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暴走する白百合と整備士の涙


レインコート統括管理室。

相変わらず塵一つない無機質な空間に、私の熱っぽい声が響いていた。

「お願いします、管理者殿! レン隊長! 私に出撃許可をください!」

私はデスクに身を乗り出し、二人の上官に詰め寄っていた。

マリーが作ってくれた新しい身体。

白髪とオッドアイを持つこの機体は、今のレインコートにおいて最強の性能スペックを誇っている。

前回の『センティニアル』戦での戦果がそれを証明しているはずだ。

「今の私なら、あの『鬼灯』とも互角に渡り合えます。奴の動きも見切れるし、その装甲を砕く出力もあります! 奴がエネルギー反応炉に陣取っている今が好機です。少数精鋭で奇襲をかければ……!」

「……却下だ」

私の言葉を遮ったのは、書類から目を離しもしない管理者の冷徹な声だった。

彼は眼鏡の位置を中指で直し、淡々と言い放った。

「確率論の話をしよう。貴官のスペックが向上したことは認める。だが、相手は規格外の巨大兵器だ。勝率はシミュレーション上でも30%未満。リスクが高すぎる」

「30%あれば十分です! 私が囮になって、その隙に……」

「その隙に、どうする?」

横に立っていたレン隊長が、静かに、しかし鋭く問いかけた。

「エネルギー反応炉ごと吹き飛ばすか? それとも、またスバルたちを巻き込むか? 忘れるなリリィ。我々の最優先任務はレインコートの防衛だ。一個人の復讐心で、都市の守護を危険に晒すことは許されん」

「復讐じゃありません! 奴がいる限り、人間はずっと脅かされ続けるんですよ!? だったら、元凶を断つのが一番効率的な防衛じゃないですか!」

私の演算回路が熱くなる。

なぜ分かってくれないのか。

私は力を手に入れた。マリーが、ローズが、みんなが繋いでくれたこの力は、街でくすぶっているためのものじゃない。あの化け物を倒し、世界を変えるための力だ。

「……頭を冷やせ、リリィ」

レン隊長がため息交じりに言った。

「貴官は焦っている。今の精神状態での作戦行動は許可できない。……下がれ」

「ッ……!」

私は拳を握りしめ、唇を噛んだ。

反論の言葉を飲み込み、粗雑な敬礼をして部屋を出る。

背後で管理者が「やれやれ、高性能なプロセッサも感情制御ができなければ暴走プログラムだな」と呟くのが聞こえた。

廊下に出た私は、壁を拳で殴りつけた。

ドンッ!

コンクリートの壁に亀裂が走る。

今の私は、軽く殴ったつもりでも壁を砕いてしまう。

「……違う。私は、暴走なんてしてない」

ただ、守りたいだけだ。

あの「救済」という名の狂気から、人間たちを。

そのためには、力が必要で、その力を振るわなければならない。

それの何が間違っているというのだろう。


それから数日後。

私の苛立ちはピークに達していた。

任務は相変わらず、都市周辺の哨戒や、散発的に現れる小規模な敵部隊の排除ばかり。

私の性能を持て余すような、退屈な戦場。

『D地区、野盗と機械軍の混成部隊を確認。防衛隊各員、迎撃せよ』

アラートが鳴った瞬間、私は『レイニーブルー』のスラスターを最大出力で噴かした。

「先行します!」

『待てリリィ! 先行しすぎだ、フォーメーションを……』

「遅いんです、みんな!」

私は僚機の制止を振り切り、戦場へと突っ込んだ。

そこには、十数機のピースウォーカーと、改造車両に乗った野盗たちがいた。

彼らの動きが、今の私にはスローモーションのように見える。

止まっているも同然だ。

「邪魔だァッ!!」

私は敵の群れの中央に着地し、高周波ブレードを抜いた。

旋風のような回転斬り。

一瞬で3機の敵機が両断される。

「ひぃッ!? なんだこいつ!」

野盗たちがパニックになり、無差別に発砲してくる。

『リリィ! 射線被ってるぞ! どけ!』

後方から味方の支援射撃の警告。

だが、私は構わず敵陣の奥へと切り込んだ。

「私が全部片付ければいいんでしょ!」

味方の射撃など必要ない。私が斬れば終わる。

私は味方の射線を塞ぐ形で動き回り、敵を次々と血祭りにあげていった。

ブレードを振るうたびに敵が砕け、鉄屑へと変わる。

圧倒的な力。爽快感。

これだ。この力さえあれば、誰の手も借りずに全てを守れる。

戦闘は3分で終了した。

敵は全滅。味方の損害はゼロ。

完璧な勝利のはずだった。

「……おい、リリィ!」

戦闘終了後、同僚のA型アンドロイド(男性型)が私の機体に詰め寄ってきた。

「ふざけるな! さっきの機動は何だ! 俺たちの射線に入りやがって、誤射したらどうするつもりだったんだ!」

私はコクピットハッチを開け、冷たい風を浴びながら彼を見下ろした。

私の蒼い左目が、彼の怒りの表情を冷徹に解析する。

「誤射? 当てなければいいだけの話でしょう」

「なっ……」

「それに、あなたたちの展開が遅いから私が片付けたの。被害ゼロで終わったんだから、感謝してほしいくらいだわ」

「貴様……ッ!」

同僚が拳を振り上げるが、他の隊員に止められる。

場の空気は最悪だった。

誰も私を称賛していない。畏怖と嫌悪の混じった視線。

(……何よ)

私は視線を逸らした。

理解できないならそれでいい。

弱者は群れて傷を舐め合っていればいい。

強者である私が、全部守ってやるから。


帰投後、私は即座に司令部へと呼び出された。

執務室の空気は、以前のような「労い」の温かさはなく、氷のように冷え切っていた。

「……本日の戦闘記録を確認した」

レン隊長は、デスクに置かれたモニターを見つめたまま、低い声で言った。

「独断専行。命令無視。味方の射線妨害によるフレンドリーファイアの危険性増大。……リリィ、貴官は何様のつもりだ?」

「敵を殲滅しました。最短時間で、被害ゼロで」

私は胸を張って答えた。

「結果が全てです。今の私のスペックなら、あの戦術が最適解でした」

「最適解?」

レン隊長がゆっくりと顔を上げた。

その瞳には、失望の色が浮かんでいた。

「貴官のスタンドプレーによって、第2小隊の連携は崩壊した。もし敵に増援がいたら? もし貴官が被弾して動けなくなったら? ……貴官をカバーしようとした仲間が危険に晒されていたことが、あの高性能なセンサーでも見えなかったのか?」

「それは……仮定の話です。私は被弾しませんでした」

「傲慢だな」

レン隊長が吐き捨てるように言った。

「貴官は力に溺れている。……マリーが貴官を直したのは、貴官を『孤高の王』にするためではないはずだ」

マリーの名前を出された瞬間、私の胸がズキリと痛んだ。

だが、私はそれを認めるわけにはいかなかった。

「……今の貴官は、防衛隊の和を乱す異物だ。これ以上、前線には置けない」

レン隊長は端末を操作し、一枚の辞令を突きつけた。

「リリィ。貴官とのバディを解消する。および、第一線部隊からの更迭こうてつを命じる」

「なッ……!? 更迭!? 待ってください、私は!」

「弁明は聞かん。……頭を冷やせ」

レン隊長は冷たく告げた。

「貴官の新しい任務は、C級・都市内雑務支援だ。資材搬入の補助、下水区画の点検、公共施設の清掃。……初心に帰れ」

「雑用……? この私が……?」

最強のボディを持った私が。

鬼灯と戦うべき私が。

ゴミ拾いや荷物運びをしろと言うのか。

「……不服か? ならば除隊しろ。今の貴官に、守護者を名乗る資格はない」

レン隊長の目は本気だった。

私は唇を噛み切りそうなほど強く噛み締め、無言で敬礼もせずに部屋を飛び出した。


翌日。

私は地下都市のC区画、薄暗い裏路地に立っていた。

手にはモップとバケツ。

壁に描かれた卑猥な落書きを消すのが、今日の私の任務だった。

「……ふざけるな」

通りがかる住民たちが、私を見てヒソヒソと話している。

『あれ、防衛隊のエース様じゃないか?』

『なんか左遷されたらしいぜ』

『へえ、いい気味だな』

私の聴覚センサーは、聞きたくもない陰口まで拾ってしまう。

惨めだ。

屈辱だ。

私はこんなことをするために、地獄のリハビリを耐え抜いたわけじゃない。

カランッ!

私はバケツを蹴り飛ばした。

汚水が路地にぶちまけられる。

「やってられるかッ!!」

私はモップを壁に叩きつけ、へし折った。

「私は兵器だ! 最強のアンドロイドだ! こんな……こんな真似事、私の仕事じゃない!」

私は逃げた。

任務を放棄し、私服のモッズコートを羽織って、あてもなく街を歩いた。

フードを目深に被り、誰とも目を合わせないように。

居住区の公園。

錆びついた遊具と、枯れた人工植物だけの寂しい場所。

私はベンチに座り込み、膝を抱えた。

(みんな、馬鹿だ)

(私の力が分からないなんて。私がいないと、あの化け物には勝てないのに)

自己正当化のログを脳内で繰り返し再生する。

けれど、心の奥底にあるエラーメッセージは消えない。

『虚無感』『自己嫌悪』『孤独』

ふと、自分の手を見る。

白く美しい手。

マリーが、「リリィに似合う色だよ」と笑って選んでくれた人工皮膚。

この手で私は昨日、同僚の胸ぐらを掴んだ。

この手で、モップをへし折った。

「……違う」

ポツリと漏れた言葉は、誰に向けたものだったのか。

私はただ膝に顔を埋め、世界を遮断した。

「……リリィ?」

不意に聞き慣れた声が降ってきた。

顔を上げると、そこには作業着姿のマリーが立っていた。

息を切らし、探し回っていたのだろう、頬が赤くなっている。

「やっぱり、ここにいた……。司令部から連絡があったよ。任務放棄したって……」

マリーは悲しそうな顔で私を見下ろしていた。

「どうしたの? 戻ろう、リリィ。班長さんに謝れば、まだ……」

「戻らない」

私はマリーから視線を逸らした。

「あんな雑用、私のやるべきことじゃない」

「雑用だって大事な任務だよ。街を綺麗にするのも、住む人を守ることに……」

「うるさいッ!!」

私は立ち上がり、マリーを怒鳴りつけた。

「綺麗事ばかり言わないでよ! 私は戦うために作られたの! あんただって、そのために私を直したんでしょう!? 鬼灯を倒すための最強の身体をくれたんでしょう!?」

マリーがビクリと肩を震わせる。

だが、私は止まらなかった。溜め込んだ鬱憤が、一番ぶつけてはいけない相手に向かって決壊する。

「掃除なんて、量産型の旧式にやらせておけばいいんだ! 私は選ばれた機体なの! 特別なの! なのに、どいつもこいつも私の足を引っ張って……!」

「……違う」

マリーの小さな声が、私の怒声を遮った。

彼女は俯き、拳を握りしめていた。

「違うよ……リリィ」

マリーが顔を上げた。

その瞳から、大粒の涙が溢れ出していた。

「私が直したのは……そんなリリィじゃない!!」

「え……」

「私の大好きだったリリィは……強くて、でも誰よりも優しくて……不器用だけど、仲間を絶対に見捨てない子だった! 自分の力に溺れて、仲間を馬鹿にするような……そんな嫌な奴じゃなかった!」

マリーの涙声が、私の聴覚センサーに突き刺さる。

彼女は泣きじゃくりながら、私の胸をポカポカと叩いた。

「今のリリィなんて……大っ嫌いだ!!」

その言葉は、どんな敵の攻撃よりも深く、私のEfリアクターを貫いた。

時間が止まったようだった。

マリーの涙。

私が泣かせた。

私のために、72時間不眠不休で働いて、ボロボロになってこの身体をくれた親友を。

私は、自分のプライドを守るために傷つけた。

(私は……何を……)

熱くなっていた思考回路が、急速に冷却されていく。

代わりに、焼けるような後悔が押し寄せる。

力。最強。特別。

そんな言葉に酔って、私は一番大切なものを見失っていた。

「人間を守る」と言いながら、私は一番身近な「心」を踏みにじっていた。

それは、あの鬼灯が語った「独りよがりの救済」と同じではないか。

「……ぁ……」

私の目から、オイルではない、透明な洗浄液が零れ落ちた。

足から力が抜ける。

私はマリーの前に膝をついた。

「……ごめん」

震える声で、私は言った。

「ごめんなさい、マリー。……私が、間違っていた」

私は自分を見失っていた。

高性能な身体を手に入れて、中身まで大きくなったつもりでいた。

でも本当は、私はただの臆病で、未熟なアンドロイドのままだったんだ。

「許して……くれ……」

私は頭を垂れた。

マリーの嗚咽が聞こえる。

次の瞬間、温かい感触が私を包み込んだ。

マリーが、私の首に腕を回し、抱きついてきたのだ。

「うぅ……バカ……! リリィのバカぁ……!」

「……うん。バカだ。大バカ者だ……」

私は、震える手でマリーの背中を抱き返した。

温かい。

この温もりを守るために、私は戦うと誓ったはずだった。

雑用だろうが、掃除だろうが、この温もりのある場所を守れるなら、何だってやるべきだったんだ。

「直してくれて……ありがとう、マリー」

「うん……うん……」

雨上がりの公園に、二人の泣き声だけが響いていた。

それは、暴走していた私の心が元の場所へと帰還するための、痛みを伴う儀式だった。




マリーと別れた後、私は一人で裏路地へと戻った。

そこには、私の癇癪によってへし折られたモップの柄と、蹴り飛ばされたバケツが転がっていた。

汚水が広がり、壁の落書きは嘲笑うかのように残っている。

「……はぁ」

私は深く息を吐き、折れたモップを拾い上げた。

今の私には、最新鋭のライフルよりも重く感じられた。

それは私の未熟さの象徴だ。

私は用具室へ戻り、新しいモップと洗浄液を持ってきた。

バケツに水を汲み、雑巾を絞る。

人工皮膚の指先が、冷たい水の感触を正確に伝えてくる。

この指は、敵を破壊するためだけのものじゃない。マリーは、誰かを抱きしめたり、何かを大切に扱うためにも、この感触を与えてくれたはずだ。

「……やるぞ」

私は壁に向き合った。

ゴシ、ゴシ、ゴシ。

スプレーの塗料は頑固で、なかなか落ちない。

以前の私なら、「こんなの焼き払えばいい」と思ったかもしれない。

だが今は、レン隊長の言葉が脳裏に蘇る。

『初心に帰れ』

この落書き一つを消すことも、街の景観を守り、住民の心を荒ませないための「防衛」だ。

野盗を倒すのも、ゴミを拾うのも、目的は同じ「平穏の維持」。

そこに貴賤などない。

「あら、リリィちゃん? 戻ってきたのかい?」

声をかけてきたのは、近所の食堂のおばちゃんだった。

さっき私が怒鳴り散らして逃げたのを見ていたはずだ。

私はバツが悪そうに俯き、帽子を取った。

「……申し訳ありません。先程は、取り乱しました」

私は深々と頭を下げた。

「任務を続行します。この壁は、私が責任を持って綺麗にします」

おばちゃんは目を丸くし、それから優しく笑った。

「なんだい、狐にでもつままれたような顔をしてたけど……いつもの真面目なリリィちゃんに戻ったね。精が出るねぇ」

彼女は飴玉を一つ、私のポケットにねじ込んでくれた。

「ありがとうよ。あんたたちがいてくれるおかげで、安心して店が開けられるんだ」

「……ッ」

胸の奥が熱くなった。

「ありがとう」という言葉。

私が野盗を惨殺した時には向けられなかった、温かい感謝。

私は飴玉を握りしめ、再びモップを握った。

汚れを落とすたびに、心にこびりついていた錆も落ちていく気がした。


数日後。

私は防衛隊の駐屯所にあるブリーフィング・ルームを訪れた。

そこには、以前私が暴言を吐いた第2小隊の隊員たちが休憩していた。

私が部屋に入ると、空気が一瞬で凍りついた。

「……何の用だ? エース様は俺たちみたいな量産機とは口もききたくないんじゃないのか?」

以前、胸ぐらを掴んだ男性型A型が刺々しい口調で睨んでくる。

当然の反応だ。

私は逃げずに彼の前まで歩み寄り、帽子を脇に抱えて直立不動の姿勢をとった。

「先日の戦闘における独断専行、および貴官らへの侮辱的な発言について……謝罪に来ました」

私は90度の角度で腰を折った。

「申し訳ありませんでした。……私の過信が、部隊全体を危険に晒しました。二度とこのようなことは致しません」

沈黙が落ちる。

換気ファンの回る音だけが響く。

しばらくして、ため息をつく音が聞こえた。

「……頭を上げろよ」

彼が言った。

顔を上げると、彼は呆れたように、しかし毒気の抜けた顔で頭をかいていた。

「レン隊長にこってり絞られたって噂は聞いてる。それに……ここ数日、C区画のドブさらいまでやってるそうじゃないか。あの白いボディを泥だらけにして」

「はい。……それが今の私の任務ですので」

「フン。……まあいい。俺たちも大人げなかった」

彼はぶっきらぼうに手を差し出した。

「だが、次はねぇぞ。俺たちの背中を守る気がない奴に、背中は預けられん」

「肝に銘じます」

私は彼の手を握り返した。

ゴツゴツとした武骨な手。

私のような高性能センサーも、超出力の筋肉もない手。

だが、この手もまた、レインコートを支える大切な「力」なのだと、今の私には理解できた。


それからの私は、憑き物が落ちたように任務に没頭した。

朝は誰よりも早く起きて資材搬入を手伝い、昼は担当区画の清掃とパトロール、夜は報告書の整理。

どんな些細な仕事も、全力で、丁寧に行った。

マリーが作ってくれたこの高性能な身体は、重いコンテナを運ぶ時には人一倍役に立ったし、精密なセンサーは下水管の微細な亀裂を見つけるのに重宝した。

力は、使い方次第だ。

誇示するためではなく、奉仕するために使う。

それが「強さ」なのだと、私は学んでいった。

そして一週間が過ぎた頃。

私はいつものように、地下水路の点検を終え、泥だらけになって司令部へ戻ってきた。

報告書を提出しようとすると、ローズが呼び止めた。

「リリィちゃん。レン隊長がお呼びよ」

「……はい」

また何か不手際があっただろうか。

あるいは、更なる懲罰だろうか。

私は緊張しながら、隊長室のドアをノックした。

「入れ」

中に入ると、レン隊長は窓際でコーヒーを飲んでいた。

私は泥だらけの制服のまま、敬礼した。

「C級任務従事者、リリィ。ただいま戻りました」

レン隊長はゆっくりと振り返り、私を頭の先から足の先までじっくりと観察した。

白い髪は煤で汚れ、新品だった制服には油染みがついている。

だが、以前のような刺々しい覇気や、空回りする焦燥感は消えていた。

「……随分と汚れたな」

「はい。地下水路の老朽化が進んでおり、補修作業を手伝っていました」

私は淡々と答えた。

「自分を卑下しているわけではありません。必要な任務でしたので」

レン隊長はカップを置き、私の目の前まで歩み寄ってきた。

その瞳が、私の目を真っ直ぐに見据える。

「頭は冷えたか」

「はい。……完全に」

私は背筋を伸ばし、宣言した。

「私は思い上がっていました。特別な力を持ったからといって、私が特別な存在になったわけではありません。私は防衛隊の、都市システムの一部です。……仲間がいなければ、私はただの部品です」

「……合格だ」

レン隊長が、微かに口角を上げた。

以前、模擬戦で見せたような頼れる上官の笑み。

「力に溺れる者は二流。力に振り回される者も二流。……己の力を正しく理解し、それを『誰か』のために使える者だけが、一流の兵士だ」

レン隊長はデスクから新しい辞令を取り出し、私に手渡した。

「リリィ。貴官のC級任務を解除する。……第3班への復帰を命じる」

「え……」

私は辞令と、隊長の顔を交互に見た。

「いいんですか? 私は……一度、部隊を裏切るような真似を」

「償いは十分にしただろう。街の連中もお前の働きを認めている」

レン隊長は私の肩を叩いた。

「それに……私もそろそろ、背中がスースーして落ち着かんのだ」

隊長は背を向け、窓の外の荒野を指差した。

「敵の動きが活発化している。鬼灯の軍勢が次の手を打ってくる予兆がある。……私の背中を任せられるのは、最強の盾と矛を持った信頼できる相棒バディだけだ」

「隊長……!」

熱いものが込み上げてくる。

私は泥だらけの手で、涙を拭い、そして全力の敬礼をした。

「はッ!! リリィ、着任します! ……あなたの背中は、私が死んでも守り抜きます!」

「死ぬな。生きて守れ」

レン隊長は振り返り、ニヤリと笑った。

「行くぞ、相棒。仕事の時間だ」


防衛隊のハンガー。

整備された『レイニーブルー』の前で、マリーが待っていた。

彼女は私の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべた。

「おかえり、リリィ! ……いい顔になったね」

「ああ。……マリー、ありがとう」

私は親友の手を握った。

この手が、私を直してくれた。この手が、私を叩いて目を覚まさせてくれた。

「もう迷わない。この力は、みんなを守るために使う。……鬼灯を倒すのも、復讐じゃなく、未来を守るためだ」

私はコクピットに乗り込んだ。

システム起動。

ニューラル・リンク、正常。

身体と機体が一つになる感覚。

以前のような「全能感」による興奮はない。あるのは、静かで冷徹な、しかし底に熱い炎を秘めた覚悟だけだ。

ゲートが開く。

雨の荒野が、私たちを待っている。

どんな敵が来ようとも、もう揺らがない。

私はレインコートの白百合。

泥にまみれても咲き誇る、鋼鉄の守護者だ。

「リリィ、レイニーブルー……発進する!」



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