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臆病な調香師は、震える手で物理無双する。~「使えない」と勇者パーティーから追放されたのに、うっかり最強スパイスでドラゴンを挽肉にして、冷血公爵様に溺愛されました~  作者: 月影 朔
第1章:追放と覚醒、そして最強の顧客

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第4話:拉致? いいえ、これは「保護」です

「い、いやぁぁぁ! た、助けてぇぇぇ!!」


私の悲鳴も虚しく、騎士は私を小脇に抱えると、軽々と立ち上がった。 その足取りは、病み上がりとは思えないほど力強い。


こうして私は、ドラゴンを挽肉にした直後に、謎の黒騎士に拉致されるという、怒涛どとうの一日を過ごすことになったのだった。


森の出口には、黒塗りの豪奢ごうしゃな馬車と、武装した兵士たちが待機していた。 騎士が私を抱えたまま姿を現すと、兵士たちは一斉に直立不動の姿勢をとる。


「閣下! ご無事で何よりです!」


「あぁ。心配をかけたな」


閣下? この騎士、ただの行き倒れじゃなかったの?


「さあ、乗るんだ」


騎士は私を馬車の中に押し込むと、自分も乗り込み、扉を閉めた。 動き出す馬車。 私はガタガタと震えながら、向かいに座る騎士を見上げた。


「あ、あの……もしかして、私、処刑されるんですか……?」


勝手に怪しい薬を使った罪で、公開処刑。 そんな恐ろしい想像が頭を駆け巡る。


「処刑? なぜ私が、命の恩人を処刑せねばならんのだ」


騎士は兜を脱ぎ、端正な顔立ちを露わにした。 銀色の髪に、氷のように冷たい青い瞳。 その美貌に、私は一瞬見惚れてしまった。


「私はラインハルト。隣国で公爵をしている」


「こ、公爵様……!?」


私は慌てて土下座の姿勢をとろうとしたが、狭い馬車の中では上手くいかず、頭をゴチンとぶつけた。


「ふっ、面白いな君は」


ラインハルト様は小さく笑うと、私の隣に座り直した。 そして――。


「……成分補給だ」


そう呟くと、私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。


「ひゃうっ!?」


「……ああ、いい香りだ。生きてる心地がする」


彼の吐息が首筋にかかり、背筋がゾクゾクする。 固まって動けない私を他所に、ラインハルト様は何度も深呼吸を繰り返した。


「君の香りは、私の呪いを抑え込んでくれる。……君がいなければ、私はまたあの地獄に戻ってしまうんだ」


その声は切実で、縋るような響きを含んでいた。 私は戸惑いながらも、少しだけ同情してしまった。 あんなに酷い呪いにむしばまれていたのだ。 どれほど辛かったことだろう。


「……私で良ければ、お力になります」


「本当か? 嬉しいよ」


ラインハルト様は顔を上げ、私の瞳を覗き込んだ。 その瞳は熱っぽく、私を捕らえて離さない。


「一生、私の傍にいてくれ」


「い、一生……!?」


やっぱり奴隷契約だ! 私は再び恐怖に震え上がった。


◇◆◇


一方その頃、ダンジョンの奥深くでは、勇者パーティが野宿の準備をしていた。


「くそっ、今日は散々だったな」


勇者アレクは焚き火に当たりながら、不機嫌そうに呟いた。 Sランク魔獣に遭遇し、命からがら逃げ出したのだ。 回復アイテムは底をつき、全員が満身創痍だった。


「おい、回復はどうした! まだ傷が痛むんだよ!」


「回復魔法はもうMP切れですわ……ポーションもありません」


僧侶の少女が力なく答える。


「ちっ、使えねぇな」


アレクは舌打ちをして、寝袋に潜り込んだ。 しかし、なかなか寝付けない。


「……痛ぇ……くそ、なんで痛みが引かねぇんだ」


古傷が疼き、神経が休まらない。いつもなら、ティアが焚いてくれる『鎮痛のアロマ』のおかげで、泥のように眠れていたはずだった。


それに、臭い。テントの中には、洗いきれていない魔獣の血と脂の腐敗臭が充満している。


「あいつ……ただの荷物持ちじゃなくて、『空気清浄機』兼『精神安定剤』だったのか……?」


アレクはふと、追放した少女のことを思い出した。 臆病で、いつもオドオドしていたティア。 彼女がいた時は、こんな些細ささいなことでイライラすることはなかった。


「……ま、あんな無能、いなくても同じか」


アレクはそう自分に言い聞かせ、無理やり目を閉じた。 しかし、その夜、彼が安眠することはなかった。


数日後、馬車は公爵領に到着した。 窓の外には、美しい街並みと、小高い丘の上にそびえ立つ巨大な城が見えた。


「ここが、私の領地だ」


ラインハルト様は誇らしげに言った。 馬車は城門をくぐり、広大な敷地の中へと入っていく。 手入れの行き届いた庭園、豪華な噴水、そして立ち並ぶ数々の建物。 その規模の大きさに、私はただただ圧倒されるばかりだった。


「さあ、着いたぞ」


馬車が止まり、ラインハルト様が手を差し伸べてくれた。 私は恐る恐るその手を取り、馬車を降りた。


目の前には、白亜の豪邸がそびえ立っていた。 玄関には、数え切れないほどの使用人たちが整列し、私たちを出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、閣下!」


「うむ」


ラインハルト様は鷹揚おうように頷くと、私を皆に紹介した。


「彼女はティア。私の命の恩人であり、今日からこの屋敷の『真の主』となる方だ。……私の命令よりも、彼女の言葉を優先しろ」


「「「は、はいっ!?(あ、あの冷血公爵閣下が、女性を連れ帰るどころか、実権を譲った……!?)」」」


使用人たちが驚愕で目を見開き、戦慄している。


「あるじ……!?」

私は目を丸くした。


主って、どういうこと? まさか、公爵夫人ってこと? いやいや、そんなわけない。 きっと、奴隷のリーダー的な意味に違いない。


「ティア様、ようこそお越しくださいました」


執事らしき老紳士が、恭しく頭を下げた。 他の使用人たちも一斉に頭を下げる。


「ひぃっ! あ、あの、私なんかにそんな……!」


私はパニックになり、後ずさった。 しかし、ラインハルト様は私の肩を抱き寄せ、逃がさないようにした。


「遠慮することはない。君は私の全てを救ってくれたのだから」


そう言って、彼は私を屋敷の中へと案内した。


通されたのは、日当たりの良い広々とした部屋だった。 そこには、見たこともないような高級な家具や調度品が並べられていた。 さらに、隣の部屋には、最新の設備が整った調合室まで用意されていた。


「ここは……?」


「君専用の部屋と工房だ。気に入ってくれたかな?」


「こ、こんな立派な場所、私にはもったいないです!」


「何を言う。君にはこれでも足りないくらいだ」


ラインハルト様は真剣な表情で言った。


「ここでは何をしてもいい。好きなように過ごしてくれ」


「な、何をしても……?」


「ああ。たとえ実験でこの屋敷を爆破しても、私が笑って揉み消す。だから安心してくれ」


「……え?」


失敗を揉み消す? それって、つまり……。


(どんな失敗をしても、許されるってこと……?)


今まで、「失敗したらどうしよう」と常に怯えて生きてきた私にとって、その言葉はあまりにも衝撃的だった。


「ほ、本当に……いいんですか?」


「ああ。君の失敗すらも、私にとっては愛おしいのだから」


ラインハルト様は優しく微笑んだ。 その笑顔に、私は胸がドキリと高鳴った。


(こ、この人……本気だ)


今まで「失敗は許されない」と縮こまっていた世界が、音を立てて崩れ去っていく。

恐怖の対象だった「実験」が、ここでは「愛おしい失敗」として許される。


(……ここは、天国なのかな?)


私は呆然としながら、彼を見つめ返した。 こうして、私の公爵領での生活が始まったのだった。

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