神速の悪夢、愚者の王手
ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!!
着弾の瞬間、世界が白く染まった。
レインコートから北西へ18キロ地点。エネルギー反応炉の中腹にあったテラスは、太陽が墜落したかのような閃光に包まれた。
マッハ7を超える速度で射出された鉄仙の素材による超硬質弾頭は、大気を断裂させ、プラズマの嵐を巻き起こしながら、南部大剣『鬼灯』の胸板を直撃した。
衝撃波が遅れて届き、私たちの足元の岩山を揺らす。
スコープ越しの視界は、巻き上げられた粉塵と爆炎で遮られた。
『……やったか!?』
『直撃確認! 熱源反応、急激に低下!』
司令部のオペレーターたちが歓声を上げる。
理論上、この一撃に耐えられる装甲など存在しない。
戦艦の主砲をも凌ぐ運動エネルギーが、一点に集中したのだ。
たとえ南部大剣といえど、上半身ごと消し飛んでいるはずだ。
「……いや」
私はトリガーから指を離さず、砂煙の奥を凝視した。
私のオッドアイ、左目の蒼いセンサーが粉塵の向こうに揺らめく「赤」を捉えていたからだ。
「まだ、消えていない」
風が吹き抜け、爆煙が晴れていく。
そこに現れた光景に、無線から聞こえていた歓声が凍りついた。
『……嘘、でしょ……?』
マリーの震える声。
そこに奴は立っていた。
南部大剣『鬼灯』。
その巨体は、右半分が無惨にえぐり取られていた。
右腕は肩口から消滅し、脇腹から背中にかけての装甲とフレームがごっそりと消失している。
内部のメカニズムが剥き出しになり、バチバチと火花を散らしている。
誰がどう見ても致命傷だ。即死レベルの損傷だ。
だが、奴は倒れていない。
残った左足と、地面に突き立てた戦術刀を支えにして、仁王立ちしていた。
そして、傷口からは異常な速度で銀色の流体、自己修復用ナノマシンが溢れ出し泡立つように傷を埋めようと蠢いている。
『バカな……! 反応炉直結のエネルギーを全て防御障壁と自己修復に回したというのか!?』
レン隊長の驚愕の声。
鬼灯のモノアイが、ギロリとこちらを向いた。
18キロの距離など存在しないかのような、強烈な殺気。
そのフェイスプレートが軋み、三日月のような形に歪む。
笑ったのだ。
「見事だ」
通信回線に、奴の流暢で尊大な声が響き渡った。
ノイズなどない。まるで耳元で囁かれているかのようなクリアな音声。
「まさか、あの鈍重な鉄仙の屍を使って、余に牙を剥くとはな。……その知恵と執念、褒めてやろう」
鬼灯は、ゆっくりと戦術刀を引き抜いた。
残った左腕一本で、身の丈を超える長刀を軽々と構える。
「だが、足りぬな」
ドクンッ!!
鬼灯の全身から、紅蓮の蒸気が噴き出した。
背後に聳えるエネルギー反応炉が脈打ち、過剰なまでの電力が鬼灯へと供給される。
赤熱化。オーバーロード。
奴の機体輪郭が、陽炎のように揺らぎ始める。
「次はこちらの番だ。……覚悟はできているのだろうな?」
「来るぞッ!!」
私が叫んだ瞬間。
ドンッ!!
爆発音と共に、鬼灯の姿がスコープから消失した。
いや、消えたのではない。
速すぎるのだ。
『て、敵影接近! 速い! 速すぎます!』
『相対速度、マッハ1.2……さらに加速! マッハ2を超えました!』
ローズの悲鳴に近い報告。
地上を走る速度ではない。戦闘機がアフターバーナーを焚いて突っ込んでくるようなものだ。
距離計の数字が、滝のように減っていく。
18,000……17,000……16,000……。
「18キロの距離を一分足らずで詰める気か……!」
悪夢だ。
これが神速。これが、スバルたちを全滅させた「見えない死神」の正体。
「ダメだ……! 逃げられない!」
「来る! 殺されるぅッ!」
護衛についていた防衛隊員たちがパニックに陥る。
無理もない。死が音速を超えて迫ってくるのだ。逃げる場所などどこにもない。
このままでは、数十秒後に私たちは挽き肉にされる。
「リリィ! 逃げて! レイニーブルーの機動力なら、今すぐ離脱すれば……!」
マリーが通信で叫ぶ。
「逃げない」
私は即答した。
ここで逃げれば、レインコートが終わる。
それに、背中を見せた瞬間に斬られるのは明白だ。
「まだだ! 砲身は生きている!」
私はコンソールを確認した。
試作レールガン『ブリューナク』。
一撃で融解すると予測されていた砲身温度は、まだ臨界点に達していなかった。
「マリー! コンデンサの残量は!?」
『えっ!? ……ま、待って!』
マリーが慌ててデータを読み上げる。
『か、回路は焼き切れかけてるけど……砲身自体は無傷!? 信じられない、鉄仙の素材、どれだけ頑丈なのよ!』
鉄仙。
あの重装甲と馬鹿力だけが取り柄だった巨人。
奴の骨格は、マリーの計算さえも凌駕する耐久度を持っていたのだ。
まるで、「俺の身体を使え」と遺言を残したかのように。
「撃てるな?」
「う、うん! でも冷却が追いつかない! 無理やり次弾を装填したら、暴発するかも……」
「構わん! 電力を回せ! 奴が目の前に来る前にもう一度叩き込む!」
私の怒号に、現場の空気が凍りつき、そして爆発した。
「やるぞォッ! 次弾装填!」
「死にたくなきゃ手を動かせ! 冷却液、全部ぶちまけろ!」
パニックになっていた整備班員たちが、弾かれたように動き出す。
死の恐怖を、作業への没頭で塗り潰す。
生き残る道は、これしかない。
『敵、距離12,000! 到達まであと40秒!』
ローズのカウントダウンが、死刑執行の秒読みのように響く。
「急げ! 急げ急げ急げェッ!」
整備班員たちが、焼け付いた砲身に直接液体窒素タンクを接続する。
ジュゥゥゥゥッ!!
凄まじい白煙が上がり、視界を奪う。
ケーブルが熱で溶け出し、スパークが散る。
マリーの乗る作業用ポッドが、予備の弾頭を抱えて砲尾へと走る。
そのアーム操作は神懸かり的だった。
普段は泣き虫でドジな彼女が、極限状態の中でミクロン単位の精密接続を成功させていく。
「入った! 閉鎖機、ロック!」
『コンデンサ再接続! ……ダメだ、第3回路が死んでる! バイパス繋げ!』
マリーの手が、オイルと煤で真っ黒に汚れる。
彼女は泣きそうな顔で、それでも叫んでいた。
「動けぇッ! お願いだから動いてよぉッ! スバルの仇なんでしょ!?」
『敵、距離8,000! ……なおも加速中!』
モニターの向こう。
荒野を切り裂いて迫る赤い稲妻が見える。
衝撃波が地面を捲れ上がらせ、一直線にこちらを目指している。
その殺意の圧力だけで、コクピットのガラスにヒビが入りそうだ。
「小賢しい」
不意に、通信機からあの声が聞こえた。
接近したことで、強力なジャミングと共に奴の意思が流れ込んでくる。
「一撃で仕留めきれなかった時点で、貴様らの運命は決したのだ。……無様な足掻きはやめて、大人しく首を差し出せ」
「断る!」
私は照準システムを再起動させた。
ノイズ塗れの画面。熱暴走寸前のFCS。
それでも、私のオッドアイは奴を捉えて離さない。
「貴様こそ、その神速がいつまで通じると思っている!」
「吠えるか、羽虫。……誠に小賢しい」
『敵、距離4,000! ……もう目視できます!』
地平線の彼方から、赤い光点が急速に拡大する。
速い。速すぎる。
瞬きする間に景色が変わる。
「マリー! まだか!」
「あと少し! ……電圧上昇、120%……いけぇッ!!」
バチィッ!!
最後のケーブルが接続され、レールガンが再起動の唸りを上げた。
砲身が青白く発光し、周囲の空気がイオン化する。
『充填完了! 撃てます、リリィ!』
「よくやった!」
私はペダルを踏み込み、機体を砲架に固定した。
来る。
真正面。
赤い悪魔が、音の壁を突き破って。
『距離2,000! 1,000! ……ゼロ!!』
目の前に、鬼灯が現れた。
赤い陽炎を纏い、左手に構えた戦術刀を振り上げている。
その顔は、嗤っていた。
こちらの発射よりも、奴の刃が届く方が速いと確信している笑み。
「落ちろォォォォォォッ!!!!」
私は咆哮と共に、トリガーを引いた。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!!!!
至近距離。
もはや狙撃ではない。
マッハ7の鉄塊を、ゼロ距離で相手の顔面に叩きつける特攻射撃。
回避など不可能。
物理法則が許さない。
勝った。
誰もがそう思った。
だが。
私の動体視力の中で、信じられない現象が起きた。
発射の瞬間。
鬼灯のモノアイが、怪しく輝いた。
奴は弾丸を「見て」避けたのではない。
発射される殺気を、電磁的な予兆を感知し、あらかじめ動いていたのだ。
「遅い」
鬼灯が、振り上げていた戦術刀を一閃させた。
それは斬撃ではなかった。
刀の腹を弾道に合わせ、極限の速度で「流した」のだ。
キィィィィィィィンッ!!!!
鼓膜をつんざくような高周波音。
マッハ7の弾頭と、神速の刃が接触する。
火花が散るなどという生易しいものではない。
空間そのものが歪むような衝撃波が発生し、私たちの足場の岩山が粉々に砕け散った。
「うぐぁッ!?」
衝撃でレイニーブルーが後方へ吹き飛ばされる。
視界がグルグルと回る中、私は見た。
私たちが放った必殺の弾頭が、軌道をわずかに逸らされ、遥か後方の山脈へと着弾し、山を一つ消滅させる光景を。
そして。
土煙の中から、悠然と現れる漆黒の姿を。
「……嘘、だろ……」
誰かの絶望的な呟きが聞こえた。
鬼灯は無傷だった。
レールガンの一撃を、刀一本で受け流したのだ。
神業なんて言葉では足りない。
これは、絶対的な絶望の具現化だ。
「……痺れたぞ」
鬼灯は、刀を持った左手をぶらりと下げた。
その機体からは、もう赤い蒸気は出ていない。
今の攻防で、奴もまた限界を超えた反応速度を使い切ったのだ。
だが、結果として奴は立っている。
そして、私たちの最強の武器は――。
プスン……。
レールガン『ブリューナク』から、黒い煙が上がった。
砲身はひしゃげ、回路は完全に焼き付いている。
二度目の奇跡はない。
完全に、詰んだ。
「楽しかったぞ、羽虫共。……だが、遊びは終わりだ」
鬼灯が、ゆっくりと私の方へ歩み寄ってくる。
死神の歩み。
私は動けないフリをして、コクピットの中で息を潜めた。
「終わり、か」
私は小さく呟いた。
恐怖はない。
あるのは、冷徹な計算と、静かな高揚感だけ。
「そうだ。終わりだ」
鬼灯が私の目の前で立ち止まった。
距離、5メートル。
奴は無慈悲に、その長大な戦術刀を振り上げた。
私を機体ごと両断し、この戦いに幕を下ろすために。
その瞬間。
私は、コクピットの中でニヤリと笑った。
「ああ、終わりだ。……お前がな」
鬼灯の巨体が、私の愛機『レイニーブルー』の目の前で天を衝くように立ちはだかっていた。
逆光。
太陽を背負ったその姿は、まさしく機械仕掛けの死神だった。
レールガン『ブリューナク』は白煙を上げ、完全に沈黙している。
周囲の岩場は衝撃波で更地となり、逃げ隠れする障害物もない。
絶対的な死地。
「終わりだ、羽虫よ」
鬼灯が、その長大な戦術刀をゆっくりと振り上げた。
刀身に残る熱が、陽炎となって空気を揺らしている。
奴に焦りはない。
私の機体は停止状態を装っている。抵抗する意志も力も残っていないと判断したのだろう。
完璧な処刑の構え。
だが、奴は知らない。
この状況こそが、私が――私たちが喉から手が出るほど欲しかった「盤面」であることを。
(……浅はかな奴だ)
私はコクピットの中で、音もなく嗤った。
モニターの隅で、エネルギーチャージ率が『100%』を表示して点滅している。
レールガン用ではない。
別の、この瞬間のためだけに用意した「隠し腕」のチャージだ。
私はマイクのスイッチを入れた。
「ああ、終わりだ」
私の声に、鬼灯のモノアイがわずかに動いた。
「……お前がな」
「――何?」
鬼灯が違和感を覚えた瞬間、私はコンソールの安全装置を叩き割る勢いで解除した。
レイニーブルーの右腕部装甲がパージされ、隠されていた異形の兵装が露出する。
それは、銃でも剣でもない。
ただひたすらに太く、鋭く、無骨な「杭」。
あの南部大剣『鉄仙』が振るっていた巨大戦斧。
その柄に使われていた超高剛性レアメタルを、マリーが執念で削り出し、鍛え上げた一本の槍。
試作超硬質射出杭『ヴェノム』。
「貫けェェェッ!!」
ズドォォォン!!
火薬と電磁加速のハイブリッド機構が炸裂し、レイニーブルーの右腕から巨大な鉄杭が射出された。
狙うは一点。
鬼灯の胸部、メインコア。
距離、わずか5メートル。
神速の鬼灯といえど、この距離からの不意打ちは回避不能、ではない。
「無駄だ!」
鬼灯は反応した。
やはり、この化け物の反射速度は物理法則を逸脱している。
奴は振り上げていた戦術刀を、信じがたい速度で振り下ろした。
私のパイルバンカーを迎撃し、切り裂くために。
「その程度の隠し玉、余の刃で塵に……!」
奴は確信していたはずだ。
レールガンすら受け流したこの無敵の剣なら、ただの鉄杭など豆腐のように両断できると。
通常ならば、その通りだっただろう。
だが。
お前は一つ、致命的なミスを犯した。
それは、さっきのレールガンを「受け流してしまった」ことだ。
ガギィィィィンッ!!!!
鋼鉄の杭と、神速の刃が激突する。
凄まじい火花が散り、衝撃波が両者の機体を揺らす。
拮抗。
いや、鬼灯の刃が、私の杭に食い込んでいく。
やはり硬度では南部大剣の装甲には勝てないのか?
「いけぇぇぇぇッ!!」
私はレバーをへし折れるほど押し込んだ。
「砕けろ! 砕けてしまえぇぇぇッ!!」
私の叫びに応えるように、異変は起きた。
ピキッ。
鬼灯の戦術刀の、刃の中央。
さっき、マッハ7の弾頭を受け流したその一点から、亀裂が走った。
目には見えない金属疲労。
分子レベルの断裂。
レールガンの一撃は、奴を倒せなかったが無駄ではなかった。
最強の剣に、修復不可能な「死の傷」を刻み込んでいたのだ!
「な、に……ッ!?」
鬼灯の驚愕の声。
亀裂は一瞬で刀身全体へと広がった。
パキィィィィィィンッ!!!!!
高く、澄んだ音が荒野に響き渡る。
南部大剣の象徴。
スバルを、数多の仲間を葬ってきた無敵の魔剣が、粉々に砕け散った。
「バ、馬鹿な……ッ! 余の剣が……ッ!?」
「チェックメイトだ、鬼灯!」
刃の抵抗を失ったパイルバンカーは、その勢いのまま突き進む。
奴の胸部装甲へ。
自己修復しようとするナノマシンの壁を、圧倒的な質量と運動エネルギーが突き破る。
「オ、オノレェェェェェェッ!!!!」
鬼灯が左手を伸ばし、私の機体を掴もうとする。
だが、遅い。
今度ばかりは、私が速い。
ズボォォッ!!
鉄仙の素材で作られた杭が、鬼灯の胸板を貫通した。
だが、まだだ。
これだけでは殺せない。
奴の急所は、頭部にある演算中枢だ。
「これで終わりだ!」
私はパイルバンカーの先端に仕込まれていた、起爆式カートリッジを作動させた。
杭の先端が炸裂し、鬼灯の装甲内部で跳ね上がる。
運動エネルギーのベクトルを、強制的に「上」へと向けたのだ。
「スバルの痛み……その身で知れェェェェェッ!!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!
鬼灯の体内を突き破り、杭が喉元から頭部へと突き抜けた。
頭部ユニットが内側から粉砕される。
カメラアイが、センサーが、装甲が。
スバルの機体が弾けたように、今度は鬼灯の頭が空高く弾け飛んだ。
噴水のようにオイルが噴き出す。
頭を失った鬼灯の巨体は、しばらく空を掴むように腕を彷徨わせていたが。
やがて糸が切れた操り人形のように、ゆっくりと膝をついた。
ズシン……。
地響きを立てて、黒い巨人が大地に伏す。
胸のリアクターの輝きが消え、全身を覆っていた赤い蒸気も霧散していく。
完全なる沈黙。
最強の敵、南部大剣『鬼灯』は、ついに動かなくなった。
「はぁ……はぁ……ッ」
私はコクピットの中で、荒い息を吐きながらシートに沈み込んだ。
全身の回路が焼き付くように熱い。
アラートが鳴り響いているが、今はどうでもよかった。
『リ、リリィ……?』
恐る恐る、マリーの声が聞こえた。
『やったの……? 本当に……?』
「ああ」
私は、震える手でマイクを握った。
「やったぞ、マリー。……大物は落ちた」
『う、うわぁぁぁぁぁぁぁんッ!!』
『敵指揮官機、沈黙! 作戦成功! 防衛隊の勝利です!』
司令部から、爆発的な歓声と、マリーの泣き声が聞こえてきた。
私はモニター越しに、目の前に転がる首のない巨体を見つめた。
「超遠距離狙撃に見せかけた、超近接攻撃……」
私は独りごちた。
「神をも騙す一撃、効いただろう?」
レールガンは囮だった。
一度目の射撃も、二度目の射撃も。
すべては、奴に「剣を使わせる」ため。
そして、その剣を脆くし、懐に入り込むための布石。
『鉄仙』という「力」を借りて、『鬼灯』という「速さ」を殺す。
まさに、泥臭く、生き汚く、計算し尽くされた弱者の戦法。
「……見ていたか、スバル」
私は空を見上げた。
噴き上げられた黒煙の向こうに、青空が覗いている。
「あんたの言った通りだ。……立っていた方が勝者だ」
勝利の味は、甘くはなかった。
口の中に広がるのは、鉄とオイルの苦味だけ。
鬼灯を倒しても、スバルは帰ってこない。
シェルター204で死んだ仲間たちも戻らない。
けれど。
私たちは守った。
レインコートを。マリーを。ローズを。
そして、これからの未来を。
「……帰ろう」
私はレイニーブルーを動かそうとしたが、右腕はショートし、脚部も限界だった。
その場にへたり込む。
まあいい。
今日くらいは、このまま眠っても、誰も文句は言わないだろう。
「迎えに来てくれ、マリー」
『うん! すぐ行く! 今すぐ行くから!』
マリーの泣き笑いの声を聞きながら、私はゆっくりとシステムをスリープモードへと移行させた。
水底の鉄仙、荒野の鬼灯。
二つの巨人を屠り、私たちはまた一つ、機械軍の深淵へと足を踏み入れた。
戦いはまだ続く。
だが今は、静かな風の音だけが、勝者を祝福していた。




