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臆病な調香師は、震える手で物理無双する。~「使えない」と勇者パーティーから追放されたのに、うっかり最強スパイスでドラゴンを挽肉にして、冷血公爵様に溺愛されました~  作者: 月影 朔
第1章:追放と覚醒、そして最強の顧客

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第3話:黒騎士様はカオリがお好き

「許してくださいぃぃぃ……ッ!」


私はダンジョンの奥底で、肉塊と化したドラゴンの前で土下座を続けていた。 誰も見ていないのに、額を地面にこすりつけるのをやめられない。


(ど、どうしよう、これ弁償かな……? Sランク魔獣って、国宝級の保護対象とかだったりしない!?)


そんな恐怖が頭をよぎる。 いや、そもそも弁償以前に、こんな血みどろの状態では街に戻れない。 衛兵さんに「森から血まみれの不審者が出た」と通報されてしまう。


「と、とりあえず、綺麗にしなきゃ……」


私は震える手で『調香師の戦帯アルケミスト・バンドリア』から一本の小瓶を抜き取った。 『潔癖の石鹸(クリーン・ソープ)』。 瞬時にあらゆる汚れを分解・洗浄する、私のお手製アイテムだ。


「えいっ」


小瓶の中身を頭からかぶる。 シュワワッ! と白い泡が全身を包み込み、こびりついたドラゴンの血や泥を一瞬で消し去っていく。 ついでにほのかに香るラベンダーの匂いが、殺伐とした空気を少しだけ和らげてくれた。


「ふぅ……これでなんとか、人里に降りても大丈夫かな」


私は大きく深呼吸をして、ようやく顔を上げた。 ドラゴンの死体(挽肉)は見ないようにして、足早にその場を離れる。


(早く帰ろう。お布団かぶって寝よう。今日のことは全部悪い夢だったことにしよう)


そう自分に言い聞かせながら、森の中を歩くこと数十分。 不意に、鼻腔をくすぐる匂いがした。


(ん……? なにこの匂い……腐った卵と、錆びた鉄?)


それは、ただの腐敗臭ではなかった。 もっと濃密で、禍々しい「死」の気配をまとった匂い。


恐る恐る茂みをかき分けると――そこには、黒い甲冑を纏った騎士が倒れていた。


「ひっ!?」


私は思わず後ずさる。 騎士は微動だにしない。 兜の隙間からは苦悶の表情が見え隠れし、鎧の継ぎ目からは黒い瘴気が漏れ出している。


(し、死んでる……!? いや、まだ息はあるみたいだけど……)


よく見れば、彼の体は呪いによって蝕まれていた。 皮膚が変色し、まるで生きながら腐り落ちていくかのような惨状だ。 あの異臭は、ここから漂っていたのだ。


(どうしよう、どうしよう! 見なかったことにする? でも、このままじゃ死んじゃうよ!)


私の脳内で、「逃げる」と「助ける」が激しくせめぎ合う。 でも――。


「……う、うぅ……ッ」


騎士が小さく呻いた。 その声はあまりに苦しそうで、私の足は自然と彼の方へ向いていた。


「だ、大丈夫ですか……?」


震える声で問いかけながら、私は彼の傍らに膝をつく。 近くで見ると、呪いの進行は深刻だった。 普通の回復ポーションでは、進行を遅らせることすらできないだろう。


(これ、相当ヤバい呪いだ……。私の手持ちで治せるものなんて……)


ポーチの中身を確認する。 安全第一の『微風のミント』や『安らぎのラベンダー』では、焼け石に水だ。 もっと強力な、細胞レベルで再生を促すような薬でなければ――。


(……ある。一つだけ)


私の指先が、ある小瓶に触れた。 『復活の乳香リザレクション・フランキンセンス』。 瀕死の重傷すら瞬時に癒やす、超強力な再生香だ。


けれど、勇者パーティにいた頃、私はこれを封印していた。 なぜなら、副作用として「猛烈な空腹感」に襲われるからだ。 戦闘中に空腹で動けなくなったら全滅のリスクがある。 だから勇者アレクには、「そんな欠陥品、使い物にならねぇよ!」と一蹴されていた。


(でも……今は戦闘中じゃないし……! ここで使わなきゃ、この人死んじゃう!)


私は覚悟を決めた。 たとえ後で怒られても、見殺しにするよりはマシだ。


「こ、今回だけなら……怒られないよね……?」


私は震える手で小瓶の蓋を開け、騎士の顔元に近づけた。 ふわりと広がる、甘くスパイシーな香り。 乳香の煙が、黒い瘴気を中和していく。


「……んッ!?」


騎士の体が大きく跳ねた。 呼吸が荒くなり、苦悶の表情が驚愕へと変わる。 見る見るうちに、皮膚の変色が治まり、健康的な血色が戻っていく。


(すごい……! やっぱり効いた!)


私はホッと胸を撫で下ろした。 これで一安心だ。 あとは副作用の「空腹」に備えて、私が持っている非常食のビスケットでも渡せば――。


「……腹が……」


騎士がうわ言のように呟く。 あ、やっぱり来た。お腹空いたんですね。 私は慌ててビスケットを取り出そうとして――。


ガシッ!!


「ひぇっ!?」


いきなり、腕を掴まれた。 万力のような力だ。 騎士はカッと目を見開き、私を凝視している。 その瞳孔は開ききっていて、なんだか様子がおかしい。


「……腹が減った……などと、言っている場合ではない……」


「え?」


騎士は私の腕を引き寄せ、鼻先を私の首筋に埋めた。 スゥゥゥゥ……と、深く息を吸い込む音がする。


「ひゃぁぁぁっ!? な、ななな何するんですかぁーッ!?」


私はパニックになって暴れたが、騎士の拘束は岩のように固くて解けない。


「……ああ……この香りだ……」


その時だった。

「グオオオオオッ!!」


背後の茂みから、ドラゴンの血の匂いに釣られたのか、巨大な『魔熊(マッド・ベア)』が飛び出してきた。


「ひぃっ!? く、熊さん!?」


私が悲鳴を上げるより早く、騎士がわずかに眉をひそめた。


「……チッ。食事中だ、消えろ」


彼は私を抱きしめたまま、魔獣に冷徹な視線を向け――腕を熊の顔に向けてヴンッと振った。


ドパンッ!!


次の瞬間、熊の首から上が弾け飛び、物言わぬ肉塊となって崩れ落ちた。


「え……?」


「ふぅ。騒がしい害虫だ」


彼は何事もなかったかのように、再び私の首筋に顔を埋めた。


(つ、強い……!? 瀕死だったのに、ワンパンで魔獣を倒したの!?)


騎士は恍惚とした表情で呟いた。


「焼けるような痛みも、腐り落ちる感覚も……全てが消えていく。私の魂を鎮める、奇跡の香り……」


彼はゆっくりと顔を上げ、私を真っ直ぐに見つめた。 その瞳は、獲物を見つけた猛獣のようにギラついている。 でも、さっきのドラゴンとは違う。 もっと粘着質で、執着に満ちた熱視線だ。


「君か。君が私を救ってくれたのか」


「は、はい……たぶん……?」


「そうか。ならば責任を取ってもらおう」


「せ、責任……!?」


やっぱり怒られるんだ! 勝手に変な薬を使ったから! 副作用でお腹が空いて不快だったから! 私はガタガタと震え上がった。


「ご、ごめんなさい! 副作用が出るって分かってたのに使っちゃって! お詫びにビスケット全部あげますから許してくださいぃぃ!」


私は泣きながらポケットの中身を差し出したが、騎士はそれに見向きもしない。 代わりに、私の両手を包み込むように握りしめた。


「違う。そうではない」


彼は至近距離で、低く甘い声で囁いた。


「君がいないと、私はもう息ができない。私の世界に色はなく、呼吸すら苦痛になる。 ……この香りがなければ、またあの地獄に戻ってしまう」


「えっ……?」


「だから、責任を取ってくれ。――一生、私の傍にいてくれ」


「…………はぇ?」


私はポカンと口を開けた。 一生? 傍に? それってつまり――。


(一生かけて償えってこと!? 私、奴隷にされちゃうの!?)


思考がネガティブな方向に暴走する。 恐怖で顔面蒼白になる私を見て、騎士は満足げに頷いた。


「沈黙は肯定と受け取る。さあ、行こうか。私の屋敷へ」


「い、いやぁぁぁ! た、助けてぇぇぇ!!」


私の悲鳴も虚しく、騎士は私を米俵のように小脇に抱えると、軽々と立ち上がった。魔獣を一撃で葬ったその腕力に、私の抵抗など無意味だった。完全なる捕食者と獲物の構図だ。


こうして私は、ドラゴンを挽肉にした直後に、謎の黒騎士に拉致されるという、怒涛の一日を過ごすことになったのだった。

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