彼は都市統括管理アンドロイド(Type P)。このレインコートの行政、資源管理を一手に担う最高責任者だ」
「初めまして、リリィ隊長。貴女の活躍は伺っています」
彼は穏やかなバリトンボイスで挨拶し、握手を求めてきた。
Type P(Politician/Planner)。政治や都市計画に特化した希少なハイエンドモデルだ。今まで表に出てこなかった彼がここにいるということは、重大な決定が下されることを意味していた。
「単刀直入に言おう」
レン隊長が地図を指し示す。
「我々の足元は固まった。……次は、視線を『外』に向ける時だ」
「外、ですか」
「うむ。現在、我々の勢力圏は安定しているが、世界がどうなっているかは依然として未知数だ。……他にも生存者の集落があるかもしれない。あるいは、機械軍が新たな脅威を準備しているかもしれない」
統括管理アンドロイドが言葉を継ぐ。
「閉じこもっているだけでは、ジリ貧です。……リスクを冒してでも、情報と資源、そして仲間を求めて勢力圏を拡大する必要があります」
レン隊長が頷き、私を見た。
「そこでだ。……新たに『広域探索部隊』を組織し、未踏破領域へ派遣することを決定した」
「私が……その指揮を?」
私が身を乗り出すと、レン隊長は首を横に振った。
「いや。貴官らリリィブロッサム部隊は、レインコート最強の戦力だ。……万が一の事態に備え、本拠地にて『即応待機』についてもらう。探索は、偵察特化型の別動隊に任せる」
私は少し残念に思ったが、その判断は合理的だった。
主力部隊を長期間遠出させるわけにはいかない。私たちは、ここぞという時の「切り札」として温存されるのだ。
「了解しました。……吉報を待つことにします」
数日後。
地上ゲート前にて、探索部隊の出発式が行われた。
選抜されたのは、足回りを強化し、長距離通信アンテナと大型タンクを増設した偵察仕様のピースウォーカー5機と、補給用トラック部隊だ。
「気をつけてな。……無理はするなよ」
私は探索部隊の隊長、若い人間の男性士官の手を握った。
「ええ。リリィ隊長たちが後ろに控えていてくれると思うと、心強いです」
彼は緊張した面持ちながらも、希望に目を輝かせていた。
「行ってきます。……必ず、いい土産話を持って帰りますよ」
「ああ。楽しみにしている」
ブォォォォン……。
エンジン音と共に、車列が荒野の彼方へと走り去っていく。
彼らが向かうのは、私たちがメビウス303へ向かった東とは逆、西の方角。
かつて誰も足を踏み入れたことのない、地図上の空白地帯だ。
「……世界は、広いからな」
隣でマリーが眩しそうに遠くを見つめていた。
「何があるんだろうね。……新しい街かな? それとも、見たこともない景色かな?」
「さあな。……だが、きっと私たちの想像を超える何かが待っているはずだ」
私たちは小さくなっていく車列が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。
探索部隊が出発してから1週間。
レインコートは平和そのものだった。
私たちは日々の訓練と、新造された機体の慣熟飛行に明け暮れていた。
だが、その平穏は唐突に破られた。
『緊急通信! 探索部隊より入電!』
司令室のオペレーターの声が、基地内のスピーカーに響き渡った。
『コード・レッド! コード・レッド! ……繰り返す、至急、レン隊長およびリリィ隊長は司令室へ!』
私は食堂でオイルを飲んでいた手を止め、マリーと顔を見合わせて走り出した。
ただの定期連絡じゃない。何かが起きたのだ。
司令室に飛び込むと、モニターにはノイズ混じりの地図が表示され、探索部隊からの音声が再生されていた。
『……こちら探索部隊! 現在、レインコートより西へ約400キロの地点! 信じられません……!』
探索隊長の興奮した声。恐怖ではない。驚愕と歓喜だ。
『発見しました! アンドロイドと人間の混合集落を複数確認! ……彼らは生きています! 現地住民と接触し、友好的な交流に成功しました!』
「やった……!」
司令室に歓声が上がる。
新たな生存者。孤独な戦いではなかったという証明。
だが、報告はそこで終わらなかった。
声のトーンが一変し、緊張を帯びる。
『……しかし、悪いニュースもあります。……現地住民からの情報提供により、このエリアのさらに奥、海岸線付近に機械軍の大規模拠点と思われる施設を発見しました』
地図上の空白地帯に、禍々しい赤いマーカーが表示される。
『規模は……極めて巨大です。エネルギー反応炉の稼働反応あり。そして……高出力の熱源反応を多数確認。……解析班の予測では、南部大剣級の脅威が存在する可能性が高いとのことです』
「南部大剣級……だと?」
レン隊長の表情が険しくなる。
かつてスバルを殺し、レインコートを壊滅寸前にまで追い込んだあの悪夢。
それと同等の化け物が、まだ世界には存在するというのか。
『現地住民は脅えています。……奴らが動き出せば、この周辺の集落はひとたまりもありません。……至急、攻略戦力の派遣を要請します!』
「……状況は把握した」
統括管理アンドロイドが、冷静に、しかし重々しく口を開いた。
「新たな同胞の発見は喜ばしい。だが、その喉元に刃が突きつけられている状況は見過ごせません。……放置すれば、いずれレインコートにも火の粉が降りかかるでしょう」
「うむ。……やるしかないな」
レン隊長が頷き、私の方を向いた。
「リリィ隊長! リリィブロッサム部隊全部隊に出撃を命ず!」
「はっ!」
「探索部隊と合流し、現地の脅威を排除せよ。……新たな仲間を守るために、我らの『剣』を振るうのだ!」
「了解しました! ……即座に出撃します!」
私は敬礼し、踵を返した。
武者震いがした。
未知の土地。新たな仲間。そして強大な敵。
私の血が騒ぐのを感じた。
1時間後。
リリィブロッサム部隊は、完全装備でゲート前に整列していた。
今回の私たちは、以前とは違う。
私の『レイニーブルー弐式』を筆頭に、部下たちのピースウォーカーも全て、奪取した工廠で生産・改修された最新モデルだ。
動力炉は高出力型に換装され、トルクと航続距離が飛躍的に向上している。
武装も、アサルトライフルだけでなく、長距離砲、ミサイルポッド、そして工廠から発掘された設計図を基に作られた特殊兵器など、多種多様な装備が施されている。
「準備はいいか、野郎ども!」
私が通信機で檄を飛ばす。
『いつでも行けます、隊長!』
『新しいエンジンの調子を見てやりたくてウズウズしてますよ!』
『南部大剣だろうが何だろうが、俺たちの新兵器で鉄屑にしてやります!』
頼もしい返事が返ってくる。
かつては恐怖の対象だった敵の名を聞いても、誰一人として怯んでいない。
私たちは強くなった。
「よし。……目指すは西、探索部隊が待つ最前線だ!」
「リリィブロッサム、出撃!」
ブォォォォォン!!
地を揺るがすエンジン音と共に、鋼鉄の部隊が動き出す。
レインコートから送り出される最強の遠征軍。
私たちは荒野を疾走し、山々を越えていく。
改良された動力炉のおかげで、険しい山道も苦にならない。
かつては数日かかった距離を、今の私たちは一日で踏破できる機動力を持っていた。
「待っていろ、まだ見ぬ同胞たちよ」
私は西の空を見据えた。
「そして震えて眠れ、機械軍。……レインコートの『白百合』が、今そちらへ向かう」
1週間の長距離行軍。
その先には、私たちが生まれて初めて目にする「蒼き世界」と、想像を絶する脅威が待ち受けていた。




