表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/39

広がる地図、次なる一手


メビウス303を出発して数日。

私たちリリィブロッサム部隊は、東の空から昇る太陽を背に、西へと進路を取っていた。

「隊長、エリアF-09を通過。……懐かしい景色が見えてきましたよ」

先頭を行く私の『レイニーブルー弐式』の通信機に、部下からの弾んだ声が入る。

「ああ。……帰ってきたな」

私はメインカメラのズーム倍率を上げた。

丘陵地帯の向こう、荒涼とした大地に点在する岩山。

その隙間に、見慣れた防衛ラインが見えてきた。

地下都市レインコートの地上施設だ。

「少し見ない間に、随分と様変わりしたな」

留守にしていたのは数週間だが、その変化は劇的だった。

以前は瓦礫を積み上げただけの簡易的なバリケードだった場所には、コンクリート製の堅牢な監視塔が立ち並び、対空機関砲が空を睨んでいる。

地上ゲート周辺も拡張され、物資搬入用の大型リフトが増設されているのが見える。

「へへっ、私たちの留守中にみんな頑張ったみたいだね」

マリーが通信で笑う。

彼女の乗る装甲回収車の荷台には、メビウス303から譲り受けた大量の補給物資という名の「お土産」が満載されていた。

高純度のオイル、希少なレアメタル、そして向こうの工廠で作られた精密工具の数々。

レインコートの技術者たちが泣いて喜ぶ品々だ。

「あら、私たちも負けていられないわね」

ローズが優雅に応じる。

「このお土産と、私たちが持ち帰る『同盟』という手土産があれば、レインコートはもっと発展するわ」

その時、広域回線に割り込み通信が入った。

『こちらレインコート管制! リリィブロッサム部隊、応答願います!』

「こちらリリィ。……どうした、何かあったか?」

私が即座に応答すると、管制官の声は焦っているというより、恐縮しているようだった。

『帰還早々で申し訳ありません! 現在、貴部隊の進行ルート近くを、シェルター204からの輸送トラック群が通過中です。……レインコートへの建築資材を運んでいるのですが、護衛のピースウォーカーが不足していまして……』

「了解した」

私は間髪入れずに答えた。

「我々が合流し、レインコートまでエスコートする。……座標を送ってくれ」

『ありがとうございます! 助かります!』

「みんな、聞いたな? 凱旋パレードの前に、もうひと仕事だ」

「了解!」

私たちは進路を微修正し、合流ポイントへと急行した。


数分後、私たちは荒野の街道、といっても瓦礫を退けただけのラフロードを進む5台の大型トレーラーと合流した。

荷台には、解体された旧時代のビルの鉄骨や、スクラップから再生された建材が山積みされている。

「うわぁ……! あれがリリィブロッサムか!?」

「すげえ……! あの蒼い機体、ピカピカだぞ!」

トラックの運転席から、人間の作業員たちが身を乗り出して手を振ってくる。

私たちは速度を合わせ、車列の前後を固める形で護衛陣形を組んだ。

「こちらリリィブロッサム。……これよりレインコートまで護衛します」

『助かるよ、隊長さん! 俺たちだけじゃ、野良のドローンが出てきたらオシマイだったからな』

運転手の中年男性が、無線越しに豪快に笑った。

「それにしても、すごい量ですね。……シェルター204の解体資材ですか?」

『ああ! 今、向こうは建設ラッシュでね。使える資材はどんどんレインコートに運んで、加工して、また向こうに送り返してるんだ』

運転手の声は、希望に満ちていた。

『エネルギー反応炉が安定稼働したおかげで、重機が使い放題なんだよ。……瓦礫の山だった町が、みるみる綺麗になっていく。まるで魔法みたいだ』

「……そうですか。それは良かった」

その会話を聞いていたマリーが、専用回線で私に話しかけてきた。

『リリィ……。シェルター204、復興してるんだね』

「ああ。……スバルが守った町だ」

スバル。

TYPE.Bの男性型アンドロイド。

マリーとは旧知の仲であり、かつてシェルター204で共に笑い、共に悩んだ古い友人だった。

彼はあの激戦、南部大剣との戦いでその身を挺して町を守り、散っていった。

『スバル……。あいつ、いっつも言ってたんだ。「俺の身体は頑丈だから、みんなの盾になるためにあるんだ」って』

マリーの声が、少し湿っぽく、けれど温かく響く。

『本当に盾になって……バカだよね。もっと要領よくやればよかったのに』

「……そうだな」

『でも……あいつが命懸けで守った場所が、こうして未来に繋がってる。……あいつの死は、無駄じゃなかったんだね』

マリーの乗る回収車のカメラが、ゆっくりと後方のトラック群を映した。

そこに積まれた資材は、ただの鉄塊ではない。

スバルという一人のアンドロイドが繋いだ、人々の「明日」そのものだ。

『……うん。嬉しいな。あいつ、きっと天国で「だろ? 俺ってすげーだろ?」って鼻高々にしてるよ』

マリーがクスリと笑った。

その笑顔に、悲壮感はない。友の偉業を誇る、晴れやかなものだった。

「ああ。……私たちが、その未来をもっと広げていこう」

私たちは亡き友の想いを乗せた車列を守りながら、故郷へのラストワンマイルを進んだ。


レインコートの巨大な地上ゲートが見えてきた。

ゲート前には、既に数機のピースウォーカーと、整列した防衛隊員たちの姿があった。

その先頭に立つ、長身の女性アンドロイド。

黒髪のショートヘアに、左目のスコープ。

レン隊長だ。

「全機、停止」

私はゲート前で機体を止め、コクピットハッチを開けた。

タラップを降り、大地を踏みしめる。

乾いた土の感触。帰ってきたという実感が込み上げてくる。

私が歩み寄ると、レン隊長もまた列を離れてこちらへ歩いてきた。

その表情は、いつもの厳しい指揮官のものではなかった。

「……レン隊長」

私が敬礼しようと手を上げた、その時だった。

スッ。

レン隊長の手が伸び、私の頭に置かれた。

そして、不器用な手つきで、くしゃりと髪を撫でた。

「……え?」

私は目を丸くした。

「……よく、無事で帰った」

レン隊長の声は、僅かに震えていた。

「通信では強がっていたが……。本当に、心配したのだぞ」

その瞳には、部下を思う上官としての感情を超えた、まるで家出した娘の帰りを待ちわびていた母親のような、深い慈愛が宿っていた。

彼女の大きな手が、私の頭を包み込む。

その温もりに、張り詰めていた緊張の糸が解けていくのを感じた。

「……はい。……ただいま帰りました、隊長」

「うむ。……お帰り」

一瞬の静寂。

それは、言葉などいらない、魂の交流の時間だった。

やがて、レン隊長は手を離し居住まいを正した。

瞬時に、その顔が「防衛隊長」の凛とした表情に戻る。

私もまた、背筋を伸ばし敬礼を行った。

「報告します! 独立混成即応部隊リリィブロッサム、只今任務を完了し帰還しました! 敵新型機の撃破、およびメビウス303との同盟締結を報告します!」

「うむ! ご苦労であった!」

レン隊長も鮮やかな敬礼で答える。

「貴官らの働きは、レインコートの未来を切り拓く偉業である。……司令室にて詳細を聞こう。ついて来い」

「はッ!」

レン隊長が背を向けた瞬間、彼女がこっそりと目尻を拭ったのを、私は見逃さなかった。


私はレン隊長と共に司令室へ。

マリーとローズは、持ち帰った膨大なデータを処理するため、地下のメインサーバールームへと向かった。

司令室の巨大スクリーンには、これまでレインコート周辺だけが表示されていた地図が映し出されていた。

そこへ、マリーたちが接続作業を開始した合図と共に、新たな光が走り始めた。

『データリンク開始。……トポロジーデータ、更新』

『未踏破エリア情報を上書きします』

ピピピピピ……!

地図が、生き物のように東へと広がっていく。

私たちが踏破した森、荒野、そしてメビウス303周辺の山岳地帯。

これまで「黒塗り(未知)」だった世界が、鮮明な情報として解き放たれていく。

「……壮観だな」

レン隊長が感嘆の息を漏らす。

「世界は、こんなにも広かったのか」

「はい。そして、この地図の先には友がいます」

ローズが持ち帰った座標データを基に、レインコートの広域観測レーダーと、メビウス303の通信網が接続された。

ノイズが走り、やがてスクリーンの一角に、アイゼン隊長とカルロ司令の顔が映し出された。

『……聞こえるか? こちらメビウス303』

アイゼンの野太い声が、クリアに響く。

「感度良好だ。……こちらレインコート防衛隊長、レン。……初めまして、東の同胞よ」

レン隊長がマイクに向かって語りかける。

『お初にお目にかかる、レン隊長。……貴都市の部隊には世話になった。リリィ隊長は我々にとっても英雄だ』

カルロ司令が穏やかに微笑む。

二つの都市のトップが、スクリーン越しに対面した。

それは、孤立していた地下都市が、正式に外の世界と繋がり、強固な「同盟」を結んだ歴史的瞬間だった。

「これより、レインコートとメビウス303は、物資・情報・技術の相互交流を開始する。……共に生き残り、機械軍の脅威に立ち向かおう」

『うむ。我らが「剣」と、貴殿らの「盾」。……合わせれば、恐れるものなどない』

司令室のオペレーターたちが、わっと歓声を上げた。

もう、私たちは孤独ではない。

300キロ離れた場所に、背中を預けられる仲間がいる。

その事実は、レインコートの空気を劇的に明るく変えていった。


それから数日が経過した。

リリィブロッサム部隊の帰還と、同盟の締結は、レインコートに空前の活気をもたらしていた。

地下都市のメインストリートは、人間とアンドロイドで溢れかえっている。

シェルター204からの避難民、新たに流入してきた放浪者、そして復興作業に従事する労働者たち。

かつては薄暗く、静まり返っていた通路が、今は屋台の灯りと人々の笑い声で満たされている。

「リリィ! 今日のパトロール区域、また居住区の拡張工事で通行止めだって!」

マリーが膨れっ面で報告してくる。

「またか。……嬉しい悲鳴だな」

私は苦笑した。

人口の爆発的な増加に伴い、地下居住区だけではキャパシティが限界に達していた。

現在、レン隊長の指揮の下、地下だけでなく地上部にも新たな居住ブロックと防壁の建設が進められている。

「守るべき場所」は、地下の点から、地上の面へと急速に拡大していた。

そんなある日。

定例の防衛会議が開かれた。

議題は、深刻化する「ある問題」についてだった。

「……人が増えるのは良いことだ。だが、それを守る『力』が追いついていない」

レン隊長が、厳しい表情で現状の戦力グラフを示した。

「シェルター204、およびイエローシューズの復興に伴い、そちらにも常駐の警備部隊を派遣する必要がある。……だが、我が軍のピースウォーカーの稼働数は限界だ」

スクリーンに映し出される数字は、赤字(不足)を示している。

レインコートの主力であるピースウォーカーは、旧時代の遺産を修理しながら使っている骨董品ばかりだ。

今回の遠征でメビウス303から数機の供与を受けたが、それでも広がり続ける防衛ラインをカバーするには、圧倒的に数が足りない。

「メビウス303に追加供与を頼むのはどうでしょう?」

参謀の一人が提案するが、レン隊長は首を横に振った。

「彼らもナインティとの戦いで疲弊している。……それに、いつまでも友軍の施しに頼っていては、対等な同盟とは言えん」

「しかし、我々には機体を生産する設備がありません。……機体を鹵獲して直すにも、限界があります」

会議室に重い空気が流れる。

守るべきものは増えるのに、守るための剣が足りない。

このままでは、いずれ防衛線に穴が空き、そこから崩壊が始まる。

その時だった。

私の脳裏に、ある光景が蘇った。

それは、物語の中盤。

まだ私たちが弱小部隊だった頃、決死の覚悟で潜入し、ピースウォーカーたちを盗み出した場所。

「……隊長」

私は手を挙げた。

「心当たりがあります」

「なんだ、リリィ」

「機体が足りないのなら、作ればいい。……いえ、『作る場所』を手に入れればいいのです」

私は地図データを操作し、レインコートから北西に位置する山岳地帯の一点を指し示した。

「ここは……機械軍のピースウォーカー生産工廠か?」

レン隊長が目を細める。

「はい。かつて私たちが潜入し、機体を奪取した場所です。……現在、この地域の機械軍主力は東の戦線へ移動しており、この工廠は一時的に放棄、あるいは極めて手薄な状態になっていると推測されます」

私の提案に、会議室がざわめいた。

敵の拠点を奪い、自分たちの工場にする。

大胆不敵な、しかし現状を打破できる唯一の策。

「放棄された工廠を接収し、再稼働させる……か」

レン隊長が顎に手を当て、思考を巡らせる。

「……可能か? マリー」

同席していたマリーが、バッと顔を上げた。

「いけます! ……あそこの設備は旧式ですが、構造は単純です。エネルギー反応炉から送電ラインを引けば、すぐにでも生産ラインを動かせます! ……私たちの手で、新品のピースウォーカーを作れます!」

レン隊長の瞳に決断の光が宿った。

「……よろしい」

彼女は立ち上がり、力強く宣言した。

「リリィブロッサム部隊へ命ず。……目標、北西山岳地帯、旧機械軍ピースウォーカー生産工廠。これを確保し、レインコートの新たなる『剣の鍛冶場』とせよ!」

「了解!」

私は立ち上がり、敬礼した。

自分たちの武器を、自分たちの手で作り出す。

それは、レインコートが真の意味で自立し、この地域を守護する要塞都市へと進化するための、避けては通れない道だ。

「行くぞ、みんな。……もう一度、あの場所へ」

新たな任務。

それは過去の因縁の地を、未来への希望の工場へと変える戦いだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ