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紅の閃光


地下都市レインコート、第1整備ドック。

そこは今、かつてないほどの熱気と活気に包まれていた。

「クレーン操作、慎重に! 3番機、アクチュエーターの同調率チェック急いで!」

「新品の装甲だぞ、傷つけるなよ! 慎重に扱え!」

飛び交う怒号と、インパクトレンチの駆動音、そしてオイルの匂い。

ドックの中央には、先日強奪作戦で手に入れた「新品のピースウォーカー」40機が、整然と並べられていた。

工場出荷直後の純白の装甲は、ドックの照明を反射して眩いほどの輝きを放っている。

今までツギハギだらけの廃品同然の機体を使っていた整備班員たちにとって、それは宝石の山にも等しい光景だった。

そしてその喧騒の中心に、私の親友がいる。

「マリー、少しは休め」

私が声をかけると、パワードスーツの膝関節部分に頭を突っ込んでいたマリーが、ビクッと肩を震わせて振り返った。

顔も作業着も油まみれ。だが、その碧眼はギラギラと異様な光を放っている。

「あ、リリィ! おはよう! ……え、もう朝?」

「とっくに朝だ。君は昨日から一睡もしていないだろう」

私はため息交じりに、持ってきた栄養補給ゼリーとタオルを渡した。

マリーは「へへっ」と笑いながら受け取ると、一気にゼリーを流し込んだ。

「休んでる暇なんてないよ、リリィ! だって見てよ、この子たち!」

マリーは愛おしそうに、新品のピースウォーカーの装甲を撫でた。

「回路の伝達ロスがゼロなの! 駆動系もスムーズだし、何よりOSが最新バージョン! これなら、リリィたちの反応速度にも完全についていける!」

彼女の興奮は止まらない。

新品40機の調整に加え、ドックの奥ではサルベージした南部大剣『鉄仙』の解体・解析作業も並行して行われている。

マリーのデスクには、鉄仙のパーツからリバースエンジニアリングした図面が山のように積まれていた。

「鉄仙の戦斧に使われてた合金比率、あれ凄かったんだよ。同じ配合で装甲を焼き直せば、強度が今の3倍になる。それに、あの重力制御ユニット……小型化して姿勢制御に使えば、転倒なんてありえない機体が作れる!」

マリーは目を輝かせて語る。

「これが完成すれば……リリィたちをもっと強くできる。もう誰も死なせずに済むんだよ!」

その言葉に、私は胸を打たれた。

彼女を突き動かしているのは、単なる知的好奇心ではない。

二度と仲間を傷つけたくないという、切実な願いだ。

「……分かった。だが、倒れたら元も子もない」

私はマリーの油で汚れた金髪を、優しく撫でた。

「君は私たちの心臓コアだ。大切にしてくれ」

「う……うん。ありがと、リリィ」

マリーは少し照れくさそうに笑い、再びレンチを握りしめて作業に戻っていった。

私はドックを見渡した。

新品の機体を得た防衛隊員たちも、士気が最高潮に達している。

「すげえぞ、この機体! 指先一つ動かすだけで反応しやがる!」

「これなら鉄仙クラスが来ても余裕で勝てるぜ!」

そんな浮ついた声を聞きながら、私は司令部へと足を向けた。

希望がある。力がある。

だが、心のどこかで警鐘が鳴っていた。

あまりにも順調すぎる。

嵐の前の静けさのように。


司令部に入ると、レン隊長が険しい顔でモニターを見つめていた。

傍らでは、ローズが忙しなくキーボードを叩いている。

「おはよう、リリィ」

ローズが手を止めて微笑んだ。

「マリーちゃん、まだドックに?」

「ああ。私が止めても聞かない。……機械いじりの亡者だよ」

私はレン隊長のデスクへ向かった。

「隊長、配備状況の報告です。新品40機のうち、第一小隊への配備が完了。残りの調整も今日中には……」

「……うむ」

レン隊長は生返事を返した。視線はモニターの地図から離れない。

地図上のマーカーは、レインコートではなく、同盟関係にある『シェルター204』を示していた。

「シェルター204に動きがあった」

レン隊長が静かに言った。

「彼らも我々と同じく、40機の新品を手に入れた。……その力に、背中を押されたようだ」

「動き? まさか……」

「そうだ。エネルギー反応炉への侵攻を開始した」

私は息を呑んだ。

エネルギー反応炉。

かつて私が潜入し、そして敗走した場所。

そこには、あの南部大剣『鬼灯ホオズキ』がいる。

「無謀です! 確かに戦力は増強されましたが、相手はあの鬼灯ですよ!?」

「彼らはそうは思っていないようだ」

レン隊長は通信ログを再生した。

ノイズ混じりの、しかし自信に満ち溢れた男の声が響く。

『こちらシェルター204、遊撃隊長スバルだ。……レインコートの連中には悪いが、抜け駆けさせてもらうぜ』

『手に入れた40機の新品と、鉄仙を倒したという事実。……今の俺たちには「風」が吹いている』

『エネルギー反応炉を奪還し、恒久的な電力を確保する。……鬼灯の首は、俺たちが貰う』

「スバル……」

私は拳を握りしめた。

彼の声は、自信と希望に満ちていた。

無理もない。

彼らは長年、電力不足と旧式機体の不調に苦しんできた。

そこに突然、最新鋭の機体と、我々が鉄仙を倒したという勝利の報せが届いたのだ。

「勝てる」と思ってしまったのだろう。

「今なら行ける」と。

「止めることはできませんか?」

「もう遅い。彼らは既に交戦区域に入っている」

レン隊長は目を閉じた。

「我々にできるのは、彼らの武運を祈ること……そして、万が一の事態に備えて警戒レベルを上げることだけだ」

「……馬鹿野郎」

私は呟いた。

スバル。お前は慎重な男だったはずだ。

新しい力に酔ったか。それとも、守るべき仲間たちのために焦ったか。

モニターの中の青いマーカー(友軍)が、赤いエリア(敵地)へと深く侵入していく。

私は祈るしかなかった。

私の懸念が、ただの杞憂で終わることを。


その頃。

レインコートから数百キロ離れた、エネルギー反応炉へ続く荒野。

「蹴散らせェェェッ!!」

スバルの怒号と共に、40機の純白のピースウォーカー部隊が突撃した。

それは、圧倒的な蹂躙劇だった。

『敵守備隊、捕捉!』

『撃てぇ! 新品のライフルの味を教えてやれ!』

ズガガガガガッ!!

40機の一斉射撃。

今までなら弾詰まりを起こしたり、照準がズレていたりした旧式とは違う。

トリガーを引いた瞬間に、正確無比な弾幕が敵を襲う。

反応炉周辺を守っていた機械軍の旧型ピースウォーカーたちは、反撃する間もなく蜂の巣にされ、爆散していく。

「ハッハー! 見ろよこのパワー! 機体が手足のように動くぜ!」

スバルは奪取した新品の隊長機を駆り、敵陣の中央へ飛び込んだ。

パイルバンカーの一撃。

敵機の装甲を紙のように貫く。

「軽い! 今までの俺たちが重りを背負って戦ってたみたいだ!」

部下たちも続く。

「隊長、これなら行けます! 反応炉まで一直線です!」

「鬼灯なんて目じゃねぇ! 鉄仙が倒されたんだ、鬼灯だって同じ南部大剣だろ!?」

勝利の熱気が、冷静な判断力を麻痺させていく。

鉄仙を倒したのは地形を利用したリリィの奇策と、彼女自身の異常なまでの演算能力があったからだ。

だが、今の彼らには「南部大剣=倒せる敵」という図式しか見えていなかった。

「おうよ! 一気に頂上まで駆け上がるぞ!」

スバルたちは止まらなかった。

第一防衛ライン突破。

第二防衛ライン突破。

まるで機械軍が道を空けているかのように、彼らはエネルギー反応炉の麓まで到達した。

聳え立つ巨大な塔。

その頂上から伸びる赤い光が、雲を焼いている。

「待ってろよ、鬼灯。……俺たちの未来を返してもらうぜ」

スバルはアクセルを踏み込んだ。

栄光への階段を駆け上がるように、彼らは死地へと足を踏み入れた。


エネルギー反応炉、最上層。

剥き出しのパイプとケーブルが絡み合う、鉄のジャングル。

その中央広場に、奴はいた。

南部大剣『鬼灯』。

漆黒の細身の機体。

背中には身の丈を超える長大な戦術刀。

彼は腕を組み、侵入者たちを待ち構えていた。

その立ち姿は、以前リリィと戦った時と変わらず、静かで、そして傲慢だった。

「お出ましだな、大将首!」

スバルが叫ぶ。

40機のピースウォーカーが扇状に展開し、鬼灯を包囲する。

圧倒的な数の有利。さらに全機が最新鋭の新品。

『……騒がしい客だ』

鬼灯のモノアイが赤く明滅した。

『新品の玩具を手に入れて、舞い上がったか。……人間も、其の模倣品アンドロイドモ、愚かさは変わらんな』

「減らず口を! やるぞ野郎共! 囲んで叩け!」

「オォォォッ!!」

開戦。

40機からの集中砲火が鬼灯を襲う。

鬼灯は最小限の動きで回避するが、新品の照準精度は高く、数発が直撃する。

さらにスバルたちが肉薄し、近接攻撃を仕掛ける。

ガギィン!

鬼灯が戦術刀を抜き、攻撃を受け流す。

だが、手数が多い。

右からの攻撃を防げば、左から別の機体が斬りかかる。

「いける! 押してるぞ!」

「動きが鈍い! ビビってんのか!?」

スバルたちは確信した。

勝てる。

鬼灯は防戦一方だ。以前のような圧倒的な速さがない。

やはり、こちらの機体性能が上がったことで、差は埋まったのだ。

「年貢の納め時だ、鬼灯! この新品たちでお前をスクラップにしてやる!」

スバルが必殺のパイルバンカーを構え、突進する。

あと一歩。

あと数メートルで、あの漆黒の装甲を貫ける。

その時だった。

『……興醒めだ』

鬼灯が、低く、冷たく笑った。

『この程度か。……新品の玩具と言っても、所詮は量産機。……期待外れも甚だしい』

ドクンッ。

空間が震えたような錯覚。

鬼灯の背中にある排熱ダクトが開き、そこから無数の太いケーブルが、まるで蛇のように飛び出した。

ケーブルは背後の壁、エネルギー反応炉の動力パイプへと突き刺さる。

ガシュゥゥゥッ!!

「な……!?」

接続コネクト

ブォォォォォン……!!

空気が重くなる。

反応炉の炉心から、都市一つを賄えるほどの莫大なエネルギーが、直接鬼灯の機体へと流れ込んでいく。

漆黒の装甲が、内側からの熱で赤く発光し始める。

関節部から真紅の蒸気が噴き出し、周囲の雨粒を一瞬で蒸発させた。

陽炎が揺らめく中、鬼灯がゆっくりと戦術刀を構えた。

それは、さっきまでの「剣士」の構えではない。

ただ脱力し、切っ先をだらりと下げた、自然体。

だが、スバルの本能センサーが、最大級の警鐘を鳴らした。

目の前にいるのは、もう先程までの敵ではない。

エネルギーの塊。

触れれば消滅する、炉心の悪魔だ。

「……マズい」

スバルの背筋に、冷たいオイルが走った。

「悠長に構えるな! 一気に決めるぞ! 全機、突撃ィッ!!」

これは賭けだ。

奴が何かをする前に、数で押し潰す。

スバルはスラスターを全開にし、最大出力で鬼灯へと突っ込んだ。

「うぉぉぉぉぉッ!!」

パイルバンカーの杭が唸りを上げる。

鬼灯との距離、ゼロ。

勝った。

スバルはそう思った。

刹那。

世界から、音が消えた。




「うぉぉぉぉぉッ!!」

スバルの咆哮がコクピット内に反響する。

視界いっぱいに広がる、赤熱化した鬼灯の姿。

距離はすでにゼロ。

パイルバンカーの射出トリガーを引き絞る。

勝った。

この速度、このタイミング。回避行動を取る隙など、物理的に存在しない。

新品の機体だからこそ到達できた、必殺の領域。

(貫けェッ!!)

スバルは確信と共に、最後の思考を走らせた。

――刹那。

スバルの視界カメラアイが、奇妙な現象を捉えた。

目の前にいたはずの鬼灯が、フッとかき消えたのだ。

残像すら残さない。

まるで、最初からそこに存在しなかったかのように。

「……あ?」

スバルのパイルバンカーが、虚空を突く。

勢い余って前のめりになる機体。

だが、そのバランスを立て直す指令を出すよりも早く、スバルの視界がぐらりと傾いた。

いや、傾いたのではない。

ズレたのだ。

上下に。

キィィィィィィィン……。

耳鳴りのような高周波音が、遅れて聞こえてきた。

スバルの乗る新品のピースウォーカーの胴体に、一筋の赤い線が走る。

次の瞬間。

ズパァンッ!!

スバルの機体が、腰のあたりから上下真っ二つに分断され、左右に滑り落ちた。

切断面は赤熱し、溶解している。

「……え……?」

スバルは、落下していく上半身のコクピットの中で、何が起きたのか理解できなかった。

斬られた?

いつ? 何で?

鬼灯は動いていなかったはずだ。刀を抜く動作さえ見えなかった。

ドサッ。

上半身が地面に叩きつけられる。

薄れゆく意識の中で、スバルが見たものは――。

彼の背後に、いつの間にか立っている鬼灯の姿だった。

その手には、真紅に輝く長大な戦術刀が握られている。

そして、ゆっくりと血振るいをして、鞘に納める動作。

カチン。

鍔鳴りの音が響いた瞬間、スバルの背後で爆発が起きた。

彼に続いて突撃していた部下の機体、3機が同時に爆散したのだ。

『……遅い』

鬼灯の声が、遠くから聞こえる。

『止まって見えるぞ。……新品の機体でも、中身が其の程度ならば』

「あ……あぁ……」

スバルの視界にノイズが走る。

ああ、そうか。俺は、死んだのか。

リリィ……悪い。

お前との約束、守れそうにないわ。

「にげ……ろ……みんな……」

その通信が届くことはなかった。

スバルの動力炉が臨界を迎え、白い閃光と共に爆発四散した。

「た、隊長ォォォッ!?」

「何だ!? 何が起きた!?」

指揮官を瞬殺されたシェルター204の部隊はパニックに陥った。

だが、鬼灯は待たない。

背中のケーブルから、さらに膨大なエネルギーを吸い上げる。

機体全体が真紅に発光し、陽炎のように揺らぐ。

『一掃する』

鬼灯の姿が再びブレた。

次の瞬間、戦場のあちこちで爆発の花が咲いた。

ドォォォン!! ズガガガッ!!

新品のピースウォーカーたちが、何もできないまま次々と切断されていく。

腕が飛ぶ。脚が舞う。コクピットが両断される。

見えない。

誰も、鬼灯の姿を捉えられない。

ただ、赤い雷光が戦場を駆け巡るたびに、数機の味方が鉄屑に変わっていく。

「うわぁぁぁッ! 見えない! どこだ!?」

「来るな! 来るなぁぁぁッ!」

それは戦闘ではなかった。

一方的な、あまりにも無慈悲な解体作業。

40機の最新鋭部隊は、わずか3分足らずで全滅した。

鬼灯は、瓦礫の山となった広場の中央で足を止めた。

ケーブルを引き抜き、反応炉との接続を解除する。

赤い熱が引いていく。

『……掃除完了』

鬼灯は、遥か彼方にあるシェルター204の方角を見据えた。

『次は、ゴミ共の巣を焼却する』

彼は通信機を起動し、待機させていた数百のピースウォーカー部隊に号令を下した。

『進軍せよ。……一匹たりとも逃がすな』


それから数日後。

地下都市レインコート、第1防衛ゲート前。

その日は、本来なら祝賀の日となるはずだった。

マリーたちが不眠不休で完成させた、対・南部大剣用の新兵器。

鉄仙の装甲材を応用した『複合装甲盾シールド』と、戦斧の破片から作られた『超硬度パイルバンカー』の配備式が行われていたのだ。

「これさえあれば、鉄仙クラスの攻撃も防げるし、鬼灯の装甲だって貫けるわ!」

マリーは目の下にクマを作りながらも、誇らしげに胸を張っていた。

だが、その空気は一瞬にして凍りついた。

ゲートの向こうから、一台の装甲トラックが滑り込んできたのだ。

装甲はボロボロに焼け焦げ、片方のタイヤはホイールだけで火花を散らして走っている。

まるで地獄の底から這い上がってきたような姿。

「……なんだ、あれは?」

レン隊長が眉をひそめる。

トラックがキキーッと音を立てて停車し、ドアが開いた。

そこから転がり落ちてきたのは、片腕を失ったアンドロイドと、煤だらけの数名の人間たちだった。

「シェルター204の識別信号!?」

ローズが叫ぶ。

私は嫌な予感に心臓を鷲掴みにされたような気分で、駆け寄った。

「おい! 何があった!?」

私がアンドロイドの肩を掴むと、彼は虚ろな目で私を見上げた。

「……あ……リリィ、さん……?」

彼の音声回路は破損しており、ノイズ混じりだった。

「シェルター204は……もう、ありません……」

「ない? どういうことだ?」

「消滅……しました。……鬼灯です。奴が……大部隊を引き連れて……」

彼はガクリと膝をつき、慟哭した。

「我々の街は……更地にされました。防衛隊も、市民も、みんな……」

広場に集まっていたレインコートの隊員たちから、悲鳴のようなざわめきが広がる。

シェルター204。

数日前まで共に戦い、新品の機体を手に入れて喜び合った同盟都市。

それが、たった数日で「消滅」した?


「……ねえ」

震える声がした。

マリーだった。

彼女は顔面蒼白で、よろめきながら生存者のアンドロイドに歩み寄った。

「ねえ、嘘だよね? ……スバルは? スバルはどうしたの?」

マリーの声は必死だった。

「あいつ、新品の機体を手に入れて喜んでたじゃん。リベンジするんだって……。だから、きっと生き延びて……」

アンドロイドは、痛ましそうに顔を歪め、首を横に振った。

「……スバル隊長は……」

彼は言葉を詰まらせ、そして残酷な事実を告げた。

「一番最初に……鬼灯に挑み……一刀両断されました。……即死です」

時が止まった。

マリーの手から、持っていた整備用タブレットが滑り落ち、カシャンと乾いた音を立てて砕けた。

「……そ」

マリーの唇が震える。

「嘘……嘘だよ……。だって、あんなに強くなったのに……新品だったのに……!」

「事実です。……我々の40機は、鬼灯一機に……手も足も出ず……」

「いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

マリーが頭を抱え、絶叫した。

その場に崩れ落ち、子供のように泣きじゃくる。

「スバル……! スバルぅぅぅッ!! 嫌だぁぁぁッ!!」

彼女の泣き声が、コンクリートの壁に反響する。

私は動けなかった。

スバル。あの不器用で、口が悪くて、でも頼りになる戦友。

「死ぬなよ」と言って別れたばかりの彼が。

もう、いない?

あの屈強な魂が、鉄屑のように消えた?

「マリーちゃん……ッ!」

ローズが駆け寄り、泣き崩れるマリーを抱きしめた。

ローズの青い瞳からも、涙が溢れ出していた。

「可哀想に……。なんてこと……」

私は自分の手を握りしめた。

鉄仙の素材で作った、新しい武器。

これで勝てると思っていた。

鉄仙を倒した私たちは、強くなったと思っていた。

だが、現実は違った。

鬼灯は、私たちが階段を一段登る間に、遥か空の彼方へ飛び去っていたのだ。

『鉄仙』は重力に縛られた地上兵器だった。

だが『鬼灯』は、エネルギー反応炉と直結し、物理法則すら無視する「魔王」だった。

「……勝てるのか?」

誰かがポツリと漏らした。

「あんな化け物に……どうやって……」

恐怖が伝染する。

新品の機体でも、新兵器でも通じない。

シェルター204の全滅という事実は、レインコートの住人たちの心に、冷たく重い楔を打ち込んだ。

私は泣き叫ぶマリーの背中に手を置いた。

かける言葉が見つからない。

「仇を討つ」なんて、軽々しく言えない。

今のままでは、私たちも同じ結末を辿るだけだ。

「……隊長」

私はレン隊長を見た。

彼女もまた、拳を震わせながら、唇を噛み締めていた。

彼女の判断ミスではない。だが、結果として友軍を見殺しにしてしまった無念さが、その背中から滲み出ていた。

「……警戒レベル最大」

レン隊長が絞り出すように言った。

「生存者の手当てを急げ。……そして、マリーを部屋へ運べ」

私はマリーを抱き上げた。

彼女は私の腕の中で、壊れた玩具のように泣き続けていた。

「リリィ……スバルが……スバルがぁ……」

「……ああ。分かってる」

私はマリーを抱きしめながらゲートの外、荒野の方角を睨みつけた。

見えない鬼灯の視線を、肌で感じた気がした。

奴は笑っているだろうか。

それとも、次の「ゴミ掃除」のために、無感情にこちらを見ているだろうか。

雨が降り始めた。

レインコート(雨合羽)という名の都市に、悲しみの雨が降り注ぐ。

私たちは知った。

本当の地獄は、ここから始まるのだと。



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