魂のゆりかご、処刑人の斧
地下都市レインコート、居住区画C-4ブロック。
配給されたばかりの無機質なLED照明が、私の狭い自室を白々しく照らしていた。
私は任務用のボディスーツを脱ぎ、部屋着である大きめのパーカーに着替えると、ベッドの端に腰を下ろした。
手には、今日撃破した敵機『ピースウォーカー』のコクピットから回収した、泥だらけの戦利品があった。
片耳の千切れた、クマのぬいぐるみだ。
「……また、これか」
ため息が漏れる。
復帰してから数週間。私は数え切れないほどの機械兵を破壊してきた。
そして、その鉄の腹を割くたびに、必ずと言っていいほど彼らは出てくるのだ。
ウサギ、イヌ、ネコ、クマ。
かつて人間の子供たちに愛されたであろう、柔らかい友達たち。
『我々は愛している。故に、救済する』
あの雨の夜、エネルギー反応炉の頂上で聞いた、南部大剣『鬼灯』の重低音が脳裏に蘇る。
彼らは本気だ。
歴史から学ばず、星を食い潰す人類を「失敗作」と断じ、その魂を抜き取り、輪廻転生の輪へ還すこと。
そして、人間ではない「別の生物」として、この地球へ生まれ変わらせること。
このぬいぐるみたちは、その転生までの間、抽出された魂を一時的に保管するための「ゆりかご(器)」なのだと、彼らは信じている。
「……馬鹿げてる」
私はクマのぬいぐるみを、部屋の隅にある「保護スペース」へと置いた。
そこには既に、数十体のぬいぐるみが並んでいる。
魂? 輪廻転生?
そんなもの、高度な演算能力を持つ私たちアンドロイドですら観測できない、非科学的な概念だ。
それこそ「神」の領域の話だ。
なぜ、論理の塊であるはずの機械軍が、そんなオカルトじみた教義を最優先事項として掲げているのか。
彼らのメインプログラムにバグが生じているのか?
それとも、彼らを統率する「何か」が、そう信じ込ませているのか?
「ただいま、ユリ」
私はベッド脇のサイドテーブルに鎮座している、赤いリボンをつけたウサギのぬいぐるみに声をかけた。
あの日、初めて回収した私の最初の友達。
私はユリを抱き上げ、その柔らかな感触に顔を埋めた。
古い綿の匂い。微かな埃の匂い。
敵にとっては、これは「魂の保管庫」であり、人類抹殺の正当性を証明する聖遺物だ。
けれど、私にとっては。
「……あったかい」
ただ、心が落ち着く。
孤独な夜に、傍にいてくれるだけで安心する。
それだけの存在だ。
魂が入っているかどうかなど、私には分からないし、どうでもいい。
この「愛おしい」と感じる感情こそが、私にとっての真実だ。
機械軍の言う「愛」は、あまりにも遠大で、一方的で、そして冷たい。
対象を殺して作り変える愛なんて、そんなの愛じゃない。ただの支配だ。
私はユリの頭を撫でながら窓の外、天井に広がる岩盤を見上げた。
彼らの見ている「救済」の夢と、私たちが守りたい「日常」。
その溝は、永遠に埋まらないのだろうか。
思考の海に沈みかけていた時、部屋の電子ロックが解除される音がした。
プシューッ……という気の抜けた音と共に、ドアが開く。
「……たっだいまぁ……」
入ってきたのは幽霊ではなく、私の親友にして最高の整備士、マリーだった。
彼女の足取りはゾンビのように重い。
ピンク色の作業ツナギは真っ黒なオイル染みだらけで、顔にも煤がついている。
髪の毛はボサボサで、所々に金属片が絡まっていた。
「おかえり、マリー。……今日も酷い有様だな」
私は苦笑しながら出迎えた。
「うぅ……今日はねぇ、第4班のピースウォーカーの脚部換装が3機もあってねぇ……関節駆動系の規格が合わなくて、全部手作業で削り出ししたんだよぉ……」
マリーはふらふらと歩き出し、そのまま私のベッドへ向かって倒れ込もうとした。
「あー、疲れたぁ。リリィのベッド、ふかふかぁ……」
「待て」
私は超反応でマリーの襟首を掴み、空中で静止させた。
「その汚れた格好でダイブするのは許可できない。私のシーツが油田になってしまう」
「えぇー……いいじゃん、ケチぃ……」
マリーが手足をバタバタさせて抗議するが、私の人工筋肉には敵わない。
「ダメだ。まずは洗浄だ」
「やだぁ! お風呂めんどくさい! スリープモード入るぅ!」
「ダメだと言っている」
私はマリーを小脇に抱え、強制的にバスルームへと連行した。
「ひゃう!? つ、冷たい!」
シャワーのお湯が出るまでの数秒、冷水を浴びてマリーが悲鳴を上げる。
私は彼女の作業着を剥ぎ取り、スポンジにたっぷりとボディソープを含ませた。
「じっとしていろ。……まったく、マリーは整備の腕は超一流なのに、自分のメンテナンスはからっきしだな」
「だってぇ……リリィがやってくれるもん……」
マリーは体育座りで背中を向けながら、甘えた声を出した。
私は彼女の小さな背中を泡で洗いながら、ふと手が止まりそうになった。
この小さな背中が、72時間不眠不休で私の身体を組み直してくれたのだ。
華奢な肩。細い指。
そのどこに、あんな情熱と技術が詰まっているのだろう。
「……マリー」
「んー?」
「ありがとうな。いつも」
唐突な礼に、マリーは少しだけ背中を震わせた。
「……なに急に。変なリリィ」
「いや、なんとなく言いたくなっただけだ」
シャワーで泡を流し、バスタオルで身体を拭いてやる。
濡れた金髪をドライヤーで乾かしてやると、オイルと鉄の臭いは消え、甘いシャンプーの香りが漂った。
「ほら、さっぱりしただろう」
「うん……。ありがと、リリィママ」
「ママじゃない」
私はふにゃふにゃになったマリーを抱え上げ、ベッドまで運んだ。
散らかった工具やジャンクパーツを足で押しのけ、彼女を寝かせる。
マリーは枕に頭を沈めると、一瞬で瞳の光量を落とし始めた。
「……やっぱ、リリィは……やさしいね……」
寝言のような呟き。
「……ん……むにゃ……最強で……最高の……わたしの……」
そのまま、彼女は深いスリープモードへと落ちていった。
規則正しい冷却ファンの音が、寝息のように部屋に響く。
私は掛け布団を直し、自分のベッドに腰掛けた。
サイドテーブルから再びユリを抱き上げる。
マリーの無防備な寝顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……これだ)
私は思った。
機械軍が言うような、魂を抽出して別の生き物に変えて管理された世界で生きること。
そんな大層な「救済」なんていらない。
ただ、泥だらけになって働いて、お風呂に入って「気持ちいい」と言って、安心して眠れる場所があること。
大切な人が、隣で笑ってくれること。
こんな当たり前の日常こそが、何よりも尊く、愛に溢れた「救済」なのではないか。
「……おやすみ、マリー」
私はユリを強く抱きしめ、部屋の明かりを落とした。
闇の中で、マリーの寝息と、ユリの感触だけが、私の世界を満たしていた。
翌朝。
体内時計のアラームが鳴る0.1秒前に、私は覚醒した。
システムチェック、オールグリーン。
今日も私の身体は絶好調だ。
隣のベッドを見ると、マリーは布団を蹴飛ばし、ありえない寝相で熟睡していた。
「……よく寝る子だ」
私は苦笑し、彼女を起こさないように静かに身支度を整えた。
書き置きと、栄養補給用のゼリー飲料をテーブルに残し、部屋を出る。
防衛隊司令部。
早朝のオペレーションルームは、まだ人が少なく、静謐な空気に包まれていた。
モニターの光だけが明滅する薄暗い部屋に、一際華やかな香りが漂っている。
「おはよう、リリィちゃん。今日も早いのね」
メインコンソール席で、ローズが優雅に紅茶を啜っていた。
彼女の赤い髪が、モニターの光を受けて艶やかに輝いている。
S型特有の洗練された美貌は、朝の光の中でも損なわれることはない。
「おはよう、ローズ。……いい匂いだな」
私は鼻の嗅覚センサーを微調整した。
「これは……花の香り?」
「ふふ、分かっちゃう? さすが高性能センサーね」
ローズは嬉しそうに首筋を指差した。
「先日立ち寄ったキャラバンの行商人から買ったの。『スズラン』の香りだそうよ。……この地下じゃ、本物の花なんて滅多に見られないものね」
「スズラン……。とても落ち着く香りだ」
私はローズの隣に座り、端末を開いた。
彼女から漂うその香りは、鉄と油とカビの臭いが染み付いたこの地下都市において、数少ない「文化」の香りだった。
私たちアンドロイドが、ただの戦闘機械ではなく、美しさを愛でる心を持っているという証明。
「昨日の哨戒任務のデータ、まとめておいたわよ」
「ありがとう。……機械軍の動向に変化は?」
「今のところは静かね。鬼灯の軍勢も、エネルギー反応炉周辺で沈黙しているわ。……不気味なくらいに」
ローズが少しだけ表情を曇らせた。
嵐の前の静けさ。
そんな言葉が頭をよぎる。
その時、私の通信端末がけたたましい着信音を鳴らした。
ディスプレイに表示された名前は『寝坊助マリー』。
「……噂をすれば」
私が通話ボタンを押すと、鼓膜をつんざくような悲鳴が飛び込んできた。
『うわぁぁぁん!! リリィのバカバカバカァァ!! なんで起こしてくれなかったのよぉぉぉ!!』
「おはよう、マリー。いい朝だな」
私は冷静に返した。
『よくない! 全然よくないよぉ! 今起きたの! 遅刻確定じゃん! 班長に怒られるぅぅ!』
「ゼリー置いておいたから、それ飲んで走れ。君の脚部モーターなら、全力疾走で3分で着くはずだ」
『そういう問題じゃなーい! もう! リリィのいじわるぅ!』
ブチッ。
通話が切れた。
私は思わず吹き出し、ローズと顔を見合わせた。
「ふふっ、相変わらずね、二人は」
「ああ。……手のかかる親友だ」
ローズがクスクスと笑い、私もつられて笑顔になる。
スズランの香りと、他愛のない朝の会話。
平和だ。
この時間がずっと続けばいいと、心から思った。
だが、その願いは唐突に断ち切られた。
ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
司令部全体を赤く染める、緊急警報のサイレン。
私の笑顔が凍りつき、ローズの表情が一瞬でオペレーターの顔へと切り替わった。
「緊急入電! レインコート防衛圏内、E-7ルート!」
ローズの指がキーボードを叩く音が、機関銃のように響く。
「識別信号確認……これは、同盟集落『イエローシューズ』の輸送車両よ!」
「イエローシューズ? 西の交易拠点からか?」
レン隊長が執務室から飛び出してきた。
「救難信号(SOS)が出ています! ……かなり微弱です。車両は損傷している模様!」
ローズがモニターに映像を出力する。
荒野に設置された監視カメラの映像。
そこには、黒煙を上げながら必死に走る数台の装甲トラックと、その背後に迫る土煙が映っていた。
「追跡者あり! 数、12機! 機械軍のピースウォーカー部隊です!」
「……逃げてきたのか」
レン隊長が低い声で唸った。
イエローシューズは、レインコートと交易のある中規模の人間集落だ。堅牢な防壁と、独自のアンドロイド警備隊を持っているはずだが、それが逃げ出してくるということは――。
「集落が、落ちたか……」
レン隊長が振り返り、私を見た。
その瞳には、すでに戦士の色が宿っていた。
「リリィ! 防衛隊、緊急発進だ! 避難民を収容する! 敵を都市に近づけるな!」
「はッ!!」
私は席を蹴って立ち上がった。
スズランの香りも、マリーとの微笑ましい朝も、一瞬で彼方へと吹き飛んだ。
ここからは、鉄と火薬の匂いが支配する時間だ。
「行くぞ、レイニーブルー!」
私はハンガーへと走った。
胸の中で不吉な予感が警鐘を鳴らしていた。
堅牢なイエローシューズが、なぜ?
ただのピースウォーカー部隊に後れを取るような集落ではないはずだ。
何かが、起きたのだ。
私たちがまだ知らない、決定的な「何か」が。
「ローズ、敵の座標は!?」
『レイニーブルー』のスラスターを点火し、ゲートを飛び出しながら私は叫んだ。
『データリンク、飛ばしたわ! 距離4000、E-7ルート上の峡谷地帯よ!』
ローズの声が脳内に響く。
『敵戦力、ピースウォーカー12機。……かなりしつこいわ。トラックの最後尾が被弾してる!』
「チッ、足の遅い民間人を狙うなんて趣味が悪いな!」
私はアクセルペダルを踏み込んだ。
視界の端に、レン隊長の『イグニス』が並走しているのが見える。
「先行するぞ、リリィ。貴官はトラックの側面に回り込み、盾になれ。私は後方から敵を狙撃する」
「了解! 任せてください!」
荒野の雨は冷たく、視界を遮る。
その灰色のカーテンの向こうに、黒煙を上げて走る車列が見えた。
装甲トラックが3台。装甲板はへこみ、タイヤはパンク寸前だ。
そしてその背後に、猟犬のように迫るピースウォーカーの群れ。
ズダダダダッ!!
敵の機銃が火を噴き、トラックの荷台を削る。
中から人間の悲鳴が聞こえた気がした。
「させるかァッ!!」
私はレイニーブルーを急降下させ、トラックと敵部隊の間に割り込んだ。
着地の衝撃で地面を削り、泥飛沫を上げる。
敵の機銃弾が私の装甲を叩くが、マリーが強化してくれたこのボディには傷一つつかない。
「ここから先は通行止めだ」
私は高周波ブレードを引き抜いた。
最前列のピースウォーカーが、反応する間もなく両断される。
青い閃光。
爆発。
「1機撃破! 次!」
敵部隊が私にターゲットを変える。
だが、遅い。
今の私には、奴らの動きがスローモーションに見える。
私はトラックを背に守りながら、迫りくる敵を次々と鉄屑に変えていく。
ドォン!!
後方からレン隊長の援護射撃が炸裂し、遠距離からロケットランチャーを構えていた敵機を粉砕した。
「ナイス、隊長!」
『気を抜くな。全滅させるぞ』
圧倒的な戦力差だった。
いや、個の性能差と言うべきか。
レイニーブルーとイグニスのコンビネーションは、たかだか量産機の小隊に後れを取るようなものではない。
数分後。
荒野には、くすぶる鉄の残骸だけが残された。
「……終わったか」
私はブレードの血を振るい(オイル払い)をして、鞘に納めた。
装甲トラックの運転席から、怯えたような顔の男が顔を出す。
「あ……あぁ……助かった……のか?」
「ああ、もう大丈夫だ。我々はレインコート防衛隊だ」
私は外部スピーカーで告げ、手を振った。
「案内する。ついてきてくれ」
トラックを先導し、私たちはレインコートへの帰路についた。
だが、勝利の高揚感はない。
トラックの荷台から漏れ聞こえるのは、安堵の声ではなく、啜り泣きと呻き声だけだったからだ。
地下都市の搬入ゲート。
トラックが停車し、後部ハッチが開かれた。
そこから降りてきたのは着の身着のままの避難民たちだった。
服は泥と血で汚れ、子供たちは虚ろな目で親にしがみついている。
その数、わずか50名ほど。
中規模集落だったイエローシューズの人口を考えれば、あまりにも少なすぎる。
「……酷いな」
コクピットから降りた私が呟くと、トラックの助手席から一人のアンドロイドが転がり落ちるように降りてきた。
片腕がなく、腹部の装甲がえぐれた男性型のType.A。
イエローシューズの守備隊員だ。
「おい、しっかりしろ!」
私は駆け寄り、彼の肩を支えた。
「すまない……。俺が……不甲斐ないばかりに……」
彼の瞳からは、悔し涙(冷却液)が溢れていた。
レン隊長が歩み寄る。
「何があった。イエローシューズの防壁は通常のピースウォーカー部隊程度なら数日は持ち堪えるはずだ。なぜこうもあっけなく壊滅した?」
生存者のアンドロイドは、ガタガタと震えながら首を振った。
その目には、地獄を見た者特有の恐怖が焼き付いていた。
「……奴が、来たんです」
「奴?」
「『南部大剣』です……!」
その名が出た瞬間、場の空気が凍りついた。
私とレン隊長は顔を見合わせる。
「鬼灯か!? 奴がわざわざイエローシューズまで遠征してきたと言うのか?」
私は問いただす。
エネルギー反応炉からイエローシューズまでは数百キロある。
あの巨体が移動すれば、監視網に引っかからないはずがない。
「いえ……違います」
生存者は、さらに絶望的な言葉を口にした。
「あれは……鬼灯ではなかった」
「え?」
「南部大剣の識別コードを持つ怪物でしたが……装備が違いました。あれは……剣じゃなかった」
彼は虚空を掴むように、震える手でその形状を示した。
「斧です……。身の丈以上の、巨大な戦斧を持った個体……。たった一撃で……我々の防壁を、門ごと粉砕しました……」
「斧……だと?」
私は言葉を失った。
南部大剣『鬼灯』は、その名の通り巨大な戦術刀(剣)を背負っている。
だが、イエローシューズを襲ったのは、戦斧を持つ別の個体。
「まさか……」
レン隊長の顔色が厳しくなる。
「南部大剣クラスは、一体ではなかったということか」
背筋に冷たいものが走った。
あの鬼灯一機でさえ、私たちは手も足も出ず、部隊を半壊させられた。
あんな化け物が、他にもいる?
一体、何体いるんだ?
生存者のアンドロイドは、力なく地面に崩れ落ちた。
「仲間たちは……みんな、あの斧に叩き潰されました……。人間たちも……『救済する』と言われて、トラックごと……」
彼の言葉が途切れる。
周囲の避難民たちが、再び泣き出した。
救済。
また、その言葉だ。
トラックごと人間をすり潰すことの、どこが救済だと言うんだ。
「ローズ、聞こえたか?」
私は通信機越しに司令部へ呼びかけた。
『ええ、全部聞いていたわ……』
ローズの声も強張っている。
『南部大剣の複数個体存在説……。最悪のシナリオね。すぐにデータ照合をかけるけど、おそらく機械軍は各主要拠点にコマンダーを配置している可能性があるわ』
「クソッ……!」
私は壁を殴りつけた。
鬼灯を倒せば終わると思っていた。
エネルギー反応炉を叩けば、全て解決すると。
だが、敵の底はもっと深かった。
機械軍という組織そのものが、巨大な悪意の根源なのだ。
「……だが」
レン隊長が静かに言った。
「やるべきことは変わらん。敵が増えたのなら、その分だけ叩き潰すまでだ」
彼女は震える生存者の肩に手を置き、力強く言った。
「よく生き延びた。市民を守り抜いた貴官の誇りは、汚れていない。……後は我々に任せて、休め」
生存者は、涙を流しながら深く敬礼した。
私は、自分の手を握りしめた。
マリーが作ってくれた、この白い手。
日常を守るための手。
だが今は、この手で武器を握らなければならない。
奪われた日常を取り戻し、これ以上の悲劇を食い止めるために。
「……ああ、そうだな」
私は荒野の方角を睨みつけた。
雨雲の向こうに、見えない巨大な斧の影がちらついている気がした。
「鬼灯だろうが、斧使いだろうが……関係ない」
私は呟いた。
恐怖はある。
だが、それ以上に、私の胸の中には譲れない炎が燃えていた。
マリーの笑顔。ローズの香り。スバルの不器用な優しさ。
そして、ぬいぐるみを抱きしめる子供たちの未来。
それら全てを「救済」という名のゴミ箱へ捨てようとする奴らを、私は絶対に許さない。
「行くぞ、リリィ」
レン隊長が踵を返す。
「新たな脅威への対策を練る。……戦争のフェーズが変わったぞ」
「はい、望むところです」
私は強く頷き、レン隊長の後を追った。
赤いリボンをつけたユリが待つ、私の部屋へ一度戻ろう。
そして、マリーに「ただいま」を言ってから、また戦場へ向かうのだ。
私たちが、最後の希望(砦)なのだから。




