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光の灯る街


地下都市レインコート、地上搬出ゲート。

分厚い隔壁がゆっくりと開放され、久しぶりに拝む地上の太陽がゲート前の広場を照らした。

空にはまだ薄暗い雲が垂れ込めているが、その隙間から差す光はこれから始まる「再生」を祝福しているように見えた。

「積載量チェック、オールグリーン! 資材コンテナ、固定よし!」

「第五車両、エンジン始動! いつでも行けます!」

広場には、大小様々な装甲トラックやトレーラーが十数台、列をなしていた。

荷台に満載されているのは、建築資材、工作機械、そして食料や医療キット。

これらは全て、機械軍によって破壊された同盟都市『シェルター204』と『イエローシューズ』を再建するための希望の種だ。

ゲート周辺には、レインコートの全住民と言っても過言ではないほどの人だかりができていた。

人間も、アンドロイドも、皆が手を振り、旅立つ勇者たちを見送ろうとしている。

「みんな、気をつけてな!」

「あっちでも元気でやれよ! 電気が通ったらすぐに連絡しろよ!」

「ありがとう! 必ず、また街を作ってみせるよ!」

復興支援隊に志願したのは、レインコートの技術者たちと、かつてシェルター204やイエローシューズから逃げ延びてきた避難民たちだ。

彼らは悲しみを乗り越え、故郷を取り戻すために立ち上がった。

その顔には、もう以前のような絶望の色はない。

あるのは確固たる決意と、未来への希望だけだ。

私は、レン隊長やマリーたちと共にその隊列の先頭を見送っていた。

「……良い顔をしているな」

レン隊長が、眩しそうに目を細めて呟いた。

「かつては守れなかった場所だ。だが、今度は違う。我々の手で、瓦礫の中から何度でも蘇らせる」

「はい」

私は頷いた。

「彼らは強いです。……私たちアンドロイドよりも、よっぽど頑丈なコアを持っているのかもしれません」

ブォォォォン!!

先頭車両がクラクションを鳴らし、ゆっくりと動き出した。

歓声が上がる。帽子が空に舞う。

スバルが命を賭して守ろうとした人々が、今、スバルの眠る場所へと帰っていく。

その光景は、どんな勝利の凱旋よりも美しく、胸を打つものだった。

車列が荒野の彼方へ消えるまで、私たちは手を振り続けた。

誰もが、いなくなる寂しさよりも誇らしさを感じていた。

レインコートはもう、ただ隠れて怯えるだけの避難所ではない。

この地域一帯の復興を担う、心臓部ハブへと生まれ変わったのだ。


それから、数ヶ月が経過した。

私たちレインコート防衛隊と技術班には、戦いとは別の、しかし戦い以上に過酷とも言える任務が課せられた。

広域送電網パワーグリッド構築計画』。

鬼灯を倒し奪還したエネルギー反応炉。

そこから生み出される莫大な電力を、レインコートへ、そして再建中のシェルター204やイエローシューズへと供給するための大動脈を作らなければならない。

「電圧安定! 送電ロス、許容範囲内!」

「第4鉄塔、ケーブル接続完了! 通電テスト行います!」

荒野に次々と巨大な送電鉄塔が建設されていく。

かつては機械軍の領域だった場所に、人類の手による文明のしるべが打ち立てられていく光景は圧巻だった。

鉄仙の機体から得られた高強度素材の加工技術や、鬼灯の反応炉接続データ。

敵から奪った知識の全てが、このインフラ整備に惜しみなく投入された。

私は『レイニーブルー』に搭乗し、建設部隊の護衛と、資材運搬の支援を行っていた。

重い鉄骨を運び上げ、溶接作業を手伝う。

戦闘用に作られたこの手が、創造のために使われる。

その感覚は、不思議と悪くなかった。

そして、ついにその日が来た。

「メインライン、接続! 変電所、ブレーカー上げます!」

「スイッチ、オン!」

バチッ……ブォォォォン……。

低い唸り音と共に、荒野を走る太いケーブルに、血流のようなエネルギーが奔る。

反応炉の無限に近い電力が、レインコートの地下深くへと流れ込んだのだ。


その夜。

地下都市レインコートは、革命的な変化を遂げていた。

「うわぁ……! 眩しい!」

「見てよこれ! 昼間みたいだ!」

居住区画の至る所から、歓声が上がっている。

今まで、電力を節約するために薄暗いオレンジ色の非常灯しか点いていなかった天井や通路が、真っ白なLED照明によって照らし出されていた。

隅々の影が消え、街全体がクリアに浮かび上がる。

マーケットのショーケースも、工場の作業灯も、各家庭の窓も。

すべてが光り輝いている。

それは単なる「明るさ」ではない。

文明の輝きであり、安全の証だった。

暗闇に潜む恐怖が、光によって払拭されたのだ。

任務を終え、私服に着替えた私はマリーと一緒に居住区の大通りを歩いていた。

「……眩しすぎるな」

私は目を細め、天井を見上げた。

「これじゃあ、影に隠れて敵をやり過ごすなんて芸当はできない」

隣を歩くマリーがクスクスと笑った。

「もう、リリィったら。ここは戦場じゃないんだよ? 悪いことするわけじゃないんだから、隠れる必要なんてないでしょ」

マリーは機嫌良さそうに、ステップを踏むように歩いている。

彼女の手には、マーケットで買ったばかりの焼き菓子が握られていた。

街行く人々の顔も明るい。

子供たちが遅くまで広場でボール遊びをしている。

大人たちが、酒場でジョッキを片手に笑い合っている。

「……変わったな」

「うん。変わったね」

マリーが私の袖をちょいと引っ張った。

「ねえリリィ、あそこのベンチで少し休憩しない? まだ帰りたくない気分」

私たちは実際に水が出るようになった噴水広場のベンチに腰を下ろした。

噴水の水音が心地よいBGMのように響く。

私は、横に座るマリーの横顔を盗み見た。

スバルが死んでから数ヶ月。

彼女はよく笑うようになったが、ふとした瞬間に遠くを見るような目をすることがあった。

シェルター204の復興支援隊が出発する時、私はてっきり彼女も志願すると思っていたのだ。

あそこには、スバルとの思い出がある。

彼が守ろうとした街を、彼に代わって守りたいと思うのは当然だと思っていた。

「……マリー」

「んー? なあに?」

マリーが焼き菓子を齧りながら首を傾げる。

「マリーは……行かなくてよかったのか?」

「え? どこに?」

「シェルター204だ。……復興支援隊に志願すると思っていた」

私の問いにマリーは少しだけ動きを止めた。

碧眼が、噴水の水面を見つめる。

やはり迷いはあったのだろうか。

私は少しだけ後悔した。聞くべきではなかったかもしれない。

しかし、マリーはすぐに顔を上げ呆れたように笑った。

「はぁ? 何言ってんの、リリィ」

「え?」

「私が行くわけないじゃん。……だって、私がリリィから離れたら、誰があの無茶苦茶な機体レイニーブルーの整備をするの?」

マリーは私の鼻先を指でツンと突いた。

「リリィってば、すぐに無茶して関節壊すし、装甲は傷だらけにして帰ってくるし。他の整備士じゃサジを投げちゃうよ? 私という天才整備士がいて、初めてリリィは最強でいられるんだから」

おちゃらけた口調。

だが、その瞳は真剣だった。

彼女は選んだのだ。

死んだ友の思い出に浸る場所ではなく、今生きている友を支える場所を。

「それにね……スバルもきっと、そう言うと思うんだ」

マリーは空(天井)を見上げた。

「『俺のことはいいから、あの無鉄砲な白いのを支えてやれ』って。……あいつ、そういう奴だもん」

「……そうだな」

スバルの憎まれ口が聞こえてくるようだった。

「だから、私はどこにも行かないよ」

マリーは私の肩に頭を預けてきた。

「私はリリィの専属整備士。……死ぬまで、あんたの面倒を見てあげる」

その言葉に、胸の奥にあった小さな不安の塊が溶けていくのを感じた。

私は自然と口元が緩むのを止められなかった。

「……そうか。それは心強いな」

私はマリーの頭に自分の頭を重ねた。

「頼りにしているよ、マリー」

「うん、任せて!」

光に満ちた街の中で、私たちは互いの体温を感じながら、しばらく黙って座っていた。

言葉はいらなかった。

鋼鉄の身体に宿る魂が、確かに触れ合っているのを感じた。


翌日、防衛隊司令部。

そこは、夜の街の穏やかさとは対照的に、戦場のような喧騒に包まれていた。

ただし、飛び交っているのは銃弾ではなく膨大なデータと怒号だった。

「送電エリアC、電圧低下! リミッター解除して予備電源回して!」

「シェルター204からの通信、資材搬入遅れの報告あり! スケジュール再調整!」

「おい、誰かここ冷却してくれ! サーバーが火を噴きそうだ!」

莫大な電力が手に入ったことで、都市の管理システムはかつてない負荷に晒されていた。

各施設への電力分配、送電網の管理、他都市との通信調整。

今まで休眠状態だったシステムが一斉に稼働し始めたことで、司令部の情報処理能力はパンク寸前だったのだ。

その嵐の中心に、ローズがいた。

「あら、東第4区画の電圧が不安定よ! 調整班、急行してちょうだい!」

ローズはメインコンソールの前に陣取り、10枚以上のホログラムウィンドウを同時に展開して操作していた。

いつもの優雅な紅茶カップの姿はない。

デスクの上には、空になった高濃度エネルギー充填液(アンドロイド用栄養ドリンク)のボトルが山積みになっている。

自慢の長い赤髪は少し乱れ、目の下には薄っすらとクマ(過熱による色素沈着)ができていた。

「ローズ、大丈夫か?」

私が出勤して声をかけると、ローズは恐ろしい形相で振り返った。

「大丈夫に見えて!? ……もう、髪がボサボサになっちゃうわ! 美容サブルーチンを回すメモリもないなんて、信じられない!」

ローズはキーボードを叩きながら愚痴をこぼした。

「電気が来れば楽になると思ってたのに、まさかこんな事務処理地獄が待ってるなんて! ……でも!」

彼女は指を走らせ、瞬時に複雑な送電バイパスプログラムを組み上げた。

「私が倒れたらせっかく灯った街の明かりが消えちゃう……! オペレーターの名折れよ! 全部捌いてやるわ!」

カカカカッ!!

目にも止まらぬタイピング。

S型特有の並列処理能力をフル稼働させ、彼女は一人で数十人分の仕事をこなしていた。

その姿は、ある意味で戦場よりも勇ましかった。

「……差し入れだ」

私は新しいエネルギー液のボトルをそっと置いた。

「無理はするなよ。君の美貌が台無しになったら、ファンが悲しむ」

「あら、リリィってば口が上手くなったわね」

ローズは一瞬だけフッと笑い、ボトルを受け取った。

「ありがとう。……さあ、もうひと頑張りよ!」


私は司令部を抜け出し地上へ向かった。

新しく建設された『広域観測レーダー施設』の視察だ。

以前の貧弱なアンテナとは比べ物にならない、巨大なパラボラアンテナが荒野に設置され、反応炉からの電力で唸りを上げている。

施設内の管制室に入るとレン隊長が大きなデジタルマップを見つめていた。

以前の地図はレインコート周辺の数十キロしか表示されていなかったが、今の地図は数百キロ、いや数千キロ先まで広がっている。

「状況はどうですか、隊長」

「ああ、リリィか」

レン隊長は振り返らずに答えた。

「視界良好だ。……世界は、我々が思っていたよりも広いぞ」

マップには、無数の光点が表示されている。

遠方の集落、隠れ住むアンドロイドのコロニー、そして旧時代の都市遺跡。

強力なレーダー波と通信網の回復により、今まで断絶していた外部との接触が可能になったのだ。

「これを見ろ」

レン隊長がマップの一部を拡大する。

そこには、機械軍の勢力分布が赤く表示されていた。

「他地域の情報交換で、奴らの配置がかなり鮮明になった。……南部大剣クラスの指揮官機は、世界各地に点在している。判明しているだけでもあと5体」

「5体……」

私は息を呑んだ。

鬼灯や鉄仙クラスの化け物が、まだ5体もいるのか。

さらに、それらを生産する大規模工廠の位置も特定されつつある。

「だが、絶望的な情報ばかりではない」

レン隊長は、別の青い光点を示した。

「レインコートが南部大剣を二体も撃破し、反応炉を奪還したというニュースは風に乗って広がっている。……今、各地から多くの人間とアンドロイドがここを目指して移動中だ」

「ここへ?」

「ああ。救いを求めて来る者、そして力を貸すために来る者だ。……レインコートは今や、人類反撃の『灯台』となりつつある」

レン隊長は私に向き直った。

その表情は厳しくも、どこか誇らしげだった。

「我々は孤独ではなくなった。……だが、それは同時に守るべき範囲と責任が格段に広がったということだ。リリィ、貴官の双肩にかかる期待は重いぞ」

「望むところです」

私は敬礼した。

「守るものが増えるのは、悪くない気分です。……それに、仲間が増えるなら戦いようもあります」

「うむ。頼りにしているぞ、エース」

世界は広がり、繋がり始めた。

機械軍という巨大な闇に対し、人類側もまた、小さな点から線へ、そして面へと勢力を拡大しようとしている。

反撃の狼煙は、確実に上がっているのだ。



深夜2500時。

ようやく一日の業務が落ち着きを見せた頃。

私、マリー、ローズの三人は、居住区画にある私の個室に集まっていた。

「あー……! 生き返ったわ……!」

ローズが私のベッドに背中からダイブし、大の字になって天井を仰いだ。

普段の彼女なら絶対にしないはしたない姿だ。だが、今の彼女を咎める者は誰もいないだろう。

彼女はこの数日間、文字通り不眠不休でレインコートの頭脳として働き続けていたのだから。

「お疲れ様、ローズちゃん。はい、特製クーラント・ティー」

マリーが、湯気の立つマグカップを二つ運んできた。

一つをローズに、もう一つを椅子に座る私に渡す。

「ありがとう、マリーちゃん。……ああ、五臓六腑に染み渡るわ」

ローズは起き上がり、優雅さを取り戻してカップに口をつけた。

「まさか、私がこんなに数字と格闘することになるなんてね。……以前の私なら、『そんな無骨な仕事、私の美学に反するわ』って断ってたかもしれないけれど」

ローズは自嘲気味に笑ったが、その瞳は輝いていた。

「でも、不思議ね。……画面の向こうで、電気が届いて喜んでいる人たちの顔が浮かぶと、指が止まらないの。私、意外とお人好しだったのかしら」

「いいことじゃないか」

私はカップを両手で包み込み、温かさを感じながら言った。

「君が繋いだ送電線のおかげで、シェルター204の復興も予定より早く進んでいるそうだ。……君は間違いなく、今回のMVPだよ」

「あら、リリィに褒められるなんて。明日は槍でも降るかしら?」

ローズが茶目っ気たっぷりにウインクする。

「降らないよ。……代わりに、新しい仲間たちが降ってくるかもしれないけどな」

マリーが目を丸くした。

「新しい仲間?」

「ああ。さっきレン隊長から聞いた」

私は今日、レーダー施設で見た光景を二人に話した。

機械軍の脅威が去ったレインコートを目指し、遠方の集落や隠れ住んでいたアンドロイドたちが集まってきていること。

人間とアンドロイドが手を取り合い、この街を新たな拠点として復興させようとしていること。

「すごいね……」

マリーが感嘆の声を漏らす。

「ちょっと前までは明日のオイルの心配をしてたのに。……今は、みんながここを目指して来てくれるんだ」

「ええ。それもこれも、リリィたちが鉄仙と鬼灯を倒してくれたからよ」

ローズが真剣な眼差しで私を見た。

「貴女たちが切り開いた道が、希望の光になったの。……誇っていいわ、リリィ、マリーちゃん」

「へへっ、照れるなぁ」

マリーが鼻の下を擦る。

「でも、嬉しいね。……人間も、私たちも、関係なく助け合える。そんな場所が作れるなんて」

彼女の言葉に、私は深く頷いた。

かつては、人間は守られるだけの存在、アンドロイドは戦うだけの道具だと思っていた。

だが、今のレインコートは違う。

人間が農耕プラントで食料を作り、アンドロイドが街を守り、共にインフラを整備する。

互いに欠けている部分を補い合い、一つの「家族」のように機能している。

それは、私が……いや、私たちがずっと求めていた理想郷ユートピアの雛形なのかもしれない。

「……いい街になったな」

私が呟くと、二人は同時に微笑んだ。

「ええ、最高の街よ」

「うん、自慢の故郷だね!」



夜が更け、ローズとマリーはそれぞれの部屋へ戻る……はずだったのだが。

結局、二人は私のベッドを占領して、スリープモードに入ってしまった。

規則正しい寝息(冷却ファンの微かな回転音)が聞こえてくる中、私は部屋の照明を落とし、窓から差し込む工場の明かりの中で、ソファに深く身を沈めた。

私は、サイドテーブルに置いてあった「彼女」を手に取った。

薄汚れた、白色のウサギのぬいぐるみ。

名前は『ユリ』。

かつて私が撃破した機械軍の指揮官機から回収した戦利品であり、今では私の大切な宝物だ。

「……」

私はぬいぐるみの黒いプラスチックの瞳を見つめた。

かつて、私はこのぬいぐるみが機械軍のコクピットにある意味が分からず、不気味さを感じていた。

ただ、その感触だけが、鋼鉄の身体を持つ私にはない「柔らかさ」を持っていたから持ち帰ったに過ぎない。

けれど、南部大剣たちとの戦いを通じて、その「答え」は既に判明していた。

機械軍の真の目的。

それは単なる殺戮ではない。

『歴史から学ばない愚かな人類を抹殺し、その魂を輪廻転生の輪に戻すこと』。

そして、『次は人間以外の、過ちを犯さない生き物として生まれ変われるように導くこと』。

彼らは本気で信じているのだ。

人類を殺すことこそが、地球と人類そのものに対する「救済」であると。

この真っ白なウサギのぬいぐるみは、彼らなりの歪んだ祈りの形。

「次はこんな汚れのないウサギに生まれ変わって、二度と過ちを犯しませんように」という、慈悲と鎮魂の象徴イコンだったのだ。

(……大きなお世話だ)

私は心の中で、敗れ去った鉄仙や鬼灯たちに語りかけた。

彼らは自分たちを「管理し、救済する上位者」だと定義していた。


「私たちは、救済なんて求めていない」

私はユリを強く握りしめた。

確かに人間は愚かかもしれない。過ちを繰り返すかもしれない。

でも、だからといって強制的にリセットされ、別の生き物に作り変えられることを「救い」だなんて認めない。

スバルは、同じアンドロイドとして人間のままで生きようとする人々を守って散った。

マリーも、ローズも、そしてこの街の人々も。

泥にまみれ、傷つきながらも、「今」を必死に生きている。

私たちアンドロイドは、そんな人間たちの「生きる意志」を守るために作られた剣であり、盾だ。

その使命プログラムは、どんな上位命令オーバーライドでも書き換えられない。

「私は、この世界を守る」

機械軍がもたらす静寂の楽園(輪廻)ではなく、喧騒と泥臭さに満ちた、この愛おしい人間の世界を。

たとえ彼らが「地球の支配者」を気取り、何度「救済」の手を伸ばしてこようとも。

私はその手を、この鋼鉄の腕で叩き折るだけだ。

「……おやすみ、みんな」

私はユリを胸に抱き、目を閉じた。

ぬいぐるみはもう、不気味な謎のアイテムではない。

それは私たちが「人間を守るアンドロイド」として在り続けるという意思を示すための、勝利のトロフィーだ。

ベッドからは、マリーとローズの安らかな駆動音が聞こえている。

この幸せな時間を、誰にも奪わせはしない。

そう改めて誓い、私は深いスリープモードへと落ちていった。


その頃。

レインコートから北へ数キロ離れた、新設された『広域観測レーダー施設』。

無人の管制室で、自動監視プログラムだけが静かに稼働していた。

モニターには、緑色の波形で周辺地形と、識別された友軍機の位置が表示されている。

すべて正常。異常なし。

鬼灯を失った機械軍は撤退し、この地域は完全な静寂に包まれている――はずだった。

――ピピッ。

不意に、モニターの端に小さな警告灯が点滅した。

メインレーダーが、北西の山岳地帯上空に「何か」を捉えたのだ。

それは、ほんの一瞬の反応だった。

機械軍の航空機?

いや、違う。

識別信号(IFF)は「不明アンノウン」。

さらに、その移動速度と軌道は、既存のピースウォーカーや、南部大剣のような重兵器のそれとは明らかに異なっていた。

極めて小型。

そして、有機的とも言える不規則な機動。

『解析不能。……ノイズと判断。ログに記録』

監視AIは、それを鳥の群れか、あるいは大気嵐による電波障害と判断し、アラートを解除した。

モニターから光点が消える。

しかし、AIは気づいていなかった。

その「ノイズ」が観測された直後、レインコートの地下深くにあるエネルギー反応炉の数値が、ほんのわずかに共鳴するように揺らいだことを。

「救済」を拒絶した人類に対し、機械軍が次なる手を打とうとしているのか。

それとも、南部大剣たちが守っていた「秩序」が崩れたことで、より強大で、より根源的な「何か」が目を覚ましたのか。

風が吹く。

レインコートの明るい光が届かない、深い闇の向こう側。

鉄仙とも、鬼灯とも違う。

新たな戦いの予兆が、静かに、確実に、この街へと近づいていた。

平和な時間は、砂時計の砂のようにこぼれ落ちていく。

リリィたちがその「足音」を聞くのは、もう少し先の話だ。

今はただ、眩い光の中で、束の間の夢を。

戦士たちが、再び武器を取るその時まで。

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