殺戮のロジック、決死の臨界点
メビウス303、第1カタパルトデッキ。
早朝の冷たい空気が、熱されたアスファルトと排気ガスの匂いで満たされていた。
そこに並ぶのは、生まれ変わった鋼鉄の戦士たち。
私たち、独立混成即応部隊『リリィブロッサム』と、アイゼン隊長率いるメビウス精鋭部隊の主力機、計22機のピースウォーカーだ。
私の愛機『レイニーブルー』は、朝日を浴びて虹色の光沢を放っていた。
機体表面に蒸着された特殊コーティング【アンチプラズマ装甲】。
かつて第13兵器工廠で非人道的な実験の末に生み出された、「光を拒絶する」ための罪深き盾。
そして、その右腕には、通常の倍近い大きさを持つ長大な火器が握られている。
試作型光学兵器【プラズマライフル】。
これもまた、同胞を焼き殺す実験データから生まれた、禁断の矛だ。
「……重いな」
私は操縦桿を握り、その物理的な重量以上の「重み」を感じていた。
この引き金には、何千人もの怨嗟と、そして未来への希望が同時に掛かっている。
『リリィ、動力炉出力安定。コンデンサ充填率100%。……いつでもイケるよ』
通信パネルに映るマリーの顔は、徹夜の作業でやつれていたが、その瞳は力強かった。
彼女は私の機体のメインジェネレーターを限界ギリギリまでチューンナップしてくれた。
『敵影確認。……予測ポイント・チャーリー。ナインティよ』
ローズの声が緊張を帯びる。
「了解。……行くぞ、みんな!」
私はスロットルを全開にした。
背中のブースターが爆炎を吐き出し、数トンの鉄塊を空へと押し上げる。
Gが身体にのしかかるが、アンドロイドの強靭なボディフレームはきしむことさえしない。
「リリィブロッサム、発進!」
22機の翼が、荒野の空へと舞い上がった。
目指すはメビウス303近郊の上空。
そこで待つ「死神」との決着をつけるために。
高度1500メートル。
雲海の上に出た瞬間、レーダーがけたたましいアラートを鳴らした。
『前方、熱源接近! 数1! ……速いッ!』
雲を切り裂き、黒い影が躍り出た。
P-90 ナインティ。
以前のようなステルス迷彩による奇襲ではない。
堂々とその姿を晒し、まるで私たちを待っていたかのように、真正面から突っ込んでくる。
「来たな……!」
ナインティの三つのセンサーアイが、不気味な赤光を放つ。
奴は一切の減速動作なしに、私たちとの距離を詰めた。
その右腕が持ち上がる。
あの悪夢のような高出力エネルギーライフルだ。
ヒュンッ!
閃光。
殺意の塊のようなビームが、先頭を飛んでいた私のレイニーブルーを捉えた。
回避運動を取る暇もない、神速の一撃。
「リリィ!!」
アイゼンの絶叫。
直撃。
凄まじい衝撃がコックピットを揺さぶる。
視界が真っ白に染まり、警告音が鳴り響く。
だが。
「……熱くない」
以前なら、装甲ごと私を蒸発させていたはずの熱量が、届かない。
装甲表面のアンチプラズマコーティングが、着弾した瞬間にビームのエネルギーをプラズマ化させ、周囲へと拡散・放熱しているのだ。
ジュウウウゥッ……!
装甲表面から白煙が上がるが、それだけだ。
内部への貫通は許していない。
「耐えた……! マリー、凄いぞ!」
私は歓喜した。
「全機、聞いたか! 奴のライフルは防げる! もう私たちは、焼かれるだけの的じゃない!」
『うおおおおっ! すげえ!』
『マジかよ、あの死神の鎌を弾き返したぞ!』
無線から、部下たちの歓声が爆発する。
恐怖の象徴だった即死攻撃を無効化した。
その事実は、兵士たちの士気を一気に最高潮へと押し上げた。
「反撃開始! 囲んで叩き落とせ!」
私たちは数的有利を活かし、ナインティに対して包囲網を形成しようと展開した。
22対1。
しかも、敵の最強の武器は封じた。
勝てる。誰もがそう思った。
だが、ナインティは私たちの甘い予測を嘲笑うかのように動いた。
ギュンッ!!
「なっ……!?」
ナインティが、あり得ない機動を見せた。
水平飛行から、直角に近い角度での急上昇。
そこから空中で静止したかと思えば、今度は真後ろへの急加速。
物理法則を無視しているわけではない。
だが、その動きは「生物」や「有人機」の限界を遥かに超えていた。
「速すぎる……! 照準が追いつかん!」
アイゼンの『ホムラ』が長距離砲を撃つが、ナインティはその弾道を予測していたかのように、最小限の動きで回避する。
奴は無人機だ。
中には、G(重力加速度)に耐えなければならないパイロットがいない。
だから、内臓が破裂し、脳の血液が偏るような10G、20Gの超機動を平然と行える。
人間や、人型構造を持つ私たちアンドロイドが乗るピースウォーカーには、構造上の限界と、パイロット保護のためのリミッターがある。
だが、奴にはそれがない。
「くそっ! こっちは旋回するだけで機体が悲鳴を上げてるのに!」
部下の一人が叫ぶ。
ナインティは、私たちの包囲網の中を、まるで重力のない空間を泳ぐ魚のようにスイスイと飛び回る。
弾幕の隙間を縫い、背後を取り、上下左右あらゆる方向から攪乱する。
『アラート! 第4小隊、後方を取られたわ!』
ローズの警告も間に合わない。
ナインティがすれ違いざまにライフルを放つ。
アンチプラズマ装甲がビームを弾くが、その衝撃で機体のバランスが崩れる。
そこへ、ナインティの左腕のクローが叩き込まれる。
ガギィィン!
物理攻撃だ。
装甲はビームには強いが、物理衝撃までは無効化できない。
体勢を崩したピースウォーカーが、きりもみ回転しながら高度を落としていく。
「落ち着け! 装甲を信じろ! 致命傷じゃなければ戦える!」
私は叫びながら、レイニーブルーをナインティの予測軌道へと向けた。
「ローズ! 奴の次の移動ポイントは!」
『……演算完了! 相対座標、X-40、Y-120! 3秒後にそこを通過するわ!』
「捉えたッ!」
私はローズのナビゲートに従い、ナインティがいる場所ではなく、「これから移動する場所」へ向けて、右腕のプラズマライフルを構えた。
コンデンサが唸りを上げ、莫大な電力が収束していく。
人類の罪の炎。
「喰らえェェッ!!」
トリガーを引く。
青白いプラズマの塊が、空気を焼き焦がしながら射出された。
光速に近いビーム兵器。
いかにナインティと言えど、見てから避けることは不可能。
命中コース。
だが、ナインティの反応は神速だった。
左腕を前にかざす。
空間が歪み、青白い光の壁が出現する。
エネルギーバリアシールド。
ドォォォォォンッ!!
激突。
プラズマ弾がシールドに着弾し、凄まじい光と衝撃波が撒き散らされた。
空が割れたかのような轟音。
「どうだ……!?」
光が晴れる。
そこには、まだナインティが浮いていた。
シールドは消えていない。
だが、その発生器からは黒煙が上がり、機体全体がバチバチとスパークしている。
シールドの光も、以前より不安定に明滅していた。
「貫通はしていない……。けど、効いてる!」
私は確信した。
以前の実弾兵器とは違う。
高エネルギーのプラズマ弾は、シールドの変換能力の限界を叩き、システムに過負荷を与えているのだ。
「あと数発だ! 畳み掛ければ、あの盾を砕ける!」
『よし! 全機、リリィ隊長に続け! 波状攻撃でシールドを飽和させるんだ!』
アイゼンが号令をかける。
勝機が見えた。
私たちは勝利へのルートを手繰り寄せたはずだった。
しかし。
ナインティの動きが、唐突に止まった。
空中で静止し、その三つの目が私たちを見渡す。
不気味な静寂。
『……な、なんだ? 諦めたのか?』
部下が訝しむ。
違う。
私の背筋に、冷たいものが走った。
奴は諦めたんじゃない。
計算したのだ。
『遠距離射撃戦では、アンチプラズマ装甲を抜けない』
『シールドの出力維持限界まで、あと推定120秒』
『現状の戦術の勝率:3%』
『戦術プラン変更。……最適化を実行』
ナインティのスラスターが、異様な光を放った。
次の瞬間、奴は「消えた」。
「ッ!?」
いや、消えたのではない。
爆発的な加速で、一気に距離を詰めてきたのだ。
標的は、アイゼンの部下が乗るピースウォーカー。
「なっ……! うわぁぁぁッ!?」
ナインティは射撃を行わず、ピースウォーカーの懐、いわゆる「ゼロ距離」まで肉薄した。
そして、互いの装甲が触れ合うほどの至近距離で、右腕のライフルを敵機のコックピットに押し当てた。
「やめろォォォッ!!」
ズドォォォォォンッ!!
閃光。
アンチプラズマ装甲は、ビームを拡散させて無効化する技術だ。
だが、銃口を直接押し当てられ、拡散する空間すらない状態で発射されれば――。
拡散しきれない熱量は、一点に集中し、装甲の耐熱限界を瞬時に突破する。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!」
通信機から、鼓膜を劈くような断末魔が響いた。
装甲が内側へ向かって溶解し、コックピットを貫通。
中のパイロットは、逃げる間もなく蒸し焼きにされた。
「……なん……だと……」
ナインティは、崩れ落ちるピースウォーカーを盾にするようにして、次の標的へと跳躍した。
躊躇いも、慈悲も、美学もない。
ただ「相手を殺す」という結果のためだけに導き出された、最も効率的で、最も野蛮な解。
ゼロ距離射撃。
それは、戦闘というよりは「処刑」だった。
「うわあぁぁっ! 来るな! 来るなぁッ!」
「弾け! 近づかせるな!」
パニックに陥った部隊が射撃を行うが、ナインティは味方の残骸や、混乱する機体を盾にして肉薄する。
そして、取り付くや否や、銃口を押し当ててトリガーを引く。
ジュッ、ドォォン!
ジュッ、ドォォン!
一機、また一機。
さっきまで「勝てる」と信じていた仲間たちが、目の前で火達磨になっていく。
空が、炎と黒煙で埋め尽くされていく。
「おのれぇぇぇッ!!」
アイゼンがホムラで突っ込むが、ナインティはその攻撃すら利用し、ホムラの背後へ回り込む。
蹴り飛ばされたホムラが、私のレイニーブルーと激突する。
「ぐぅっ……!」
「すまん、リリィ! だが奴は……速すぎる!」
ナインティは止まらない。
まるで死の舞踏だ。
たった一機のテスト機体に、私たちは蹂躙されている。
最新の装甲も、強力な武器も、奴の「学習」と「最適化」の前には無力なのか。
「……あ……ああ……」
私の目の前で、また一機、レインコートから付いてきてくれた志願兵の機体が、腹部を撃ち抜かれて墜落していく。
彼は、出発前に「妹のために戦う」と笑っていた少年だ。
私の視界が赤く染まる。
警告表示ではない。
私の内側から湧き上がる、どす黒く、燃え上がるような感情の色だ。
「……許さない」
私の演算回路が、冷静な戦術判断を放棄していく。
代わりに、ドロドロとした怒りが全身を駆け巡る。
「よくも……私の部下たちを……!」
「私の、大切な仲間たちを……!!」
ナインティがこちらを向いた。
そのセンサーアイには、何の感情もない。
ただ「次の処理対象」として私を見ているだけだ。
その傲慢さが、その冷徹さが、私の中の何かを断ち切った。
「マリー!!」
私は叫んだ。
『リ、リリィ!? 何!?』
「リミッターを解除する! 動力炉の安全装置を切れ! 全出力だ!」
『はぁ!? 何言ってるの!?』
マリーの悲鳴。
『アンタの機体はチューンナップしたばっかりだよ! リミッター切ったら、ジェネレーター(燃料電池)が保たない! エンジンが溶けちゃうよ!』
「構わない!!」
私はコンソールを殴りつけた。
「この一瞬保てばいい! 奴を殺せるなら、この機体がバラバラになったっていい!」
『……ッ! もう、知らないからね!』
マリーが遠隔操作でロックを外す音が聞こえた。
瞬間、レイニーブルーの心臓部、背面のガスタービンエンジンと大容量バッテリーが、限界を超えた唸りを上げた。
キィィィィィィィン!!
警告音が鳴り止まない。
機体温度がレッドゾーンへ突入する。
振動で視界がブレる。
だが、身体中に満ちる爆発的なパワー。
「行くぞ、死神……!」
私はナインティを睨みつけた。
ここからは、ロジック(論理)じゃない。
意地と、執念と、魂のぶつかり合いだ。
「臨界点突破……!!」
ガガガガガガッ!!
『レイニーブルー』の機体が、内側から食い破られるような激震に襲われる。
背面のガスタービンエンジンが、設計限界を超えた回転数で咆哮し、大容量バッテリーがケーブルを焼き切るほどの高電圧をモーターへ叩き込む。
『警告。メインジェネレーター温度、危険域。』
『警告。関節部アクチュエーター、摩耗率急上昇。』
視界を埋め尽くす赤い警告表示を、私は思考操作で全て最小化した。
邪魔だ。今の私に必要なのは、ナインティの位置情報と、トリガーを引くタイミングだけ。
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
私は雄叫びと共にスロットルを押し込んだ。
爆発的な加速。
G(重力加速度)が全身のフレームをきしませる。
だが、視界の端で黒い影が動くのが見えた。
「そこかッ!」
ナインティが反応する。
奴のセンサーアイが、一瞬だけ驚愕に揺らいだように見えた。
今まで「鈍重な獲物」だったピースウォーカーが、突如として自らと同等の速度域へ侵入してきたことへの論理的な戸惑い。
ナインティは即座に迎撃行動に移る。
右腕のエネルギーライフルを構え、偏差射撃を行う。
正確無比なビームの雨。
「当たってたまるかぁッ!」
私は操縦桿を強引に倒し、機体を横滑り(スライド)させた。
ビームが鼻先を掠め、アンチプラズマ装甲の表面を焦がしていく。
熱い。コクピット内の気温が上昇し、私の冷却ファンも悲鳴を上げている。
だが、追いつける!
「逃がさない!」
私はナインティの背後を取り、右腕のプラズマライフルを放った。
青白い光弾が空を裂く。
ドォォォンッ!
ナインティは背面飛行のままシールドを展開し、それを防ぐ。
だが、その衝撃で機体が大きく揺らいだ。
以前なら即座に姿勢制御していただろう。だが今は、私の連射速度が奴の予測を上回り始めている。
「効いているぞ! シールドの再展開が遅れている!」
アイゼンの『ホムラ』も、地上から援護射撃を加える。
他の生存している部隊員たちも、必死に弾幕を張り、ナインティの逃げ道を塞ぐ。
「お前はもう、無敵の死神じゃない!」
私はさらに加速し、ナインティへと肉薄した。
リミッター解除による超機動戦闘が数分続いた頃。
ナインティの動きが変わった。
奴は回避行動をやめ、空中で急停止した。
三つのセンサーアイが、激しく明滅する。
『演算。……対象:機体コード・レイニーブルー』
『脅威度判定:極大(Fatal)』
『遠距離戦闘による撃破確率:0.01%未満』
『戦術再構築。……推奨行動:特攻』
奴の「最適化」が、新たな答えを導き出したのだ。
射撃戦では、この暴走した私を止められない。
ならば、自身の機体が大破することも厭わず、確実に私のコクピットを潰すしかない、と。
ギュンッ!!
ナインティが、最大出力で私に向かって突っ込んできた。
ライフルを構え、シールドを前面に展開したまま、自らを「弾丸」として特攻させてきたのだ。
「望むところだ……ッ!」
私は逃げない。
ここで退けば、また仲間が狙われる。
それに、私の機体ももう限界だ。
エンジンからは異音が響き、関節からはオイルが噴き出している。
次の交差が、最後のチャンス。
「リリィ! 避けて! 正面衝突する気よ!」
ローズの悲鳴。
「避けない! ……こじ開ける!」
私は残った全ての出力をスラスターに叩き込んだ。
青い流星と、黒い死神。
二つの影が、空の一点で交錯する。
ガギィィィィィンッ!!
金属とエネルギーが激突する、鼓膜をつんざくような衝撃音。
ナインティは衝突の瞬間、左腕のシールドを私の機体に押し付け、右腕のライフルを私のコクピットへと突き出してきた。
ゼロ距離射撃。
あの必殺の処刑スタイル。
「させるかぁッ!」
私は左腕で、ナインティのライフルを強引に掴んだ。
万力のような力で銃口を逸らす。
ズドォッ!!
発射されたビームが、私の右肩装甲を根こそぎ消し飛ばす。
警報音が鳴り響く。
だが、コックピットは無事だ。
「捕まえたぞ……!」
私はナインティと組み合ったまま、密着状態となった。
目の前には、無機質な三つの目。
その奥にある冷徹な演算回路が、私の行動を理解できずに処理落ちしている気配がした。
なぜ逃げない?
なぜ損傷を恐れない?
なぜ、そこまでして戦う?
その問いに、私は魂で答える。
「これが……人間の『強さ』だ!」
「お前のような、ただ効率的に殺すだけの機械には……絶対に負けないッ!」
私は右腕のプラズマライフルを、ナインティのシールド発生器(左腕)に直接押し当てた。
ゼロ距離には、ゼロ距離を。
人類の罪の炎を、お前の盾にねじ込んでやる。
「砕けろォォォォォッ!!」
トリガーを引く。
コンデンサに残った全エネルギーが一気に解放される。
カッ……!!
視界が白一色に染まる。
プラズマの奔流が、至近距離でシールドと衝突し、飽和し、そして限界を超えた。
パリィィィィンッ!!
空間が割れるような音と共に、無敵を誇ったエネルギーシールドが粉々に砕け散った。
ナインティの左腕が爆発し、吹き飛ぶ。
「今だッ!!」
防御を失い、体勢を崩したナインティの胸部、中枢コアユニットが剥き出しになる。
私はプラズマライフルをパージし、自由になった右腕を引いた。
そこに装備されているのは、私が最も信頼する「鉄の杭」。
超硬質パイルバンカー。
「これで……終わりだぁぁぁぁぁッ!!」
渾身の力で突き出す。
射出音と共に、極太の杭がナインティの胸板を貫き、その奥にある制御コアを、動力炉を、そして機械軍の野望を、一撃で粉砕した。
ズガァァァァァァァッ!!
ナインティの機体が激しく痙攣し、内部から紅蓮の炎が噴き出した。
三つのセンサーアイから光が消える。
死神が、死んだ瞬間だった。
爆発の衝撃で、私のレイニーブルーも吹き飛ばされた。
エンジンが完全に焼き付き、全ての動力が停止する。
私たちは絡み合ったまま、重力に引かれて荒野へと落下していった。
……。
…………。
衝撃と轟音。
そして、静寂。
「……っ……う……」
私は再起動シークエンスを実行した。
視覚センサーがノイズ混じりに復旧する。
コクピットのハッチが歪んで開かないため、緊急手動レバーで強引にこじ開けた。
外には、砂塵と黒煙が立ち込めていた。
私はレイニーブルーの上によじ登り、周囲を見渡した。
すぐ側には、黒焦げになり、バラバラに砕け散ったナインティの残骸が転がっていた。
もはや動く気配はない。ただの鉄屑だ。
私たちは勝ったのだ。
「……みんな!」
私は慌てて周囲を見回した。
荒野のあちこちに、不時着、あるいは墜落したピースウォーカーたちが転がっている。
どの機体もボロボロで、煙を上げている。
「応答しろ! ……生きているか!?」
私の叫びに、一つの機体のハッチが開いた。
アイゼンの『ホムラ』だ。
片足を失い、無惨な姿になっていたが、コクピットから顔を出したアイゼンは、煤だらけの顔でニヤリと笑い、親指を立てた。
『……生きてるぞ、隊長。……アンチプラズマ装甲のおかげでな』
それを皮切りに、次々とハッチが開く。
「いってぇ……。背骨が折れるかと思った」
「機体は全損ですが……身体は無事です」
「やった……! やったぞ!」
負傷者は多数。機体はほぼ全滅。
だが、誰一人として死んではいなかった。
あのナインティの猛攻を受けながら、全員が生還したのだ。
「リリィ!」
「リリィ隊長!」
上空から、回収用の輸送機が降りてくる。
ローズとマリーの声が通信機から聞こえた。
マリーの泣きじゃくる声と、ローズの安堵の吐息。
私は空を見上げた。
鉛色の雲の切れ間から、薄い陽光が差し込んでいる。
その光は、まるで私たちの勝利を祝福しているようであり、また、罪を背負って生き残った者たちへの贖いの光のようにも見えた。
「……勝ったぞ」
私はナインティの残骸を見下ろし、呟いた。
お前の最適解は間違っていた。
人間は、ただ守られるだけの弱者じゃない。
そして私たちアンドロイドも、ただの道具じゃない。
私たちは、泥にまみれ、傷つき、過ちを犯しながらも、互いに手を取り合って「運命」さえもねじ伏せる力を持っている。
「帰ろう……みんな」
私はアイゼンたちに向かって手を振った。
傷だらけの英雄たちが、互いの肩を貸し合い、回収機へと歩き出す。
その背中は、どんな新品の機体よりも輝いて見えた。
メビウス303への帰還。
それは凱旋パレードのような華やかさはなかったが、確かな「生」の実感と、明日への希望に満ちた、鉄屑たちの誇り高き行進だった。




